文学賞殺人事件 大いなる助走

1989年 東映

キャスト:佐藤浩市(市谷京二)中島はるみ(時岡玉枝)蟹江敬三(保又)甲斐えつ子(美保子)石橋蓮司(大垣)泉じゅん(山中道子)水島涼太(鍋島)粟津號(土井)中丸新将(賀茂)ポール牧(多聞)林美里(櫟沢美也)山城新伍(牛膝)

監督:鈴木則文

焼畑市にある大徳産業に勤める市谷京二は高架橋の上で封筒を拾う。それには「焼畑文芸」という同人誌が入ってあり、封筒には電話番号が書かれていた。その電話番号に連絡した市谷は、封筒の持ち主である大学教授夫人の時岡玉枝と会う。「この同人誌に書いているんです」「凄いですね。小説をお書きになるなんて」「よろしかったら一冊差し上げます。読まれたら、ご感想をお聞かせください」同人誌を読んで、どれも大したことないなあ、と呟く市谷。「これぐらいなら俺でも書けるかも」

大徳産業は焼畑市を代表する大企業で、市谷の父は大徳産業の顧問をしていた。小説を書き上げた市谷は、焼畑文芸を主催する文房具屋の保又に送る。保又は君の文章は誤字脱字がなくてしっかりしていると市谷をほめるが、借金取りが現われ、ここではまともな批評はできんなと言う。「場所を変えよう」バー「チャンス」に市谷を連れて行く保又。

「お勤めは大徳産業ですね」「はい」「エリートコースですね」「いえ」「そのような立場で小説を書こうという人は滅多にいません。それがあなたの有利な点です。一流企業に勤めているからにはいっぱい書くことがあるはずです」「しかし、それでは会社の秘密を暴露することになるのでは」「それこそがあなたの書くべきことです。リアリティが一番必要なのです」「それではいろんな人に迷惑が」「気にしてはいけません。物書きの覚悟というのは地獄に落ちることなのです」

市谷に第二作を書いてくれと頼む玉枝。「あなたには才能があるのよ。私は同人誌はもう潮時だと思ってたの。でも別の希望が湧いて来たわ。あなたを一流の作家に押し上げるという希望が」「本当ですか」「私はあなたの第一発見者よ。あなたのパトロンでもなんでもなるわ」「……」「お願い。書いて」「やってみますよ。せめてもう一作」市谷は、大徳産業の内幕をばらす小説を書き始める。

文学少女の美保子は、大垣という三十五歳の無職のインテリ崩れの家にいき、文学論を戦わせようとする。「君は自意識過剰なんだ。今、文学をやる人間は原始時代に戻らなくちゃいけない。まあ文学論を戦わす時間もムダなような気がする。性行しよう。人間は自由にならなくてはいけないんだ」

大垣に抱かれながらも、なおも文学論を戦わせる美保子に、頼むから少し黙ってくれと頼む大垣。呆然と家を出て行く美保子を見て、何人の若い娘を食い物にすればいいんだい、と嘆く雑貨商を営む大垣の母。「僕はいいことをしたんです」「お前を大学なんかにやるんじゃなかった。高校の教師になってひと安心と思ったら、教え子を妊娠させて新聞沙汰になってクビ」「生意気なチンピラ女子高生を見ると、思い切り痛めつけたくなるんです。世間知らずのバカが本で読んだ知識だけで、生意気に」

保又の家で、作品の品評会が始まり、同人仲間が集合する。「早速、山中さんの作品から合評を始めよう」これは理解に苦しむ作品だと言う鍋島。「どうしてこんなものを巻頭に持ってきたんですか。保又さん」「いや、何も酒を貰ったからというわけじゃないよ」作品としては無邪気なのは救いになる、という土井に、子供っぽいだけだと言う大垣。

「単なる悪口の羅列だよ。文章もひどい。小説以前の問題だ」こんなの合評するのは時間の無駄だわ、という美保子。あなたはどう思うか、と聞かれ、誤字が多いですね、と答える市谷。ヒステリーを起こす道子。「これ以上の侮辱は許しません。下層階級のあなたたちに何がわかります。私、帰ります。私たちの小説があなたたちにわかるもんですか」

