藤子・F・不二雄「T・Pぼん(3)」

 

超空間の漂流者

今日の仕事は来なくてもいいと凡に言うリーム。「なぜ?」「危険だから」「危険?時代は?場所は?」「わかんない。タイムトリッパーだから」「タイムトリッパー?」「時間転移者。時間の渦に巻き込まれて、超空間の海を漂流してるの。いわば、竜巻に乗って流されてるようなものだから、うっかり近づくと巻き込まれるの。今までにタイムパトロールの犠牲者が出てるわ」「じゃ助けようがないじゃないか」「どっかの時代へ打ち上げられるのを待って助けるわけ」「とにかく危ないからなおさらだ。君一人でやれないよ」「ありがとう」

タイムボートに乗る凡とリーム。「だけど、時代と場所がわからずに、どうやって助けに行くの」「本部のモニターが発見した時、時空ガンで標識を打ち込んだの。標識からはタキオンが放射されてるから、センサーで探りながら、タイムボートを自動操縦にしてついて行けばいいのよ」「へえ」

「漂流の始まったのが1913年メキシコ。現在かなりのスピードで1940年代を迷走中」「タイムトリッパーは昔からいるの?」「無数にね。もっとも有名なのがイギリスのモーバリー女史の話。この人は大学の学長なんだけど、1901年8月10日、副学長と一緒にベルサイユ宮殿を見物してたの。庭を歩いてるうちに時の流れを遡っちゃったのね。1789年10月15日、フランス革命真っ最中の光景を見ちゃったの」「ふうん」

「そのほか、人や乗り物がかき消すように行方知れずになった例は世界中にあるのよ。毎年、行方知れずになる人が大勢いるそうだけど、中にはタイムトリッパーもいたかもね」「今、追ってるトリッパーは、まだどこかへ漂着しないの?」「かなりのスピードで時の流れの下流へ。つまり、未来へ向かって迷走中よ」

「ねえ、流れの果てってどうなってるんだろう」「知ラナイノカ。滝ミタイニゴウゴウト暗黒ノほーるニナダレコンデルンダ」「ウソよ。誰も行って見た人はいないんだから。過去への往復に比べ、未来旅行はずっと難しいの。手漕ぎボートで急流を遡るようなものよ。行っても帰ることができないの」「なんだかスピードが急に」「乱渦流。聞いたこともないほど巨大な」「転進。未来ノハテマデ流サレルゾ」「操縦不能」

「イッタイココハ?」「草一本生えていない」「太陽があんなに赤く、どんよりと弱弱しく。これが未来の地球?いったいどのくらい未来の」「メーターの表示限度が下流3000年なんだけど、それこそ何万年か、ひょっとして何億年か。もしもし本部。応答願います」「試してみようよ。本当に帰ることができないかどうか」「おーい、ムダだ、ムダだ」「ムダとは何よ。自分から言い出しておいて」「僕じゃないよ。今の声は」「じゃ誰が」「おーい、誰かいるか」「いるのなら助けに来てください」「気のせいらしいや。行こう」

タイムボートを動かすけど弾き返されてしまう凡とリーム。「で、これからどうする?」「タイムトリッパーを探さなきゃ。一緒にここへ着いたはずだから」「探してどうするの。帰れるアテもないのに」「人間を探すわ。きっとどこかに都市を造って、発達した科学文明を持ってると思うわ。そう思うしかないじゃない」

キャンプをして夜明けを待つ凡とリーム。「文字通りの真っ暗闇だね。何も見えやしない」「なんだか世界の終わりって感じね。有史以来、こんなにも殺風景な景色を見た人はいないんじゃないかしら」「この非常食ってヤツ、ひどい味だよね。カロリーはあるかもしれないけど。くたびれた。家を出てからもう何年も経ったような気がするよ」

ごめんなさいと泣くリーム。「危険はわかってたのに。私が誘わないで、黙って出れば、あなたを巻き込まずに済んだのに」「何を言うんだ。君のせいなんかじゃないよ。でも、私、今度の仕事だけは、どうしても一緒に」「今度の仕事だけは?何か特別の意味でもあるの」「……」「まあ、いいや。もう遅いから今日は休もう。何もかも忘れて寝よう。全ては明日だ」

凡を朝早く起こすリーム。「夜中に地震があったみたい。そして地割れが」「あっ、タイムボートが飲み込まれている」「これから歩くしかないわね」

歩いて何か意味があるのかとリームに聞く凡。「すごく虚しいことをしてるような気がするなあ」「だからって、今の私に他に何かできる?前に進むしかないじゃない」「タイムパトロール本部が助けに来てくれる見込みは?」「まったくないわ。未来旅行は凄く困難なのよ。それに本部の置かれてる年代をこんなに通りこしてしまってはね」

「ア、ココニ足跡ガ」「タイムトリッパーだ」「急げ」「また岩場に入ったらわからなくなった」「あら、砂煙みたいなものが」「大嵐ガ来ルゾ。風速100めーとる以上」「どこか身を隠す所を探さなきゃ」「吹き飛ばれそう」「岩にしがみつけ」「早く、この地割れの中へ」「ありがとう」「もしや1913年メキシコで突然姿を消したと言う」「いかにもその通り。だが、どうしてこんな魔境へ来たのか、わしにもわからんのだよ。地底で嵐をやり過ごそう。さっき、落ち着けそうな場所を見つけておいた」

タイムトリッパーに聞く凡。「どうしてそんなに平然としていられるんです。こんなに次々と異常な出来事に出会っているのに」「異常か。正常と紙一重の裏側に必ず異常はある。ほとんどの人が気づいてないだけのことだ。地上への出口じゃ。嵐は通りすぎたようだ。出てきたまえ」

