なつかしい風来坊

1966年 松竹

キャスト:ハナ肇(伴源五郎)倍賞千恵子(風見愛子)有島一郎(早乙女良吉)中北千枝子(絹子)真山知子(房子)山尾哲彦(学)山口崇(伊達一郎)松村達雄(局長)市村俊幸(吉川)久里千春(隣の奥さん)高原駿雄(刑事)

監督:山田洋次

民生省衛生局の防疫課長補佐の早乙女良吉は電車の中で酔っ払いの大男と出くわす。「おじさん。どこまで帰るんだ」「茅ヶ崎です」「そうか。まあ一杯行こうや」「いえ、僕は結構です」「なんだ。俺の酒が飲めないと言うのか」「いえ、やはり電車の中では」くだくだ良吉にからむ大男はあまり騒ぐなと車掌に連れて行かれる。(私は災難を逃れてほっとする気持ちと同時に、奇妙な名残惜しさを覚えたものだ)「おっさん。また会おうぜ」(勿論、再び会うとは夢にも思わなかったのであるが)

局長に吉川の送別会に出るかどうか尋ねる良吉。「送別会は6時半からか。じゃあちょっとだけ顔を出すから」送別会で挨拶する局長。「吉川君には申し訳ないけどはずせない用事があるから、僕は失敬する。まあ私どもの局としては吉川君のようなベテランを失うのは大変痛手ではあるが、これは福岡からのたっての要請なのでやむを得ない。吉川君には腰を落ち着けて頑張ってもらいたい。なお福岡と言えば博多美人の産地であります。幸い、吉川君は家族同伴で行かれるので、その方面の心配はないと思います。吉川君、お元気で」

送別会が終わり、吉川と二人で飲む良吉。「福岡は博多美人の産地か。要するに転勤先はみな美人の産地だ。まあ飲め」「いや、僕はもう」「なあ。これが俺の東京最後の酒だよ」「わかったよ」「なあ、九州行ったら寄ってくれよ。俺は九州を墓場と決めたよ」吉川を家に送り酔っぱらって茅ヶ崎駅に着いた良吉は酔った大男と出くわす。「おっさん」「やあ、君か」

駅前で大男と飲んだ良吉はタクシーで大男を家に連れていく。「おーい、かあちゃん。父ちゃんのお帰りだい」「ママ。あけてくれ」泥酔した二人を迎える良吉の妻の絹子と娘の房子。「パパは酔ってません。土方、あがれ」「何が土方だ。名前をちゃんと呼べ。俺は伴源五郎ってんだ」

「ゲンゴロウか。虫みたいな名前だな」「なんだと」「まあ飲め」「いいから風呂に入ろう。かあちゃん、お湯を沸かしてくれ」110番に電話すればと絹子に言う房子。「風呂に入れば落ち着くんじゃない」「だって暴れれば、パパは殺されちゃうわよ。あんなゴリラみたいな人」ママ熱いよと怒鳴る源五郎に水を出してくださいと怒鳴る絹子。

翌朝、何も盗られてないみたいと絹子に言う房子。「そう、無事か。もっとも自分の物を忘れていくくらいだからね」「この袋、何が入ってるのかしら。臭いわ」二日酔いの良吉にこの袋どうするのと聞く絹子。「ほっとけよ。また取りに来るだろう」「冗談じゃないわ。また来られたらどうするの」「仕方がないでしょう。居場所がわからないんだから」衛生局に出勤する良吉。袋を取りに来た源五郎に袋を渡す絹子。「どうぞ中をお調べになってください」「これでも全財産なもんですから。奥さん、昨夜はすいませんでした」「いいえ」「旦那さんによろしくおっしゃってください」

