臭いのが好き

 先日、横浜の中華街に出かけ、食材を買ってきた。
 よりによって臭いのばかり。

 まずは豆鼓である。中華が好きな人なら知っているだろう。納豆が黒く干からびたようなあの物体。干からびているだけあって糸は引かないが、納豆特有の臭いを三倍くらいに増幅させたような臭いがする。嫌いな人はダメだが、好きな人はハマる、というたぐいの食品である。
 中華では炒め物や蒸し物によく使う。塩味と蛋白の発酵したアミノ酸味が豊富なので、料理の味付けによく使う。マーボー豆腐に入れるのが有名だが、鶏足を豆鼓といっしょに蒸したものは大好きで、飲茶の店に行くと必ず注文する。
 そのまま食べるのもいい。なんでも白身魚の刺身で豆鼓をくるんで食べると絶妙だそうだ。こんどためしてみよう。

 もうひとつは臭腐乳である。みなさんは腐乳をご存知だろうか? 豆腐にコウジカビをつけて塩水の中で発酵させた食品である。沖縄のトウフヨウと同じである。「東洋のチーズ」などとよく言われる。どろっとした汁の中にサイコロ状の元豆腐が浮かんでおり、汁も豆腐も腐っているとしか思えない。これも好きな人はハマるが、嫌いな人は見るのも嫌、というたぐいの食品である。これも塩味とアミノ酸味が豊富なので、お粥の味付けだとか、野菜をこれで炒めたりだとかに使用する。もちろんそのまま食べることもできる。これひとかけらで酒が一杯飲めてしまうため、居酒屋では禁断のメニューとされているそうな。
 ところが今回のはただの腐乳ではない。ただの腐乳ですら臭いのに、わざわざ「臭」とつけた腐乳である。まず瓶をあけたときの反応が違う。シャンパンの栓を抜いたときのように、「ぽん」と音がして蓋がふっとんだ。よほど発酵が進んでいるのだろう。
 そして見た目からしても違う。ふつうの腐乳は、白麹で漬けた白腐乳と紅麹で漬けた赤腐乳がある。ところが臭腐乳は、灰色である。おそらく灰色クモノスカビとかがとっついたのであろう。しかもふつうの腐乳は豆腐がサイコロ状の形状を保っているのに、臭腐乳ではそれが崩れている。ぐずぐずである。黒いどろっとしたじゅくじゅくしたものがまとわりついている。腐敗しているとしか思えない。事実、そうだし。
 臭いは……よく、ひどい臭いを形容するのに「ウンコのような」と言いますよね。それでもないのだ。ただのウンコじゃない……あ、想い出した。子供のころ野原によくあった、野ツボの臭いだ。ええと、標準語では肥タゴと言うのかな。要するに、ウンコを集めて、日光で晒して、ウンコをさらに腐敗させたものに臭いが似ているのだ。
 味は……まず、ずるずるどろりとしたものを理性の抵抗を押し切って口に含む。うわ、ぴりっと舌を刺す。なにかあやしげな化学物質のように、ぴりぴりと舌を刺す。非常によろしげに腐った物が、舌に訴える刺激ですな。それを乗り越えると、分解され尽くしたアミノ酸の味わいが、なんというか口一杯に広がる。これを激美味というか、くそまずと言うか、たぶんこのどちらかの立場しかとりえないのではなかろうか。私は激美味に味方します。

 今回残念だったのは、中国でもっとも臭い食品といわれる「鹹魚」がまたも見つけられなかったことだ。これはボラか何か、五十センチほどの魚をそのまま塩水に漬けて発酵させたもので、臭いというかなんというか、要は魚の腐った臭いをふんだんに放つのだそうだ。しかし好きな人にはたまらない美味らしい。あれがはたして中華街で売っているのか、誰か詳しい人は教えてはくれまいか。

 だいたい酒飲みは酒という発酵食品を好むため、他の発酵食品にもだいたい寛容だと思う。日本酒にはくさやもいいし、納豆合えもいける。漬け物もいい。ワインならチーズだし、マッカリにはキムチ。泡盛ならトウフヨウ。腐乳にいちばん合うのは白乾かなあ。

 そして私は、まもなくバンコクに出かける。雨期のいま、目的はずばりドリアンだ。はじめてドリアンを食うのだ。あの臭いと言われるドリアンを、ふんだんに食うのだ。そしてドリアンには、きっとシンハビールかメコンソーダが合うのだ。誰がなんと言ってもそうなのだ。


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