「ここはどこ?」「年代は?」「人間は一人も?」「わしに聞かれても困る。君らよりたかだか数時間前にメキシコの洞穴からここへ着いたばかりなのだ。だが、間違いなく言えることは、これは死の都だ。住む人を失って久しい廃墟だ。原因はわからぬが、人類の文明は終わりを迎えたらしい」

「人類の終わりだなんて」「そんなことが本当に」「こうして見ると、夢のようにはかないものだったんだな。腹が減った。諸君、食い物を持たんか」「非常食が二個」「僕も」「最後の晩餐にふさわしい舞台じゃないか。いやあ、実に愉快だ」「そうかなあ」

そこに現れる球体の浮遊物。「凡さん、リームさん、ピアースさんですね。初めまして、大先輩」「先輩?」「未来にもタイムパトロールがいたって、ちっとも不思議はないでしょう」「未来のタイムパトロール?」「あなた方の伝統を受け継いて立派にやっていますよ」「しかし、この有様は?」

「ああ、この廃墟ね。今、人類は銀河系の隅々にまで移住しているのです。地球は残念ながら住むのに適しない星になったので捨てられました。でも、時々タイムトリッパーが現れるので、我々タイムパトロールが見張っているのです」「よくわからんが、実に興味深い出来事じゃ。うん、まったく興味深い。なに、送り返す?いらんお世話じゃ。こんな体験は望んでもできるものではない。ぜひ、君の星へ連れていってもらいたい」

20世紀に戻る凡とリーム。「無事に帰れたのが夢みたいだよ」「疲れたでしょ、凡。今夜はゆっくりおやすみなさい。じゃ、さよなら」「さよなら、またね」「ホントにさよなら」「えっ」「あなた、今度正隊員になるの。だから助手として一緒に仕事をするのは、これが最後」「リーム」「お元気で。立派なタイムパトロールになってね。さよなら、凡。さよなら」

 

通り魔殺人事件

テレビを見る凡。<相次ぐ通り魔事件で、ついに痛ましい犠牲者が出ました。午後2時40分ごろ安川ユミさんが学校から帰る途中、病院裏の小道で待ち伏せていた通り魔に襲われ、刃物で心臓を突かれ即死しました>

ひどいことをと呟く凡。「あんな可愛い子に。許せない」「そうだ。凡君。そこで君の出番になるんだ」「あ。タイムパトロールの本部のゲイラさん。ずっと何の連絡もないので、タイムパトロールをクビになったのかと思ってました」「正隊員になると忙しいからね。しばらく休みをあげたんだ。で、指令第一号が、この通り魔殺人事件だ。僕が助けるの?あの子を」「正隊員となると救助方法の計画からやることになるが、大丈夫か」「なんとかやってみる」

病院裏の小道に行く凡。(なるほど。通り魔でも出そうな寂しい小道だな。10分前か。犯人はもうこの林のどこかに潜んでるはずだけど。犯人逮捕はタイムパトロールの使命じゃないからな。歴史を動かすのは最小限度にとどめなくちゃ。不幸な一人の少女を救う。それだけでいいんだ)

ユミの前に現れる凡。「この道を通っちゃいけない」「あなた、誰?この道は家へ帰る近道なのよ。どうしてそんなこと指図するの。ほっといて」「いや、指図するとかそういうことじゃなく。おい、行くな。死にたいのか」「しつこい人ねえ。わかった、あんたでしょ。近頃、女の子を襲う通り魔は」「冗談じゃない」「誰か来てえ」「何だ、どうした」「君、大丈夫か」「通り魔は逃げたぞ」「早く捕まえろ」

こんなバカな話があるかと呟きながら逃げる凡。(でも、あの子が騒いでくれたおかげで、大騒ぎになって、あの子は通り魔に刺されずに済んだわけだ)「通り魔が消えたなんて、おかしいじゃないか」「どこかの庭へ隠れてるんじゃないか。探せ」(やばい。家の中に逃げ込め)

「あ。通り魔」「待った。人を呼ばないで。頼むから話を聞いてくれ。僕が通り魔なんてとんでもない話だぞ。自分の口から言いたくないけど、僕は君の命の恩人なんだぞ」「いったい、どういうこと?」

タイムパトロールについてユミに説明する凡。「話はわかったわ。タイムパトロールと言う組織があって、私を通り魔から救ってくれたと言うんでしょう」「わかってくれた?」「あなたの話なんて信じられないわ。ただ、悪い人じゃなさそうだと思っただけ。だって、そうでしょ。時間旅行なんてSFの世界よ。そんなことできっこないって、科学的な常識があれば誰でもわかることだわ」「えーい。論より証拠。時間旅行させてやるよ」

ユミをタイムボートに乗せて、さまざまな時代に連れて行く凡。「疑ってごめんなさい。あなたのこと100%信じるわ」「そうか、わかってくれりゃいいんだ。20世紀に帰ろう」「タイムパトロールって素敵な仕事ね。私も仲間に入れて」「バカ言え。難しいんだぞ。タイムパトロールになれる人間は東大合格者より少ないんだから」

20世紀に戻ったとユミに告げる凡。「じゃ、さよなら」「待って。あなた、恩人だもの。父や母からお礼の言葉を」「それは困るんだ。タイムパトロールの仕事は秘密なんだから。このフォゲッターはそのための装置で事件に関わった人から、全ての記憶を消すため、あらかじめ。あっ、スイッチを押し忘れた。君、秘密を守ってくれるだろうね。絶対に誰にも喋らないと約束してよ」「自信ないなあ。私、お喋りだから」

君の取った方法は実にまずかったと凡に連絡するゲイラ。「ユミさんを刺し損なった通り魔は、続いて別の犠牲者を襲ったんだ。刺された娘さんは即死だ」「すぐ現場へ直行します」

