わしわしわし

 わしわしわし。
 仲のいいカップルというのはどこにでもいるもので、それはもう微笑ましいとか幸せそうとかポジティブな感想を抱く人とけっとかネガティブな感想を抱く人が等分に存在するくらいなのだ。絵に描いたように仲むつまじいカップルの行動というのはこれまた絵に描いたように一様であるのだが、たとえばひとつのジュースにふたつのストローをつっこんで向かい合って飲んでいるとかいうのがある。けっ。いや別に貧乏なのではない。貧乏でもかまわないが、そうではなくひとつのジュースをふたりで飲むことに、私のような独身者には想像もつかぬ深い意味を感じているらしいのだ。けっ。むかしの百姓一揆ややくざの出入りの前に、ひとつの酒樽からひとつの柄杓で酒を飲み廻した、あのなごりだと思うのだが。一味同心とかそういうやつだろ。けっ。そのような光景と同じくらい絵に描いたようによくある光景としては、そういうふうにふたりでジュースを飲んでいるのにいつまでもジュースが減らない、女は飲んでいるのに男は謎の液体を分泌している、などというほのぼの四コマ漫画があるのだが、これは実際に絵に描いた光景である。それにしてもここまでだらだら書いていて気になったのだが、今では男女ふたり組を何と称するのが現代流なのだろうか。アベックだろうか。カップルだろうか。つがいだろうか。いっそニホンザルやチンパンジーの観察で使われる用語を流用して「ペア」とすればいいかもしれない。そうすると同様の観察用語を流用して、私などはヒトリザル、もしくはワカモノとなる。ワカモノといっても年齢に関係なく、生殖に成功していないオスは死ぬまでワカモノである。ワカモノにはバレンタインもクリスマスもない。けっ。せめてクリスマス雑文祭に己を昇華せよ。

 ジュースと同じくらい絵に描いたようにありふれた光景としては、ポッキーやキットカットのような細長い食品を両はじっこから同時に食べる男女がある。これも私のようなワカモノには理解できないことなのだが、こうすると味が良くなるらしい。けっ。さらにこの「両はじっこから食べ進む男女」というものはこうすることに宗教的なまでの情熱を燃やすらしく、細長いものならなんでも両はじっこから食べ進むのだそうだ。たとえばチョコポッキー。チョコのついている側をとった男はひっぱたかれるそうだ。たとえば串団子。危険な尖った方は男が分担するらしい。たとえばバナナ。そういえばチョコバナナがこの風習の根源だったか。たとえば生春巻き。ニラは噛みきれないから注意。ふたりで歯にはさかっていると笑えます。たとえばチクワ。そのぷるぷるするのはよせ。想像する。たとえば麺類。ラーメン屋でそれやったら、オヤジに叩き出される。たとえオヤジが許しても、全国七千万のラオタが許さない。ポワトリンも許さない。たとえば山芋。ぬるぬるしてるから気をつけて。かぶれちゃうぞ。たとえばウナギ。せめて裂いてね。ぬるぬるにも気をつけて。たとえばサンマ。せめて焼いてね。鱗にも気をつけて。たとえばソーセージ。なんだかインビすぎます。ディープ・スロートという映画、まだ見たことがないんだよなあ。たとえば芋虫。やはり危険な頭は男の分担だろうか。たとえばヘビ。やはり頭は男か。たとえばムカデ。もう勝手に食っててください。お姉さんはもう知りませんっ。けっ。

 あまつさえこういう男女は長くないものでも創意工夫ではじっこから食べ進む。おにぎりも右と左からわしわしわしと食べ進んで真ん中のオカカを舌で奪い合ったりする。ケメコが五つで僕ふたつ、などと歌っていた時代が懐かしい。牛丼も当然左右からわしわしわしと食う。カレーも当然左右からわしわしわしと食うのだが、カレーというものは左右不均衡なので女が汁ばっかり食べて男は飯しか食えなかったりする。あまりよくない。そういう男女にはムルギーのカレーが人気。まじぇて食べてね。

 さらにこういう男女は食品以外でも左右からわしわしわしと進む癖が抜けなかったりする。色紙に寄せ書きを書いても左右からわしわしわしと書き進む。うっかりその真ん中に「おめでとう」と他人が書いたりすると青筋を立てて怒るのでそっとしておいたほうがいい。推理小説も男が先頭から、女が末尾からわしわしわしと読み進む。女はいつも秘密を握っている。こういう男女がナポレオンとジョセフィーヌだったりすると、ヨーロッパの両はじっこスペインとロシアからわしわしわしと侵略して欧州制覇したりする。むろんチーズも両はじからわしわしわしと食う。こういう男女がスペインとポルトガルだったりすると、両はじの基点を東経133度と定めてそこからわしわしわしと世界制覇したりする。こういう男女が政治に目覚めたりすると、男は極右の赤報隊、女は極左の赤軍派でわしわしわしとテロ活動して中道だの保守系左派だの挟まれた勢力はえらく迷惑する。そっとしておいたほうがいい。けっ。
 わしわしわし。


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