出て行く道子。続いて土井の作品が合評される。「君は文学をやる人間としては少々真面目すぎるんじゃないかね。この作品のテーマもいいし、着眼点もいい。ただ面白みがないんだなあ」「このままでは生真面目な職場作家で終わってしまう」続いて大垣の作品が合評される。「君はリアリズムの基礎を勉強しなおしたほうがいいんじゃないのかね」続いて鍋島の作品が合評される。「いつもと同じだね。学校を舞台にした小説だ」「完成されちまってるんだ」続いて玉枝の作品が合評される。「これは私小説ですか」「凄いセックス描写ですな」「ここまで来ると裏ビデオの感覚だなあ」

最後に市谷の作品が合評され、痛烈に批判する大垣。「焼畑文学は大衆雑誌と違うんだ。ハードボイルドまがいの粗雑なものを書かれたんじゃ、他の同人にも迷惑がかかる。主人公だけが正義の味方という設定は、大衆小説そのものじゃないか。この題名は何だい。「大企業の群狼」だって?要は娯楽映画のセンスじゃないか」鍋島はこの作品は僕の好みじゃないが、結構面白いと言う。土井は最後に幹部社員全員が猟銃で全員死ぬのは荒唐無稽すぎるんじゃないかと言う。

粗削りだが迫力があると言う保又。ともかく力作だと言う鍋島。素晴らしいと思うわと言う玉枝。「芥山賞はともかく、直本賞は十分狙えるわ」直本賞ねえと笑う大垣たち。「まさか。ははは」そこにバットを持って道子が殴りこんできて、合評会は滅茶苦茶になる。

文芸秋冬社の賀茂から電話を受ける市谷。「あなたの「大企業の郡狼」を同人誌推薦作品としてに掲載したいのです」「よろしくお願いします」保又はそのことを聞きつけ、チャンスで祝賀会を開く。「市谷君、君の激励会だから、君のほうで払いを頼むよ」「激励されるほうが払うんですか」「うん。恒例みたいになっとるしね」大変なことになったな、と言う鍋島。「280枚もの作品が、「文学海」に転載されるなんて、初めてのことだぞ」

祝賀会は開かれるが、大垣は白々しい態度をとる。みんな内心穏やかじゃないのよ、と市谷に囁く玉枝。「あなたに先を越されて。ねえ、ここを出ましょう。二人でどこか行かない?」金だけ置いてチャンスを出た市谷はホテルで玉枝を抱く。「あなたが好きだ。初めて会った時から」「私もよ。嬉しいわ。あなたを文学の世界に導いたのが私だなんて」

文学海に転載された「大企業の群狼」は、大徳産業で問題となり、市谷の父は大企業の顧問を辞任する。大徳産業をクビになった市谷は勘当を言い渡されるが、直本賞の候補作に選ばれたという知らせが届き、ははははと高笑いする。「親父に俺の作品がわかってたまるか。見返してやるぞ。流行作家だ。有名人だ」

文芸公演で焼畑市にやってきた「群盲」編集長の牛膝を食事会に招く保又たち。中央文壇について語る牛膝。「小説を書くということは自分以外の他人に読んでもらうことである。他人に読ませないなら日記でいいんです。同人誌の作家にはベストセラー作家を馬鹿にする人がいますが、大勢の読者を得ようという努力といい作品を書こうという努力は切り離せないものであります」食事会に遅れてやってきた市谷は、直本賞候補の知らせを、同人仲間に見せる。複雑な表情で市谷を見る同人仲間。

口から泡を飛ばして力説する牛膝。「全国に同人誌は2500あります。在野にいる作家志望の人間は200万人います。それなのに文壇でそれなりの地位を築いている人間はたった数百人です。その者たちがその地位を得るためにしてきた苦痛は想像を絶するものであります。彼らは人間の誇りである尊厳を捨てるんです。文壇の足かがりになる人間のところに日参し、土下座してゴマをすり続けるんです。私の前にも数十人の作家が土下座しました。あなたがたにそのような真似ができますか」

