秋物の服は、ほとんど必要ないということに最近気づいた。
十月までは夏服。夏物の背広か、もしくはTシャツに綿パン。自宅ではTシャツと短パン。
十一月を過ぎると冬服。冬物の背広か、もしくは長袖シャツとセーターかジャケットと、コーデュロイのパンツ。自宅では作務衣。よほど寒ければ甚平をその上に羽織る。
要するに秋物の服は、出番がないのだ。
これは生活習慣に原因がある。
屋外に出ることがほとんどない生活を送っているからだ。
仕事は会社にこもりっきりで外に出ることはない。休みは家にこもりっきりで、たまに出るとしたら呑みに行くだけ。外気に触れるのは、家から駅までの数分間のみ。それ以外は、室内もしくは車内の生活。夏は涼しく冬は暖かい。気温の変化を感じることがほとんどないのだ。
だから秋の微妙な空気を肌で感じることもなく、いつのまにか暑い夏から、寒い冬へと季節は遷る。薄手のジャケットも、秋風を感じる麻のシャツも、もう着ることはない。
ところが先日、ふんだんに外気に触れる機会があった。
寒いね。十一月の屋外の夜が、こんなにも体温を奪うものだとは。
「おい、しょぼくれてないで、しゃんとして看板を掲げていろ」
私の持つ看板は指で作る矢印。告別式の会場を案内する看板。
「でも寒くて……ねえ、あそこのコンビニでホットウィスキーでも飲みましょうよ」
「ばか、葬式の手伝いが赤い顔していて勤まるか」
会社の人のご父君が亡くなって、手伝いとして動員されたのだ。
下っ端の仕事は道案内。要所要所にじっと立って会場への道を示す役。
コートを着ることも許されず、外気からこの身を守るのは、薄い黒の礼服のみ。
背広はどうでもいい。私服もどうでもいい。
でも黒の礼服だけは夏服だけでなく、冬服も作っておいた方がよかった。痛切によかった。
「パトラッシュ、もうここらでよか」
「こら、おまえはフランダースのネロ少年か、鹿児島の西郷さんか、どっちかにしろ」
「寒くて死にそうです」
「死んだら一緒に告別してやる。まあもう少したって偉くなったら、こういう仕事は下っ端にまかせて、室内で記帳だとか案内だとかの係りになれるさ」
ごめんなさい。
偉くなるまでに死んじゃいそうです。