モンパルナスの灯

1958年 フランス

キャスト:ジェラール・フィリップ(モジリアニ)アヌーク・エーメ(ジャンヌ)リリー・パルマー(ベアトリス)ジェラール・セティ(スボロウスキ)リノ・ヴァンチュラ(モレル)マリアンヌ・オスワルド (ウェイル)

監督:ジャック・ベッケル

「現在、モジリアニの絵は 全世界の美術館や収集家が高額で追い求めている。だが1919年当時は誰にも見向きもされず、彼は自信を失い絶望のどん底にいた」

パリのモンパルナスでアパートを借りて暮らす若き画家のモリジアニは自分の作品が世の中に認められず酒に溺れる毎日を送っていた。そんなモリジアニを励ます同じアパートに住む画商のスボロウスキ。泥酔したモリジアニを自分のアパートに連れて行く愛人のベアトリス。「気分はどう。天才さん」「俺は酒なんかでは負けん」「あなたが死んで悲しむのは酒場の亭主くらいね。ツケが残っているから」ベアトリスを殴り飛ばすモジリアニ。

画塾に行ったモジリアニはそこにいるジャンヌという娘を見て、ジャンヌの絵を描いてしまい、ジャンヌもモジリアニの絵を描いてしまう。そして二人はたちまち恋に落ちる。君を殴って悪かったとベアトリスに謝るモジリアニ。「今夜は馬鹿に優しいわね」「……」「新しい女ができたのね」自分のアパートで眠るジャンヌを描くモジリアニを見て、どこの娘だと聞くスボロウスキ。「今度結婚する」「ベアトリスは?」「もう切れた」「幸せになれよ」

家に戻ったジャンヌにどこに昨夜泊まったと聞くジャンヌの父。「愛している人のところに」「相手は誰だ。職業は何だ」「なんでもいいしょう。一緒に暮らすのよ。信じた道を行く人よ」「それだけか」ジャンヌを部屋に閉じ込める父。僕はジャンヌを愛しているとベアトリスに言うモジリアニ。

「今はどんな気分?」「今なら何でもできる。全宇宙を描くことも。彼女は僕の全宇宙だ」「怪しいものね。でも禁酒は驚き。モンマルトルにいて飲まずに描けると思うの。水飲んで描く絵なんてたかが知れてるわ。あなたを大成させたいならそっと離れてやるのが真の愛情よ」「冗談言うな」「あなた、家庭を持てる柄?無理よ。私は馬鹿だから我慢できたけど。その子には無理よ」

モジリアニはジャンヌに会えなくなり再び酒浸りの毎日を送るようになり倒れてしまう。空気のいいところで静養しないと命が危ないとスボロウスキに言う医者。南仏のニースに転地して健康を取り戻すモジリアニの前に現れるジャンヌ。「よく来たね」「待っていた?」「画塾を覚えてる」「ええ」「あの日に人生が始まった。夢のようだ」「スボロウスキさんのおかげ。駅まで送ってくれたわ」「いい男だ」「手紙も出せなくて。監禁されてたの。食事まで父が運ぶのよ。でも今は幸せ」

もうパリに帰りたくなったと言うモジリアニにそれではダメよと言うジャンヌ。「これから二人で生活するんだから、月に二枚は売らないと」「無理だよ。月に一枚売るんだって」「売るのよ」「ジャンヌ。君を幸せにしたい」

パリに戻り創作活動に励むモジリアニ。スボロウスキは知り合いの画廊を経営するウェイルに頼み、モジリアニ展を開かせる。初日に展覧会に現れる大画商のモレル。案内するというウェイルに明日客が途絶えたら出直すと答えるモレル。「明日だって客は来ますよ」「そうかな。ではまた明日」展覧会に現れたベアトリスはモジリアニはどうせまた飲んでいるんでしょうとスボロウスキに聞く。「あなたや恋人がいてもね」「……」「お人よしもほどほどにしないと」「性分でね」

翌日、展覧会はモレルの言ったとおりに閑古鳥状態となる。警官が現われ表に飾っている裸婦像はわいせつ物だから撤去するようにとウェイルに命令する。展覧会に現れ、案の定だとスボロウスキに言うモレル。「生きている間は売れんよ」「なんでだ」「運がない」「わかるものか」「売れたのか」「何しに来た」「私は画商だ。モジリアニの絵が実にいい」「なぜ買わない」「いずれだ。もう少し待つ。彼は飲み過ぎる。そう長いことあるまい。その日に全部買う」「汚いぞ。死の商人だ」「では墓場で」

個展は結局失敗し、モジリアニはますます酒に溺れるようになる。酔いつぶれて眠るモジリアニを叩き起こすスボロウスキ。「金になる話だ。場所はホテル・リッツ。アメリカの金持ちに売る。話をつけてきた」盛装してホテル・リッツに向かうモジリアニとジャンヌ。

まるで僕を売るみたいだと苦笑するモジリアニ。ホテルでセザンヌの絵を買ったと自慢するアメリカ富豪。「批評家も絶賛です」批評家は口先だけだと言うモジリアニ。絵がわかるのは詩人だけというのが彼の持論なんです、とアメリカ富豪に言うスボロウスキ。

ゴッホは人間には教会にないものがあると言ったと話すモジリアニ。「彼はそれを描きたかった」「ゴッホは酔いどれだった」「それは苦悩を忘れるため。でも絵は苦悩から生まれる。彼は飲酒を責めた人にこう言っています。この夏に見た黄色を表現するために飲むのだと」「作品を見せてください」

