海原(あま)駆けるもの

 大海原に浮かぶ巨船、マール・デ・ドラゴーン。波を蹴散らして進む海洋の要塞。人はそれを「海龍」と呼ぶ。
 海龍の上に立つ男、キャプテン・シャークアイ。その名声はコスタールのみならず、全世界にとどろきわたる大海賊。
 シャークアイに寄り添うのは、麗しのアニエス。魔王の呪いから解放された、シャークアイ掌中の宝玉、大海原の真珠。
「前方40マイルに漁船発見!」
 見張りからの報告がもたらされる。
「どうします、ちっぽけな漁船らしいです。ほっときましょうか?」
 忠実なる副官、カデルは進言する。
「いや、偽装かもしれぬ」
 シャークアイは命令を下す。
「とりあえず船を寄せろ。調べるのだ!」

 マール・デ・ドラゴーンとちっぽけな漁船。鯨と鰯くらいの大差がある。速力も格段の差があり、あっという間に追いつく。巨船の蹴立てる波で漁船を転覆させないよう、注意しながら船を寄せる。
「フィッシュベルの漁船か。アルスの村の連中だな。しかし、海では容赦はしない」
 シャークアイはかすかに笑うと、漁船に呼びかけた。
「これからお前たちの船に乗り込む。無駄な抵抗はやめろ。おとなしくしていれば、殺しはしない」
 シャークアイの温情ある言葉に対して返ってきたのは、意外な返答だった。
「わしらも海に生きる者。誇りにかけても、きさまらの思い通りにはさせねえ」
 あまりにちっぽけな連中が大きな口を叩いたので、怒るというよりは呆れた風情のシャークアイ。
「しょうがないな。ちと懲らしめてやるか。おい、カデル。手下を二十人ばかり連れて、あの船に殴り込め」

 やすやすと占領できるはずだった。百戦錬磨の海賊とただの漁師、鎧袖一触のはずだった。
 ところがカデル率いる海賊は、とんでもないものを見てしまった。
 田舎臭い小島の、ちっぽけな漁船の、けちな漁師どもが、呪文を唱えたのだ。それも、とんでもない高級呪文を。
「メイルストローム!」
 たちまち巻きおこる渦潮に、ひとたまりもなく呑まれていく海賊。
「幻魔召喚!」
 現れた魔王に、はらわたまで食い尽くされる海賊。
「煉獄火炎!」
 究極火炎の前に、灰すらも残さず焼け尽くす海賊。
「ジゴスパーク!」
 天が裂けて落ちてきた雷電のため、瞬時に消滅した海賊。
 仲間の死にざまを呆然と眺めていたカデルは、やがて正気に戻り、あわてふためいて逃げだそうとする。しかし、時すでに遅く、ひとりの漁師が、凄まじい気合いとともに襲いかかる。
「ギガスラッシュ!」
 事態の容易ならぬことに気づいたシャークアイは、急いで船を廻して逃れようとするが、マール・デ・ドラゴーン上にも、おそるべき究極剣が襲いかかる。
「アルテマソード!」

 命からがら逃げ出したシャークアイは、フィッシュベルになんとかたどり着いた。アルスの家で、応急手当を受け、マーレの暖かい魚スープを味わい、ようやく人心地がついた様子。
「いや、ひどい目にあった。これまで魔物や怪物とさんざん戦ってきたが、あの船の船員ほど、強い奴をみたことがない」
「あんたって、バカねー。フィッシュベルの漁船を襲うなんて。死にたいの?」
 見下げ果てたといった様子で、マリベルは言い捨てる。
「ごめんね。フィッシュベルの男は」
 おずおずと、アルスは言う。
「魔王を退治して、やっと船乗りとして認められるんだ」


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