上京した市谷は、賀茂に銀座の文壇バーに連れて行かれる。いろんな作家がいるが賞をとらなくてもやっていける作家と、賞をとらないとダメな作家がいる、と言う賀茂。「市谷君。あなたの場合は後者です。「大企業の群狼」であなたは書くべきものを全部書いた。今度の直本賞を取るかどうかが、運命の分かれ道ですよ」バーでは、直本賞を取りそこなったSF作家が泥酔して、編集者の頭をビール瓶で殴りつけていた。いつもああなんですか、と呆れる市谷に、どんな作家でもこういう滅茶苦茶ができるわけではない、と言う賀茂。「あのSF作家、そのへんは心得ていて、許容範囲を超える無茶なことをしませんよ」

賀茂は直本賞世話人と呼ばれる多聞を市谷に紹介する。「いわば直本賞仕掛人でね。文壇に顔が売れてる割にはいい小説書けなくてね。副業でこんなことやってる」市谷に全財産はいくらか、と聞く多聞。「退職金やらかき集めて、五百万くらい」「わかりました。では選考委員の誰を攻撃すればいいか。それから行きましょう。鰊口冗太郎。これはやめといたほうがいい。娘がどうしようもないバカ娘で、未婚の男性が直本賞をとると、娘を押し付けようとする。あんた、結婚できますか」「それは勘弁してください」

「これが、時代小説の雑上掛三次。男色家だ。あんたみたいなタイプが好みです。次が通俗小説の坂氏疲労太。無類の女好きで、美貌の人妻を一番望んでいます。あとはだいたい金で片がつく。歴史作家の海牛綿大艦。この人は高い資料を買って金に困ってますから現金を受け取るはずです。それから明日滝毒作。アル中のぼけ老人だが、選考委員であることに変わりはない。この人も文化庁関係の仕事をしているので、金がいるはずです。もう一人、推理小説家の善上線引。この人はなかなか一筋縄ではいかない」

明日滝と海牛綿に金を渡した市谷と多聞は善上に会いに行く。市谷に将来性はあるのと聞かれ、この作品に全力投球したのでない、と答える多聞。「じゃあ、推薦しよう」「ありがとうございます」金を善上に渡す多聞。

有名作家の出版記念パーティーに市谷を連れて行く多聞。「あれが君のライバルの一人、櫟沢美也だ。聖心女子大英文科三年。実家は日本最大の華道家元。文芸秋冬社は彼女の毛並のよさとタレント性に目をつけている」「強敵ですね」「彼女が受賞すればベストセラー間違いない。だが技術的には稚拙なところがある。あ、それからあそこにいる髭面が候補者の番場明だ。奴は鰊口冗太郎の娘と婚約した」

「それじゃ、鰊口先生の票は彼に」「そうでもしないと君や櫟沢美也に対抗できないと思ったのだろう。まあ、我々は最初から鰊口さんはアテにしてなかったからな」牛膝を見かけて、思わず土下座してしまう市谷。「君、こんなところでそれをしてはいかん」一斉に土下座を始めるパーティーの出席者たち。

市谷は男のプライドを捨てて、雑上に抱かれるが、その頃、市谷に呼ばれて上京した玉枝は坂氏に身を許していた。申し訳ない、と玉枝に詫びる市谷。「あんな屈辱的なことのために君を東京に呼び出してしまった」「大丈夫。覚悟はしてたから」

美保子が疎ましくなってきた大垣は、自宅に道子を呼び寄せて、道子を抱こうとする。「ダメよ。お芝居でしょう」「いや、本番のほうが効果あるんだよ。リアリズム」「あの娘に見られるんでしょう。そんな行為は文学的だわ」大垣の家にやってきた美保子は、大垣と道子の情事を見せつけられて、激しいショックを受ける。

善上のところに行く賀茂。「直本賞選考会が迫りましたので、恒例の作品の内容説明にうかがいました」「助かるよ。今度もまた忙しくて、候補作一つも読めないんだ」「いや、どの先生もそうです。番場明の「猫屋敷」、これは鰊口先生が推薦してます」「その作品の弱点はどこ」「ここにメモしてまいりました。主人公の性格が描かれてなくて、結末が弱い」