ユミをタイムボートに乗せて現場に行く凡。「わあ、大変なことになった。どうしよう」「簡単でしょう。タイムボートで刺される前に戻れば」「そうはいかない。同じ時間区をそう何度もいじるわけにいかないんだ。超空間はデリケートなんだ。消しゴムを掛け過ぎるとすぐ破れちゃう」

こうなったら非常手段だと言う凡。「巻き戻し以外に方法はない。これは逆流時間のエネルギーを利用して、映画の逆回転のように、強引に元の状態へ戻す方法なんだ。よし、あとはタイムコントローラーで。ん?変な手ごたえ。しまった。スイッチをマイナスに入れた。これじゃ、逆に僕の動きが鈍くなる」

動きが鈍くなり、通り魔に襲われる凡。「やめて」タイムコントローラーで通り魔を殴るユミ。(あれ、周りがスロービデオみたいに。のろまの通り魔なら怖くないわ)通り魔をボコボコにして、凡を救うユミ。

ユミに感謝する凡。「おかげで通り魔が捕まって、事件は解決したけど、心配なのは君がこのことを誰かに喋らないかと言うことだ」「喋るかもしれないなあ。だって、こんな不思議な事件に巡り合うのは滅多にないことだもの。もっとも私も隊員になれれば別だけど」「ゲイラさん、来てください」「えっ、正隊員になったばかりで、もう助手が欲しいって」「お願いします」

 

チャック・モールの生贄

助手になったユミにごく簡単な事件を探しておいたと言う凡。「二年前、メキシコのチチェン・イッツァで日本人観光客がピラミッドから転落死してる。タラ子タラ夫と言う漫画家だって。マヤ文明の遺跡を見に行って、この災難にあったらしい」「その人を助けるのね」

チチェン・イッツァに行き、ホログラムを使って、あっさりタラ子を救う凡。「これでタラ子さんは無事に日本へ帰れるわけね。さすがベテラン」「いやあ、簡単すぎて拍子抜けしちゃった。チチェン・イッツァには興味深い遺跡が沢山ある。ついでに見物して帰ろうか」「賛成」

「ここは何?」「球戯場。バスケットボールみたいなことをやったんだ。部族の名誉を賭けてね。勝ったチームのキャプテンはご褒美として首を斬られたんだって」「え。そんなバカな」「いや、マヤ人の考え方では、生贄になることは名誉なことだったんだ」「野蛮で未開の人間だったのね」

そうでもないと言う凡。「天文学なんかは物凄く発達していたんだ。たとえば一年の日数、365.242日、マヤ暦では365.2420日となっている。望遠鏡も時計もない時代にどうやって計算したのか。生贄と言うのは宗教上のありふれた習慣だったらしい。神に招かれて天上界で暮らせると言うので、進んで生贄になった人も多かったらしいよ。たとえば、あの神像の腹の上の台。あれは生贄の心臓を捧げる祭壇だったらしい。すぐ近くに生贄を放り込んだ溺死させた池があるよ。行ってみよう」

気味の悪い池ねと言うユミ。「ほんとに昔、この池に生贄が投げ込まれたの?」「長い間、単なる伝説と思われていたんだけどね。1885年、米国領事タムスンが池の底の泥をさらって調査させたんだ。金や銅の装飾品に混じって、多数の人骨が引き上げられたんだよ」「なんのためにそんなひどいことを」「雨と雷の神、チャク・モールに捧げたのさ。農業国だったからね。雨が降らなくちゃ困るんだ」

ビジプレートの使い方をユミに教える凡。「確か900年ほど前には、生贄の風習があったはずだ。夜明け前に彼等は来るはずだ。これだよ、生贄の行列」「あの女の子が生贄にされるの?可哀相」「そこが現代の僕らと大昔のマヤ人の考え方の違いさ。みんな喜んで、神に捧げられたと言うからね」「でも、あの子、悲しそうだわ」「本当だ。おかしいな」「あ、池に投げられた。ひどい」

可哀相と泣くユミ。「凡。助けに行きましょう。あれを見て、人間なら助けずにはいられないはずよ」「その気持ちはわかる。僕もタイムパトロールになりたての頃、同じことを言って、リームを困らせたものだ。でもね、無闇に助ければいいってもんじゃないんだ。歴史を変えることは厳禁されているんだからね」

ユミに説明する凡。「人類発生以来、無数の人々が無数の出来事が経験してきた。その出来事の一つ一つをブロックに例えれば、歴史と言うのはそのブロックで組み上げられた崩れないブロック塀だ。現代の僕らはいわばそのてっぺんに住んでるわけだ。沢山のブロックの中には出来の悪いものもある。タイムパトロールの仕事ってのは、それを取り除くことなんだ」

「でも、どちらかと言えば、他のブロックにしっかりくっついていて、それを抜き取ると他のブロックも抜けちゃうと言う、そんなのが多いんだ。そんなのを無理矢理引っこ抜くとどうなる?そこから後の歴史は全てなかったことになる。全ての人々が消滅する。だから原則として、タイムパトロール本部が探し出した人だけしか、助けちゃいけないんだ」

「原則としてでしょ」「……」「不幸な人を見つけて、その人の運命も変えてもいいかどうか、調べてみる方法もあるはずよ」「わかった。やってみよう」

900年前の世界に行く凡とユミ。「ピラミッドがまだあんなに新しい」「タイムロックをかけよう。生贄の女の子にチェックカードを」「わあ、問題ない。よかった。さあ、行きましょう」「おい、無茶するなよ。それじゃ儀式の最中に生贄が忽然と消えることになる。もっと自然に見える方法を取らなきゃだめだよ」

