オルカ=シャチ  ”オルカ(Orca)”とはシャチのことであり、その学名であるラテン語Orcinus Orca(オルキヌス・オルカ)に由来した呼び名です。
 オルカは世界中の海に分布し、人間以外の敵を持たず、生息する環境の中で入手しやすい生物を捕食しています。鮭やニシンなどの魚はもちろん、ペンギンや海鳥、アザラシやイルカ、海を泳ぐカリブーやクマ、果ては自分よりも大きなクジラをも組織的に攻撃することから、かつてはどん欲で残忍な動物と考えられていました。オルカの貪欲さを誇張するあまり、死んだオルカの腹を裂いたところ十数頭のアザラシやイルカの食べ滓が出てきた、というような、DNA鑑定すらも存在しない20世紀初頭の逸話が、つい昨日まで立派な図鑑にも載っていたのです。
しかし、1960年代後半以後、多くの研究者の努力により、彼等が複雑な社会と繊細な感覚を持った生き物であることが明らかとなり、 鯨類自体に対する世界的な認識の変化も手伝って、英語での呼び名"Killer Whale"(殺し屋クジラ) も、"Orca" にとってかわられつつあります。

海、空、陸の生物を問わず獲物にすることができるオルカは、いまのところ人類を獲物として認識していないようです。これまで野生のオルカが人類を捕食したという確かな記録はありません(*)。オルカに関する誤解にまみれていた時代から伝わる噂話やゴシップはいくつかありますが、いずれも客観的証拠は何も残されていません。むしろ、調査の結果サメとの誤認であったことがわかった事例もあり、そうしたゴシップのたぐいは、未知の生物に対する恐怖や先入観による一方的な思い込みの所産にすぎないと思われます。

(*)あわや捕食、という例はあり、ボディボードに乗った人間をオルカが襲撃しようとしたが直前で中止した、というケースが知られています。これは、オルカがボードに乗った人間を水中から見上げた時、アシカやアザラシと誤認したのではないか、と言われています。また、飼育下のオルカがトレーナーとの間で人身事故を起こした例は何件かありますが、いずれもトレーナーを襲い捕食したものではありません。
しかしながら逆に、今後も永久にオルカが人間を獲物と見なさないという保証は、どこにもありません。

イルカなのか、クジラなのか。  私たちがオルカ、イルカ、クジラと呼んでいる動物はすべて同じ仲間で本質的な違いは無く、たとえオルカをクジラの一種と考えても、あるいは巨大なイルカと考えても、どちらも間違いではありません。
クジラ目に属する動物は、口の中に「くじらひげ」を備えたヒゲクジラ亜目、歯を備えたハクジラ亜目、という2つに大別されます。ヒゲクジラ亜目には、シロナガスクジラ、ザトウクジラからミンククジラまでが含まれます。ハクジラ亜目には、バンドウイルカ、マイルカ、スナメリ、ゴンドウクジラ、ベルーガから巨大なマッコウクジラも含まれます。オルカは、現在の分類ではハクジラ亜目マイルカ科に属します。
百科事典などを見ると、「クジラ目(もく)の動物の中で体長が4-5m以上あればクジラ、それ以下をイルカ」としていることが多いようです。
 確かにヒゲクジラ亜目に限るならば、全て「クジラ」と言うことはできます。しかし、ハクジラ亜目では「イルカ」「クジラ」の区別はまったく不明瞭です。たとえば体長2m足らずなのにスナメリはイルカと呼ばれず、ゴンドウクジラの仲間は、体長が5mを超えない種であっても「クジラ」と呼ばれています。ベルーガ(これはロシア語です)になると「シロイルカ」とも「シロクジラ」とも呼ばれます。
つまり、私たちが伝統的に、ハクジラ亜目の中でも比較的大型の種を「クジラ」と呼ぶ傾向があり、小型の種を「イルカ」と呼ぶ傾向があった。「シャチ」は、きわだった特徴のためにどちらとも呼ばれなかった。ということに過ぎないのです。

オルカという言葉  オルカの正式な和名は「シャチ」もしくは「サカマタ」。漁師言葉を起源とするらしい「タカ」「タカマツ」「クジラトウシ」という呼び名もあります(*)。
 「シャチ」の語源は「(魚を追い込むことで)漁を助け、海の幸をもたらすもの」に由来しているという説があり、KillerWhaleという英語名のように、誤解に基づいた忌避すべきものではありません。
一方「オルカ」つまりシャチの学名"ORCINUS ORCA"はラテン語で「冥府の魔物」を意味します。KillerWhale同様、彼等にとって不名誉な呼び名とも受け取れますが、それでもあえて「オルカ」という呼び名を用いる者は少なくありません。これには語感の良さもありますが、オルカに人知を超越したものを感じるからなのかもしれません。なお、筆者は国内で出版されている子供向けのクジラ図鑑で「おるか」と書かれた例を見たことがあります。
正式和名を使わねばならない専門家が必ず「シャチ」と呼称するのは当然としても、イルカ、クジラ愛好者の間では「シャチ」「オルカ」に、はっきりと割れる傾向があるのは興味深いことです。
なお、Jリーグチームにある「グランパス」("grampus")は、英語圏ではオルカを指す言葉として一般的ではなく、むしろゴンドウクジラを指す言葉です。
"GRAND PASS"とでもいうような言葉の響きから、あえて採用されたのではないでしょうか。
(写真:すべて(c)Yoshi NAGATSUKA 2001)

(*)漁業の現場では、慣例的にゴンドウクジラの仲間とオルカとを区別せず、体色が黒いハクジラ類をすべて「シャチ」と呼ぶことが多いようです。
漁業者のかたから「体長4mのシャチ」「シャチの食害」といった言葉があった場合、本当に「シャチ」(=オルカ)を指しているのか、あるいはコビレゴンドウやオキゴンドウ、マゴンドウなどを指しているのか確認が必要です。