「市谷君の「大企業の郡狼」、これの長所のメモはここです。表現力が豊かで、たとえば「彼女は犬の目をしていた。彼は安心した。愚鈍なまでに飼い主に忠実な女だと思った」、この部分です」「大した表現じゃないな」「そりゃ先生の目からご覧になれば。ほかには櫟沢美也の「ベッドタイムエイズ」。これはわが文芸秋冬社が肩入れしてます」

直本賞の選考委員会が始まり、鰊口は「猫屋敷」を推薦するが、他の委員は「大企業の群狼」を推薦する。鰊口は「猫屋敷」がダメなら、「ベッドタイムエイズ」を推すという。坂氏は「大企業の群狼」がダメなら、「ベッドタイムエイズ」を推すという。「この作家、なかなか美人らしいな」

善上は「猫屋敷」はダメだという。「この作品の主人公の性格が描かれてなくて、結末が弱い」雑上は「大企業の群狼」の文章がいいという。「ここなんかうまいよ。彼女は犬の目をしていた。彼は安心した。愚鈍なまでに飼い主に忠実な女だと思った。まったくうまい」その文章、どっかで見た気がするな、と呟く善上。

善上は自分の新作に、「彼女は犬の目をして。愚鈍なまでに飼い主に忠実な女だ」と使ってしまったことを思い出す。鰊口は番場が酒乱で娘と大喧嘩したと聞いて、「ベッドタイムエイズ」を推薦する。善上も「ベッドタイムエイズ」を推薦する。皆がそういうなら、と「ベッドタイムエイズ」を推薦する雑上と坂氏と明日滝と海牛綿。

こうして直本賞は「ベッドタイムエイズ」に決定する。落選の電話を受けてショックを受ける市谷を励ます玉枝。「七回も落ちて、やっと当選した人もいるのよ」「一緒にいてくれないか」「私、主人に今日までという約束で東京に出てきたの」市谷が落ちたと聞いて、万歳をするチャンスに集まっていた保又たち。

なんで落ちたんだ、と頭を抱える市谷。「俺の金を返せ。俺の女を返せ。俺のケツの童貞を返せ。畜生、皆殺してやる。一人残らず」原稿用紙に「大いなる助走」とタイトルを書く市谷。焼畑文学を燃やしながら、さよならと呟く美保子。「さよなら、私の文学。さよなら、私の青春」

美保子が自殺したと聞いてショックを受ける保又。刑事から事情聴取を受ける大垣。「彼女の遺書があり、君との関係が赤裸々に書いてあった」「まあ、彼女はあれでも文学者だから」「彼女は妊娠していた」「それがどうした」「彼女は未成年だ。文学者だろうがなんだろうが彼女は未成年だよ。お前は未成年を強制わいせつ行為で妊娠させた。これが罪にならんと思うのか」「……」

賀茂に電話する市谷。「読んでいただけましたでしょうか。僕の第二作。「大いなる助走」です。」「見えてもらったけど。あれはちょっとね。小説以前なんだよ。掲載は無理だね」文芸秋冬社に乗り込んだ市谷は、賀茂と多聞が櫟沢美也と談笑しているのを目撃する。賀茂に土下座する市谷。

「あの「大いなる助走」は僕が全精力を傾けて書いたものです」「あれはひどすぎる。文学賞を落されたからと言って選考委員を次々と殺していくなんて」「市谷君、君は人を殺すのが好きなんだね。処女作では大企業幹部。次は文学賞選考委員」「短絡だね。困ったら人を殺すという発想は小学生以下だよ」「現実に君は直本賞に落ちて、選考委員の誰かを殺したのかね、はははは」

賀茂に電話する市谷。「僕の「大いなる助走」、決してリアリティがないとは思えんのですよ」「しつこいね」「実は人を殺しましてね。直本賞の選考委員です」「いい加減にしてくれ。君の悪ふざけに付き合っているヒマはないんだ」猟銃で六人の選考委員を射殺する市谷。

美保子の葬儀の帰りにチャンスに寄った保又たちは、市谷が選考委員を皆殺しにして、パトカーに突っ込んで自殺したことを知る。必死で「大いなる助走」の原稿を探す賀茂。「緊急発売したら、ベストセラー間違いなしだ」しかし「大いなる助走」の原稿はシュレッダーにかけられていた。