モジリアニの絵を見て素晴らしいと言うアメリカ富豪。「美しい。気にいった。うつろな目がいい」微笑むジャンヌ。そうなんですと言うスボロウスキ。「これは別世界を夢に見ている目です」「化粧水に使える」「化粧水?」「化粧水「青い波」。この絵を商標に使います。きっと当たります」広告に使うのかと呟き、席を立つモジリアニ。

エレベーターに黙って乗るモジリアニとジャンヌとスボロウスキ。そこに男を連れて入ってくるベアトリス。「あら、モジリアニ。どうしたの」「絵を売りに」「紹介するわ。私、この人と婚約したの。今、あなたのことを小説に書いているの。個展見たわよ。私の裸婦像はとんだ災難ね。この人に見せたかったわ。いい身体をしてたのよ。そうでしょう」「……」「こちら奥さんね。殴られて気絶しないように。それじゃ頑張ってね」

アパートに戻りジャンヌにすまないとわびるモジリアニ。「僕は君を幸せにするはずだったのに」「今でも幸せよ」デッサン画を持って立ち上がるモジリアニ。「どこへ」「稼いでくる」「一緒に」「女は夜、出るもんじゃない」モジリアニは酒場で一枚5フランで絵を買ってくれと頼むが、誰も買わない。その様子を見つめるモレル。「一枚どうですか」5フランをモジリアニに渡す女。「絵はいらないわ」

ふらふらと酒場を出るモジリアニ。後を追うモレル。「君」「あなたは?」「友人だ」「そう」倒れたモジリアニを病院に連れて行くモレル。絶命するモリジアニ。モレルはモジリアニのアパートに行く。あなたと迎えるジャンヌ。「失礼。主人だと思って」「画商のモレルです。夜分どうも」「どうぞ。主人は外ですが、すぐ戻ります。よろしかったら私が御用件を」「絵を」

いかがですかと聞くジャンヌ。「実にいい」「才能はあるんです。一点でも」「全部いただきます」「主人も喜びます」「現金で」「現金より励ましが必要なんです。でも売れるのは久しぶりです」「わかります」

★ロロモ映画評

パリのモンパルナスでアパートを借りて暮らす若き画家のモリジアニ(ジェラール・フィリップ)は自分の作品が世の中に認められず酒に溺れる毎日を送っていた。そんなモリジアニを励ます同じアパートに住む画商のスボロウスキ。泥酔したモリジアニを自分のアパートに連れて行く愛人のベアトリス。「気分はどう。天才さん」「俺は酒なんかでは負けん」「あなたが死んで悲しむのは酒場の亭主くらいね。ツケが残っているから」ベアトリスを殴り飛ばすモジリアニ。画塾に行ったモジリアニはそこにいるジャンヌ(アヌーク・エーメ)という娘を見て、ジャンヌの絵を描いてしまい、ジャンヌもモジリアニの絵を描いてしまう。そして二人はたちまち恋に落ちるのであった。

これが美男美女の悲恋物語の典型とでも言う映画でありまして、画塾にいるときのアヌーク・エーメが最高に美しいのですが、だんだんと所帯やつれしていくのはまあ映画の演出上しょうがないのかもしれませんが、残念に思われ、ジェラール・フィリップも典型的欧州白人ハンサムという感じですが、これは最初からすさんだ生活をしているという設定のためか、ロロモはちょっとくすんだハンサムという印象を持ち、従ってこの映画は絶世の美男美女映画とはなってないのかなと思うわけです。

この映画を見て思うのは芸術家はハングリー精神がないとダメなのかということであります。「水飲んで描く絵なんてたかが知れてるわ」「絵は苦悩から生まれる」「この夏に見た黄色を表現するために飲む」恵まれた環境の中では素晴らしい絵が描けず、芸術と環境は相反関係にあると一般的に言えるのではないかと思うわけです。

また死んだ画家の絵が売れるようになるというパターンは今もあるのかどうかわかりませんが、死んだということはもうその画家は絶対に絵を描くことができなくなり、限定作品と言うプレミアがおのずからつくので、絵というものはそうなりやすいのかと思うわけです。

実際のモジリアニは1909年にモンパルナスに移り、1917年3月にジャンヌ・エビュテルヌと知り合い同棲を始めます。12月3日、ウェイル画廊で、生前唯一の個展を開催しますが、裸婦画を出展したのが元で警察が踏み込む騒ぎとなり、一日で裸婦画を撤去する事態となります。1918年転地療養のためニースに滞在しますが、貧困と生来患っていた肺結核に苦しみ、大量の飲酒、薬物依存などの不摂生で荒廃した生活の末、1920年1月24日に結核性髄膜炎により35歳の若さで死去。ジャンヌもモジリアニの死の2日後、後を追って自宅から飛び降り自殺。この時妊娠9ヶ月だったそうです。

この映画は実際のモジリアニの生涯とかなりシンクロしていますが、微妙に違っているところもあり、この映画はモリジアニの死で終わっていて、現実はその二日後にジャンヌも死ぬという悲劇的な結末になりますが、映画ではさすがにそこまでは描いておらず、ロロモの好きなリノ・ヴァンチュラがちょっと嫌な画商を演じているのが残念なところでありますが、母親がこの映画が好きだと言っていた記憶があるので、ロロモにも少し思い入れがありますが、やはりアヌーク・エーメは絶世の美人であるとロロモは声高に叫びたいのでありました。(2013年3月)

得点 78点

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