ふつかよいのしばきかた

 また二日酔いになってしまった。
 ふと気がつくと九時過ぎ。顔が無意味にほてり、胃がむかつく。空っぽの胃を、無意味に分泌された胃液がちくちくと刺激しているのだ。ベッドの横には飲みさしのウィスキー。その香りがますます胃をむかつかせる。こうなってしまったら仕方がない。勤務先に「ずびばぜん、風邪ひいちゃいましたぁ」などと嘘の電話を入れて、じっと苦しみが去るのを待つしかない。夕方までひたすら。

 二日酔いの前駆症状というか、酔っぱらってこういうことをしたら翌朝は二日酔い間違いなし、という行動がある。外で飲んでいるときはカラオケ。歌うならまだしも、他人が歌っている横で踊り出すことがある。もう駄目である。筋肉少女帯でなくてもダメ人間である。
 自宅で飲んでいるときは、やはりCDかテープをかけて一緒に歌い出すと翌朝がよくない。沢田研二で歌うならまだしもだが、アイドルの歌にあわせて「レッツゴールミちゃんラブラブルミちゃ〜ん!」などとフリ付きで怒号するようになったら、悲惨な翌朝は約束されている。いや、そもそも四十づら下げてラブラブルミちゃんなどと叫んでいる時点ですでに悲惨である。もしくは自分がむかし描いた漫画を読み返すこと。そしてそれが傑作に思えてくるようになったら、翌朝勤務先に作り声で嘘電話をかけること必至である。

 二日酔いの治療法として、コーヒーを飲む、シャワーを浴びる、スープを飲む、迎え酒をする、無理にでも飯を食う、セックスする、風に吹かれる、断崖絶壁からとびおりる、ピストルで頭を撃ち抜く、などというものが言い伝えられている。後半はやったことがないが、前半の療法は、私にとってはどれも吐くための準備行動にすぎない。酔っぱらっているときに吐くのは酒や食い物が出てきて爽快感があるが、二日酔いのからっぽの胃から出るのは胃液のみで楽しくない。まあ、胃壁を刺激する胃液がなくなるだけの意味はあるか。しかしひとしきり吐いてしまうと、そのうち吐いている液体が苦くなってくる。胃液も尽きて、とうとう胆汁まで吐きだしたのだ。こうなったらどうしようもない。おとなしく寝て苦しみが去るのを待つしかない。

 おとなしく寝るとはいっても、じっとしていると胃が痛む。おそらく胃液が胃の特定箇所にたまり、そこの胃壁を刺激するためだろう。したがってベッドで輾転反側することになる。寝返りをうったり、でんぐり返ったり、いもむしごろごろしてみたり。あまり他人には見せられない。
 よく船酔いの治療法として「酒を飲んでしまえば気がまぎれる。少なくとも、どっちで酔ったのかわからなくなる」というものがあるが、この逆もまた真であることを発見した。すなわち、揺れてしまえば二日酔いの苦しみもやや楽になるのだ。うつぶせで頭と手足をかかえこみ、総合格闘技でいう亀の姿勢となって、全身をゆっくりと左右に揺らす。気分によっては前後に揺らすのもよい。こうすると、胃液がひとところにとどまらず、かつ気もまぎれる。このほかにあおむけで全身を痙攣させてみる、うつぶせで一人ピストン運動を行う、などといったバリエーションがあるが、どれもあまり他人に見せられるものではない。
 してみると、セックスってやはり二日酔いの治療法として有効なのかな。相手は嫌がるだろうけど。

 そのようにして苦しんでいるうち、ふっと楽になる瞬間がある。胃の痛みが消え、身体は冷たくなり、全身が軽い麻痺におちいる。やっと気持ちよく眠ることができる。もっともこのときの眠りはごく浅い。半覚醒半昏睡、という状態で、夢だか記憶だか妄想だかわからないきれぎれの断片的イメージがとびかう。おそらく脳もなかば麻痺して、正常な抑制能力を失っているのだろう。
 ひょっとすると、麻薬によるトリップとは、こういう状態なのかもしれない。だとしたら二日酔いの苦しい前半部がないだけ、麻薬は酒よりすぐれているのかもしれない。いや、ひょっとして順番が違うだけで、麻薬の場合はトリップ後に禁断症状で苦しむのか。

 酔っぱらうと身体が熱く感じられるので、布団をはねのけて寝たり、ひんやりとした廊下の床で寝込んだりすることがある。身体は正直なもので、こうすると翌朝きまって風邪をひいている。二日酔いと風邪とのダブルパンチで、頭ずきずき胃はむかむか全身びくびく、というありさまとなる。勤務先に「ずびばぜん、風邪ひいちゃいましたぁ」と良心に恥じることなく電話できるのはいいのだが、こういう風邪はやっかいで、少なくとも二日から五日はやられる。
 これが妻帯者であれば奥様が布団をかけてくれるなどということもあろうが、あいにく独身なのでその機会に恵まれない。だいいち、現在の日本にそのような優しい奥様がはたして生存しているのだろうか、酔っぱらった旦那に優しく布団をかけてあげ、なおかつ翌朝のセックスの相手になってくれるような天使のごとき奥様が、などと考えると、今夜もまた酒を飲まずにはおれないのである。


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