そこに押し売りが来て困っていると言って現れる隣の奥さん。「あら、お宅にも」「あら、この人は違うのよ」まかしてくれと押し売りをあっさり追い払う源五郎。「それじゃ失礼します」「これからどちらへ」「ちょいと南の方へ」「伊豆の方ですか」「もっと南で」「どこ」「奄美大島の方です」「まあ」「それじゃ、旦那によろしくおっしゃってください」(あとでこの話を聞いた私はその場に居合わせなかったことを残念に思った。もう二度と会えないと思うと、あいつが無性に懐かしくてしょうがなかった)

それから二か月後、酔っぱらって歌いながら良吉の家に現れる源五郎。「よう」「へへへ。旦那、また来ましたぜ。奥さんもお嬢さんも相変わらずで」「どうしたの、南の方は」防波堤の工事は台風でパーになったと言う源五郎は奄美土産を良吉たちに渡す。そこに現れる良吉の息子の学。「おや、坊ちゃんがいたんですか。今度何か持ってきますよ」「僕、犬がいいや」「お安い御用だ。今度持ってきますよ。それじゃ皆さん失礼します」「これからどこ行くんだ」「へえ、北の方に」「北海道かい」「とんでもない。駅の向こうの浄水場の工事をやってるんで」

日曜日、犬を連れてやってくる源五郎。「いえ、保健所に犬を捕まえる係の知り合いがいましてね。そいつがこいつを捕まえてきたんですよ。さあ、ポチ、飯でも食え」「こいつはポチと言うのかい」「だいたい犬はポチと相場が決まってますからね。じゃあ犬小屋を作りましょう」あっと言う間に犬小屋を作る源五郎についでと言っちゃなんですけどと言う絹子。「台所のドアが壊れてるんですけど」「ママ、なんてことを。厚かましい」「だって、パパはちっとも直してくださらないじゃない」あっと言う間にドアを直す源五郎。

テレビのアンテナの具合が悪いと言う隣の奥さん。あっと言う間にアンテナを直す源五郎。どうもすいませんと源五郎に言う隣の奥さん。「ついでに屋根の雨漏りから雨戸の壊れたのまで直してもらって」「風呂場の方は道具を持ってやりますから」「あら、悪いわね」大きい石が欲しいと言う良吉に、相模川に行けばゴロゴロしてると言う源五郎。「今度、持ってきますよ」

ポチが何も食べないと源五郎に言う学。「きっと運動不足でしょう。一緒に散歩に行きましょう」今度は何持ってくるかわからないと源五郎に言う隣の奥さん。「今度はライオンでも持ってくるかも」「今度は無口なしとやかな美人でも持ってくればいいですな」「まあ、失礼ね」

海で身投げした娘を背負ってくる源五郎。娘を診断して命に別状はないようだと言う良吉。旦那さんはお医者さんかねと聞く源五郎にお役人だけど免状を持ってるのと答える房子。事件にすることはないだろうと娘に言う良吉。「そのほうがいいね」「……」「あと故郷の方への連絡だけど、この書類によると君の義理のお父さんの風見芳次さんはトカラ島にいるそうだけど、そこには連絡した方がいいんじゃないのかい」「……」「イヤなら、無理とは言わないから気が落ち着いたらゆっくり考えなさい」「……」「うちは構わないだよ。いつまでいたって」

すいませんと言って泣く娘。無我夢中で何がなんだかわからなかったと絹子たちに語る源五郎。あの愛子という娘は両親とも本当の親じゃないようだと絹子に言う良吉。「だから国に帰っても歓迎されないんだろう。おまけにあのトカラってのは何もない貧しい島でね」「パパ、何日ぐらいあの人を置いてやるつもり」「まあ、当分の間は置いてやろうよ」

仲間たちとトラックに石を積んで良吉の家にやってくる源五郎。「奥さん、石を持ってきたぜ。誰もいないのかい」家に上がり込んで水を飲む源五郎を見て脅える愛子。「あんた、あの時の娘さんじゃないか。驚いたな」「どなたでしょうか」「俺だよ。この間、海の中であんたを」「ああ」「思い出したかい」「すいません。気がつかなくて。おかげさまで、うち」「しかし、なんだ。元気になってよかったな。また来ますから、奥さんによろしく」「あの、奥さんはもうすぐ」「いや、こっちは忙しいもんで。表に車を待たせてるから」