生贄として放り込まれる少女を、池の中に潜って救うユミ。「お見事。初めてにしては上出来だ。さあ、帰ろう」「待って。もう一つ、弱いような気がするわ。後が気がかりよ。もしもし本部」「何をする気?」「手配終わり。行きましょう」

池の中からチャック・モールをホログラムを使って出現させるユミ。「愚かな者どもよ。神が生贄など喜ぶと思うのか。二度とこんなことをすると許さぬぞ」「ははあ。わかりました」よく気がついたとユミを褒める凡。「さあ、帰ろう」「待って。もしもし、本部。未来には手軽な人工降雨機なんかありませんか」「アフターサービスも行き届いている。そういえば、ある時期からマヤの生贄の風習がプッツリ途絶えたんだ。ひょっとして、これがきっかけで?」

20世紀に戻る凡とユミ。「いかが?私の初仕事の採点は」「うん。なかなかいいじゃないの。すぐに一人前のタイムパトロールになれると思うよ」「嬉しい。これからもよろしくね、先輩」「うーむ、よろしくどころか、うかうかしてると追い抜かれちゃうぞ」

 

平家の落人

今度の仕事はつらい仕事になるとユミに言う凡。「困難は多い方が張り合いがあるわ」「そういう意味じゃなく、大勢の人が死んだんだ。女子供を含めて。その中で救っていいのはたった一人。ま、この仕事にはつきものの悩みなんだけどね」「仕方ないでしょ。で、行く先は?」「1185年、関門海峡」

「あ、船が海を埋め尽くしてる。何百艘くらいいるの」「源氏六百艘、平家七百艘」「じゃ、これが有名な壇ノ浦の合戦?」「そう、この合戦で平家は滅び、源氏が日本を支配することになる。僕等の出番はまだ少しかかりそうだ。あの山頂で待っていよう」

壇ノ浦の戦いについて語る凡。「午前8時から始まった戦いは、昼過ぎまで圧倒的に平家優勢を進められていたんだ。ところが午後3時、海峡の潮の流れが、東から西へ逆転すると同時に、この時を待っていた源氏の主将義経は、潮流に乗っての猛攻を開始した。さらに、平家の舟の水夫たちに集中的に矢を射かけさせた」

「漕ぎ手や舵取りを失った舟は、ただの材木の塊に過ぎない。波まかせに漂う舟に火箭が射かけられ、源氏の武者が小舟を寄せては斬り込んで行く。平家の名のある武将は、もうほとんど討ち死にしている。女の人や子供たちも最期の時が来たことを悟って、海に身を投げ始めた」

泣くユミにつらい仕事になると話したと言う凡。「でも僕らにはどうすることも」「わかってる。いいから早く助ける予定の人を探して」「これだ。平信盛の長子、加茂丸12歳。母や弟と一緒に入水しようとしてるところだ」

加茂丸は入水してしまったと凡に言うユミ。「早く救い上げないと溺れ死んじゃうわよ」「潜る?波の下は死体で一杯だよ」「じゃ、どうやって助けるの」「イルカを探すんだ。平家物語には夥しいイルカの群れが軍船に群がったとある」「いたわ。あそこ」イルカに生体ラジコンを撃ち込み、イルカに加茂丸を助けさせる凡。

喜ぶユミに大変なのはこれからだと言う凡。「全国的に厳しい落人狩りが始まるからね」「捕まったらどうなるの」「むろん打ち首」「あんな子供を?」「男の子だもの。今に大きくなったら源氏に反乱を起こすかも知れない。この戦いでは勝った方が負けた一族を根絶やしにするのが普通だったんだよ」

本部で調べてもらってわかったと話す凡。「平家って大きな一族だから、亡びたとは言っても、かなりの落人が散り散りに落ちのびて行ったと思うんだよ。その中には源氏の手を逃れて、どこかの山の中なんかに住み着いた人々もいるはずなんだ。本部で調べてもらったら、そんなグループの一つが山向こうを東に向かっているらしい」「そのグループに合流させればいいわけね」

笛を吹く加茂丸に何と大胆なと驚く凡。「この辺に人家がないとは言っても」「切ない音色ね。胸の底をかきむしられるような。今はない肉親や友人たち、二度と帰ることにない京の都、失われた全ての物に別れを告げているのね。どんなことをしても、加茂丸さんを助けてあげましょうよ」「勿論だ」

鳩に生体ラジコンを撃ち込み、加茂丸をグループに誘導する凡。「あ、山狩りだ。加茂丸を探しているんだ」「ダメだわ。すっかり囲まれてる」「捕えられるのは時間の問題だぞ」「そうだわ。私の顔、あの人にかなり似ていると思わない。私が加茂丸になりすましてつかまれば、警戒が緩むから、その隙に」「首を切られるんだぞ」「すぐにってわけじゃないでしょ。名のある人の処分は鎌倉の源頼朝の指示を受けるのよ。使者の往復には日数がかかる。その間にあなたは加茂丸さんを送り届けて、私を救いにくればいいのよ」

加茂丸になりしまして捕縛されるユミ。その間に加茂丸を落人グループに誘導し、ユミを救出する凡。「君をひっさらって来たのはちょっと乱暴だったけど、鎌倉への使者を方向感覚を狂わせて、逆戻りさせておいたから、表沙汰にして騒ぐことはないと思うよ」「待って。あの笛、あの曲。加茂丸さんが吹いていた節とそっくりだわ」

笛を吹く老人に聞く凡とユミ。「これかね。古くからこの地方に伝わっている曲だよ」「あのグループがこの谷に住み着いて。そうかも知れない。いや、きっとそうなんだよ」

 

ドラキュラの館

今度は1476年のワラキアに行くとユミに言う凡。「ワラキアは今のルーマニアの一部。一人の男を串刺しの刑から救い出す」「串刺し?」「文字通り、人間を生きたまま、杭に突き刺すと言う残酷な刑罰だよ。死に前に激しい苦痛を与えようと言うのが狙いなんだ」「聞いただけで吐き気がしてくるわ」

