聖歌戦隊クリスマン

 すっかり酔ってしまった。とうに終電は過ぎている。おれと北原は歌舞伎町の街を、ふらふらとよろめき歩いた。頭が痛い。さっきプロレス談義に花が咲いて、店の前でバックドロップ合戦を繰り広げたせいだ。北原などは大きなコブが出来て、身長が二センチほど増大してしまった。
 忘年会だったかぽいう年会だったか、まあそういう名目で集まった飲み会だった。案の定乱れてしまい、残ったのは特に酒癖の悪いおれと北原だけだ。まあいいや、みんな冷たいよな、フン、と酔っぱらい特有の自己中心的史観で物事を片づけると、おれは北原に話しかけた。
「どうする? 始発まであと四時間。カラオケか、漫画喫茶か」
「ううむ、私としてはゆっくりサウナにでも入りたい気分ですな。カプセルホテルに行きましょう」
 そうきたか。北原も老いたな。しかし温かい風呂は、確かにおれも望んでいるところだった。
「そうだな、ゆっくり寝るか。しかしその前に」
「どこかで軽くひとつ」
「ふぐの鰭酒なんてのもいいな」

「待て! 罪深い者どもよ」
 炉端焼き屋に入ろうとしたおれと北原は、いきなり背後から怒鳴りつけられた。驚いて振り向くと、原色のタイツに身を包んだ連中が数人。この寒いのに、どうやらタイツ一枚に身を包んでいるだけらしい。ご苦労な人たちだ。
「なんだ、これ。新手の七味唐辛子売りか?」
「古いですな。ロバのパン屋という可能性もあります」
 緊張感のない会話を交わしながら店に入ろうとするおれと北原の腕を、首領らしい赤い服の男が掴んで引き戻した。
「うるさいな。あと三万円くらいしか残ってないよ」
「我々は唐辛子売りでもチーマーでもない、聖歌戦隊クリスマンだ! あ、こら逃げるな!」
「やってられないよ」おれはぼやいた。
「僕はサンタグリーン! お前達の罪深い行為、我々はずっと見ていた!」緑の小男が叫んだ。宇宙人だろうか。
「俺はサンタブルー! お前達はこの晩、日本酒しか飲まなかった!」蒼い男が宣言した。ニヒルなつもりなのだろうが、その格好では台無しだ。帽子はやめろ。
「私はサンタピンク! しかもつまみは刺身、煮込み、焼き鳥、ちゃんこ鍋、おじや、……全部和食ね!」テレクラのチラシを配るバイトの女に似たいでたちの、ピンクの女が決めつけた。
「おいどんはサンタイエロー! おはんらはしかも、カレーすらも食わなかった!」黄色のデブが大声を張り上げた。もういい。お前にはツッコミたくない。
「そして俺は、サンタレッド! このクリスマスの聖夜に、クラッカーも鳴らさず、三角帽子もかぶらず、髭眼鏡すらかけない。おまけに飲食は全部和風。伝統を無視するその所業、神に代わって成敗する!」赤い奴が喚いた。
「大きなお世話だ」
「こんな日にフランス料理屋になんか行ってみろ。いつもの三倍の値段で食わされるだけだろ。アホらしいって」
「去年の居酒屋はひどかったですね。『クリスマスオードブル』とかいって、三千円も取るんですよ。出てきたのが春巻きとシュウマイ、ポッキーとイカクン。どこがクリスマスやっちゅうねん」
「お前、大阪弁になってるぞ」
「ええい、黙れ黙れ罪深い者ども!」赤の奴が叫んだ。
「あ、逆ギレだ」
「クリスマスにはシャンパンとワインなのだ! 七面鳥なのだ! カレーなのだ!」黄色のデブも叫んだ。
「神をも恐れぬこの者どもに、鉄槌を!」緑が叫んだ。
「グラントナカイ、発進!」蒼が叫んだ。
 上空から音がした。俺は上を見上げた。ビルの谷間から割って入るようにして、はた迷惑な巨大物体が降りてこようとしていた。

「引っかかったな、若造ども」北原が言った。いきなり口調が変わっていた。
「クリスマスも明日で終わりだ。あと五日で正月が来る。そうなればわれわれ七福魔神の思うつぼだ」
 北原の頭のコブがするすると伸びるように見えた。次の瞬間北原は、いかがわしい宗教の使徒のような衣に身をまとった、奇妙な人物に姿を変えた。やたらに頭が長かった。こういう趣味があったのか、こいつは。
 北原の横には知らないやつらが数人集まっていた。女がひとりいた。どいつもこいつも北原に負けず劣らず浅ましい格好をしていた。これ、どこかで見たような気がする。……あ、正月のフィルム会社の広告か。
 知らぬ間におれも姿が変わっていた。妙な頭巾をかぶっていた。髭がいつの間にか伸びていた。チャンチャンコのような変な羽織を着ていた。福禄寿なんだろうなあ、これは。福助でなくてまだしもか。おれは思わずぼやいてしまった。
「北原、おれを巻き込むなよ。お前とは収入が違うんだから、全部はつきあえないんだよ」
 だけど北原はおれを無視し、同僚の連中に命令した。
「ゆくぞ! 七福魔神、おせち変化!」

 その声と共に、連中はさらに罰当たりな格好に変化した。おれもいつの間にか、変化していた。キントンフクロクという名前だと、おれの脳の奥から何者かが教えてくれた。それにしてもこの半身を覆うべとべとした甘ったるい半固形物、これをいったいどうしたものか。おれは衝動のおもむくまま、それを投げつけてみた。大爆発。大噴火。どうやらこのべとべとしたキントンは相手に接着して動きを封じるはたらきがあり、栗は爆弾であるらしい。
 おれはレッドにキントンを投げつけた。横ではイセエビエビスの右腕の鋏がサンタグリーンを挟みつけた。苦悶するグリーンを助けようとイエローとブルーがクリスマス・キャンドルで殴りかかっている。そこにベンテンカズノコとダイダイビシャモンが介入し、闘いはいつまでも続いた。何故こんなことになったのか、わからなかった。何故闘わねばならぬかも、知らなかった。どちらが正義でどちらが悪なのか、この闘いはいつまで続くのか、何もわからなかった。とにかく寒くてたまらなかった。


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