私が帰って愛子さんがぼんやりしてるからどうしたのかと思ったと言う絹子に、助けられた時に相手の顔を覚えてないと言うのは無理もないと言う良吉。「しかし、怖がることは」怖いわよと言う房子。「源さん、初めて見たら。あんな男に助けられたと思うと、あまりいい気がしないんじゃない」「それじゃ、あいつがアラン・ドロンみたいな優男だったら文句ないと言うのか」「程度問題よ。あの顔でヘルメットかぶってサングラスしてれば」「じゃあ、ヘルメットを足にかぶれと言うのか」「どうして、そんなバカなことを言うのよ」

日曜日、犬を引き取りに現れる伊達一郎。「いずれ両親もお礼に参ります。どうもありがとうございました」「いいえ、とんでもない」「バロンを気持ちよく返していただいて本当に感謝してます」「いいえ、こちらこそ」伊達さんにはいい息子がいるのねと房子に言う絹子。「まだ、おひとりかしら」「さあ」一郎の乗った車とすれ違う源五郎。「おじさん」「坊ちゃん。ポチはどうしたんだい」

スーツを着て果物かごを持って現れた源五郎を見て、その格好はどうしたんだいと笑う良吉。「この果物はお見舞いかい」「ええ、まあ」「じゃあ、愛子さんに来てもらわないと」「いえ、もう、あっしは帰りますから」「何を言ってる」源五郎に先日は大変失礼しましたと謝る愛子。「それに、こんなものまで」「いや」そこに現れる隣の奥さん。「源さん、どうしたの、その格好」「いや、着る物を全部洗濯に出したんで、ちょっと友達に借りて。まさかふんどし一丁で来るわけにもいかないし。いや、まいったな」

(いつまでたっても沈みがちで外に出たがらない愛子を慰めるべく、房子は散歩に連れ出した。居合わせた源さんは格好の用心棒となった)チンピラたちを一括して追い払う源五郎。散歩の途中で一郎と出くわす房子。「午前中はどうも。お茶でも飲みませんか」「ええ」一郎にドライブに誘われたと源五郎に言う房子。「悪いけど、ちょっと言ってくるから、愛子さんを頼むわね」「へえ、わかりました」

こっちも楽しく行こうやと愛子に言う源五郎。「何が食いたい。何が飲みたい」「……」「どうしたい、何見てる」「考えてみりゃ、おかしいね。うち、漁師の娘だから、何時間でも泳いでいられるのに。海で死ねるわけないのよね」「それは、頭にカーっと来て何も覚えてないんだろう。まあ気にしないほうがいいんじゃないかな」

一郎は医者の卵よと言う房子に、これでお嬢さんのお婿さんは決まったと言う源五郎。「失礼しちゃうわ。今日、会ったばかり」「いや、向こうはぞっこん。一目ぼれだね。あっしの見たところ」「呆れた。嫌だわ、私」自分の部屋に戻る房子。茶化しちゃダメよと源五郎に言う絹子。

「こういうデリケートな問題は」「どうもすいません。でも茶化すつもりはなかったんです」「でも一目ぼれしたってどうしてわかるの」「目ですよ。あの目つきは間違いない」「どんな目つきだったの」「それは言葉では言い表せないですね」「じゃあちょっとやってみてよ」「そうですか」

奇妙な目つきをする源五郎。それを見て大笑いする良吉と絹子。「いや、笑っちゃいけませんよ」腹を抱えて大笑いする愛子。(愛子が笑った。初めて心からの笑顔を見せた。私は源さんを飲みに誘った)

