富豪漫遊記

「おい、儂も忙しい身だ。その世界一高い塔とやらの目星は、ちゃんとついているのだろうな?」
「……ええと、たぶん、こちらではないかと……」
「ばかもん! これは老楽師が村人を洪水から救ったという伝説のある、ハーメリアの塔ではないか! こんな塔なら、お前らに案内されるまでもなく、行ったことがあるわい! まさかこんな塔が、世界一高いと思っていたのか? お主ら、本当に世界を廻っているのか?」
「……ええと、こちらは……」
「愚か者! ここはバロックの塔ではないか! この頂上にはバロックが恋人の肖像画をかざっているだけじゃ!」

 世界一の大金持ちと自称するプルジオを同伴してからというもの、毎日こんな具合で、三人は気の休まる暇がなかった。
「すいません、どうもまだ大陸を復活させてない気がするので、ちょっと過去の世界に……」
「ばかもん! 儂をそんな世界に連れて行く気か! ええい許せん! 駄目だ駄目だ、この世界から出るな! 儂は嫌じゃ!」
「そんなこと言われたって……」
「なんだか、マリベルがふたりいるみたいだ。オイラ疲れたよ」
 ガボはアルスに囁く。
「なんですって!」地獄耳のマリベルは、五十メートル先の悪口も聞きつける。
「あんなワガママオヤジと、あたしを一緒にしないでよ! あたしは清く正しく美しく、冒険の旅をしてるんですからね」
「なに、この宿に泊まるというのか」
 プルジオがまた爆発する。
「ええい、こんなチンケな宿に儂を泊める気か! もっとましな部屋がないのか!」
「そうね、ちょっと汚いんじゃない?」マリベルも同調する。
「それに食事がひどいわ。こんなぐちゃぐちゃの野菜汁をスープというの? この焼けこげた、火事の現場の焼けぼっくいみたいなのが焼き肉? だいたい、この壁土で作ったような貧相なパンはどういうこと?」
「そうじゃそうじゃ。とても人間の食う物とは思えぬ。シェフを呼べ!」
「一緒じゃないか……」ガボが呟いた。

「なあ、ものは相談だが」
 みなが寝静まった夜。ガボはアルスをこっそりと揺り起こし、耳に囁いた。
「あのオッサン、足手まといだとおもわんか?」
「うん? ……ううん、まあ……」
「このままじゃ過去にも戻れない。モンスターのいる洞窟や塔にも入れん。行き詰まっちゃうぜ」
「そうだな……」
「今のうち、あのオッサンのホットストーンを盗んで、こっそり逃げちまおうぜ」
「そうするか……で、マリベルは?」
「マリベルは置いていこうぜ。今起こしたら、ぜったい大騒ぎしてオッサンも起こしちまう。オッサンと意気投合してるみたいだし、ちょうどいいんじゃないか?」
 こうしてアルスとガボは、プルジオのホットストーンを盗み、こっそりと逐電した。

 苦難の旅のすえ、ようやく塔を発見したふたりは、高い高い塔の頂上を極め、ホットストーンを掲げて、いにしえの英雄、メルビンを復活させた。

 とりあえず故郷の実家でひと休みしよう。そう思い、フィッシュベルに帰ってきたアルス。しかし実家のドアを開けた彼を迎えたのは、涙にくれる母親と、憎しみの表情を隠そうともしないマリベル、そして、プルジオだった。
「ああ……アルス、逃げとくれ!」息子の姿を認めるや、マーレは悲痛な叫びを迸らせた。
「いや、逃げても無駄だ」プルジオは冷酷に宣告した。
「既に全国に指名手配されているし、父君を留置しておりますから」
「ああ、アルス、アルス」マーレは泣いた。
「お前、何をしでかしたんだい?」
「よくもあたしを置き去りにしたわね」
 マリベルは歯がみをしながらふたりを怒鳴りつけた。その表情は、海底神殿で退治した、悪鬼に似ていた。
「マリベル殿を置いていったのは軽率じゃな」こちらはあくまで冷静に、プルジオが評した。
「儂とアミット財閥が組んだら、どんなことができるのか、想像できなかったのか?」
「どういうことですかな、アルス殿」
 事情を知らないメルビンは、戸惑うのみだった。
「ほほう、貴方が伝説の勇者でしたか」
 プルジオは冷笑した。「この先のことは、儂の法律顧問から言わせよう」

 眼鏡をかけた小男が、プルジオの脇から進み出、手に持った文書を読み上げた。
「ええとですな……、まず貴方がプルジオ様のホットストーンを持ち逃げした盗難行為、これについては寛大にも、不問に付すというのがプルジオ様の意志です。しかし石の所有権はあくまで主張します。従いまして、石の所有権、ならびに石に封じられていた勇者メルビンの所有権は、あくまでプルジオ様にあると……」
「な、なんじゃと?!」メルビンは驚愕した。
「あ、いえ、ただメルビンの勇者という職業も考慮して、プルジオ様はメルビンを直接使役する意志はございません。出向という形で従来通り、アルスに従って勤務を続ける、ということで。ただしその場合、人月一万ゴールドの給料が、アルスよりプルジオ様に支払われる義務が生じます」
「そんな金、オイラ持ってないよ……」ガボは言った。
「金銭でなくとも結構です。その場合、世界が平和になって勇者としての活動を休止されたときから、ガボとメルビンは無期限でプルジオ邸にて使役される、という条件で……」
「あんたはね、アルス」
 マリベルは憎しみの表情で、アルスに宣告した。
「お父さんと一緒に、死ぬまでウチの船でタダ働きよ。それがイヤなら監獄ね」
「そんなの、あんまりだ。世界を救うためにやったことじゃないか、許してよう」
 ガボは泣き言を漏らした。
「儂は温厚な人間だ。いつもなら許してやるところだ。だがな」
 プルジオは、冷酷な微笑をふたりに報いた。
「たった一種類の人間だけは許さないことにしているのだ。それはな」
 指をふたりに突きつけ、
「儂を裏切った人間じゃよ」


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