汚染されるイルカ、クジラ(1999年11月)

 第一薬科大学などの調査によると、日本国内で市販されている鯨肉やイルカの肉がPCBや水銀など、産業廃棄物で高度に汚染されていることが明らかとなりました。
 特に汚染が激しかったのは日本沿岸のイルカで、和歌山市でサンプリングされたスジイルカの肝臓では総水銀濃度が食品の暫定規制値の0.4ppmのところ204ppm。また、PCBは、同じく食品基準値0.5ppmのところ、最高8.9ppmにも及んでいました。なお、この調査ではDNA鑑定も同時に行われ、「鯨肉」として市販されている食肉の3割が、実はイルカの肉であることも判明しています。
 この調査結果に対し、水産庁は日本人一人あたりの鯨肉摂取漁が年間数十グラムであるから、ただちに健康に影響が及ぶことはない、とのコメントを発表しました。しかし、イルカ肉を古くから食べ続けてきた地域の住民や、水産業界団体などの奨励で鯨肉を対アレルギー食として日常的に摂取している人の健康には、重大な影響が及んでいる可能性があります。少なくとも、行政として汚染の実態を消費者に周知するべきと思われます。また、市販されている鯨肉を対象とした実態調査は今回が初めてではなく、筆者は過去にもクジラやイルカがいかに汚染されているのかを警告する調査報告を何度か目にしたことがありますが、反捕鯨団体のデマとして感情的に否定されることが多く、社会的にはほとんど無視され続けてきました。
 もちろん、こうした汚染の最大の被害者はイルカやクジラです。近年、各地でイルカやクジラの出生率や生存率が急激に低下していることが報告されていますが、その最も大きな原因は人間による海洋汚染です。たとえばカナダ・セントローレンス湾に住むベルーガ(シロイルカ)は、工業廃水による汚染のため健康状態がきわめて悪く、繁殖力も著しく低下し、もはや絶滅は避けられないと言われています。なにしろ、ベルーガの死体は有害な産業廃棄物として扱われるほどの状態になっているのです。バンクーバー島周辺のオルカも、特にシアトル、バンクーバーなど都市部に比較的近い海域に暮らしているサザンレジデンツと言われる個体群は、ここ10年ほどで出生率や子供の生存率が危険なほど低下しており、存続が危ぶまれています。
 海に捨てられた有害物質は、プランクトン、小魚、大型魚、というように、海の食物連鎖の順に取り込まれてゆき、頂点に位置するイルカやクジラで最大限に濃縮されます。これを生物濃縮と言います。地球上の食物連鎖の頂点に立つ私たち人類も高度に汚染されていますが、陸上の哺乳類は有害物質をわずかづつ代謝できるのに比べ、イルカやクジラは毒物を代謝する酵素の働きが陸上の哺乳類に比べて弱く、有害物質が非常に蓄積しやすいと言われます。蓄積された有害物質は、体力や知覚の衰え、免疫力の低下、ガン、奇形、繁殖力の低下、といった、生命にかかわる影響を及ぼします。また、彼等の母乳も高度に汚染されており、生まれた子供たちの成長に重大な影響を及ぼします。
 すでに汚染されてしまった野生のイルカやクジラの身体を浄化する方法はありません。海洋に拡散した汚染物質が分解するまでにも非常に長い時間を要し、もし、産業文明が排出する汚染物質の量が軽減されたとしても、食物連鎖を通したイルカやクジラの汚染は今後も進行してゆくと考えられます。いずれにせよ、私たち一人一人が、今すぐにでも海を汚すことをやめない限り、この先わずか百年程度のうちに、ほとんどのイルカやクジラが地球上から姿を消す可能性があります。
 いや、すでに手遅れなのかもしれないのです。

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