愛子は先生一家に心から感謝してると言ってたと良吉に話す源五郎。「だから早く勤め口を探して出なきゃと」「ほう。愛子がそんなことを言ってたか」「だが俺は言ったんだ。それは違うよ。それじゃ水臭いと思われるに違いないって。当分先生のうちに女中代わりにいたらどうだって」「そうか」「でも愛ちゃんは先生のこと褒めてましたよ。先生は優しくていい人だ、先生の奥さんは幸せだって」「もう一杯行こう」(あいつと飲む酒はうまかった。あいつと飲めば私はいつも気持ちよく酔った)

酔っぱらった良吉を迎えに行く愛子。「ママに言われたのか」「はい」「今日は楽しかったか」「はい」「どうだ、あいつは悪い奴じゃないだろう」「はい」「世の中は悪い男ばかりじゃないんだ。そう悲観したもんじゃないんだよ、この世の中は。わかるだろう」「はい、わかります」「そりゃ、世の中にはつらいこともある。でも死んじゃつまらん。死んで花実が咲くものか。そうだろ、愛ちゃん」「はい。本当にそう思います」

雨の日に現れる源五郎に挨拶する愛子。「この間はどうも」「奥さん、いるかい」「何か用?」「いや、ちょっとこの辺まで来たもんで」「仕事はお休み?」「いやあ、土方殺すには刃物はいらねえ。雨が三日も降ればいいってね。へへ」「よく降るもんねえ」「何か不自由なことはないかい」「え」

「この家にいて何かつらいことはあるだろう」「別にそんな」「なんか生意気な御用聞きが来たら言いなよ。俺がぶん殴ってやるから」「まあ」「なんでもいいんだよ。困ったことがあったら俺んところに言ってきな。駅の向こうの浄水所の工事現場で石井組の伴源五郎って言えば、すぐわかるからよ。それから、この一万円取っとけよ。じゃあな」

一万円は黙って取っておきなさいと愛子に言う良吉。「気持ち悪ければ使わなきゃいいから」「じゃあ、そうします」なんだか嫌だわと良吉に言う絹子。「愛ちゃんを虐待してるみたいで。変だわ、源さん」「バカだな、わからんのか」「何が」「愛の告白だよ」「え」「あいつは今の男みたいに洒落たことができないんだ。つまり、愛する者を守ってやりたいと言う男の気持ちだ。ママにはわからんのかねえ。情けないねえ、まったく」「悪かったわね。不幸にしてそういう男性と巡り会わなかったもんで」

日曜日、源五郎を釣りに誘う良吉。「問題はあの子が傷を受けてると言うことだ。男のことでね。純情な娘の受けた傷はなかなか治るもんじゃない。そこが問題だ」「ええ」「つまり、男に対する恐怖心ができている。これを解きほぐすのは大変なことだ」「なるほど」「若い娘の気持ちは複雑だからな」「一万円札をやったのはまずかったかな」「まずかったねえ」「やっぱりねえ」「女の子はチョコレートを貰うとか、映画に誘うとか。そう言うのが嬉しいもんだよ」「映画か」「愛ちゃんが幸せになるのは一万円札なんかじゃない。大きな愛情だ」「なるほどなあ」

衛生局にいる良吉に電話する源五郎。「実は今夜ヒマなんで」「一杯やるか」「実は愛ちゃんを映画でも連れてってやろうと思って。かまわないかね」「なんだ、そんなことか。いいじゃないか。きっと喜ぶぜ」「いや、いろいろ考えたんだが、先生に断ってからと思ってね。初めてだよ、役所に電話したの」「まあ、君がついていれば愛ちゃんも安心だ。大事にしてやってくれよ」「へえ、そりゃあもう」

家に戻り、愛ちゃんはどんな映画を見にいったと房子に聞く良吉。「太陽のなんとか。アラン・ドロンよ」「そうか」源五郎と愛子の結婚式を想像して愉快な気分になる良吉で風呂に入るが、愛子が暴行されたらしいと絹子に言われて驚く。「今、泥まみれで帰ってきたの。服も破けて」愛子さんはどうかしたんじゃないのと言う隣の奥さん。「今、うちの前をかたっぽ裸足で、髪を振り乱して」「そうなの。私も心配してるの」「絶対痴漢よ。私もつけられたことがあるの」愛子の様子が変なのと言う房子。「何言っても答えないの。ハンドバッグも持ってないわ」

