浪速恋しぐれ

「嬢(いと)はん、それだけはできまへん」<青空文庫風味
「何でやのん。うちのこと、愛してないの? こんな村、一緒に逃げようやないの。どっか遠くで、所帯を持とうやないの」
「そやけどわたいはハーブ園の庭師。ボルックはんには、いろいろとお世話になっとります。嬢はんもご両親を亡くし、ボルックはんがいわば親代わり。そんな恩義のある人に、駆け落ちなんぞしたら、合わせる顔がおまへんやないか」
「あんた……うちの愛と主人の恩義、どっちが大切やのん?」
「義理と人情をはかりにかけりゃ、義理が重たいのがこの世の中やないですか。嬢はん、わてみたいな奉公人のことは忘れて、イワンと幸せになりなはれ」
「別れろ切れろは、芸者のうちに言う言葉。今のうちには、いっそ死ねと言うとくれやす」

「いつまでやってるのよ!」
 マリベルが怒りを爆発させた。
「だいたい、なんで大阪弁なのよ」
「いや、なんとなく、こういう人情の絡んだややこしい話は、大阪弁が合うかなあと……」
「ふん、船場言葉もよう使えんくせに」マリベルはせせら笑った。
「夫婦善哉の読み過ぎね」
「わてがこいさんを初めて見たんは、水掛け不動さんの前やった……」
「小説じゃなく、『月の法善寺横町』のほうかしら」

「ところで……あーもう、ややこしいわね!」
 マリベルはまたも怒りを爆発させた。
「このハーブ園の人間関係、うっとおし過ぎるくらい錯綜してるわ。ガボ、あんたわかる?」
「オラに聞くなよ……」
「そらそうだわね」
「ワイドショーみたいに、人物相関図でも描いてみるか」
 キーファが提案した。
「あんた、ワイドショーなんか見るの?」
 マリベルはキーファを軽蔑しきった眼差しでみつめた。
「あんなもん見てると馬鹿になるわよ。まあ、どうせ最初からバカ王子だから、いいけど」
「なんだと?」
「どうせあんたのことだから、叶姉妹の巨乳でも目当てなんでしょ」

「……ええと、とりあえずこういう図になるわけだ」
 なんのかんの言いながらも、キーファは人物相関図を完成した。
「わかったわ! あのボルックが悪いのね! あの因業じじいが元凶なのね! 借金のカタに娘をいただこうって寸法ね!」
「いや、ボルックさんは、そんな悪い人じゃないんだよ。借金も年賦払いでかまわないって言ってるし。ただ、うちに嫁に来れば、とうぜん借金は棒引きってことで」
「ははあ、あのバカ息子ね。イワンが借金を種に、結婚を迫ってるんでしょ!」
「いや、イワンも、リンダの意思を尊重すると言っているし……」
「それならあの女中だわ! いかにも腹黒そうだったもん。 カヤだったっけ。あいつが玉の輿を狙って、イワンとリンダの仲を裂いているんだわ! 許せない!」
「カヤはイワンに恋しているだけだよ。まあ、それでペペを焚きつけたりもしているが、べつに悪いことはしちゃいない。ちょっと偽悪的なところはあるけどね」
「じゃあペペよ! ペペが実は悪漢で、ハーブ園乗っ取りを図って、リンダに手を出したんでしょう!」
「いや、だいたいリンダと結婚しても、ハーブ園は手に入らないぞ。手に入るのは借金だけだ」
「要するに借金が悪いんだわ! リンダの死んだ両親、あれが実は放蕩の限りをつくして、娘に借金を押し付けて死んじゃった悪い親なのね!」
「そんなことはないったら。どうも病気の治療にお金がかかって、借金しちまったようだぜ」
「ええい、ややっこしいわね! いったい、誰が悪いのよ!」
「マリベル、おまえ、冒険が進むごとに、だんだん狂暴化してないか……?」
「うっさいわね! 悪い奴は誰なの! あたしがそいつをシメてやるから」
「いや、現実の世界は、そう簡単に悪人と善人に分けることはできないんだってば」
「だから、物語の世界くらい、きっちりとしたいんじゃないのよ!」
「ごもっとも……」


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