美しくあるための苦闘

 まもなく春がやってくる。
 ちと早すぎないかとお思いの方も多いでしょうが、一月から二月にかけて、通販雑誌の春の号が送られてくる時期なのです。つまり、今から検討して、三月までに注文していただけば、四月に間に合いますよ、という寸法。
 引っ越しのときに家具や食器をいくらか注文したため、季節ごとに五種類ほどの通販雑誌が送られてくる。結構、これを見ていると楽しいのです。買う可能性がある食器や雑貨だけでなく、ぜんぜん買う気のないカタログを見ていてもそれなりに楽しめる。女性下着とか。いやん、えっち。

 通販を利用する主な層は二十代から三十代の女性らしい。そのため、そのへんにターゲットを絞って売り込みに躍起な商品群を眺めていると、欲望が透けて見えるというか、買い手の願望と売り手の商魂のせめぎ合いというか、なんだか知らない世界に迷い込んだようで面白い。ちょっと紹介してみましょう。
 まず下着のコーナーから覗いてみよう。このページをめくった途端、貴方は粛然として襟を正すことでしょう。淫らな気持ちで見たことを後悔するでしょう。女性の肉体がいかに寄せて上げて締め付けられているか、想像して戦慄するでしょう。パワーネットでウエストを引き締め、裏打ちネットでヒップアップ。強力ロングサイズコルセットでずん胴体型にくびれを作り、パワフルなリブ編みでぽっこりお腹をひっこめる。すべての余ったお肉は、強力ワイヤー幅広ネットでバストアップ。おお、なんという恐ろしい世界でしょうか。なんという禍々しき宇宙でしょうか。「無理矢理」という言葉が角ゴチック体のフォントサイズ+3で、私の脳裏を飛び交っております。

 むろん、下着にだけまかせておけるものではない。ダイエット食品、ダイエット器具も健在です。キーワードは「○○するだけで」「らくらく」「みるみる」の三つ。「お腹いっぱい食べた後に、これを飲むだけで痩せる!」「一日九粒で眠っている間にダイエット!」「短期集中で二ヶ月七キロ減量!」「ものぐさでもできる究極のダイエット!」などというキャッチフレーズが、ダイエット食品のページには氾濫しております。そのために大豆レシチン、黒酢エキス、ザクロエキス、フラクトオリゴ糖、難消化デキストリン、ガルシニア、キトサン、ギムネマシルベスタなど、なんだかよくわからない物質が総動員態勢です。戒厳令下です。
 ダイエットするだけではいけない。バストは増強せねば。という女性にお勧めが南米の毒イモと、東南アジアに原生する毒豆。毒イモは禍々しい紅色をしていますが、ハリとツヤのあるバストを作るそうです。毒豆には皮膚を美しくするプラエリアが豊富。どういう化学物質なのか、詳細は不明ですが。ともあれ、一日九粒飲むだけで、眠っている間に成分が身体に行き渡ります。乳輪の黒ずみが心配な貴女なら、薬用ジェルピンキットを乳首に貼るだけで、あっという間に素肌色。それはいいのですが、「急いでどうにかしたいときに!」という惹句は、どういう意味でしょうか。
 飲むだけでは満足できない貴女には、マッサージカップはいかがでしょう。パッドと同じで、プラジャーの中に入れ、乳首のスイッチをオンするだけで快適な微震道と低周波電流の刺激が乳房と大胸筋をマッサージ。これ、電車の中でもオフィスでも、思い立ったときにできるのはいいのですが、快感を感じてしまったりはしないのでしょうか。ちょっと心配。
 低周波はバストだけではない。全身に大活躍です。低周波マッサージャーでお腹をすっきり! 低周波グローブで顔面の皮膚を引き締め、皺やたるみをカット! これに中周波と超音波も加われば効果も絶大です! って、全部じゃん。高周波でムダ毛を脱毛、というのもありますし。
 まだまだあるぞ。腋臭、体臭を防ぐイスラエル製薬用クリーム。赤ら顔を白くするドイツ製薬用クリーム。喧嘩しないか心配です。百恵さんも愛用と噂の竹塩石鹸。マウスピースを噛みしめて小顔に変身。一日に十分、鼻の穴にはめ込んで拘束するだけで鼻が高くなる韓国製隆鼻機。さあどうだ。ぜいぜい。

 これに比べると男の願望など単純なものです。プロレス雑誌など読めばわかるが、十代後半の男性の興味といえば、「みるみる背が伸びる」「痛くないレーザーメスで包茎治療」「神秘のペンダントで彼女ができる」の三本柱です。
 これが年齢を重ねると、背はもう取り返しがつかないし、彼女を作ったって奥方と揉めるだけ。夕刊紙など読めばわかるが、願望はさらに即物的なものになり、「自然な増毛法」「男性自身の機能アップ」「飛ぶドライバー」の三本柱へと移り変わってゆきます。嗚呼男性よ。そんなことでいいのか。

 ちなみにもっと若い女性はどうだ。それを探求するため、ガングロ女子高生が表紙のファッション雑誌「ハピー」を、恥ずかしながら買ってまいりました。どうせ恥ずかしいのなら、と、若年少女性体験雑誌「エルティーン」にも心動かされたのですが、広告が少ないので、断腸の思いで諦めました。
 ううむ、ネイルアートの広告が圧倒的に多い。ぽっくりタイプのブーツもあるぞ。でも「ダイエット」「バストアップ」「脱毛」、これは世代を超えて女性共通の願望の三本柱のようです。
 ちょっと待て、この、「コムロ式小陰唇縮小術」ってのは何だ。小室ファミリー、ここまで進出したのか。あいつは作曲だけでなく縮小もできるのか。アムロやトーミネももしや、と思ったら、コムロ整形外科というところの広告でした。ここは凄いな。二重瞼作成、脂肪吸引、腋臭の原因となる汗腺の破壊、顔のエラを削って小顔に整形、レーザーメスでアザ・シミ除去、人工乳線注入でバストアップ、コラーゲン注入で顔の張りを回復、小陰唇の整形、処女膜の再生、なんでもやるぞ。 やっちゃうよ。
 しかしながら、ガングロ小生意気な女子高生も、ひそかに小陰唇肥大や処女膜再生に悩んでいるかと思えば、なんとなく微笑ましくなってくるではありませんか。ならねえって。


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