その前夜

 アミット家にながく仕える女中は、ふしぎでならなかった。
 マリベルが帰ってきたかと思うと、アルス一行が慌ただしくやってきて、マリベルを連れていった。それはいつもの話なのだが、なぜかマリベルの部屋に、小汚いガキがうろついているのだ。
「あんた! そこはマリベル様のお部屋だよ! どこから忍び込んだか知らないが、さっさと出ておいき!」
「オイラ、ここで待っているよう、マリベルに言われただよ」
 ガキはこういって動こうとはしない。やむなく女中は主人のアミット様に注進した。
「ああ、それはマリベルの友達のガボというんだ。居させてあげなさい」
 マリベル様も酔狂な、なにもあんな野育ちの糞ガキを友達にしなくてもいいだろう、と悪態をつきながらも、女中はやむなくガボの存在を受け入れることにした。しかし女中の苦労は絶えなかった。

「オイラ、腹減っただよ。なんか食う物はないか?」
「さっき朝御飯を食べたばかりでしょ! それも三人前も」
「オイラ、何も食ってないだよ。あーん、この人、オイラを飢え死にさせる気だよ」
 こいつはこの若さでボケとんのか、それにしてもオイラなんて自称するのはミック・ジャガーとてめえだけだぞ、とさんざん毒づきながらも、女中は残飯なりとも運ばなければならなかった。しかもこのガキ、鯛でもカサゴでも、頭から骨ごとばりばりとその大きな口で噛み砕いてしまうのだ。顔をそむけながら、このガキはもしかして雁木小僧とかいう妖怪ではないか、あるいは河童か、と女中は怖れおののくのだった。

 ようやくマリベルと一行が戻ってきて、糞ガキを連れていったときには、女中は心底からほっと安堵の吐息をついた。しかし女中の受難はそれだけでは終わらなかった。
 今度は妙な甲冑に身を固めた老人が、マリベル様の部屋に住みついたのだ。
 主人にお伺いを立てたところ、それは伝説の英雄メルビンだろう、丁重におもてなしせよ、とのことだった。しかしその老人は英雄らしいところは微塵も感じさせなかった。なにしろ、マリベルの机の引き出しや箪笥を勝手に開けるのだ。
「やめてください! なんですか、いい年をして。お嬢様のものを勝手にいじらないでください!」
「いや面目ない。お詫びいたす。なにしろ拙者、長い冒険生活が身体に染みついておっての、箪笥や引き出しを見ると、開けずにはおれぬのじゃ。しかし最近のおなごの下着は、派手になったものよのう。このようにきらきらしく、薄くなって。透けんばかりではないか。ああ、拙者が三十年若ければ……」
 何が拙者だ、このエロ爺、と心の中で罵倒しながら去っていこうとする女中の尻を、老人はさっと撫でるのであった。ひっぱたこうとして女中が振り向いたときには、なんという素早さか、老人は姿を消していた。

 ようやく一行がまた戻ってきて、クソ爺を連れていってくれたことを、女中は神に謝した。代わりに、妙に身体のしなやかな女戦士を置いていったことも、あまり気にならなかった。あの連中は、ここを簡易旅館だとでも思っているのかしら、と憤慨してはみせたが。
 しかし女中の安堵は早まっていた。その女戦士は、どうやら妖しげな趣味の持ち主だった。
「あの……何かお申しつけることがあれば」
「寂しいのよ……」
「は?」
「悪の根元を倒す、最後の闘いに同行できない、この寂しさが貴女にわかる? 汚名を着せられたユバールの民として、あかしを立てたい! 大魔王に一太刀くらわせたい! それができない、私の気持ち、貴女にわかる?」
「いや、あの、えと……」
「ああ、お願い! 慰めて! 貴女のその胸の中で、私を眠らせて! ああ、貴女の脚、素敵ね、おお、かわいい私のメイドさん……」
 めくるめく官能の世界に引きずり込まれながら、とにかく世界のためでなくてもいい、私の生活の平和のためだけにでも、早く大魔王を倒して欲しいと切に願う女中なのであった。


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