兄妹inSKF

 

SKFとは何か。化粧品?それはSK2。紫外線カット?それはSPF。
答えは、サイトウキネン・フェスティバル松本。1992年以来、毎年8月下旬から9月上旬にかけて、長野県松本市を中心に行われる音楽祭である。「サイトウキネン」とは日本の音楽教育に多大な貢献をした齋藤秀雄の没後10年を記念して、教え子の指揮者、小澤征爾秋山和慶の呼びかけに応じて集まったメンバーによるオーケストラの名称である。
寄せ集めの、常設でないオーケストラであるが、とんでもない高水準の演奏力を有する。何せ、齋藤秀雄の教え子は日本・世界の主要オーケストラの首席奏者や音楽大学の教授、あるいは一流のソロ演奏家であるのだ。一騎当千のつわものが「恩師齋藤先生のために」と心を一つにして演奏するのだから、結成したそのときから世界のトップクラスで、演奏旅行先のヨーロッパでは「奇跡」とさえ賞賛されている。

その音楽祭のチケット、特にサイトウキネンオーケストラのプログラムは、クラシック界随一のプラチナチケットで、発売と同時に即完売。亭主も何年か前に電話をかけまくったが、つながったときには「完売しました」のむなしいアナウンスを聞くだけだった。松本近辺に住む親戚も「長野県人でもめったに当たらない」とぼやくことしきりのチケットである。
今年5月チケットサービスサイトからのメールマガジンが来たときもまったく期待はしていなかったが、発売日にサイトをのぞくと、空きがある♪♪♪ 奇跡だ!

で、別府アルゲリチ音楽祭以来となる妹と出かけることにした(ちなみにチケットは一人2枚まで)。母親(信州は第二の故郷)も考えたが、あいにく、小澤征爾指揮、内田光子のベートーヴェンピアノ協奏曲第5番があるプログラムは取れず、亭主も妹も苦手とするマーラーの交響曲がメインのプログラム。
到底モーツァルト〜ベートーヴェン〜チャイコフスキーまでが守備範囲の母親には無理と判断し、我慢してもらうこととしたのだ。
指揮アラン・ギルバートのオーケストラ Aプログラムのチケット2枚を握り締め、中央道をひた走るのだ。

夏の終わりの信州路

松本城(国宝)の南すぐにある宿には、音楽祭ならではの光景があった。当のサイトウキネンオーケストラのメンバーが同宿していたのである。そのなかの一人は、亭主も知っているサイトウキネンの最初からのメンバーであるヴァイオリニストだった。
彼らは宿の前に横付けされたバスに続々乗り込んでいく。何かわくわくする。本来、音楽祭は単発で聞きに来るものではないのだ。何日も泊って複数のプログラムを聞き、普段はステージの上でしか見られない音楽家がいっしょにいる街のざわめきを楽しむのが醍醐味である。今回はそれができず悔しい。

 
お宿=ホテル花月   オーケストラはバスに乗って♪

オーケストラAプログラムは、前半が武満徹の弦楽のためのレクイエムヒルボリ(ロックギタリストでもあったスウェーデンの作曲家)のExquisiste Corpse、そして後半がマーラーの交響曲第5番である。
席はS席(金18000円也!)とは言うものの、右端の前から4列目。第2バイオリンとチェロとコントラバスが迫っている。この位置だと、どうしても音響はよくない。オーケストラの音が一つのまとまりになる前の少し偏った音になってしまう。しかも指揮者のアラン・ギルバートは、90kgはありそうな体つきで、時々指揮台でジャンプするとドスンと振動が伝わってくる。3階席のほうがよかったかもしれない…せっかく来て愚痴はないか…

ところで、オーケストラメンバーが登場する前に、突然後方で拍手が起った。振り向くと、中ほどの席に小澤征爾が来て、周りにあいさつしている。なぜか「サブいぼ」が立ってしまう。すごいオーラである。

