海底の奴隷少女

 拷問台に縛りつけられ、半身を無惨に晒しているマリベル。
 その羞恥と苦悶に歪んだ表情を、じっくりと舐めるように眺めたグラコスは、配下に次の指令を出した。
「おい……あの二人を出せ」
「はっ」

 マリベルはそれを聞いて、ふと、嫌な予感がした。
(あの二人……ふたり……まさか、あの酒場にいた姉妹……?)
 いや別に、あのふたりが嫌いなわけではないが、こういう状況では、ぜったいに会いたくないふたりだと、マリベルは思っていた。
 しかし、連れてこられたのは、マリベルが見たこともない男女だった。
 ふたりは後ろ手に縛られ、それを互いにくくりつけられ、ちょうど反対側を向くような格好で縛られていた。
 男は二十代後半だろうか、長い遍歴を物語るように皮膚は浅黒く焼け、締まった筋肉の持ち主であった。その整った容貌に、年上の男を好むマリベルは、思わずときめいてしまった。
 女は二十になるかどうかというところ。すらりとした姿態の、色の白い、長い黒髪を持つ娘だ。自分の色黒と縮れた赤毛に劣等感を持つマリベルを嫉妬させるに充分な娘だった。なによりもマリベルの嫉妬を買ったのは、その破れかけた衣服からのぞく、情熱的な乳房であった。

「ふぅむ……そうか、マリベルには初対面であったか。紹介しよう。伝説の笑わせ師、パノン、その弟子のヘレン」
(パノンですって!)
 マリベルも噂に聞いたことがある。伝説の笑わせ師、パノン。その芸に笑わぬ者はない。姉妹のセクシーダンサーが抜けた穴を、たったひとりで埋めたこともある。モンスターに国土を冒され、苦虫を噛み潰している国王を、心から笑わせたこともある。いや、魔王ですら、その芸には笑って攻撃の手が止まってしまった、とさえ伝えられている。
(その、パノンが……こんなに若い、美男子だったなんて……)
「なぜかこのお二人さん、海底のほこらで稽古に余念がなくてな。そこをわしが呼んできたというわけだ」
「もういいだろう! 俺たちはさんざん、あんたたちに芸を見せたはずだ」
 パノンは叫んだ。
「ふむ……いや、さんざん笑わせてもらった。まったくみごとだ、あんたの芸は」
「なら、もう地上に帰してくれ! そこの女の子も一緒に!」
(お、女の子ですってぇ!?)
 こんな事態になっても、女の子呼ばわりを許さないマリベルであった。

「まだ、お前らにやってほしいことがある……お前さん、芸風を広げる気はないかね?」
「?」
 パノンは不審に思いながらも、グラコスの口調に嫌なものを感じ、睨み付けた。
「わからんのか。そこで師弟ふたり、合歓ってみろ、と言っておるのだ!」
 グラコスの指先の動きに応じ、デスキャンサーはふたりの衣服に鋏をかけ、ひと息に引きちぎった。

「ぐふふふ……それ、わしの目前でやってみい。そうしたら、地上へ戻してやる」
「ば、馬鹿な! こんな人前で、で、できるもんか!」
 まったくの裸身となり、胸を抱えてうずくまるヘレンを庇うように、パノンはみずからの身体でヘレンを隠し、顔を深紅に染めながらも言い返した。
「ぐふふ……ここでは、ムードが足りん、そういうのだな。よかろう、では……」
 グラコスの指がまた動き、後ろに控えていたたつのこナイトが、口から桃色の霧を吐き出した。
(うっ、毒の霧……い、いや、違う……)
 マリベルはその霧を吸い込んだが、桃色の霧は毒ではなかった。しかし、なんだか身体が熱くなってきたようにも感じられる。
(風邪? ……いや、そうじゃないわ。熱いというより、火照るみたい。なんだか、妙に心地よい……)
 霧の作用だろうか、なんだか陶酔したようになったマリベルの耳に、グラコスの言葉が飛び込んできた。
「げはははは……どうだ、媚薬の霧の効果は……?」

(び、媚薬ですってぇ!)
 マリベルはあわてて、霧をこれ以上吸わないように息を止めた。しかし遅かった。なんだか息が苦しい。思わず口を開け、喘いでしまう。涎がこぼれそうなくらいに。
 それよりも堪らないのは、下腹部だった。痒い。ものすごく痒い。汗でじっとり湿った太腿の付け根……。
(か……掻きたい。掻き毟りたいくらい、痒い!)
 拷問台に縛りつけられながらも、無意識に身をよじるマリベル。
 いっぽう、ふたりの男女は、媚薬のはたらきに抵抗するかのように、じっとうずくまって、身動きもしない。
「強情な奴だな。しょうがない。……おい、ヘレン」
「は……はい」
 ヘレンはびくっと痙攣し、ゆっくりと顔を上げた。心なしか、上気しているようだ。
「お前らふたりは許してやる……だが、条件がある。ヘレン。お前、この小娘を絶頂に導いてやるのだ」
 グラコスは、マリベルを指さした。
 ヘレンはしばらくうなだれていたが、やがて、なにごとかを決意したかのように、ゆっくりと立ち上がった。

