朝鮮東海の浦島太郎

 むかしむかし、みやこから遠く離れた越の国の海岸に、浦島太郎という若者が住んでいました。
 太郎は毎日まいにち小舟で漁に出かけるのですが、食っていくのがやっとの生活でした。大きな船で領海を越えた沖合まで行ってカニやサケを盗んでいく強盗のような資本家たちにくらべ、ちっぽけな舟でちっぽけな小魚を獲ることしかできないのですから、勝負になりません。おまけに漁業権は金持ちの資本家が独占して、太郎はサザエを獲ることすらできないのです。

 太郎はその日も、空きっ腹をかかえて、
「ああ、いっそ革命でも起きないかなあ。あの強欲な資本家の網元さえいなくなければ、ぼくの暮らしもちょっとはよくなるんだがなあ」
 とつぶやきながら、海岸にコンブでも落ちてないかと探し歩いていました。
 ところが太郎が見つけたのはコンブではなく、子供たちでした。子供たちはよってたかって、一匹の亀をいじめていました。
「このチョンコめ、この国から出て行け!」
「キムチ臭いんだよこの劣等人種!」
「てめえらのせいで犯罪が多いしヤクザも増えるんだよ! このパチンコ焼き肉野郎!!」
 ああ、日帝侵略主義の教育で洗脳されると、純真な子供たちですら、このように残虐な行為をなんとも思わなくなるのです。怖ろしいことですね。

 太郎は亀をあわれんで、
「こら子供たち。人種に優劣はないと、人類学の授業で習っただろう。アジアはみんな仲良くしなければ」
 とさとしましたが、洗脳教育でひねくれてしまった子供たちは聞き分けません。けっきょく、太郎は子供たちにいくばくかのお金を与え、亀を子供たちから買い取りました。日本ではこのように、お金でなんでも解決するイヤな風潮がどこでもみられるのです。

 亀はよろこんで、浦島太郎にお礼をいいました。
「ありがとう浦島さん。ぼくを助けてくれたお礼に、あなたを地上の楽園に招待しましょう」
 するといつの間にか、ボートに乗って数人の男が海からやってきました。彼らは太郎を麻袋に詰め込み、そのままボートに乗せて、沖へ消えてゆきました。

 太郎がふと気づくと、そこは見たことがないようなきらびやかな御殿でした。
「ここが地上の楽園ですよ、浦島さん」
 太郎についてきた亀が教えてくれました。
「この楽園の指導者様が、浦島さんに挨拶したいそうです。これはとても名誉なことですよ」
 指導者様はあんまり美しくもなく、背もちびっちゃいのでしたが、浦島太郎をにこやかに迎え、これから歓迎パーティをします、と太郎を誘ってくれました。
 案内されて太郎が訪れたパーティは、この世のものとも思えない豪華なものでした。美しい喜び組たちが舞い踊り、犬鍋や肉スープやヘネシーのブランデーやグルジアのコニャックやカスピ海のキャビアなどなど、山海の珍味がおしげもなく運ばれてきました。パーティの参加者たち、浦島太郎と指導者様をはじめ、将軍たちや党指導者たちはすっかり夢中になり、月日の経つのも忘れて、パーティを続けるのでした。

 どのくらい経ったことでしょう、ふと浦島太郎は、故郷が懐かしくなりました。故郷に残してきた母や妹のことも心配になりました。
「いちどうちに帰りたいのです」
 太郎が指導者様にそう訴えると、指導者様は鷹揚にうなずき、
「もっともなことだ。里帰りをしてきなさい」
 と許してくれました。
 お別れのとき、指導者様は太郎にひとつの箱をプレゼントされました。
「もし、あなたがこの楽園に戻ってきたくないと思ったら、この箱を開けなさい」

 太郎が故郷に帰っていくと、えらい騒ぎになっていました。
 帝国主義のマスコミは昼も夜も太郎を追い回し、浦島太郎は洗脳されているとか北のスパイだとか実情を知らないとか、あらぬことを報道してまわるのです。おまけに友人や親戚を名乗る人間が押しかけ、おまえは洗脳されている、迷いを晴らしてやるなどと逆に洗脳をしかけてくるのです。そのうえ会ったこともない人たちもやってきては、娘に会ったことはありませんかとか息子の消息を知りませんかとか、問いつめてくるのです。
 さらに政府は、太郎が何も言っていないのに、勝手に帰国させない方針にして、太郎を故郷に閉じこめてしまいました。
 故郷で帝国主義者たちの洗脳を受けているうち、太郎も、なんだか自分が地上の楽園でひどい扱いを受けていたような気になってしまい、楽園に戻る気持ちを失ってしまいました。そして指導者様の恩などすっかり忘れ、故郷で役場に就職し、帝国主義の歯車としての生活をはじめました。

 そんなある日、家の片隅に置きっぱなしで埃をかぶった箱に、太郎は気づきました。
「そうだ……これはあの楽園で、指導者様がみずから渡してくださったものだ」
 太郎は楽園で過ごした日々を思い出しましたが、洗脳のせいで、なんだか虐待を受けていたような気になっていました。
「あいつは、戻る気にならなければこの箱を開けろ、と言っていたな。ひょっとしたら、慰謝料くらい入っているのかもしれない」
 日帝の洗脳にすっかり染まって浅ましくなってしまった太郎は、そんなことを考え、箱を開けてみました。
 とたんに箱が爆発しました。箱の中には、核爆弾が入っていたのです。太郎のみならず、故郷も、日本も、ふっとんでしまいました。

 教訓。指導者様は千里眼のように、なんでもお見通しになる。


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