駄目人間の末路

 冒険もかなり進んだ頃、三人はある村を訪れた。それは、その村に温泉があるという情報からだった。
「やった、温泉よ。久々にあたしの疲れ切った身体を、リフレッシュさせられるわ!」
 マリベルはやたらに乗り気で、その村へ駆けていかんばかりの勢いだった。その後をガボが、愚痴をこぼしながらついていく。
「疲れ切っているのはオイラだべ……ふくろは持たされ、戦闘になれば羊を呼ばにゃならんし……」
「うっさいわね。あんたみたいな野生児、疲れるなんてことはないからいいのよ」
「オイラだって疲れるだよ。ワガママな娘っこなんて、相手にしたことはなかったんだかんな」
「なんですって?!」
「あ、ほらほら、煙が出ている、あそこが村なんじゃないか?」
 アルスは口喧嘩を逸らそうと、一生懸命になっていった。
「あんた……ずっと一緒にいるけど、ホントリーダーとしては失格ね。決断力ないし、行動力もないし。キーファが逃げたのは正解だったかもね」
 マリベルは嫌味をいいながらも、温泉への期待で乏しい胸を膨らましていた。
「乏しい胸は余計なのよ!」

「な、何よ……この温泉は!」
 マリベルは悲鳴をあげた。確かに、村の至る所に温泉があった。村の中を温泉の川が流れている、いや温泉の脇に休憩所として村が存在していた、と言う方が適切だろう。しかし、その温泉は、あまりにぬるま湯だった。あまりに……。
「あ、あんた、ペペじゃないの! あのハーブ園の……なんであんたが、こんなところにいるの?」
「どこかで……お会いしましたっけ……」
 恋と義理のしがらみに悩み、生まれ育った村をひとり出ていった男。その男が、いまは弛緩しきった表情で、温泉の流れに漂っていた。
「リンダはどうしたのよ! あんた、新しいハーブ園を作って、イワンを見返してやるって、そう言って村を出てったじゃない!」
「そんなこともあったな……」自足しきった表情で、ぺぺはのんびりと呟いた。「でも、まあ、そんなこと、どうでもいいよ……」
「マリベル、あそこの奴も、オイラ見たことがあるぞ」
 ガボは目ざとく、別の男を見つけた。
「あ、ザジ!」
 マリベルはまだ少年といっていい年頃の戦士が温泉の流れにたゆたっているのを見つけると、いきなり駆け寄って平手打ちを食らわせた。しかし少年戦士は、ものうげに抗議するだけだった。
「痛い……なあ……」
「こうでもしなきゃ反応しないでしょ! 教えて、何があったの? あんた、姉さんとカシムを見返すために、立派な戦士になるんじゃなかったの?!」
「もう……どうでもいいよ」少年はぼんやりと、遠い昔を思い返すような表情でいった。
「いいんだよ。ひとはひと、ぼくはぼく……」

「いったい、何があったっていうの?!」
 マリベルは癇癪を起こしてヒステリックな叫び声をあげた。
「ペペも、ザジも……。掟から開放されて修行の旅に出たジャンも、新時代のからくりを作るといって旅に出たゼポットも、自由気ままな旅で自分を磨くといったフーラルも……みんな、みんな腑抜けになって温泉でぶらぶらしてるのは、どういうこと?!」
「これは、魔王の手が伸びているに違いない……」
 アルスは腕組みをしてうめいた。
「ドラクエ6で、魔王の世界に、腑抜けにする温泉が流れる街があったろう」
「あれと同じこと?」
「ということは、魔王の陰謀で、こんなになっただか?」
「いや、魔王とは思えない」
 アルスは深刻な顔で、「たぶん、魔王よりもっと恐ろしいもの……」
「じれったいわね! 何なのよ!」
 アルスはいつになく真剣な顔で、マリベルにいった。
「ここで腑抜けになって温泉を流れている奴……みな、共通点があると思わないか?」
「旅に出た、ということでしょ」
「その原因だよ」
「ええと、ペペはリンダとイワンとカヤとの四角関係に悩んで……ザジは姉とカシムに焼き餅やいて……ジャンはライラとキーファとの仲を嫉妬して……あっ」
「そうだよ。みんなうじうじした男女関係が原因なんだ」
「そういえばこのゲーム、煮え切らないうじうじした男が多すぎると思ったんだわ」
「だから魔王より恐ろしいんだ」とアルスは言葉を切って、
「これはね、堀井雄二の陰謀なんだ」
「堀井……このゲームのデザイナー?」
「そうだよ。奴の人生観は、こんなうじうじした男女関係でいっぱいなんだ。煮え切らない奴なんだ。だらしない奴なんだ。そこで、自分とおなじ価値観の若い男女を大量に産み出そう、そうして作ったゲームが、これだったんだ」
「え……これって……洗脳ゲームだったんだ……」
「そうだよ、それも、非常に巧妙な。楽しんで、百時間以上をプレイした結果、知らぬうちに、うじうじした人生観を植え付けられてしまうんだ」
「なんてことを……」
「闘おう。われわれは。堀井の人生観を、若者に植え付けないために」
「そうね。あんな駄目男を増やしちゃ、あたしの楽しみがないもの。男ってのは、もっと決然としてなきゃね」
「うがっ!」
 そして新たなる闘いがはじまった。


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