猛獣大脱走

1983年 イタリア

キャスト:ジョン・アルドリッチ(リップ)ロレーヌ・ド・セル(ローラ)ウーゴ・ボローニャ(ブラウン)

監督:フランコ・プロスペリ

君は子供に甘すぎるとカメラマンのローラに言う動物園の獣医のリップ。「母親は厳しくしないとね。さもなきゃ後悔するよ」「わかってるわ」「スージーには父親が必要だ。僕のような」「私はダメな母親?」「そうは思わないが」「ゆっくり親子で話し合うわ。親子の断絶は仕方ない。私が働いてるから」「僕と結婚すれば、君は働かなくてもすむ」「あなたのメイドになれと言うのね。男なんて勝手なんだから」

ブラウン警部に呼ばれてカイザー街に行くリップ。「どうした」「無数のネズミに車の中のアベックが殺された」「ドブネズミだな」「太ったヤツが何百もいる。下水から出た。消火ホースを使っているが手に負えん」「原因は何だろう。ガス漏れか?」「わからん。どうすればいい」「水じゃダメだ。火炎放射器で燃やせ。下水にガスがたまってネズミが出たんだ」「なるほど」「全部燃やすなよ。何匹か生かしてくれ。多分病気だ。動物園で恐水病のテストをしたい」

動物園に戻り、ゾウによって管理システムが破壊され、全ての猛獣が動物園から脱走していることに気づくリップ。猛獣に襲われパニック状態となる市民。ドブネズミの血液をチェックするリップ。「間違いないな。血液は酸性だよ。マテウス、早く検査の結果を知りたい。血液と唾液を試験所に回して、意見を聞いてくれ」ブラウンとともに麻酔銃で市民を襲う猛獣を眠らせるリップ。「なぜ、猛獣はこんなに凶暴に?」「わからん」トラに襲われるローラを救うリップ。「もう大丈夫だ」「スージーが心配」

原因がわかったとブラウンに言うリップ。「塩素酸フェノールだ」「誰かが動物の水おけに薬品を入れたのか」「違うな。どの水おけの含有率も正確に同じだ。しかも水は1日に何度か定期的に換えている」「猛獣は急に落ち着いて、正常になったようだな」「水はやらなきゃ大丈夫だろ」「ドクター、薬品がわかりました」「なんだ、マテウス」「薬品はフェンシクリジンです」「こりゃ大変だ」フェンシクリジンは微量でトリップできると言うリップ。「そんな薬が水道に入っているとは」「信じられん」

スージーを小学校に迎えに行き、担任のマーラーが殺されているのに驚くローラ。「スージー、どうしたの」「みんなおかしくなったの。トミーたちが先生をナイフで」ナイフを持って笑うトミー。「一緒に遊ばないか」「……」「お願いだから一緒に遊ぼう。面白いゲームをやるんだ」「どんなゲーム?」「これは死亡ごっこって言うんだ。あなたもきっと気に入るよ」「スージー、逃げるのよ」

<麻薬を含んだ産業廃棄物が、水道の一部を汚染した。侵された子供たちは快方に向かっている。厚生省は危険を否定しているが、リップとローラは記者会見で強調した。大都会はいつ狂うかわからないと>

★ロロモ映画評

この映画はまさに猛獣の大脱走ぶりを見てくださいと言う映画でありまして、そこにイタリア映画らしい悪趣味をかぶせた格好となっていますが、実際に猛獣が動物園から脱走することはそうないと言うか、あっては困りますが、1936年7月25日、上野動物園で飼育されていたクロヒョウのメス1頭が脱走した事件が発生しますが、このクロヒョウはタイを経済使節として訪問した実業家の安川雄之助を通して贈られたものですが。捕獲されてすぐに贈られてきたためにクロヒョウは環境にも人間にも馴染まず、7月になると暑さが厳しくなり、クロヒョウは事件発生の10日前あたりから食欲不振となったと言われます。

1936年7月25日、午前5時過ぎに飼育担当者が巡回した際、クロヒョウは姿を消していることが判明し、動物園は臨時休園となり、捜索は警察に加え、猟友会の鉄砲組や警棒団なども加えて、総勢700人余りが参加する大規模なものとなり、「戊辰戦争の彰義隊以来の大騒動」と評されるほどの騒ぎとなりましたが、マンホールの下にひそんでいたクロヒョウを煙でいぶし出すという作戦で、午後5時35分に捕獲。脱走発覚から捕獲まで約12時間半で収束し、クロヒョウも人間側にも全く被害は出ませんでしたが、同年に発生した「阿部定事件」「二・二六事件」と並んで「昭和11年の三大事件」と評されたそうですが、それほどの事件でもないような気がするわけです。

この事件はロロモの生まれる前の事件なのでピンと来ませんが、1979年8月2日夜、千葉県君津市の神野寺の境内で飼育されていたトラ3頭が逃げ、1頭は直ぐに戻ってきましたが、1歳のオスとメスの2頭が行方不明となり、寺からの通報を受けた千葉県警は現地対策本部を設置。警察官や消防団や猟友会など計約500人による捜索が行われるとともに、周辺住民には外出禁止令が出されました。

メスは4日朝に射殺されますが、全国の動物愛護団体などから「射殺するな」「かわいそうだ」と多数の苦情が殺到し、寺の住職も「時間的に余裕があったのだから射殺しなくてもよかったのではないか」と発言したため、猟友会が激怒したこともあり、捜索は一時中断。 8月28日早朝、近隣住民の飼い犬がトラに襲われて犠牲になっているのが見つかり、千葉県警の射撃能力が高い者で結成した「トラ捜索選抜隊」と猟友会員が合同で山中を捜索し、オスも同日中に射殺。寺は他の動物園に引き渡すなどして猛獣の飼育をやめ、自治体では猛獣などの危険動物の飼育・保管に関する条約の制定が進められたわけです。

この事件は「昭和54年の三大事件」と評されていませんが、当時18歳だったロロモには鮮明に記憶に残っている事件ですが、こちらも犠牲者が出ていないので大惨事とはなっていませんが、2012年4月20日、午前8時頃、冬期閉鎖中の秋田県鹿角市の秋田八幡平クマ牧場の運動場からヒグマ6頭が脱走し、女性飼育員2名が死亡する事故が発生。運動場は地下に掘られる形で高さ4.5メートルのコンクリートで囲まれていたが、冬期間に除雪した雪を運動場に投棄していたため壁際の一角に雪山ができており、この山を登って外へ出たものとみられますが、秋田県警は正午過ぎ、地元の猟友会にクマの射殺命を下し、午後4時に脱走したクマ6頭は全て射殺されたわけです。

こっちの方がトラ脱走事件よりも悲惨な事件ですが、7年前の事件なのにロロモの記憶からほとんど消えかかっていますが、このクマ牧場は北海道を中心に日本各地にあるようで、クマは結構ユーモラスな動物なので人気が高いのですが、上記のようにヒグマとなると人間を簡単に殺してしまうので、やはりクマは「クマ」と書くより「熊」と書いてなんとなく強そうに表記するのが正しいのかなあとロロモは思ったりするのでありました。(2019年4月)

得点 22点

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