卵でわっしょい

 しばらくこのコーナーの更新をしていませんでしたが、貧乏でロクなもんを食っていなかったからです。
 しかし貧乏でも食わねば生きていけぬ。アル中作家の中島らもは、貧乏時代に奥さんの実家から送られてくる卵で露命を繋いでいたそうですが、卵は格安の栄養食品です。ビバ卵。

 まずはオムレツ。簡単ですね。フライパンにバターを溶かして卵を割り入れ、ちゃっちゃっとかき回しながら塩胡椒で味つけ。オムレツは中身がどろっとしている時点で火を止めねばなりません。焼きすぎたオムレツは、アメリカのファストフードか安ホテルの朝食バイキングでしか通用しません。
 しかしながら簡単なのは、見栄えにこだわらないオムレツを作るときのみ。私の作るオムレツは、スクランブルエッグと区別がつきません。ぐちゃぐちゃのむちゃくちゃ。右手で箸でちゃっちゃっとかき回しながら、左手でフライパンをとんとんと叩いてオムレツを裏返すのがコツだそうですが、何のことやら。
 ま、自分で作って自分で食うぶんには。見栄えはどうでもいいんです。バターと卵のハーモニー。外がぱりっとして中がどろっとした卵の味わい。プレーンオムレツもいいけど、チーズを入れて焼くのが簡単で好み。凝るなら、鶏肉やキノコやジャガイモをホワイトソースで煮込んでから入れるとゴージャス。

 次は味玉子。要するにゆで卵をだし汁で煮るのです。オデンの玉子ですね。煮込んで火を止めてまた煮込んで火を止めて、三日くらいたって味がしみこんだゆで卵の味が大好き。
 ゆで卵の殻をむいてジップロックに放り込み、カマタのだし醤油をそそいで冷蔵庫に二日ほど、という簡易味玉子もやってみたのですが、やっぱり私は火を通すほうが好き。ただ、ジップロック方式だと、半熟卵に味をつけることができるのですよ。これをラーメンにいれるとおいしい。まだどろっとしているくせに味のしみた黄身と、アワビのようにぷりぷりとしている白身。
 燻製玉子もいいですね。ゆで卵の殻をむき、塩をすりこんで半日寝かし、ちょっとスモークする。さっきの味玉子みたいに醤油味という手もあります。香ばしさと身が締まった卵の食感がうるわしい。

 そして卵焼き。洋風の卵料理の基本がオムレツだとしたら、和風の基本は卵焼きですね。
 卵をかきまぜ、塩、砂糖、だし醤油(きれいな黄色にしたければ薄口醤油か白醤油を使うこと)で味をつけ、卵焼き器(小型の四角いフライパン)にごく少量流し込む。クレープを作るように薄くのばし、火が通ったら箸でくるくると巻く。巻いたらフライパンの空いたところにまた少量の卵液を流し込み、またくるくると巻く。そのくりかえしで、いつの間にか立派な卵焼きになっています。
 オムレツと同じように、卵焼きもいろいろな具を入れることができます。卵に海苔をかぶせて巻く海苔卵焼き、ゆでたホウレンソウをかぶせて巻くホウレンソウ卵焼き、卵の表面に味つけした挽肉をふりかけるそぼろ卵焼き、などなど。中には生クリームを入れてふわっとさせるお菓子風卵焼きや、卵液にコーヒーを混ぜるコーヒー卵焼き、カルピスとスジャータを混ぜる初恋卵焼きなどもあるそうです。そういえばオムレツも、大阪のどこかに、コーンスターチを混ぜてぶわっと膨らませたのを出す店があるとか。

 ところで関西の卵焼きは辛く、関東のは甘い、とよく言われます。関東の卵焼きの代表が、寿司屋で出てくる甘ったるい卵焼きですね。なんでも昔の江戸っ子は見栄っぱりだったので、高価な卵と砂糖をふんだんに使っているところを見せびらかすのに夢中になりすぎ、味の本来を忘れてしまったそうです。
 私は辛い卵焼きを大根おろしと醤油でいただくのが好きなのですが、ほの甘い程度ならそれもいいですね。卵ひとつに対して砂糖は大さじ一杯まで。それ以上入れるとお菓子になってしまいます。あと、甘い卵焼きにケチャップをかけて食うのはよせ。見てて殴りたくなります。

 卵焼きの卵液にだし汁を混ぜるとだし巻卵になります。卵焼きよりもぷりぷりして柔らかくおいしいのですが、それだけに卵焼きよりも作るのは難しい。普通の場合、卵液とだし汁を等量に混ぜるのが限界でしょう。だし汁がそれ以上になると、たしかにおいしいのですが、巻くときに茶碗蒸しを箸でつかむくらいの微妙な感覚が必要となります。もちろん私にはできません。
 だし巻きも卵焼きも、一回に流す量はごく少量にして薄く焼く、というのが鉄則です。巻いたときの層がいっぱいできて舌触りが楽しい、というのもあるのですが、たくさん流し込むと火が通るのに時間がかかり、どうしてもコゲコゲになってしまうのですよ。

 卵焼きに魚のすり身を混ぜると伊達巻き。お正月の高価な食べ物、というイメージがありますが、自作すればそんなにお金はかかりません。
 高級にいく場合は新鮮な白身魚か海老をすり身に。簡略にいくなら、市販のはんぺんをフードプロセッサかすり鉢ですり身にします。これを卵、やや多めの砂糖、みりん少々、塩少々と混ぜます。
 市販の伊達巻きはホットケーキの表面のように焦がしているのが普通ですが、本来は焦がさないほうが上品なので、それでいきましょう。火は弱火で。魚焼きの網の上に卵焼き器をのせ、とにかく弱火にして、そこに卵液をぜんぶ流し込みます。伊達巻きは卵焼きのように焼きながら巻くのではなく、焼けてから巻くのです。ぜんぶ流し込んだら、アルミ箔でふたをして上から木蓋で押さえつけます。均等にふくらむようにするためです。
 しばらくじんわりと焼いて、卵の表面がちょっとどろっとしているかな、という程度になったら、苦労してひっくり返し、裏面を焼いてください。そしてアルミ箔と蓋をしてまたじんわり。
 焼きあがったら、鬼すだれという、目の粗いすだれに乗せ、亀裂を防ぐため卵の表面に包丁で浅く切れ目を入れてから巻きます。巻いたらすだれごと輪ゴムで縛って冷蔵庫へ。半日ほど置いておくと、すだれの形がついてみごとな伊達巻きになっています。


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