2004年12月23日:今夜、メイドのバーで

 すっかりご無沙汰しておりましたが、それだけの期間メイド店舗に行っていなかったということです。
 この日も行く予定はありませんでした。昼から自宅で忘年会をやっていたのです。トレンビーさん、未鏡さん、ハラ君と男四人でカニ鍋をつついておりました。未鏡さん持参のラフテーやラタトゥィユもいただきました。ハラ君が持参したゴジラの映画とか見ました。最後にカニ鍋の汁でうどんを作りました。日本酒や焼酎で酔っぱらいました。なんだか曖昧な記憶ですが、歳三さんと話したような気もします。
 七時ごろ、みんな満腹して酔ったところで、帰り支度をはじめていました。私は残りの酒を呑みながらプロレスでも見ようかなとぼんやり考えておりました。そこで未鏡さんが、悪魔の囁きをしでかしてくれたのです。
「メイドさんのいるバーに行きませんか」

 家に帰って大掃除をしなければならないというトレンビーさんと別れ、われわれ三人は秋葉原駅に降り立ちました。昭和通り側の出口から通りに沿って徒歩一分。メイドバーbBに、われわれはくりこみました。上品であるべきバーに「くりこんだ」という下品な表現はそぐわないかもしれないが、酔ったわれわれは、まさにその表現にふさわしい雰囲気でした。
 とあるビルの二階にあるそのバーは、スタンド式のショットバーです。五人ほどが並んで立てるカウンターと、その奧に小さなテーブルと椅子がふたつあるだけの小さな店です。カウンターのむこうには、酒瓶の並んだ棚と冷蔵庫と、黒服のメイドさんがひとりいました。
 未鏡さんはこの店の常連です。いや、常連というなまやさしい言葉では表現しきれない存在です。「あら、きょうもいらしたんですね」とメイドさんから言われるほどの。それもそのはず、この一ヶ月というもの毎日毎日通い詰めて皆勤賞なのだそうです。「家に帰る途中だから……」と言い訳していましたが、仕事場から自宅まで、わざわざ秋葉原を経由して、山手線を三分の二周することを、はたして「帰る途中」と呼べるのでしょうか。
 そんなわけだから未鏡さんはメイドさんと顔なじみです。会話もはずみます。「毎日同じ映画ばっかり見て飽きたから、たまには変えてみようと思って」と、持参のDVDを店の液晶モニタで上映させたりします。映画はなんという題名だったっけ、バイロンが自分のサロメ劇を好きな俳優を使って上演させるというような筋書きでした。メイドさんは「あたし、こういう男爵様とか出てくる映画好きなんですよね」とよろこんで見ていましたが、やはりメイド華やかなりしビクトリア朝ロンドンが舞台だからなのでしょうね。しかしなぜ男爵なんだろう。アイスさんのファンかしら。

 この店のユニークなところはその会計方法です。料理のメニューはありません。最初にミックスナッツの小皿が出るだけ。そのかわり席料もサービス料もチップもありません。ドリンクの値段のみです。そのドリンク、すべて一杯千円です。ビールもレミーマルタンも千円です。ドリンクを頼むごとに千円を払います。これって、ふと気づいたのですが、新宿の立ち飲み屋と同じシステムですね。ただ呑ませるのがワンカップ大関でなく洋酒であることと、おやじでなくメイドさんが接客していることと、酔客が店の外で持参のヤキトリとか囓りながら飲んでいないことくらいが違うところでしょうか。えらく違うな。
 メイドさんは最初ひとりでしたが、そのうちもうひとり加わりました。バーは十時頃から混みだすので、そのころ来るのだという話です。
 店は十一月から始めたとのこと。「前の人が十月いっぱいで、このDVDプレイヤーも液晶モニターも置いたまま失踪しちゃったんで助かるけど、このプレイヤーのリモコンがどこにあるか、いまだに分からないんですよね」とメイドさんがケラケラ笑いながら説明してくれました。
 すると未鏡さんは突然、ちょっとドンキホーテに行ってくる、と言い出すのです。なんだかわかりませんが、私も同行することにしました。
 私のめあては前田のクラッカー。私は前田のクラッカーが、たとえようもなく好きなのです。野菜クラッカー、チーズクラッカーと並んで、「クラッカー三銃士」と個人的に呼んでいるほど好きです。ぼってりとして、なんとなく湿った感じがして、グルタミン酸とソーダの味がするこのクラッカー。しみじみ美味いと思います。あたり前田のクラッカー。好きです。大好きです。大好きだぁぁぁぁ。 ……ぜいぜい。
 こんな美味しいものはないのに、なぜかコンビニやスーパーではめったに売っていないのです。秋葉原のドンキホーテで売っているのを見つけてからは、秋葉原に行くとかならず前田のクラッカーを買い込むことにしています。
 前田のクラッカーと、あとヨグールとパンダカステラを買い、バーに戻ると、未鏡さんはしばらく遅れて戻ってきました。なんと汎用リモコンを買ってきたのです。それをDVDプレイヤーが操作できるよう調整して、メイドさんにプレゼントしたのです。なんてマメな男なんでしょう。

 映画を最後まで見てからドンキ行ってきて、さらに飲み直しましたから、たぶん三時間は店に居座っていたと思います。酒も五杯くらいは呑んだと思います。こういうショットバーはふらりと入って軽く呑んでさっと帰るのがイキなのに、べろべろになるまで飲み続けるなんて、なんたることなのでしょう。ハラ君が私のクラッカーをとりあげて店であけて食うようなひどいことまでしましたから、もはやイキも品もないただの酔いどれ集団です。立ち呑み屋でヤキトリ囓りながらワンカップ大関呑んでるおっさん以下です。でも面白かった。翌日夕方まで二日酔いに悩んだけれど。

 いま未鏡さんから電話がかかってきたのですが、きょうもクリスマスイブだから当然あの店に行くとうれしそうに話しておりました。タフだな。


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