ある予感

 教会でひとり目覚めたアルスは、圧倒的な強さを見せつけた大魔王の風貌を思い出して、思わずぞくりとした。
 ――あの顔、どこかで見たことがある――
 神をも殺した魔王。おそるべき力を誇る、この世で最強の存在。しかし――
 ――あの顔、なにか見覚えがある――
 ひどく親しいような気がする。どこか懐かしい気もする。なにかとても、気がかりが残る。
 アルスはゆっくりと、三つの棺を引きずり、重い足どりを進めた。

 その時マリベルは、リハビリと称して父親をこき使っていた。
「ほら、その箪笥はそこじゃない! あっちだって! あーもう、まだ床が埃だらけ! おとーさん、また掃除を忘れてたわね!」
「マリベル、わしは、まだ病み上がりなんだが……」
「そんなこといって怠けてるから回復が遅いの! 人間、適度に働かないとなまっちゃうんだから!」
 看病と称して自宅から出ず食べてばかりのため、目に見えて脇腹のあたりに肉がついてきたマリベルは、父親を叱咤した。
「しかし、なぜわしが、お前の部屋まで掃除……」
「うっさいわね! 暇な人がやるの!」
「おまえだって、ずっと……」
 父親に向かって手をあげようとしたマリベルは、突然その手を止めた。親を殴るその不孝を躊躇ったのではない。なにかおそろしい感覚が、背筋を突き抜けたのだ。
 ――なに、いまのは?――
 おそろしいことが起ころうとしている予感。恐怖と憎悪。しかし、もっとも強い気持ちは、なにかを思い切りひっぱたいてやりたいという感覚だった。
 だからマリベルは、とりあえず父親をひっぱたいた。


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