落ち込む玉枝に元気出しなさいよ、と言う道子。「競争相手が一人減ったんじゃない。また張り切って書きましょう」「競争相手ならもう一人減ったわ。わたしもう小説なんか書くの、やめるから」玉枝はチャンスから出て行く。俺たち新聞に叩かれるのかな、と言う土井。「同人の中から犯罪者を出したってことでさ」俺は教師やってるから校長やPTAから何か言われるかも、と呟く鍋島。週刊誌が書くかもしれんな、と呟く保又。「連続殺人犯、市谷京二を生み出した焼畑文芸とは、いかなるグループか、と」

俺たち、いったい何をしてるのかなあ、と呟く土井。「小説を書いて、自腹切って、同人雑誌出して、大抵そのままクズ屋行きだ。日本の文化に何らかの形で貢献してると思えないんだよね。むしろ、生活無能力者を出したり、自殺者を出したり、殺人者を出したり、反社会的な人間ばかり育ててる。反社会的な行為がいくら文学の実践活動だと言ったところで、小説そのものが認められてないんじゃ、意味がないしね」

君は若いからそういう言いにくいことが平気で言えるんだ、と言う保又。「僕なんかは今になってそんなことを考えようと思わないんだよ。それを考え始めたら、もうおしまいなんだよ」賀茂は大量の同人雑誌の上に疲れてぶっ倒れるのであった。

★ロロモ映画評

焼畑市にある大徳産業に勤める市谷京二(佐藤浩市)は高架橋の上で封筒を拾う。それには「焼畑文芸」という同人誌が入っていた。市谷は封筒の持ち主である大学教授夫人の時岡玉枝(中島はるみ)と会う。「この同人誌に書いているんです」「凄いですね。小説をお書きになるなんて」小説を書き上げた市谷は、焼畑文芸を主催する文房具屋の保又(蟹江敬三)に送る。市谷に第二作を書いてくれと頼む玉枝。「あなたには才能があるのよ」「本当ですか」「私はあなたの第一発見者よ。あなたのパトロンでもなんでもなるわ」市谷は、大徳産業の内幕をばらす小説を書き始める。

保又の家で、作品の品評会が始まり、同人仲間が集合する。最後に市谷の作品が合評され、痛烈に批判する大垣(石橋蓮司)。「焼畑文学は大衆雑誌と違うんだ。ハードボイルドまがいの粗雑なものを書かれたんじゃ、他の同人にも迷惑がかかる」鍋島(水島涼太)はこの作品は僕の好みじゃないが、結構面白いと言う。土井(粟津號)は最後に幹部社員全員が猟銃で全員死ぬのは荒唐無稽すぎるんじゃないかと言う。粗削りだが迫力があると言う保又。素晴らしいと思うわ、と言う玉枝。「芥山賞はともかく、直本賞は十分狙えるわ」直本賞ねえ、と笑う大垣たち。「まさか。ははは」

そして市谷の「大企業の郡狼」は直本賞候補となり、市谷は直本賞を獲得するために、選考委員たちに身を任せたりしますが、結局落選。そして彼は文学賞を落された怒りから選考委員を次々と殺していく「大いなる助走」を書き上げて、それをリアルなものをするために、選考委員を次々と殺していくわけです。

口から泡を飛ばして力説する牛膝(山城新伍)。「全国に同人誌は2500あります。在野にいる作家志望の人間は200万人います。それなのに文壇でそれなりの地位を築いている人間はたった数百人です。その者たちがその地位を得るためにしてきた苦痛は想像を絶するものであります。彼らは人間の誇りである尊厳を捨てるんです。文壇の足かがりになる人間のところに日参し、土下座してゴマをすり続けるんです。私の前にも数十人の作家が土下座しました。あなたがたにそのような真似ができますか」バーでは、直本賞を取りそこなったSF作家(筒井康隆)が泥酔して、編集者の頭をビール瓶で殴りつける。いつもああなんですか、と呆れる市谷に、どんな作家でもこういう滅茶苦茶ができるわけではない、と言う賀茂。「あのSF作家、そのへんは心得ていて、許容範囲を超える無茶なことをしませんよ」