愛子にどうした聞く良吉。「源さんはどうした」「……」「黙ってちゃわからんじゃないか。あいつ、送ってくれなかったのか」「……」「畜生、なんてことを」絹子に警察に電話したかと聞く良吉。「いいえ、まだ」「早くしないか」「ちょっと待ってよ。ひょっとしたら源さんが」「ひょっとしたら何だ」「あの人が愛ちゃんを」

源さんが一緒だったのと房子に聞く隣の奥さん。「これは問題ですよ。あんな男なんですから」あんな男とは何だと言う良吉に、そういうことも考えられるわと言う房子。「うるさい。お前は何もわかってないくせに。黙ってなさい。あいつはそんなことをするはずがない。そりゃあいつは教養のない乱暴者ですよ。あいつは愛ちゃんを守ってやる男だ。痴漢が出たらぶん殴る方だ。もういい。僕が警察に電話する」

翌朝、犯人が捕まったと警察から電話を受ける良吉。「え、自白した?ハンドバッグも持ってる。そうですか、では早速、署に参ります」刑事にお疲れ様でしたと言う良吉。「最近、あの辺で痴漢が出るそうですが、みんなそいつの仕業でしょうな」「そのへんのところはなんとも」「やはり犯人はチンピラでしょうか」「いや、建設労務者ですよ」「そいつの名前は?」「面白い名前でね。源五郎って言うんですよ。伴源五郎」「そんなバカな。私はよく源さんを知ってるんです」「しかし、本人は素直に犯行を認めてますよ」「あの、この事件はおだやかに」「でも告訴したのはあんたでしょう」「いやあ、まあそうなんですが」

やっぱり源さんだったのねと良吉に言う絹子。「だから言わないことじゃないんです」「余計な口を出すな。愛ちゃん、黙ってちゃわからん。話をしておくれ」「すいません」「謝るのはもういい。警察に本当のことを話さなきゃならんのだ。まず二人で映画を見にいったんだね」「はい」「アラン・ドロンのなんとかと言う奴だね」「はい」「映画を見てどうした」「あまり遅くなったらいけないと」「二人で一緒に帰ったんだね」「はい」「それで」

公園に行く源五郎と愛子。「うち、久しぶりに映画を見て、泣けて、泣けて。ほら、終わりの部分でルネとマリーが会うところ」「うん。よかったね」「あんなに愛されたらどんなに幸せかね。あんなことってあるのかしら。映画だからよね」「愛ちゃん。星がきれいだね」「うちの生まれた島では星はもっと大きくてたくさんあるよ」「そうかい」「子供のころ、父さんに叱られて、家を出されて、星を見てよう泣いとったよ」「悪さしたな」「ううん。本当の父さんじゃないからね。うちは悪い星の下に生まれてきたんよ」「それで島を出たのか」「うん、少しはましな暮らしがあると思ったからね」

しゃがみこんで泣く愛子。「でも、うちは、いつも酷い目ばっかりに」「愛ちゃん」源五郎は愛子を抱きしめようとするが、足を滑らせて愛子とともにゴミ捨て場に転落する。そこから登ろうとする愛子の服を引っ張って破る源五郎。「きゃあ」「違うよ、違うんだったら」「いや」「違うんだ。違うんだったら」

署に行き源五郎と会う良吉。「源さん、えらいことだったねえ。訴えたのはこの僕なんだ。本当に悪かった。しかし愛ちゃんが黙って何も言わないもんだから」「……」本人から話を聞くと他愛もない話だったと刑事に言う良吉。「なあ、源さん」「……」「でも正直にありのままを言えば。まあ、過ぎたことはしょうがない。とにかくここを出てゆっくり話し合おう」「どうでもいいよ」「源さん、なんてことを」「俺はあんたの思ってるような男じゃないんだよ。つきあいはこれでしまいだぜ」