「この刑罰は世界のあちこちにあったらしいけど、やたらに刺し殺しのがこれから行くワラキアのヴラド公。国籍・年齢・性別に関係なく、手当たり次第に殺したらしい。1485年にドナウ川で溺死するまでに、ざっと15万人を串刺しにしている」「15万人?その中からたった一人を助けるの」「そうだ。その一人の救出を全力を尽くすんだ」

壁をダイナマイトで爆破して人質を助けようと言うユミに、乱暴なことを言ってはいけないと怒る凡。「タイムパトロールの仕事はあくまで自然に見せ掛けなくちゃいけないんだよ。本部で調べたところ、18年後に小さな地震がある」「そんなに待てやしないわよ」「早めるんだよ。本部から地震エネルギーを早めに部分的に解放する装置を取り寄せた。扉が外れる程度の地震でいいんだ」

地震を起こして、人質を逃がす凡。「しまった。誰か来る」腕を掴まれる人質。「この井戸の底から抜け穴がアルジェジェ川の土手まで続いている。神がお守りくださるように」安心して20世紀に戻る凡とユミ。「礼拝堂に仕えている僧侶だね」「いい人でよかったわ」

登校する凡。「ね、昨夜のあれ見た?テレビのドラキュラ」「見た。おっかなかったな」「僕なんて、夜中にトイレへ行けなくて困っちゃったよ」フンと鼻で笑う凡。(なんだい、あんなの。昨夜の僕の体験に比べれば、所詮作り話じゃないか)

「ところで知ってる?あのドラキュラが実在の人物をモデルにしてること」「吸血鬼のモデル?」「ウソだあ」「いや、吸血鬼じゃないけど、吸血鬼以上に血を好んだ中世の暴君。ワラキアのヴラド公」驚く凡。「ヴラド公?ホントか」「ほんとだよ。うちに面白い本があるんだよ」

「ドラキュラ伝説」について凡に説明する柳。「ヴラド・ツェペシュ。ワラキアの領主。すぐ隣のトランシルヴァニアにも兵を進めたことがあるらしい。1431年生まれ、1485年死亡。当時のヨーロッパはトルコの猛襲に手も足も出ない有様だったが、ヴラド公はそのトルコ軍からも恐れられていたんだ。何しろトルコの使者のターバンの頭を釘つけするとか無茶苦茶をした」

「ヴラド公にはもう一つドラクルと言うあだ名があったんだ。これは竜の子、または悪魔の子と言う意味なんだって。「吸血鬼ドラキュラ」の作者ブラム・ストーカーは15世紀から語り伝えられているドラクル物語と吸血鬼伝説を結び付けて、小説化したんだってよ」

驚いたなとユミに言う凡。「昨夜、僕等はドラキュラの城へ行ったんだよ」「あれが1476年だったから、ドラキュラはあと10年ほどの間に、また何万人も殺し続けるのね」「ま、僕等としては一人でも助けられたことで満足しなきゃ。ドラキュラは悔しがっただろうな。ちょっとビジプレートを見てみよう」

僧侶に聞くヴラド公。「その方、囚人が逃げるところを見て、黙って見逃したと言うのだな」「お許しください。一人でも救えば、殿の罪障が少しでも軽くなろうかと」「罪障とぬかしたな。わしの行いを非難しておるのだな。よかろう。その勇気に免じて、その方をとりわけ高い杭に突き刺してくれよう」

タイムパトロール本部に連絡する凡。「昨夜の事件はその後思いがけない方向に発展しようとしています。新しい犠牲者が殺されようといているのです」「こちらでも探知して驚いているところだ。事前調査の不備で残念なことをした」「残念ですむことですか。すぐ救助に行きます。いいですね」

「それはダメだ。同一時点へ介入を重ねると、歴史に重大な変動をもたらす恐れがある」「そんな無責任な」「凡君。タイムパトロールは神ではないのだよ。永遠にして広大な時間の大河の隅々にまで手を伸べることなどできやしない。できるだけのことをする。それで満足するのだ。タイムパトロールとはその程度のものなんだよ。今度の事件を貴重な教訓としよう」

航時法違反を覚悟で、ワラキアに行く凡とルミ。「どうやって助けるの」「こうなった殴り込みしかない。ショックガンで片端からぶっ倒す。それしかないんだ」しかしあっさり捕まる凡。「奇妙な身なりだな。トルコの密偵か。串刺しにせよ」「わあ、いやだ」

タイムロックを使って凡を救うユミ。「これからどうしよう。凡はこんな時に関係記録を調べて、利用できそうな事件を探せと言ってたわ。8日後にブカレストに。これは使えそうだわ。このブカレスト平原全体をタイムフィールドに包んで、8日後に」トルコ軍が現れたと聞いて驚くヴラド公。「おのれ、いったいどの間道を通って。全軍ブカレストへ発進」

変だなと呟く凡。「ブカレストの戦いは8日後のはずだけど」8日早めたと言うゲイラ。「ユミ君がやったんだ。タイムフィールドでブカレストの平野を包んで、8日後到着のはずのトルコ軍を出現させた」「……」「大変なことをしてくれた。歴史は大きく動きつつあるぞ。君達の処分は本部で判定する。帰ってしばらく待ってろ」

20世紀を戻り、柳から「ドラキュラ伝説」を借りる凡。「<1476年ブカレストでトルコ軍と戦闘中に死亡>あっ、9年も早く死んだことになってる。串刺しにした人数は約10万人。5万人も減ってる。何もかも変わってる」「おかしなこと言うなよ。この本に書いてあることは前からこの通りなんだよ」

