農場への遙かな道のり

「もう、このマリベルタウンにも飽きたわね」
 マリベルのこの発言に、アルスはじめ他の三人は、またかというように顔をしかめた。
 マリベルタウンとは、フィッシュベル南東に位置する孤島の町。灰色の雨によって荒れ野と化した場所に、各都市から移民を募り、ようやく人口三十五人を数える大都市となったのである。むろん、町の名前は、マリベルの強力かつ暴力的な要請による。
「なーんか、雑然としてんのよね。都市計画が不在なんだわ。ポリシーもなく、いいかげんに住民を集めすぎたのよね」
 それはマリベル、あんたが各地で会う人ごとに暴力をふるって無理矢理移民契約書にサインさせたからだろ、あんたのやりくちは十七世紀のイギリス海軍の徴兵よりひどい、とアルスは思ったが、むろんのこと、口には出さなかった。
「これからはひとづくり、まちづくりの時代よ。新しい町の建設に不要な人材には、出ていってもらいましょ」
 マリベルはつかつかと村の礎石に近づくと、そこで居眠りしていた兵士の肩に手をかけた。
「あんた、出て行きなさい」
「……は?」
「あんたはこれからの平和な町づくりには不要な人材ね。いいこと、三十分以内に荷物をまとめて、どこなりと出ていくのよ。わかって?」
 マリベルはにこやかに微笑むと、腕に力をこめた。甲冑の肩当てはめりめりと音がして砕け、兵士は悲鳴をあげた。
 マリベルはさらに、繁華街をうろうろと歩いている男にも声をかけた。
「あんたも出ていくのよ」
「し、しかし私は、妻を捜してここに……」
「うっさいわね。あんたのブサイクな豚妻なんて、とっくの昔にモンスターの餌食になっちゃってるわよ! もしくは山賊の慰みものね。どっちにしろ、三十分後にまだあんたを見かけたら、奥さんと地獄で再会させてやるからね」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ」

 このようにして住民の半数を立ち退かせ(立ち退き料なしで)、マリベル一行は新しい町づくりの人材を求めて世界を歩いた。
 それは長い、苦しい道程だった。神父を見つけると、マリベルはしゅくふくの杖で打擲した。商人は有り金を奪って叩き出した。遊び人やバーテンはメラミで骨も残さず焼き尽くした。
 そして、ようやく三十五人を集めた。新しい町ができた。

「うわ、イナカくさい。田舎者をいくら集めたって、やっぱり田舎にしかならないのね」
 見渡す限り、田園や果樹園が広がる町。
 その一角に、素朴な丸木造りの平屋が並ぶだけの町。
 新しい町を見て、マリベルはさっそく不平をもらした。
「なんかコヤシ臭いわね。エレガントな私には、こんな臭い町、ふさわしくないわ。ガボやアルスにはお似合いだけど」
 農夫やホビットや家畜ばっかり集めて回ったのはてめえだろうが、とアルスは内心毒づいたが、むろんのこと、口には出さなかった。

「やあ、マリベルさん!」
 そんなマリベルに、なれなれしく話しかけてきた農夫がいた。
「私ですよ。エンゴウから来たバレルですよ。マリベルさんのおかげで、ついに究極の作物を作り上げることができました」
「……ああ、そういえばどこかに、そんなくだらない夢を語ってたトンチキがいたわね。で、なんなの、究極の作物って?」
「あれですよ」
 農夫バレルは、前方の畑を指さした。そこには、たわわな茄子が枝にぶらさがり、さわさわと揺れていた。それは、春風に揺れているのではなかった。
「……な、ナスビナーラ?!」
「そうです」バレルは情熱的に語った。
「この土地の土壌が適していたのでしょうか、私の丹誠こめた手入れが功を奏したのでしょうか、作物が知性を持ち、みずからの意志で活動するようになったのです。他にも」
 バレルは得意になって一行を案内した。そこには、サボテンボール、メランザーナ、ダンスニードル、ローズバトラー、ヘルバオムなどが栽培されていた。

「……で、これがいったい何の役に立つの?」
 マリベルの冷然たる質問に、バレルは胸を張って答えた。
「今のところ、役には立っておりません。でも将来、きっと食糧問題を解決してくれると、信じています」
「食糧問題?」
「まだそこまでは教育しておりませんが、野菜たちに教え込んで、みずから人間に食われたがるような性質に育てたい。そうすればきっと、野菜が勝手に自分を料理して、食卓にのぼるようになるでしょう。これぞ調理革命」
「ふーん……で、今はまだ、そういう性質になってないのね。あ、そう。モンスターの性が残って、まだ人を襲う性質がある……じゃあ」
 マリベルはバレルを殴り倒した。ひとたまりもなく、農夫は地に倒れた。そしてマリベルは、柵を破り、作物に語りかけた。
「食糧問題を、手っ取り早く解決しましょ。野菜たち、この町の人口を減らすのよ。襲え、人間たちを!」

 無人の廃墟と化したマリベルタウン。あちこちに人間の食い残された腕や臓物が散らばっている。惨殺された野菜の屑も散らばっている。
 死臭ただよう中で、マリベルは宣言した。
「さ、また住民を集めるのよ。今度はもっと、オシャレな町にしたいわね。踊り子とか、酒場とかある町。うーん、カジノなんかどうかしら」
 アルスたち残り三人は、戦闘で疲れた身体を癒す間もなく、マリベルの言葉に従うしかなかった。


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