この映画は筒井康隆の「大いなる助走」を原作にしたもので、彼は実際に直木賞に何度も候補になりながら結局受賞できませんでしたが、その辺の恨みや、青臭い文学論に陥っている地方同人作家や、本を売るならなんでもする商業誌編集者らを遡上に乗せて、日本文学界の問題点を極端に表現したのが「大いなる助走」となるわけです。

この映画で六人の選考委員は、善上線引(小松方正)、鰊口冗太郎(南原宏治)、雑上掛三次(梅津栄)、坂氏疲労太(由利徹)、明日滝毒作(汐路章)、海牛綿大艦(天本英世)と言った濃い面々で、それぞれ実際の選考委員のモデルがいるそうですが、とにかくこの映画は鈴木監督らしいサービス精神あふれる映画ということで、その世界を楽しめればいいということになるわけです。

この映画が公開されたのが1989年。この年に主に近鉄で活躍した佐々木宏一郎が死去しています。岐阜短期大学付属岐阜高校を卒業後、1962年にテスト生として大洋ホエールズに入団。120人の応募者の中で、唯一のテスト合格者であり、1年目から早速一軍での登板機会があり、4試合で1勝を挙げますが、同年オフに退団し近鉄バファローズに移籍。大洋ホエールズをわずか1年で解雇されたのは、1962年シーズン途中に日本石油から同姓の佐々木吉郎投手が加入したため、「佐々木は2人もいらない」という全く不可解な理由によるものと言われており、当時の大洋の監督は三原脩監督でありましたが、その佐々木吉郎は1966年5月1日の広島戦で完全試合を達成しています。

近鉄に移籍した佐々木は故郷・岐阜の先輩でもある武智文雄投手コーチに鍛えられ、アンダースローから繰り出される切れの良いシュートとスライダーを武器に、次第に頭角を現します。佐々木は、武智の現役時代と同じ背番号「16」を背負いましたが、近鉄球団で初の完全試合を達成したのは、佐々木を指導した武智で、1955年6月19日の大映スターズ戦で達成。武智はパールズ時代の球団創成期よりエースとして活躍し、1954年には26勝を挙げて最多勝利のタイトルを獲得し、近鉄球団の投手では初の通算100勝も達成しています。

1968年、佐々木にとって自分の野球人生を変えるきっかけを作った三原脩が近鉄の監督に就任。既に主力投手として活躍していた佐々木は三原監督に自分が成長した姿を見せつけるかのごとく奮起して、1969年は15勝をあげ防御率2.35とそれまで自己記録を更新する活躍をみせ、チームの優勝争いに貢献。彼が最も活躍したのは1970年で、10月6日の南海戦でプロ野球史上11人目で、近鉄では武智に次ぐ二人目となる完全試合を達成。武智が完全試合を達成したのも大阪球場でしたが、佐々木はトップバッターの広瀬叔功中堅手を三塁ゴロに打ち取ると、最終打者のケン・ワシントンを右飛に打ち取り、完全試合達成。「とにかく勝つことだけを考えていました。武智さんのおかげです。僕を我慢して使ってくれた三原監督にも感謝したい」と佐々木はコメント。この年には、最高勝率(17勝5敗、勝率7割7分3厘)のタイトルも獲得しましたが、この1970年で三原監督は近鉄を去ることになります。

1975年シーズン途中、島本講平外野手との交換トレードで南海ホークスに移籍後は、主に中継ぎで起用され、1981年に引退。 プロ野球選手として20年という長期間を過ごしましたが、在籍した3球団でリーグ優勝を一度も経験できなかったことが、心残りだったと言う佐々木は、1989年5月22日、癌のため、大阪市内の病院で45歳の若さで亡くなったわけです。

佐々木宏一郎に因縁のある佐々木吉郎、武智文雄ですが、この三人の投手が完全試合を達成しているというのは何とも不思議な事実でありますが、これはまさに事実は小説より奇なりを地で言っているとロロモは感心し、佐々木宏一郎と三原脩の因縁も恐ろしいものがありますが、この佐々木宏一郎の不思議な因縁はそれだけで一冊の小説が書けそうでありますので、誰か書いてほしいとロロモは切望するのでありました。(2013年1月)

得点 67点

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