キャラ立ちぬ

藤田はサラの携帯電話のストラップに注目して、渋谷の露店に行く。そこではペインティングした携帯電話とストラップがセットで売っていた。「でも、ペインティングがダサイでしょ。アタシ、ストラップだけ切り離して、自分のケータイにつないだよ」藤田はインターネットでそのストラップを作っているのが、左川甚六という男であることを知る。サラを使って、甚六に会う藤田。「お前さんは独立すべきだ。それだけの才能はある」

そして藤田は甚六にサルの根付を渡す。根付を見てびっくりする甚六。「なんて、ちょー緻密な仕上がりなんだ。体毛の一本一本まで彫り込み、ガラス玉を埋め込んだ目。何よりなめらかで愛嬌のあるポーズ。凄いの一言だ」「世の中は広い。俺の話にのれば、もっと広い世界を見せてやる。お前のキャラの芸術的価値を高める方法も教えてやる」根付は日本独特の工芸品で、江戸時代の庶民は印籠や煙草入れを帯にひっかけるため、根付を必要とした。身近な動植物や架空のキャラクターを題材に、職人がアイディアを凝らし、技巧の限りをつくしたものであった。

「根付は洋裁ばやりとなった明治時代になると滅びてしまった。しかし、現代の日本で新しい形で復活しつつあると俺は気づいた。それがケータイストラップのキャラクターだ。細部にこだわる日本人の繊細さ。コレクションとして他人との差別化を競う粋ごころ。これらは江戸から平成にしっかり受け継がれているのだ。この流行を大事に育てていけば、優れた現代の根付師が現れることは想像に難くない。それに根付はガイコクジンに人気があるからな。ふふふ」

そして甚六はギャラリーフェイクで開かれた「江戸の粋・根付展」に行く。そこには江戸時代のコスプレをした人でいっぱいであった。甚六に話しかける藤田。「お前さんのキャラはせいぜい粘土かプラスチックだろうが、江戸の根付は、木材、象牙、べっこうを素材に蒔絵、うるし、螺鈿まで豪華に使った贅沢な造りなんだぜ」ショックを受けた甚六は独立し、一年後にケータイキャラクターアーチストとして花開くのであった。

 

館長三昧

高田美術館に理事長として、タカダグループ会長の三男でボンクラの高田健介がやってくる。あまりのボンクラぶりに頭を悩ませる三田村館長は、過労のため倒れてしまう。藤田は館長代理を三田村から頼まれる。高田美術館の学芸員に三田村の作りかけのファシリティ・レポートを見せる藤田。「言うまでもなく、ファシリティ・レポートとは、美術館の設備、保存環境などを記した報告書だ。美術品を借り出したいとき、相手に提出し、その諾否を決定するための材料となる。貸し出しが認められれば、その先に保険の交渉、輸送の交渉、クーリエの接待、タイム・スケジュールの作成など。気の遠くなるような実務の山の連続」「……」

「それが館長ほとんど一人の仕事だ。スーパーレディの館長とて、生身の人間。激務にも限度があるぜ」藤田は高田美術館の学芸員をこきつかって、展覧会開催にこぎつける。展覧会に退院した三田村が現れる。出迎える学芸員の舟越。「どうでしょう。会場の仕上がりは。フジタさんの指示は的確だったと思います」「確かに。まるで私が現場にいたような仕上がりぶり。それが気に入らないわ。私の代わりにフジタならどういう演出をするか、彼の手の内を見てみたかったのに、見事に私のコピーに徹している。そういう意味では期待はずれだわ」「……」「だけど、やるべきことはキッチリ押えてある。客の目の流れをはずさない配置。リズムとアクセント。十分なスペース。フフン、さすがはフジタかな」

 