拡大図あります
会場の長野県松本文化会館
武満徹;弦楽のためのレクイエム
揺らぎのある静謐。水のようでもあり風のようでもあり、心の動きでもあるような不思議な曲。
亭主は12音技法以降の現代音楽を敬遠していて、正直、ごく最近まで武満作品はまったく興味がなかった。
あるときテレビで、雅楽の楽器「」を使った彼の作品を耳にし「これは!」と、にわかに関心が向いた。それでもわずかにCD1枚を有するのみであったが、その中にこのレクイエムがあり、生オケ、しかもサイトウキネンで聞くそれは、視覚イメージに変換されるものでもなく、言葉で表わされるものでもない、純粋な音楽の美しさに満ちていた。
 
ヒルボリ;Exquisiste Corpse
さまざまな音楽がぎっしりコラージュのように並べられた曲。最初は、サワサワと宇宙モノSF映画のオープニングのような感じが来て、後は、他人の曲の一部がランダムに並べられているとのことだが識別するのは困難だった。いわば、ありとあらゆる具の入ったお好み焼き状態。美味いか不味いかは、その人しだいというわけ。
ちなみに亭主は「けっこう面白いやん」、妹は「わけわからん」
ここで休憩である。ロビーに出ると、これまでのSKF松本の演奏会を移した写真ギャラリーがある。1階にはSKF記念グッズを売るショップがある。
記念品は帰りに買うことにするが、さて喉を潤すものがないかと見ると、記念ワインのコーナーがあった。しかし売り切れ、これから75分のマーラーの間、渇きに耐えられるかと思っているところへ、まもなく開演のチャイムが聞こえる。
マーラー;交響曲第5番 嬰ハ短調
マーラーの他の曲と同じく長い、全5楽章、75分ほどかかるのだ。この長さが、まず苦手の1である。しかし一つ一つのフレーズはメロディアスだったり、意外な展開だったり、すばらしいオーケストレーションだったりと感心する。
しかし、やはり何かがしっくり来ない。サイトウキネンオーケストラの魔法のよな演奏表現力をもってしても、やはり苦手は苦手のままなのか。いやそんなことはない、かつて、どうも「重くてくさい(特に4楽章)」と嫌っていたブラームスの交響曲1番を一発逆転したサイトウキネンではなかったか。
そんなことを考えながら、ここだけは美しいと思う第4楽章を過ぎ、最終の第5楽章まで来たとき、はたと亭主の中に閃くものがあった。
マーラーの音楽は、「やたら大勢の登場人物が出てくるサロン小説」で、どの登場人物も詳細に描写され、それぞれ魅力的な人物なのだが、あまりに饒舌で、ぎっしり詰まりすぎていて、ストーリーが見えない。そんな音楽なのだ。
ある主題がいろんな姿で現れるのはよいけれども、そこまでアイデア詰め込まんでもええやろ、もっと省いてすっきりさせてくれたらええのに。
というのが聞き終わったときの亭主の確信で、「やたら大勢の登場人物が出てくるサロン小説」評は、妹にも「それや!」と大うけであった。妹はこれを「構成力または構造がない」と表現する。
そのことに見事に気づかせてくれたのは、一にも二にも生サイトウキネンオーケストラのおかげである。これまで必ず途中で逃げ出していた、長大なこの曲の細部まで鮮明に聞かせてくれたからこその気づきであったわけだ。
 
楽しい番外
さてコンサートのあった9月1日は、小澤征爾のお誕生日であった。マーラーの終了後、アラン・ギルバートが指揮台から「今日は小澤征爾さんの誕生日です」といって客席にいる彼をステージに呼ぶが、当人は照れくさそうに「いやいや」をしている。結局ステージを駆け下りたアラン・ギルバートが、手を引っ張って小澤さんをステージに上げた。
間髪を入れず、オーケストラが「♪Happy birthday to you」を弾きだし、客席も合唱する。小澤さんはステージでちょこんとあいさつしたあと、通路に飛び降りて走って席に戻っていった。70を超えているにしては恐ろしく身軽なことに驚く。ま、指揮者は肉体労働だから。
ところで、この場面、多くのフラッシュが光ったが、あれは遠慮してもらいたかった。いくらプラチナチケットがあたって、マエストロ小澤の登場があったからといって、コンサート会場では我慢するのがマナーだろう。

