哀しき兄妹
すべてを知ったとき、マチルダはみずから死を選んだ。
村のために命を捨てた兄を、村人は助けようとはしなかった。
ひとりで魔物の巣窟に赴き、闘って死んだ兄、パルナ。
無惨な姿で死んでいる兄を見たとき、悲しみよりも、憤りを感じた。
マチルダの握りしめた形見の人形が、兄の血を吸って膨れ上がったように感じられた。兄を見捨てた村人への怒り、憎しみ。
時とともに増幅するこれらの感情を、人形は吸いあげていった。
そして膨れ上がり、いつしかマチルダと一体化した。村人への憎しみが、マチルダを駆り立てた。
あいつらが兄を私から奪った。
ならば、村の将来を奪ってやる。
女子供をさらい、村の破壊を命じた。そのすべてが空しくなった。
ハンクとともにやってきた旅人を見たとき。
彼らのなかに、兄の面影を見たとき。
マチルダは無抵抗で殺されることを選んだ。「倒し……たね」
マリベルはやっと口を開いた。普段にも似ぬ、か細い声だった。
「これで……よかったのか?」
キーファも口が重かった。いままで見せたこともない沈痛な表情で。
「魔物を倒す……それが、こんなに気が重いことだったとは」
「あら、でも、キーファ」
マリベルが口を挟む。
「そのわりには喜々として、火炎斬りを連発してたじゃない」
「ちょっと待てよ」キーファもむっとして言い返す。
「お前も最初は防御してたくせに、攻撃しないと知ったらずに乗って、メラばっかり唱えやがって」
「ふん、魔法のひとつも知らない体力馬鹿が」マリベルは鼻で笑う。
「ハンクに『早くルカニだ! もっと、もっとルカニをかけろ! ホイミなんかいつだっていい!』って、やたらに催促してたのは、どなたでしたっけね?」
「俺なんかおとなしいもんだぜ」かっとなってキーファが怒鳴る。
「アルスを見てたか。あいつ、にやにや笑いながら攻撃してるんだぜ。ぞっとしたよ」
「そういえば、とどめを刺したのはアルスね」マリベルも追随する。
「ガキだと思ってたけど、あんたみたいなガキが一番怖いのよね」
「アルスに残忍性があるとは思わなかった」
「女を苛めるのに性的満足を感じてるんじゃないの」
「とどめもさ。棍棒で頭を潰すなんて残忍すぎるよな」「まあまあ、お三方。とりあえず、魔物は倒せたのです」
村の戦士、ハンクが仲裁にはいる。
「倒さないと女子供は解放されない。村のためには仕方なかったのです」
「そういや、そもそもの原因はあんたらだったんだぜ」キーファは決めつける。
「そうよね。お兄さんを見捨てなければ、マチルダさんだって」
いきなり風向きが自分に向かい、ハンクは慌てる。
「いや……それは……」
「村のため、村のためって、あんたたちはいっつもそればっかり」
「村のため、で兄を見捨て、村のため、で妹を殺す」
「村って、ひとを殺してまで維持するような、そんなお偉いもんなわけ?」
「小林よしのりの愛読者じゃないのか」
「地域エゴの典型だよな」
「あー、やだやだ」
「あんたらみたいなのが小渕優子を当選させるんだぜ」
「そ、そこまで言われる筋合いは……」
「あ、怒ったわよ」
「逆ギレってやつだ」「とにかく、マチルダを殺したのは、あんたの責任だからな」
「そうそう。あたしたちは、あんたについていっただけ」
「ひとごろしの重荷は背負いたくねえからなあ」
「ひ……ひどい……」
決めつけられて、ハンクはとうとう泣き出してしまった。「おまえら、覚えてろよ。きっとこの仕返しは……」
泣きながら村に逃げ帰るハンクを、三人は見送る。
「さて、あたしたち、どうしましょ」
「マチルダが言っていた、森の奥を探してみようぜ」
「そうね。あの村には、戻りたくないもんね」
それからはるか後の時代。
ふたたびウッドパルナを訪れた三人は、見たことのない高い建物を認める。
「なんだあれは? 火の見櫓か?」
「いいえ、この村の勇者、ハンク様を記念して建てた塔でございます。昔この村が魔物に襲われ、存亡の危機に瀕していたとき、ハンク様はたったひとりで魔物を倒し、村を救ったのでございます」「ハンクの野郎、手柄をひとり占めしやがった」
しきりに毒づくキーファに、マリベルが提案する。
「ねえ、あの塔に登ってみようよ」
「煙となんとかは高いところへ登りたがるってか」
「どういう意味?!」
「まあいいや。行ってみよう。もしかしたらハンクが、俺たちになにか残してくれたかも」塔の最上階にたどり着いた三人は、木に彫り込まれた、古ぼけた文字をみつける。
「ええと、なになに……『我とともに闘いし勇者、ふたたび来たりしときは、この紐を引かん』」
「やったね、やっぱりハンクさん、贈り物を置いていってくれたのよ。いいとこあるじゃん」
「まあ、そのくらいのことをされるだけの恩義は、施しているよな」
かたわらの紐を引いたとたん、天井から落下してきた石版が、キーファの脳天を直撃した。