留置所に戻る源五郎。なんだかひどく誤解しているようだと刑事に言う良吉。「まあいい。告訴を取り消しますから、すぐ釈放されますね」「そうはいかなくなったんです」「なぜです」「余罪があるんです」「え」「新潟県での建築資材の横流しと埼玉での傷害罪。仲間同士の喧嘩でしょうが、手配書が回ってましてね」「じゃあ、あいつは」「ええ。検察庁行きです。まあ、2、3か月は喰らうでしょう」

ああいう人は怖いわねと絹子と房子に言う隣の奥さん。「あの人の腕には刺青を消した跡があるのよ。ちらっとこの前見たの」「へえ」「奥さんたち、気を許しすぎたわねえ。皆さん、人がいいから」酒を飲んで荒れる良吉はお前たちが悪いとくだを巻くが、房子は悪いのはパパよと言う。「パパが警察に電話しなきゃこんなことにならなかったのよ」

私たちは人がよすぎたのよと言う絹子に、悪いことをする人はいずれ捕まるのよと言う隣の奥さん。何が悪いことだと言う良吉に、横流ししたり傷害事件を起こしたりと言う房子。「それがどうしたって言うんだよ。そんなことで人間の価値がわかるもんか。なんだ、何もわからないくせに。愛ちゃん、君もそう思うのか」「すいません。うちのことで」

またすいませんかと怒る良吉。「君はいかんよ。どうして昨夜のことを正直に言わないんだよ。まあ恥ずかしいと言う気持ちはわかる。君さえ正直に言ってくれれば、こんなことに」「パパ、可哀そうじゃないの。愛ちゃんに当たるなんて」「黙ってろ」「まあまあ、御主人。落ち着いてくださいよ」「あんたは何でしょう。何でここにいるんですか」「パパ、失礼よ」「そうよ。いくら酔っぱらってるかあって謝るべきよ」

馬鹿と房子を殴る良吉は、、やめてくださいと言う愛子を突き飛ばす。(理由のない八つ当たりと言うことは私にもわかってる。しかしその時の私はどうしようもなかった。翌朝、私はあいつに会おうと署に行ったが、もう許可されなかった)

衛生局にいる良吉に電話する愛子。「このたびは私のことでいろいろご迷惑をかけてすいません」「どうしたの、いったい」「うち、いろいろ考えたんですけど、いつまでもお世話になっていられないんで、今日かぎり先生のお宅を」「待ちたまえ。そんな話なら今夜でもゆっくり」「それじゃきりがありませんから、思い切って先生のお留守に出て行きます」「ママはいないのか」「今、御留守です。うち、もうこれで。うちは一人でなんとかやっていけるつもりです。先生の御恩は一生忘れません。ありがとうございました」「愛ちゃん、待ちたまえ」

昨夜みたいな騒ぎを見せられたら居づらくなるのは当たり前だわと良吉に言う絹子。「私だって裏切られたような気持ちよ。置手紙を書いて出て行くなんて」「……」「あなた、聞いてらっしゃるの」

それから一年後、局長から八戸への転勤を命じられる良吉。「あそこの検疫所長がやめることになってね。後任に君のような専門家がどうしても必要と言うことになってね」お断りできないのかしらと言う絹子に無理だと言う良吉。「だってまだ下相談なんでしょう」「局長が相談と言うのは決まったと言うことだ」

そこに一郎とともに現れる房子。「パパ、転勤ですって。大変ね」「しかし、八戸とは随分遠くですね」「ああ。まあ、田舎もいいさ」パパが三年前に本省勤めになった時にやっと落ち着けると思ったのにとボヤく絹子。それを言うなとムッとする良吉は学に八戸はいいぞと言う。「景色はいいし、うまい魚は食えるし」それはどういうことと良吉に聞く絹子。「どういうことって」「私たちも行くの?」「なんだ。お前たちはいかないつもりか」「だって、そう簡単には。学だって湘南学院に入って一番大事な時なのよ。それにこの家だってどうする気」