 ヘレンはマリベルの拷問台に、ゆっくりと歩み寄ってゆく。
 その蠱惑的な裸身を隠そうともしない。
 その豊満な乳房の先が、痛いように尖って見えたのは、マリベルの錯覚だったろうか。
「お嬢ちゃん……堪忍な」
 ヘレンは、ゆっくりとマリベルに近づく。
 その大きな瞳に涙をいっぱいに溜めながらも、ヘレンの決心は変わらないようだ。
「うち……あんたを犠牲にしても……師匠を助けたいんや。な、堪忍……」
「や、や、や、やめてよ、ちょ、ちょ、ちょっと」
 マリベルは逃げようとしても、がっちりと拷問台に縛りつけられ、身動きもできない。

 ヘレンの指がマリベルに触れた瞬間、静電気のような大きな衝撃を感じた。
 しかしそれは痛くなかった。ひたすら甘美だった。
「ひァッ」
 思わず悲鳴を上げたマリベルに、ヘレンは微笑む。
「お嬢ちゃん……気持ち、ええんやろ? な、もっと気持ちよく、したる……」
 そう言いながらヘレンの指は、無数の小さな白蛇のように優美にうねり、マリベルの胸をすべるように愛撫してゆく。
 かすかに隆起するかしないくらいの平たい胸でも、刺激には敏感なようだ。
 生まれて初めて、その胸に与えられた愛撫に、くすぐったいような痺れるような、奇妙で甘美な感覚を、マリベルは感じた。そのたびに、小さな胸の突端が、ぴくぴくと動く。
(あ……ちょ、ちょっと……そんな……バカなこと……)
「どう?……こうすると、気持ちええやろ?……大丈夫……こうして揉んだったら、大きくなるんよ……」
 もはや陶酔しきったのだろうか、ヘレンは指だけでなく、マリベルに密着し、全身で愛撫をはじめた。
 ヘレンのはち切れんばかりの乳房が、マリベルの胸を撫でさする。白くきめ細やかな皮膚が、適度な柔らかさをもってマリベルの胸を圧迫する。ときおり、互いの乳首が擦れあう。あまりの刺激に、
「ひッ」
 と悲鳴を上げてしまうマリベル。ヘレンも感じるらしく、同時にはげしく身震いをする。
(やめて……もう……あたし、ホントに……なにも……考えられ……なく)
 激しく襲いかかる甘美な感覚の洪水に負け、マリベルはもう何も考えられない。ただ、皮膚から送られてくる感覚を受容するだけの存在となり果てた。悲しくもないのに、涙がやたらに出る。苦しくもないのに、呻き声が止まらない。もはや自分の身体が自分でコントロールできない。
 さらに、腿の奥の疼きは増すばかりらしく、無意識に足をよじり、そこを掻こうとしている。

「さあ……ええやろ……そろそろ……どう?」
 ヘレンは指をすべらせ、マリベルのなだらかな胴体曲線をゆっくりと下の方に移動してゆく。
 マリベルは移動する指の甘美な余韻を、ただ受けとめるだけだった。
(あ……な、何で……指で撫でられるだけで、こんなに気持ちいいの……?)
 ヘレンの指は、やがてマリベルの腰から太腿へと伝い、ついに中心部を探し当てた。
「あ、ああっ」
 ひときわ大きな声を上げて叫ぶマリベルに、悪戯っぽい、隠微な笑顔を向けるヘレン。
「我慢しとったんやね……こんなに濡らして……あかん子やねぇ……」
「いや……やめ……恥ずかし……」
 泣きじゃくるマリベルの口を、ヘレンはみずからの唇で塞いだ。舌を絡める。
「恥ずかしがることあれへんのよ……。大人になった……あかし。ね、ほら、こんなに……」
 マリベルの中心部で指をかすかに動かしてみせる。口づけで塞がれ、叫ぶこともできない。ただ涎がやたらに出る。
「う……うっ、うううう……ううっ!」
「ええやろ……ここ。な、ほら、どうなん……? ほら、ほら、ほら、ほら、ね、ね、ね」
 ヘレンの指が一本から二本、三本となり、動きがさらに大胆になってきたころ、マリベルは屈伏した。ヘレンの唇をはねのけ、絶叫する。
「あ……あ、あ、あああああああっ!!」

「げははは……よくやったヘレン。なかなかの見物だったぞ」
 グラコスに声をかけられ、ようやくヘレンは、上気した身体をマリベルから離す。
 マリベルはまだ快楽の頂きにあるらしく、なにも聞こえていない。身体がときおり、ぴくり、と痙攣するだけだ。
「こ……これで、うちら、帰してもらえるんやろね」
 ヘレンの言葉に、グラコスはちょっと考え込むふりをした。
「いや、ちょっと……困った問題があってな」
「そんなん、約束が違いますやん! せっかく、あの子を……」
「問題というのは、お前の師匠のことだよ……おい」
 グラコスの指示で、ヘルダイバーがパノンの身体を引き起こす。パノンは抵抗するが、むりやり立たされてしまった。ヘレンは思わず、息をのんだ。
「…………!」
 パノンの下腹部の一点は、理性の抑制も聞かず、息苦しいほどに屹立して天をめざしていたのである。
「客人をこういう状態で帰すのは心苦しい……次はヘレンとマリベル、お前らふたりで、パノンを満足させてやることだな……げひひひひ」

(第三部・パノン無惨に続く)