1986(昭和61年)以降

 博覧会の後はバブルの絶頂期を迎え、工業団地の造成ラッシュや88年の合併によるつくば市誕生 と、いよいよつくばも熟成かと思われたが、バブルの崩壊とともに、クールダウン気味。このへんで、 つくばからの情報発信もほしいところだ!古くはメンズクラブなど街角ファッションを取材するコーナ ーがあったが、つくばも取材されるような街になればと願う。

フィフティーズのお店リバティもあった

 銀河スクエアビルのライブハウスの後が、フィフティーズのお店リバティとなり、ライブでにぎ わっていた。いろんなバンドも来ていたが、キッスは目にして〜で有名なコニーは懐かしかった。

カラオケブーム

 スナックに入っていたカラオケソフトが、8トラからVHDになり、レーザーディスク全盛となり、 カラオケボックスとして、いつごろ外に飛び出したか資料はない。気がつくと日本最大のカラオケボッ クスモナコができ、通信カラオケが中心になっていた。

暴走族のメッカ つくば

 つくばはあまりの道路の良さに、暴走族・サーキット族・ハント族のメッカとなり、時々テレビで 話題を投げかけている。これまでも豊里庁舎前のゼロヨンレース、銀河スクエアビル前のハント族、 つくば電気街前のハント族と次々と集まっては、去っていった。

つくばの新風俗

 つくばは土地柄風俗のお店が条例により規制されており、もっぱら隣接の土浦市が受け持っている。 野本医師事件で有名になったランジェリーパブも吾妻にオープンの噂はあったが確認されていない。

つくばはロケ地に大人気

 つくばには、東京から近く、公共施設など使用料が安いせいか、映画やテレビのロケが絶えず来ている。 特に子供向けの特撮物などは年中で、古くはライブマン、近くは、ビーファイターカブトなど撮影の定番で ある。撮影場所は、つくばセンタービルやつくばエキスポセンターを使うことが多い。つくばエキスポセンター など映像上、何回破壊されたか分からないほどだ。
 また、センタービルや洞峰公園は、ファッション雑誌撮影のメッカである。なにげなく見ている雑誌でも 背景がつくばであることは結構ある。
 5年ぐらい前にはセンタービルで、何かの撮影で有名になる前の和久井映見も見かけた。
 ちょっとつくばの郊外になるが、やはり、5年ぐらい前には金村の雷神様や福雷橋をロケ地に使ったTBS 特番おとうとの撮影が行われ、斉藤由貴やキムタクも来ていた。ちなみに、エキストラは豊里中の生徒だった。

イベントには、いろんなタレントが

 つくばの祭りには、いろいろなタレントが来たが、ボクの好みでは1978年ごろ来た川島なお美が印象深い。 また、88年ごろつくばフェスティバルに西田ひかるが来たが、当時まだ知名度がなかったので、お客さんは ほとんどいなかった。
最近は筑波大学の学園祭では森口博子を最後にアイドルを呼ばなくなったが、やはり、5年ぐらい前に森高 千里が来ていた。

つくばにもある身障者用電話

 吾妻幼稚園の近くにある身障者用自動車電話。つまり、車に乗ったまま電話が掛けられる画期的システム ではあるが、いたずらされるのか使えないことも多い。

マックの後にマック

 つくばセンタービルの広場を前にした2階にマクドナルドがあったこと覚えてるかな。今は、マックは マックでもパソコンのマックを売るキャノンゼロワンショップになっている。