(7/12)
Nikon D2H
AF-S VR 70-200mmf2.8G
200mm付近
シャッター優先AE
1/1000 f3.0 (-0.7)
ISO200


フゥゥゥゥン...という不可思議な響きが、どこからともなく聞こえてきた。
管楽器のチューニングをしているような、音階が一定で、かつ息の長い音色だ。
見ると、音とともに船の間近に細かな泡でできた直径10mあまりの円が描かれはじめている。
クジラたちが水中で魚群を囲む泡の壁を作り出す、
あるいは魚群を追い立てるときに発する鳴音が、
エンジンを止めて漂流する船体に響いて聞こえているのだ。

私はクジラやオルカの声を収録したCDを買わない。
日常生活の中で、そういうものを聴くにふさわしいシーンが見つからないからである。
人間の音楽は、国や言語、時代が違っていても
自分と同じホモサピエンスの生活とともにできたものだから、
自分の生活に重ね合わせることに違和感は無い。
だがクジラの日々の営みから生み出された音楽を都市生活の光景にシンクロさせるには、
かなりの想像力の飛躍が必要だ。
少なくとも電車の中や車を運転しながら「クジラの唄」は聴けない。

だがこうして、彼らの世界の傍らで、五感で知覚するその声には、
(いわゆる「クジラの唄」ではなく採餌に用いる声であるにもかかわらず)
聴く者の精神を直接ゆさぶるものがある。
海が人を容易に寄せ付けない未知の領域だった時代、
海のただ中でどこからともなく聞こえてくる声の主が
クジラであることを知らなければ、
船人を魅惑し海中に引きずり込む妖魔の歌声に聞こえたとしても不思議は無い。