ナポレオンのオーデコロン

エジプトのナイル川で藤田と会う宝石泥棒のフェイツィは、小舟の帆を指差す。「どうも、いい香りがすると思ったら、香料が帆に。古代エジプトの女王クレオパトラがローマの将軍アントニウスを歓待したとき、船の帆に香料をいっぱい染み込ませたというが」「もう一人いるでしょ。アントニウスのほかに、エジプトを軍馬で征服した有名な男がもう一人」「ナポレオンだな」

「ええ、フランスの革命児、コルシカの天才将軍、ナポレオン・ボナパルト。ナポレオンは無類の香水好きで、一日に2、3本のオーデコロンを消費したというわ」フェイツィはある人物に頼まれて、ナポレオンのオーデコロンを再現することになったと藤田にいう。「お門違いだな。俺は香水屋じゃない」「わかってるわ。フジタに用意してほしいのは、香水ビンよ」「じゃあ、中身のほうはどうなる」「ふふふ。「鼻」の一人が東京にいるの。彼に頼もうと思っているわ」

調香師は、三百種類以上の香りをかぎわけ、香水を調合する人々のことである。その中で真に創造性を持ち合わせた芸術家は、世界で20人ほどと言われる。彼らは二千種以上の香りをかぎわけ、その能力はいかなる化学分析器にも勝る。香水業界では尊敬をこめ、彼らを「鼻」と呼ぶ。「日本人の「鼻」がいたなんて、初耳だな」「一匹狼のうえにナマケモノで気まぐれ。世界中のブランドを渡り歩いたあげく、今はアロマセラピーの学校で講師づとめよ」

なまけものジャン・ポール・香本は、講師をやめたいとフェイツィの匂いを犬のようにかぎながら言う。「ああっ。フェイツィ。君はなんていい臭いなんだ。君のような素の肌で、よい香りの女は稀有なんだよ」香本は気に入った体臭の女にしか香水を作らなかった。「誰がつけても似合う香水なんて夢物語さ、しかしメーカーはそれを争って新製品の開発に巨費を投じる。マーケッティング。テスト。空しい行為の繰り返し。私の「鼻」をそんな愚行に使うのは可愛そうすぎるじゃないか」

フェイツィはナポレオンのオーデコロンの話を香本にする。「依頼人は?」「フランスの国会議員なの。猛烈なナポレオン信奉者。自らナポレオンのコロンをまとって、選挙でアピールしたいというのよ」「気がのらないな。おエライおっさんのための、コロン」「レシピはあるのよ。ナポレオンの召使が残したレシピが。でも、それだけじゃダメなのよ」

香本は藤田に香水ビンを何にする気かと聞く。「ナポレオンが生きた19世紀はヨーロッパ貴族の没落した時代だ。それ以前、高級品である香水ビンの主役は磁器だった。しかし、その磁器は貴族というスポンサーを失って、すっかり衰退した。代わりに躍り出たのがガラスビンだ。特にヴェネチア、イギリス、ボヘミア製の香水ビンがヨーロッパを席巻した。中でもデザイン技法で多様性を誇るボヘミアン・グラスを採用しようと思う」俺もそう思っていた、という香本は、9割がた香水はできたという。

一週間後フランス。議員のところに行く香本とフェイツィ。「これがナポレオンのオーデコロンか。うーむ。見事なボヘミアン・グラスの香水ビン。しかし中味のほうはどうかな。わしを納得させられる香りでなくては、報酬を払えんぞ」「お待ちを。そのコロンの香りを堪能するには前提条件があります」生きたニワトリを持ってくる香本。「確かにナポレオンはコロン好きでした。それは彼が半生を駆け抜けた戦場においてもしかりです。いや死臭漂う血なまぐさい戦場にあって、コロンの香りがナポレオンのなぐさめになったのです」

ニワトリの首を切り落とし、その血を頭からかぶる香本。「血の臭いにまみれても、なお。眼を閉じ、この香りをかぐ者は、あたかも天上極楽に昇るがごとし」毒気を抜かれた議員は、フェイツィのいい値で、香水ビンを買うのであった。

 

 

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