調査の結果が出たと凡に伝えるゲイラ。「歴史の復元力が奇跡的に働いて、あの事件の影響は現代までにほとんど消えていることがわかった。ルーマニアの人口が12人増えただけですんだよ」「よかった」「結果として、5万の人命を救ったことになるので、君らの処分は取りやめとなった。だが二度とはやらんように。タイムパトロールの人類史に負っている責任を忘れないように」「はい」

 

最初のアメリカ人

3万5600年前の世界よと凡に言うユミ。「最後の氷河期が訪れていたころね。寒々とした景色ね」「生きて動くものの影も見えない。いったいここはどこなんだい」「海底よ」「先輩をからかうのか」「ほんとよ。ベーリング海峡の浅瀬が、水の上に出てるの。今が氷河期だってこと、忘れないで。地球上の水のかなりの量が氷になって、陸上にあるのよ」「なるほど。海面が下がっていると言うわけか」

「シベリアとアラスカが地続きになってるの。地質学でベリンギアと呼ばれている部分よ。この状態は3万6000年前から約4000年続いたらしいわ。もともと海底なんだから、大きな木は一本も生えていないの。夏には草を茂るけど、今はもう秋。永い冬と永い夜を迎えようとしている所なの。あと数時間のうち、北西の方角から一人の狩人が現れて、ちょうどこのあたりで凍死することになってるの」「それを助けるわけ?あっけない仕事だね。君の訓練にちょうどいいや。思うようにやってごらん」

本部に建築資材を頼み、簡易住宅を造るユミ。「吹雪が激しくなったわ。中で待ちましょう」「ほんとかい。ここへ一人の男が現れるって」「だって、指令を受けたんだから」「人間が生きていける環境じゃないよ、これは。荒れ狂う猛吹雪の中をどこの誰が、いったい何を目的で」

家の中に入る凡とユミ。「意外に暖かいんだね。寒い所で暮らす人の生活の知恵なんだね」「そうね」「……」「何を考えてるの?」「いや。ふっと思い出したんだ。さっきのことを。実に不思議だなあ」

これはルーツ探知機だとユミに言う凡。『タイムパトロールカタログにあったから、取り寄せてみたんだ。君がこっちのプラグを握り、僕がこっちを持って、スタート』『いったい何を調べるの』『へえ、意外と近いんだな』『何が』『僕の14代前の御先祖の平山権兵衛。彼は君の13代前の御先祖と同一人物なんだ』『じゃ、あたしたち、遠い親戚ってこと?世間は広いようで狭いものね』

『いやあ、感激するほどのことでもないんだよ。僕にも君にも父と母がいる』『当然でしょ』『その両親にもそれぞれ二つの血が流れていて、さらにその両親という具合にたどっていくと、14代の間に1万6384の家系が混じり合うことになる』『まあ、そんなに』『仮に百年四世代とすると、650年の間で一億を超える家系が混じり合うことになる。大雑把に言えば、日本中親戚みたいなものさ』『へえ』

『ばい、もしもし、並平です。やあ、白木さん、何か用?あっ、うっかりしてた』『早く来てね』『ユミちゃん、ごめん。クラスの女の子と約束が』『留守番はまかせてごゆっくり』

『並平さん、ご紹介するわ。シアトルから来たブラウンさん。夏のキャンプ知り合ったの。彼は凄いのよ、先祖をたどれば、プランタジネット家につながるんだって』『古いイギリスの王朝だよ』『おかしいじゃないか。アメリカ人なんだろ、どうしてイギリス人の』『バカだな。アメリカはヨーロッパからの移住者が建国したんじゃないか』

『ブラウン君、ちょっと、これを試させて』『これは何ですか』『え、まさか。大昔過ぎて顔もはっきりしないけど、何万年か昔、北東アジアに住んでいたその人が、僕とブラウン君の共通の先祖なんだよ』『ははは。お前と英国王の子孫が親戚だなんて』『並平の先祖と言うのはわかるよ。日本人には確かにモンゴロイドの血も混じっているんだから』『でもブラウン君の先祖が北東アジアに住んでいたなんて、そんなことは絶対にありえない』

『でも、確かにこの機械が。おかしいなあ。あっ、ユミちゃん』『ふふふ』『勝手に僕のタイムボートを』『タイムシーバーを忘れて、外出したでしょ。指令があったのよ』『どんな事件?場所は?時代は?』『ちゃんと聞いといたわ。早く乗って。私って優秀な助手でしょう』『うん。まあ』

寝込んだ凡を起こすユミ。「来たわよ。ほら、あそこ」「ほんとだ。信じられない。こんなところをたった一人で。いったいどこから、どこへ行くんだろう」「随分弱ってるみたいね。もう精も根も尽き果てたって感じ」「倒れちゃった」「本部の観測通りね。手当しておけば、数時間後に元気になるわ。運べる程度の生肉も残しておくの。雪の上は天然の冷凍庫だから、腐る心配もないし」

これで仕事はおしまいと言うユミ。「帰りましょう」「どうもすっきりしない。僕には何がなんだかちっともわからないんだもの、彼は何者か、どこからどこへ行くのか。調べてみたい」「いいわよ。彼はこっちから来たのよ」「ついでに時間も遡って5日前」

「あれは何だろう」「南東を目指して進んでるわ」「カリブーの群れだ」「キャー、見て。マンモスよ」「やっぱ南東を目指している」「あれ、村じゃない?」「村だ。こんなところに。こんな厳しい環境に住み着くなんて気が知れないなあ。前後の事情を徹底的に調べよう」