そのことで房子と話したと言う一郎。「もし、もしですよ、お父さんが単身赴任するんだったら、この家に住まわしてほしいんです。お母さんも房子と一緒に住めば寂しくないでしょうし、学君だって僕がいれば勉強見てやれますし」ママはどう思うのと房子に聞かれ、そうしてくれたら嬉しいわと言う絹子。パパは八戸に下宿を見つけてと言う房子。「そうすれば夏休みに学を連れて遊びに行くわ。お魚を食べに」それがいいやと言う学。

急に立ち上がる良吉。「どうしたの、パパ」「聞こえなかったか」「何が」「源さんの歌声だよ。確かに聞こえたんだ」庭に出る良吉を見て嫌だわと房子に言う絹子。「大丈夫かしら」「少し神経が参っているようね」

良吉の送別会で挨拶する局長。「まあ東北と言えば、元来美人の多いところで、しかも早乙女君は単身赴任と聞いてるので、いささか羨望の念に堪えないが」

八戸行きの汽車に乗る良吉。「あの、そこ、あいてますか」「どうぞ」赤ん坊を背負った愛子と再会する良吉。「先生」「愛ちゃん」「その赤ちゃん、君、結婚したのかい」「はい」「それで、その」そこにかあちゃんと怒鳴りながら現れる源五郎。「おい、席はあったのか。おお、先生。先生じゃないか。あっしですよ、源五郎ですよ」「……」

「先生、驚いたでしょうが、ごらんのようなわけでね。いやあ、御報告しないと申し訳ないと、いつも愛子と話していたんですがね。何しろ、恥ずかしいもんで。いえ、そのうち、手土産を持ってお伺いしようと。なあ」「先生の家で散々厄介になりながら。この人がどうしても恥ずかしいって言うもんですから。本当にすいません。お便り一つもしないで」もういいと言う良吉。「謝ることはないよ。よかった。本当によかった。僕はなんて言っていいか」涙する良吉に、源五郎はどうして愛子と一緒になったか話し始めるのであった。

★ロロモ映画評

民生省衛生局の防疫課長補佐の早乙女良吉(有島一郎)は電車の中で酔っ払いの大男(ハナ肇)と出くわす。「おじさん。どこまで帰るんだ」「茅ヶ崎です」「そうか。まあ一杯行こうや」「いえ、僕は結構です」「なんだ。俺の酒が飲めないと言うのか」「いえ、やはり電車の中では」

くだくだ良吉にからむ大男はあまり騒ぐなと車掌に連れて行かれる。(私は災難を逃れてほっとする気持ちと同時に、奇妙な名残惜しさを覚えたものだ)「おっさん。また会おうぜ」(勿論、再び会うとは夢にも思わなかったのであるが)

同僚の吉川の送別会に出て酔っぱらって茅ヶ崎駅に着いた良吉は酔った大男と出くわす。「おっさん」「やあ、君か」駅前で大男と飲んだ良吉はタクシーで大男を家に連れていく。「おーい、かあちゃん。父ちゃんのお帰りだい」「ママ。あけてくれ」泥酔した二人を迎える良吉の妻の絹子(中北千枝子)と娘の房子(真山知子)。

「パパは酔ってません。土方、あがれ」「何が土方だ。名前をちゃんと呼べ。俺は伴源五郎ってんだ」「ゲンゴロウか。虫みたいな名前だな」「なんだと」「まあ飲め」「いいから風呂に入ろう。かあちゃん、お湯を沸かしてくれ」110番に電話すればと絹子に言う房子。「風呂に入れば落ち着くんじゃない」「だって暴れれば、パパは殺されちゃうわよ。あんなゴリラみたいな人」ママ熱いよと怒鳴る源五郎に水を出してくださいと怒鳴る絹子。

