盗賊と勇者

「しかしヤンガス、あの強情な女盗賊からどういうぐあいに馬を取りもどすのだ」
 と、権兵衛は、ヤンガスへ顔をむけた。
「あの女の性分は心得てます。ふるいつきあいですからね」
「どうやら、子細がありそうだな」
「いや、今はそれは関係ないでしょう。それよりも馬だ。馬さえ取りもどせば、また旅がつづけられる」

 パルミドの街で酔いどれに馬を盗まれ、それが故売屋の手に渡り、かつての恋人ゲルダに買われたときいたとき、ヤンガスは
(これも運命か)
 と、おもった。
 屋敷にいたゲルダは昔のように美しかった。
 性格も、かわっていなかった。
 ヤンガスのみたとおり、宝石に弱いゲルダは、北の洞窟にねむる、
「ビーナスの涙」
 とひきかえに、馬を手放すことを承知した。
 それよりも気になるのは、ゲルダの態度である。
 気のせいか、瞳がうるみ目の下に血の気がさして、変につややかであった。
 権兵衛をじっと見ていた。目をそらしたあと、ぽっと煙るような表情になった。ヤンガスは、ゲルダの表情のなまなましさに、あわてて目をそらし、
(権兵衛め、ゆだんがならぬ)
 と、おもった。
「俺は洞窟へゆく。かならず、宝石は盗ってくる。しかし」
 と、ヤンガスは念をおした。
「ゲルダには、手を出すな」
「心得ている」
 と、権兵衛はにやりと笑った。ゲルダはおどろいてしまった。権兵衛とは、まるで野獣のように見さかいもなく女に手をつける男なのか。

 翌朝、洞窟からヤンガスがもどってきたときには、陽が高くなっていた。ふところの中の宝石を撫でながら、いまごろは、ゲルダはなにをしているだろう、と愚にもつかぬ思案をしていた。
(もう起きたころか。いや、あの宝石好きだ、俺が戻るのを首を長くして待ってるんじゃないか。しかし、あいつもいい女になりやがった。このビーナスの涙をもとに、いっちょよりを戻してやるか……)
 濠に囲まれたゲルダの屋敷に戻ったが、人影がなかった。
「ゲルダ、宝石だ。約束通り盗んできたぜ」
 大声で呼ばわったが、応えるものはない。

 ヤンガスが、女盗賊ゲルダの逐電を知ったのは、宝石ガイドの中にはさんであった書置きを見てからであった。
(もしや――)
 と思って、隣の馬小屋へ駈けこんだ。馬も馬車もなかった。その代わり、一通の書状が置いてあった。一読してから、ヤンガスは、頭をかかえて、まぐさの中に仰向けざまに倒れた。そのまま、ぐるりとうつぶせになり、やがて、小屋がふるえるほどに笑いだした。
(同じ悪者でも、むかしから気の小さいのは盗賊になり、気が大きいのは勇者になる。まったくその通りだ。手前のむかしの恋人をまんまとあいつの手に渡すなんざ、こいつぁ、古今未曾有の大笑いだ。苦情の持ち込みようがねぇじゃないか。負けた。負けたよ。あの大盗賊めに)
 笑いながら、ヤンガスの眼にプッツリと涙がもりあがり、頬をつたって流れた。ゲルダへの未練もあり、負けた悔しさもあった。それよりも、ポルトリンクに向かって去っていったという勇者へのふしぎな懐かしみが、ヤンガスの心のシンをぬらしはじめていた。


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