なるほどと納得する凡。「要するに彼らはカムチャツカ半島北部海岸に住んでいたモンゴロイドなんだ。そこへ第四氷河期がやってきた。海底からべリンギアが現れた。海中の動植物の遺体が積もって、肥えた土地になっていたから、夏には豊かな草原となった。草につられて獣たちがやってきた。獣につられてカムチャツカのモンゴロイドたちも海峡に足を踏み入れた。住みつき世代を重ねた。だが極北の夏は短い。秋が来ると獣たちはどこかへ去っていく。海峡も氷に閉ざされ、貝も魚も取れなくなる。太陽も昇らない。永い厳しい冬の間、彼等はテントにこもり、夏の貯えで細々と命をつないだ」

『村を移そう。獣たち行く。俺たちも行く』『何言うか。あちら世界の果て、険しい氷の山がある。その向こう覗いた者、誰一人いない』『俺、正しい。獣が冬を過ごす場所、きっと住みよい土地。俺、東の世界、見に行く。いい土地なら、きっと、みんなを迎えに来る』

「で、あそこで凍死するところだったのね」「こうなると、彼が無事に目的地へ着くかどうか、気になるな」「大いに気になるわ」「とことん、面倒見るか」「賛成」

東の世界に向かう男をサポートする凡とユミ。「足取りが軽くなったぞ」「目的地が近いのを予感したのかしら」「アラスカ西海岸の山だ。とうとう着いたぞ」「大感激してる。死の世界から生命に満ちた新天地に着いたんだものね」

そうかと叫ぶ凡。「僕等は歴史的大事件に立ち会ったんだ。アメリカ大陸発見だよ。コロンブスより何万年も前に。そして彼が最初のアメリカ人と言うことになるんだ」「いいの?歴史を変えたことにならない」「いいんだ。モンゴロイドがベーリング海峡からアメリカに移住したことは、歴史上の事実なんだから。一年後の夏を見よう」

思った通りだと満足する凡。「村の人たちを連れてきたのね」「やがて、もっと大人数の移動が繰り返される。そして、彼等がアメリカ・インディアンの先祖になるんだ。そうか。ひょっとして」

20世紀に戻る凡。「ブラウン君。ひょっとして、君の家系にインディアンの血が」「うん。250年ほど前、母方の先祖に混血の。どうして知ってるの」「やっぱり。人類皆兄弟。グッドバイ」

 

シュメールの少年

「並平、お前の作文はこりゃなんだ」「僕としては面白くまとまってると思いますが」「内容じゃない。誤字が多すぎるんだよ。漢字を知らんにも程がある。もういっぺん、小学生をやり直してこい」

怒り狂う凡。「少しぐらい字が違ったってどうだって言うんだ。意味さえ通じりゃ上等じゃんか。漢字なんてモノを発明したヤツは、よっぽどへそ曲がりの暇人だよ。後世の子供たちを苦しめた罰にタイムマシンで、ぶん殴りに行きたい」「そう毛嫌いすることないよ。漢字も成り立ちから見て行くと、けっこう興味深いんだ。始まりは絵だったんだよね。それが記号化されたのが文字なんだ。そんな基本的な文字が組み合わされると、新しい意味が生まれ、さらに複雑化して」「柳、君はえらいよ。何でも知ってるよ」

指令だとユミに言う凡。「時代は紀元前3300年。所はシュメール。今のイラクだ。エリドゥと言う古代都市に行く」

おかしいわと言うユミ。「何もないわよ」「うむ」「シュメール。思い出したわ。学校で習ったわ。世界最古のメソポタミア文明圏。その中でも一番早く都市文明を発展させたのが、シュメール人よ」「そうだったな。あ、変だと思ったら、一桁間違えた。紀元前3万3000年」「何やってるのよ。そうだわ、どうせここまで来たんだから、時代を追ってシュメール文明の誕生を見てみない?」「それは面白い」

「紀元前5000年。あ、やっと人間の姿が見えた」「田や畑が見当たらないわ。農耕は始まっていないのね」「紀元前4000年。家だ。村だ。畑だ。しかし、随分お粗末なもんだね」「始まったばかりだもの。でも丘の上に神殿らしいものもあるし、日干しレンガの小さな町もできてるわ」「よし、目的の紀元前3300年へGO」

「あ、神殿があんなに立派に」「あれがバビロニアで発展して、もっと大規模なジッグラトになるんだ。聖書のバベルの塔のモデルだよ。人口2万、半径24キロに広がる大きな町に発展している」「目的地はエリドゥから50キロ離れた小さな村なんだ」

「あっ見て。すごい」「すごいってあの車?ただの荷車じゃない」「車輪はシュメール人の二大発明の一つだよ。これによって人や物を速く大量に運ぶ手段を手に入れたんだ」

「この村だ」「で、誰を助けるの」「村をまるごと。北の山岳地帯の遊牧民が襲ってくるんだ。日時ははっきりしないが、略奪され、村は焼かれ、男は皆殺し。女子供は奴隷に」「なんて恐ろしい。責任重大ね」「そうなんだ」「キャッ」オオカミを見て驚くユミ。「あら、いやだ。尻尾を振ってる」「首輪をつけてるよ」「つけてみよう」

オオカミに「ご苦労さん」と言い、首輪を外して呟く少年。「そうか。イナンナは明後日行くのか」

なんだろうとユミに聞く凡。「紐を粘土で巻いて、何か書いてあった」「通信文じゃない?」「そんなはずないよ。楔形文字はできるのはまだ500年も後だ」「本部モニター。あの少年の行動を追って見せてください」

<ナラム。この忙しい時に、オオカミなんかとどこで遊びほうけていた。そんなになまけてばかりると、奴隷に身を落とさねばならなくなるぞ><わかったよ。父ちゃん>

「あの子、しぶしぶ、畠へ連れていかれた」「いつの時代でも子供は遊びたいのよね」「あの子の名前はナラムっていうのか」

<ねえ、父ちゃん、エリドゥの神殿へはいつ行くの><近いうちに行こうと思っている><明後日行こうよ><仕事が一区切りついたらな><一区切りつけようよ。僕、一生懸命働くから><わかったよ><わあい>