それにしても、別府音楽祭のときもそうだったが、コンサート会場付近に食べ物屋がないのは困ったものだ。実は、略式地図で見る限り、宿はお城のすぐ南、コンサート会場はお城の北東角で、亭主の距離感からすると歩いて10分そこそこのはずだった。宿を6時に出て、途中で食べ物屋に入り(道の途中には市役所もあるので店はある)、30分は夕ご飯にあてられると踏んでいた。ところが、実際には、歩けば40分以上、タクシーでも15分ほどかかる距離であったのだ。
恐れていたとおりに、コンサート会場付近には食べ物屋がない。入り口前の臨時のオープンカフェも、飲み物だけ、文化会館のビュッフェも、外から見て明らかに満員である。
やっと隣のスポーツ会館の食堂が営業しているのを見つけ(客はわれら2人のみ)、食い物にありついた。別府では、駅そばとコンビニのパン、今回はカレーである(あと20分しかないので)。これ ↓ は妹の、亭主は卵抜き。

何でいつもこうなのだろう。音楽祭なのだから、しっかりテントでも張って、大型スクリーンでチケットを取れなかった人にステージを生中継し、ビールと飯を供給できないものか、と思う。音楽祭だから音楽だけでは、ちょっと淋しい。
ともあれ、お見送りを受けて、お土産買って、宿へ戻って屁こいて寝ようぞ。

  Tシャツと記念プログラム

 

ついでに美術館も行っとく!?

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信州松本近辺には美術館が多い。どこへ行ってもよいのだが、亭主一のお気に入りは、安曇野にある「いわさきちひろ美術館」である。いわさきちひろの絵は、絵本として、多くの人が見知っている。単にかわいい子どもの絵というより、子どものかわいさのもっとも本質的な感覚を抽出して描いているように思える。
その精神性ゆえ、実は亭主は、ちひろの絵に囲まれると、涙腺が「開」のままとなってしまう。美術館いる間、中年おっさんがぽろぽろ泣いている姿を見られるのが恥ずかしいので、時々展示室の人の少ないところに行って袖でぬぐっている次第である。

ちひろ美術館は、非常に気持ちのいいロケーションにある。青い草原と風にそよく木立と遠くの山並みとウッディな美術館のたたずまいに囲まれて、晩夏の強く明るい日差しを浴びていると帰りたくなくなってしまう。

美術館にあるオープンカフェ 展示室前の安楽いす 美術館裏の花畑、ラベンダーとサルビア

 

現に、妹は上(↑)の椅子に座ってお昼寝(昼飯前だが)しそうで、引き剥がすのに苦労した。オープンカフェ(喫茶)では、ぶどうジュースが、皮際のかすかな渋みを残す丸ごと果実味で美味かった。期待した紫舌にはならなかったが。
なお、飯は食えないので、朝から一日遊んでいたい場合は、弁当もちで来るか、となりの「すずむし荘」で食うかしないといけない。ちなみに入場証をつけている限り出入り自由である。

美術館裏、お花畑の向こうに、ちひろが晩年アトリエ兼別荘として愛した黒姫高原の山荘が復元されている。
こじんまりとしたそのたたずまいは、心地よさと質素な潔さが心に響いてくる。

腹減ったから帰ろう。
昼飯は、わさびや蕎麦の丸かじりか、信州牛の活け造りでどうだ。

ちなみに下(↓)の店、蕎麦もわさびも、丸かじりはできないので念のため。お店は、国道148号線より山側をはしる通称「山麓線(ちひろ美術館もこの道沿いにある)」の「穂高温泉」の付近、道からちょっと山のほうに入ったところにある。美味い!

蕎麦屋 あさかわ