それから二か月後、酔っぱらって歌いながら良吉の家に現れる源五郎。「よう」「へへへ。旦那、また来ましたぜ。奥さんもお嬢さんも相変わらずで」日曜日、犬を連れてやってくる源五郎。「いえ、保健所に犬を捕まえる係の知り合いがいましてね。じゃあ犬小屋を作りましょう」あっと言う間に犬小屋を作る源五郎についでと言っちゃなんですけどと言う絹子。「台所のドアが壊れてるんですけど」「ママ、なんてことを。厚かましい」「だって、パパはちっとも直してくださらないじゃない」あっと言う間にドアを直す源五郎。

テレビのアンテナの具合が悪いと言う隣の奥さん(久里千春)。あっと言う間にアンテナを直す源五郎。どうもすいませんと源五郎に言う隣の奥さん。「ついでに屋根の雨漏りから雨戸の壊れたのまで直してもらって」「風呂場の方は道具を持ってやりますから」「あら、悪いわね」

ポチが何も食べないと源五郎に言う良吉の息子の学。「きっと運動不足でしょう。一緒に散歩に行きましょう」今度は何持ってくるかわからないと源五郎に言う隣の奥さん。「今度はライオンでも持ってくるかも」そして源五郎が海で身投げした娘(倍賞千恵子)を背負って戻ってくるのであった。

山田洋次監督でハナ肇主演作と言えば、「馬鹿まるだし」「いいかげん馬鹿」「馬鹿が戦車でやってくる」の馬鹿シリーズを代表作として、1960年代に数々の名作が作られましたが、そんな中でもこの「なつかしい風来坊」は山田ハナ映画の最高傑作ではないかとロロモは思いますが、それはハナ肇の風来坊ぶりよりもよかったのですが、それよりも有島一郎の役所の課長補佐ぶりが素晴らしかったのが、この映画を傑作にしたのではと思うわけです。

彼にはいわゆる中年の冴えないサラリーマンを演じていますが、ダメサラリーマンと言うわけでもなく、役所では課長補佐を務めて、ちゃんと家を建てて妻と子供二人を育てていますが、役所では部下に陰口を叩かれ、上司に軽んじられ、家でもどことなく家族全員に軽んじられると言う存在となっていて、こういうどことなく可哀そうな中年男と言うのを有島一郎は完璧とも言える味を出して演じているわけです。

そんな彼が八戸に転勤することを家族に話した時に家族の対応とそれに対する彼の対応は、なんだか泣けてきますが、彼の妻や娘や息子や隣の奥さんや娘の亭主も決して悪い人間ではないのですが、最後はみんな悪い人間に見えてしまうのも、なんだかやるせなくなってきますが、それだけ有島一郎は見る者に感情移入させられる演技をしたわけであります。

勿論、ハナ肇の風来坊ぶりや倍賞千恵子の家出娘ぶりもよかったのですが、やはりそれは有島一郎の存在があるから二人が引き立っているとロロモは思い、とにかくこの映画は有島一郎目線にしたことが傑作となった最大の理由でありまして、単身赴任で八戸行きの汽車に乗るころには、もう有島一郎と同じ気分になって切ない感情が胸にふつふつと湧いてくるわけですが、そこに反則気味に赤ん坊を背負った倍賞千恵子の登場となるわけです。

そこで見る者をほっとさせといて、さらにハナ肇を登場させて、有島一郎が「本当によかった」と感激する時は、ロロモも「本当によかった」と感激することになり、八戸での単身赴任もハナ肇と倍賞千恵子がいるから楽しいものになるのだろうと嬉しくなりますが、ロロモにそう思わせるのも、そこまでの山田監督の演出が素晴らしいからでありまして、やはり名監督と名俳優がタッグを組んだら素晴らしい映画になるのだとロロモはしみじみと思うのでありました。(2014年12月)

得点 99点

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