雲ひとつない空。
風に乗って空をすべるカモメ。
早朝、アルスは船着き場に急ぐ。
サンドイッチの包みをふたつぶらさげて。
そう、あの日もこんな朝だった。
サンドイッチはひとつだったが。
あれからの月日をふと数えてみて、アルスは思わず愕然となる。
そんなにも短い時間だったのか。
キーファ王子との探検。石版の発見。異世界への旅。モンスターとの闘い。
王様、芸術家、吟遊詩人、占い師、……さまざまな人々との出会い。
ガボと出会い、キーファと別れた。メルビンと力を合わせ、アイラと旅した。
そう、そして文句を言いながらも、マリベルが横にいた。
長い旅だった。いろいろな経験をした。
それが時間に直すと、一年とちょっとだったなんて。
漁師として船に乗り込むことだけが夢だった、あの頃から。
たったそれっぽっちの年月しか流れていないなんて。
しかし今、自分の心の中を覗いてみて、アルスはちょっとおどろいた。
ぼくは今でも、漁師になりたがっているなんて。
さまざまな経験をして。たくさんの人たちと会って。
でもやっぱり、海が好きだ。船が好きだ。
そして今日、アルスは、船に乗り込む。
父の大きな掌に肩を抱かれ。甲板に一緒に座ってアンチョビサンドを頬張り。
今、もやいが外され、船が出る。
ぼくの人生の始まりだ。
「親方、ちょっと見てくだせえ!」
見張りがアルスの父親を呼んでいる。
「ほら、あれ。何かが、この船を追っかけて来てますぜ!」
「何だ……あの、丸木舟は……マリベル!」
なぜかマリベルが、丸木舟に乗り込み、おそろしい勢いで櫂をこぎ、舟を追ってくる。
そして叫んでいる。喚いている。
「アルスー!!! あんた、そんなことでいいの?!! 漁師でいいの?!! 世界を救ったのよ?!!! 魔王を倒したのよ?!!! スーパースターなのよ??!!!!」
しかし、しょせん漁船の馬力にはかなわない。
マリベルの丸木舟は、みるみる視界から遠ざかってゆく。
声もだんだん遠のいてゆく。
「あんたには野心がないの??!! アルスー!!! なんでも望みどおりなのよ!! ねえ、王様に頼んで、近衛隊長か軍団長には……いや、望めば神様にだって……ねえアルス、聞いてるの?! チンケな漁師なんて……ちょっとアルス、スーパースターよ!! スーパー、スター!!! スター! スター! スター!!!!!!……………………スーパー…………スター……………………