「ナラムはエリドゥの神殿に行きたがっている」「明後日、何かあるのかしら」「本部。二日後の画像を」

<いかんいかん。町へオオカミを連れていくなんて><でも、ルウは大人しいよ。赤ん坊のころから、人に慣れてるから><ナラム。お父様の言うとおりになさい><はあい。ルウ。悪いけど留守番を頼むよ>

<偉大なる大地を治める神よ。おかげさまで今年も豊作でした。ささやかでございますが、感謝に印を捧げます。これからもシンマギルの一家を災いより守らせたまえ><守らせたまえ><さて、お参りは終わった。ついでに新しい鎌を買って帰ろう><広場を見て来ていい?父ちゃん>

<おうい。イナンナ><ナラム><随分久し振りだね><ほんとね><僕、昨夜眠れなかった><私も。ずっと楽しみにしてたのよ><僕等の家がもっと近いといいのにな><村が離れてるんだもの。仕方ないわ。でも、いいじゃない。離れてても、お話はできるんだもの。あなたの考えたあのしるしを使えば>

<また新しいしるしを考えたよ><今度はどんなの?え、それ、前に決めたじゃない。「頭」でしょ><ここんとこに三本線を入れる。これを<口>と決めよう。口のそばに「水」と書いて「飲む」と言う意味にする。組み合わせで新しい意味を作っていけば、もっと複雑な言葉も書けるようになるよ><素敵。もっと新しいしるしを考えて>

「絵文字だ。シュメールのもう一つの大発明、文字がここから誕生しようとしている。絵文字は次第に楔形文字に発展し、紀元前2500年ごろには中東全域まで広まったんだよ。そして、フェニキア人がアルファベットを作り出す母体にもなるんだよ」「随分興奮してるのね」「当然じゃないか。人類史上の大事件だ。文字の発明はいわば人間の頭脳を外に取り出し、永久保存できるようになったのと同じだ。あらゆる知識が共有され、ここから文明は飛躍的に発展することになる」

<ナラム。こんなところもいたのか><買物はすんだの?><色々とね。塩と魚と布地。母さんには首飾り。エリドゥは楽しかったかい><うん。とっても>

「この平和な親子にまもなく恐るべき災難が降りかかるわけだ。本部、画像を早送りしてください」「翌日、何事もない」「その翌日、無事に過ぎた」「そのまた翌日」「ナラムが心配そうな顔をしてる」「何かを待ちわびているみたい」

<ナラム。また、さぼってるか><ルウが隣村に行ったきり、帰ってこないんだよう>

「イナンナと言う女の子に手紙を出したんだな。隣村までの道筋を辿ってみよう」「ちょっと止めて。あれは」「ルウだ」「ひどく傷ついてるみたい」「行ってみよう」「槍のような物で突かれたんだわ」「これで治るだろう」「あ、もう走りだした」

<ルウ。イナンナからの手紙だね。殴り書きみたい。わあ、父ちゃん、大変。隣村が北の奴らに襲われたんだ。明日にもこっちへ向かってくるらしいよ><どうしてわかった><イナンナが知らせてくれたんだよ><寝ぼけるな。隣村のイナンナがどうやって知らせてきたんだ><それは>

「納得させるのが大変だね」「文字もない時代なものね」

<粘土にしるしを?><僕とイナンナで決めたんだ。ルウが運んでくれるから、僕等は離れてでも話せるんだよ><聞いたこともない不思議な話だが、もしほんとならうたぐってる時間はない。信じよう。よく知らせてくれた。みんな起きてくれ。北のやつらが収穫物を狙ってやってくるぞ>

「村中がひっくり返るような大騒ぎになった」「みんな、長老の家に集まって行くよ」

<早く逃げなくては><生き残った者は奴隷に売られるんだ><落ち着け。うろたえることはない。逃げてもムダじゃ。この際、こちらから戦いを挑んで、宿敵を倒そうではないか><あの狂暴な北の奴らに?勝てるわけがない><不意打ちならひとたまりもなかろう。だが今度は違う。わしらには時間がある。十分に戦備を整えて、迎え撃つのじゃ>

<そうだ。近くの村へ使いを走らせれば、かなりの戦力が集まるぞ><さて、戦となればルガルを選ばねばならんが、わしはシンマギルが適任だと思うが><とんでもない。わしなんか><いいと思うよ。シンマギルなら勇気も分別もある><賛成。シンマギルをルガルに><わかった、引き受けよう。ルガルなんてガラじゃないが、力の限りやってみよう>

「近隣の村へ伝令が飛ぶ。武器が集められる。みんな戦いに出かけて行くわ。私たち、手伝わなくていいの?」「任せておこうよ。タイムパトロールの干渉は必要最低限度に留めた方がいいんだ。オオカミを助けたことで事情が変わったから、きっとうまくいくよ」「それもそうね。ルガルって何?」

「戦争のリーダー。元々の意味は「大物」ってことなんだけど、今後、時代が下るにつれて、ルガルは大きな権力を持つようになる。ついにはルガルと言えば、「王」の意味になるんだ。何千年もの間、人類を支配した「君主制」がここから始まるんだよ」「……」「ゆっくり休んで、結果を見届けて帰ろう。夕方までには終わるだろ」

村で帰りを待つナラムの雨に意気揚々と戻るシンマギルたち。<ナラム><イナンナ>

「大勝利みたいだったね」「そうね」

20世紀に戻る凡。(文字って大事なものなんだね。書き取りの練習でもしてみるかな)驚く凡の母。「まあ、珍しい」

 

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