栄光は誰のために

「これ、どういうこと?!」
 マリベルは絶叫した。
 ルーメンの町に残る、大きな石碑には、こう書いてあった。

「勇者チビィの栄光をたたえて
 かつてルーメンの町は、闇の竜、巨大食人植物、毒虫の大発生など三たびの災厄に襲われた。この災厄から町を救ったのが、勇者チビィである。チビィは四人のしもべを従え、魔物を退治していった。町を平和に導いたのち、早逝した勇者に感謝し、この石碑をのこす。
        ルーメン住民一同」

「オイラたち、チビィのしもべだってさ。ヘンなの」
 ガボはにやにやと笑った。
「笑ってる場合じゃないわ。なんでチビィが勇者であたしたちがしもべなのよ! だいたい、チビィは毒虫はともかく、闇のドラゴンとヘルバオムのときは、何にもしてないじゃないの! これは手柄の横取りだわ!」
「まあまあ、よいではござらぬか、マリベル殿」メルビンが取りなした。
「とにかく平和になって、町の人たちが救われれば、それでよいのでござるよ」
「よくないわ! あたしたちの功績が不当に無視されたのよ! これって、歴史の改竄だわ! 許せない! だいたい、イモムシの分際で勇者とはなにごとよ! さわると青い触手を伸ばして、臭いにおいを出すのよ! あんなのが勇者なんて、ちゃんちゃらおかしいわ!」
 なおもチビィへの罵言を吐き散らすマリベル。勇者チビィを崇拝する町の住民は、マリベルの言葉を聞いて、だんだんと血相が変わっていった。それに気づいたアルスとメルビンは、わめき続けるマリベルの手をかかえ足をかかえ、強引にその場からひきずっていった。

「だいたい、アルスがどんくさいから、チビィなんかに手柄を取られるのよ……よおし、決めた」
 それからもずっと怒りを爆発させていたマリベルは、深夜の宿屋で宣言した。
「もういちど、過去のルーメンに戻るのよ!」
「え? だって、もう魔物はいないし、平和だし」アルスは抗議した。
「駄目よ。あの石碑に、『美しく勇敢なマリベルの偉業をたたえて』と書かれるようになるまで、平和じゃないわ」
「……確かに、それまで、少なくともオイラたちに平和は来ないだろうな」
 ガボはぼやく。
「仕方ない。行くでござるよ、アルス殿」
 メルビンも諦め顔だ。

「いいこと、ヘルバオムを倒した直後に戻るのよ」
 マリベルが命じた。
「どうするんだ?」
 とアルス。
「黙って行けばいいの! あたしに、ちゃーんと考えはあるんですからね」
「人道に反する行為だけは御法度でござるよ」
 メルビンは釘をさした。

「やあ、アルスさんたち。おかげで、ヘルバオムもすっかり退治され、平和になりました。いま、町中総出で、穴を埋めているところです」
 村長のシーブルは、にこやかに一行を迎えた。
「あら、その虫はどうしたのかしら?」
 マリベルはしらじらしく聞く。
「どうやら、ヘルバオムに虫食ってたらしいですな。なんだか懐くし、私もロッキーに死なれて寂しかったし、飼っているうちに情が移りましてな。チビィと名付けました。結構かわいい奴ですよ」
 三十センチほどの芋虫にレタスの葉をやりながら、シーブルは答える。
「どこかで見たような……アルス、ちょっとモンスター図鑑を見せて!」
 図鑑を調べるふりをしたマリベルは、驚いた表情をこしらえ、村長に言う。
「まあ大変。これは、凶暴な毒芋虫よ。刺されたら人間も死んでしまうわ。……いまのうちに!」
 村長が止める間もなく、マリベルはチビィを踏みにじった。柔らかい皮膚が裂け、中から青いどろどろした汁が飛び散った。

 そして現代のルーメンに戻った一行は、石碑のところに戻った。
 碑文を読み進むにつれ、マリベルの表情は驚きから怒り、怒りから激怒、憤怒へと変わっていった。

「勇者シーブルの栄光をたたえて
 かつてルーメンの町は、闇の竜、食人植物、毒芋虫、悪鬼マリベルと、うち続く災厄に悩まされていた。これを救ったのは勇者シーブル。彼は勇敢な息子チビィとともに、恐ろしい化け物どもを退治していった。しかし最後の敵、残忍にして強大な悪鬼マリベルを倒したものの、息子チビィも相打ちとなった。息子を失ったシーブルは、町が平和になったのを見届けると、北の山に移り住んで息子の菩提をとむらい、余生を送ったといわれる」

「……アルス」
 みょうに冷静なマリベルの声が流れた。それは、無理をして感情を押さえつけたような、平板な声だった。
「戻るわよ。もういちど。過去に」

 現在のシーブルは荒れ果て、住む人もいない。草も木も枯れ果て、ところどころに煉瓦の破片がころがるだけの、まったくの廃墟である。たったひとつ、だれが立てたものか、石碑だけが残されている。その石碑には、こう書いてある。

「繁栄を誇ったルーメンの町跡。
 かつて漁業と交易で栄えたルーメンだったが、その繁栄を妬んだ化け物による災厄が町を襲った。勇者チビィは闇の竜、食人植物、毒芋虫などを倒し町を守ったが、ついに最後の敵、悪鬼マリベルに倒され、その短い生涯を終えた。勇者を倒した悪鬼マリベルは、町を完膚無きまでに破壊し尽くし、住民を皆殺しにした。ただひとり、井戸に隠れた住民シーブルだけが生き残り、北の山中に逃げのびた。美しく豊かだったルーメンの町を偲び、シーブルこれを建立す」


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