☆ジュンのパステル愛情☆

「えー、なぜ? 信じられなーい!!」
 あたし、思わず叫んじゃった。
 あたしは鷹羽先輩を愛してます。
 真剣に好きなんです。
 結婚したいんです。
 あたしがこんなに一生懸命お願いしているのに、パパもママも首を振るばかり。
 娘の一生のお願いが、どうして聞けないのよ!

「それは仕方のないことぢゃ」
 いつの間にか、お祖母ちゃんまでやってきた。
「鷹羽とやらは、わたしらとは種族が違う」
 鰓蓋をゆっくりと開閉させながら、ダゴンお祖母ちゃんは言ったの。
「そう、わしらはこの大海原でずっと生きてきた、由緒正しいインスマウス一族。それにひきかえ、鷹羽君は、どこかの宇宙からやってきた風来坊じゃないか」
 パパまで、ぬらりとした冷たい表情であたしを見るの。
「ひどいわ、愛に種族なんて関係ないじゃないの!」
 あたしはわっと泣きながら……と書きたいところだけど、あたしの一族は涙腺が退化しているので、後鼻孔からおびただしく潮水を噴出させながら、その場を走り出ちゃった。

「そうか、ジュンもか……」
 鷹羽先輩はそのエビのような前脚で、近くに生えているハルジオンの花をつみとった。先輩の手にとられると、その花は奇妙な色の燐光をきらめかせるの。そんな先輩が好き。
「実は、うちでも」
「どうしてみんな、あたしたちの愛を認めてくれないのかしら」
 あたしは後鼻孔にいっぱい潮水をためて、鷹羽先輩のかたい外殻に抱きついた。そんなあたしの鱗を、先輩は優しく撫で、きらめく花を鱗の隙間に挿してくれた。
「いっそ、逃げるか」
「あたし、鷹羽先輩とだったら、どこへでも」
「ふたりで、ずっと南へ逃げよう。南極へ行こう。南極の高い高い山のふもとにある、誰も住まなくなった古代遺跡で、ふたり、ひっそりと暮らそう」
「ええ」
 あたしと鷹羽先輩が前脚と鰭をからめあったとき、落雷のような声が聞こえたの。
「勝手な真似は許さんぞ。そこの魚娘、鷹羽から離れろ」

 知らないうちに、あたしたちの背後に、いくつもの人影があった。
 人影、というか、鷹羽先輩によく似た、でかいエビみたいな生物たち。
「ミ=ゴ大伯父さん! どうしてここに?」
「よいか鷹羽。われらは大宇宙を翔ける栄光の一族。それが、インスマウス一族ごとき、ちっぽけな地球にわいた汚い水たまりの底を這いずる下等種族との縁組みなど、断じて許さん!」
「しかし、大伯父さん……」
「黙らっしゃい!! さっきから聞いておればわれらインスマウス一族への悪口雑言、許しませんぞ!!」
 抗弁しようとする鷹羽先輩の声をさえぎり、甲高いケロケロ声がひびいてきたの。これって……
「ダゴンお祖母ちゃん!」

 興奮したときのくせで、背びれを出したり引っ込めたりしながら、お祖母ちゃんは叫んだ。
「この薄汚いエビもどきめ! 定住の地を持たぬ風来坊め、宇宙のカビめ! われらインスマウスの衆を愚弄すると、その赤茶けた甲羅ひっぺがして、中からサルマタケ引きずり出してやるわ!!」
 鷹羽先輩の大伯父さまも負けずに言い返した。
「なにをこの変質人類め、二次適応のできそこないめ! 地上ではろくに動けないくせに、空飛ぶわれわれに対抗しようとは、片腹痛いわ! その薄ぼんやりした目玉をくりぬいて石ころでも詰めてやろうか、それともぬらぬらした皮膚をひっぺがして三枚につくってやろうか!」
 なんだかあたしたちのことはそっちのけで、お祖母ちゃんと大伯父さまの口喧嘩になっちゃってる。あたしたちは呆れて、こっそり逃げようとした、そのとき……
「馬鹿者!! もとは同族だというのに、なにをくだらぬいがみ合いをしておる!」
 遠くの山から瘴気のようなものがたちのぼり、それが次第に髑髏の姿をなしてきたの。それから声が聞こえてくるみたい。ところがその声を聞いたとたん、お祖母ちゃんも大伯父さまも、アッと叫んで平伏したの。
「よ、ヨグ=ソトース様っ!!」

 大海原を見おろす丘のふもとで、あたしたち、ふたりっきり。
「嬉しいかい、ジュン」
「嬉しいわ」
 ヨグ様のとりなしで、あたしたちの結婚は認められたの。
 鷹羽先輩はあたしの鰓蓋にそっと指をすべらせながら、あたしの測線にささやく。
「これからだよ。きみの海と、ぼくの空。これが一緒になるんだ」
「そして、地上を制圧するのね」
 そう、今は婚約期間なの。
 インスマウス族とミ=ゴ族、このふたつの種族の協力で、地上にはびこる人類を絶滅させたら。
 そのとき、あたしたちは結婚できるの。
 がんばるぞ!


戻る          次へ