5月22日(月曜日、晴れときどき曇り)

 なんだか昨日は醜態を見せたような気がしないでもなかったりするのだが、まあ過ぎたことは気にすまい。
 珍しく早起きしてえっちらおっちらとチェロを担ぎ、学校の視聴覚教室に行くと、なんだか禍々しい笛の音が上から聞こえてくるのだ。
 フルートの音である。
 フルートというと悪魔が来たりて笛を吹く、という印象が角川映画のせいでこびりついてしまっている。
 どのくらいこびりついているかというと、テレビなどでフルートの演奏があると、演奏者の指の本数を数えないではいられないのだ。
 もしや指が三本しかないのではないか、そしてこの曲は、指が三本しかなくても演奏できるように特別に作られたのではないか、と、気になってならないのだ。
 屋上に登ってみると、指こそ五本揃っているものの、禍々しい顔をして女生徒がフルートを吹いている。
 そのような禍々しい雰囲気の女生徒ですら、次の瞬間には年齢が小学校高学年にまで激減するというのはいかなるものか。
 やはり、私のサイキックシールド幼女空間は至尊ニシテ冒スヘカラズ、というあれなのだろうか。

 今日はお姉さんになるのれす。むいむい。
 大人のみりきというヤシ、違ったヤツを、とっぷりと見せつけてやるのです。うっふんあっはん。
 うふん、ボウヤ、お姉さんが教えてア・ゲ・ル(はぁと)。
 うふふ、ボウヤ、何がお望みなの? ほほほ、あたしの鞭が欲しいの? まあ困ったボウヤね。お望み通り打ってあげるわぴしぃぱしぃ。
 いかん。何かが違っているのです。ちょっと違ってきたのです。

 その上級生には、なにか近寄りがたい雰囲気があった。
 もっと正確に言うと、なにか近寄るととんでもないことになりそうな雰囲気があった。
 妖怪じみたオーラさえ発しているように思える。フルートを吹きながらも、何かぶつぶつ呟いているし。しかし器用だ。
 ここは君子危うきに近寄らずというあれだ。
 私はさっさと屋上から逃げ出し、教室に戻るのであった。

 きぃぃ、失礼ざます。
 あちきがせっかくオトナのミリキというものを発揮しようとしてたのにぃ。
 こうなったら律子になりきりっ子で教室まで追跡するのです。あちきはこう見えても執念深いので有名なのです。ハマの清姫と呼ばれた時代もありましたことよ。安珍さま待ってらっしゃい、おーほほほほ。

 放課後、なぜか律子が高笑いしながら入ってきた。
 文化祭の参加申込書とやらを持ってきたとのこと。
 しかも入ってからも、にへらにへらしている。
 いったい何があったのであろうか。
 これはひょっとすると、春先に多いといわれるある種の病気ではないだろうか。

 あちき、可愛い?

 う。
 いきなりなんてことを言い出すのであろうか。
 これはひょっとすると、可愛いと答えるといきなり口が耳まで裂ける、という一種の妖怪ではないだろうか。
 そして可愛くないと答えると高速道路を百三十キロのスピードで追いかけてくるのだ。
 ここはひょっとすると可愛いと答えておいた方が、被害が少ないのではないだろうか。

 激可愛い?

 どうもこのアレには人間の会話が通用しないようである。
 激というと、激辛とか、激美味とか、極端なものの形容に使われるべき言葉である。
 可愛いというものは中庸をもって尊しとなすとかそういうものであろう。
 いくら鼻が高いのがハンサムさんだといっても、激鼻が高いというと天狗とかピノキオとかそういうものになってしまい、ハンサムさんではなくなってしまうように思われる。
 いくら髪がさらさらでつやつやで長いのが美人だといっても、激髪が長いというのはお菊人形とか麗子像とかそういうものになってしまって、美人というより夜中に見るのが怖いとかそういうものになってしまうのではないか。
 そしてまた、いくら顔が丸くて目がぱっちりしていてぷにぷにしていてずん胴でちびがかわゆいといっても、ブロッコリーアニメはやりすぎだと思うのが常識ある一般人の立場、というものではあるまいか。

 うみゅう。
 あちきの美しさにイチコロ(死語)になったせいか、ぶつぶつぶつぶつと呟いて申込書にでんでん書き込もうとしない彼氏。ま、いつもの事だから、と勝手に書きこむあちき。なんて健気な恋人。みゅみゅぅ。
 しかし器楽合奏同好会? うみゅみゅ、そんなものこの学校にあったのかしら。むみゅう。
 だいたい同好会は、顧問と部員三名以上が揃っていないと認めてもらえないのに、彼氏ととうゆちゃんしか部員がいないと言う。あぅ。こりは、もしかして幽霊団体とかいうものでは……

 幽霊団体であったか。
 妖怪少女ではじまった今日は、幽霊団体で暮れるのがふさわしいとか、そういった按配であろうか。

 げし。


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