1956年 松竹

キャスト:若尾文子(志津子)佐田啓二(信也)石浜朗(磯部雄二)田村高廣(中井守)東野英治郎(春吉)岸輝子(きみ)杉田弘子(道子)明石潮(多吉)山本和子(むつ子)

監督:川頭義郎

浜松市の楽器工場に勤める志津子は事務員の磯部雄二と相思相愛の仲であったが、どこか雄二との仲に踏み切れぬものがあった。工場に現れる志津子の父の多吉。「いつ来たの」「10日前にな。すぐ春吉のところに行ったが、どうもあそこは入りにくくてな」「今、どこにいるの」「見附にいるがどうも入りが悪くてね。明日、豊橋の方に回るんだ」「旅ばっかりね」「今、信也はどこにいるか知らんかね」

「兄さんとは二月に会っただけよ。名古屋で仕事があるから親方と行くんだって」「そうか。あいつも尻の座らん男だ」「お父さんこそ」お金を多吉に渡す志津子。「帰るわ」「お前も元気でな。おじさん、おばさんの世話になってるからつらいこともあると思うが」「元気でね」

見合いぐらいしてみればと志津子に言う多吉の弟の春吉。「今度の話なんか実にいい話だと思うけどな」「おじさん。もう一日考えさせて」「お前には何の罪もないけど、親父のことがあるもんなあ。あんな親父を持つと子供は本当に苦労するよ」話は決まったのと春吉に聞く妻のきみ。

「そんなに簡単に決まるわけないじゃないか」「だってさ、むつ子のところに養子が来ても、寝かすところがないじゃないか。だからと言ってね、志津子、お前を邪魔にしてどっかにやってしまおうってんじゃないんだ。それを勘違いしてもらったら困るよ」「よくわかってます」

磯部さんから電話よと志津子に言う春吉の娘のむつ子。磯部さんと言う人とどうかなってるんじゃないだろねと春吉に言うきみ。「だったらそれはそれでいいじゃないか」「あんた、何言ってるのよ。あんなうちで貰ってくれるはずないじゃないか」

日曜日、志津子は雄二の家に行くが、雄二の母からあんたのお父さんは役者だそうだねと言われる。「なんて名前だい」「……」海岸を散歩する志津子と雄二。「うちに誘うんじゃなかったな」「ううん。私、こうして海を見てるだけでいいの」「志津ちゃんはどんなとこに嫁に行くんだろうな」「私なんかどこに嫁に行くのかしら。おじさんとおばさんに育ててもらったんだから、二人が行きなさいと言うところに」「そんなバカな話があるもんか」

「あたしでも貰ってくれる人があったら、そこに行こうと思って」「じゃあ僕のところに来てくれよ」「あたしなんかあなたのような大きな家で来て欲しいと言うわけないじゃない」「じゃあ、僕の家で来てほしいと言えば承知してくれるね」「ダメよ。あきらめてるの」「なぜだい」「私、あなたの親切は忘れないわ。ありがとう」

話し合う雄二の兄と母。「雄二にはあんな娘とつきあわんように言わないと」「昨日、あの娘の父親を見たぜ。監獄は行ったってのに街をふらふらしてた」「兄貴は渡り者だと言うし」雄二と別れてバスに乗った志津子は兄の信也と出くわす。「兄さん」「見ちゃったぜ。お前の好きな人かい。会社の人かい」「あの人、事務なの。兄さん、名古屋の仕事、どうしたの」「うん。まずいことがあってな。早々に引き揚げてきたよ」「いやあね、荒っぽい人ばかりで」

志津子を飲み屋に連れて行った信也。信也になれなれしくする女給の道子。信也にお父さんに会ったのよと言う志津子。「今頃は豊橋の小屋で芝居してるのよ」「いつになったら腰を落ち着けるんだろうな」「私、お嫁に行くかもしれない」「そいつはいいじゃないか。さっきの人かい」「……」

きみに雄二と志津子を突き合わせるなと文句を言う雄二の兄。「心配しないでください。志津子は見合いするんですから」「ほう。それはよかった。早速雄二に言っておかないと」志津子が見合いすると兄と母に聞かされ、そんなバカなことがあるもんかと怒鳴る雄二。「ふん、お前はあの娘を嫁にでももらう気だったのか」「……」雄二の兄が怒鳴り込んできたと志津子に言うきみ。「絶対にお前を嫁にする気はないってさ。ねえ、志津子。早くお見合いをするんだね」

志津子は住職の甥だという中井守という青年とお寺でお見合いする。純朴な守に心惹かれるものを感じる志津子は、どうする気だときみに聞かれてお願いしますと答える。「明日、磯部さんと会ってきます」僕は君と会ってからずっと君と一緒になりたいと思ってたと志津子に訴える雄二。「僕は君のためだったら何でもするよ」「ダメよ。雄二さん、私、お嫁さんに行くと決めたの」「じゃあ、なぜ僕のところに来ないんだ。志津ちゃんは僕のことが好きじゃないんだ」

「あなたが本当に好きだから、あなたが家を飛び出してあなたの家が目茶目茶になるのが怖かったの」「僕がそれでもいいと言ったら」「あなたは私の家のことを知らないの。お父さんやお兄さんだっていつ迷惑かけるかわからないんだから」「二人きりになるんだよ」「磯部さん。お別れしましょう。私、あきらめてるの。お母さんに死なれた時から。お父さんに捨てられた時から。おじさんやおばさんの世話になった時から。おじさんたち、本当に私のことを心配してるの。私はあなたのお母さんやお兄さんととても一緒にやっていけないわ」「……」

きみから志津子が結婚が決まったと聞いて喜ぶ信也であったが、相手が雄二でなく見合いした相手と聞いて、その結婚は反対だと言う。俺たちはずっと志津子を面倒見てきた信也に言う春吉。「その俺たちが志津子を変なところに嫁に出すわけがない。安心しな」

志津子が雄二のところに嫁に行けないのは両親のせいだと信也に言うきみ。「親父は信用組合の金を使い込んで監獄にぶちこまれるし、母親は崖から飛び降りるなんて死にざまをして」「……」志津子に貝殻を渡す雄二。「結婚のお祝いには寂しすぎるね」「……」「さよなら、志津ちゃん」

守と会いに行く信也。「俺や親父のことは志津子から聞いてるんだろうね」「ええ。僕はあなたたちのお母さんの墓を叔父の寺に移してもらおうと思ってるんです。僕たちが東京に出ても、あなたやお父さんが旅に出てる時でも安心していられるから」「そんなことできるのかなあ」「僕の両親の墓と並べたいんです」「……」「いいでしょう。そうさせてください」「あんたは志津子のことが好きなのかい」「僕には財産もないし、志津子さんには楽はさせられないけど、やっぱり志津子さんには来てほしいと思っています」

俺が17の時におふくろは自殺したと道子に言う信也。「親父は監獄に入ってるし、志津の手を引いて泣きたいのを我慢してな」「信さん。私にもお墓詣りさせてね」「ああ。お前にもこんな嫁が出来たかって、おふくろが笑うぜ」むつ子と会う多吉。「あら、おじさんじゃないの」「どうも御無沙汰で。またこっちに来たもんだから」「誰もいないわよ。志津ちゃんの結婚式に出てるから」「志津の結婚式。そいつはちっとも知らなんだ」「おじさんには知らせようがないもんね」

東京の大森で守と新婚生活を始める志津子。二人は新橋の楽器店に行き、志津子は雄二と再会する。「お元気でなによりですね」「はあ」「ではお達者で」あの人は誰と志津子に聞く守。「浜松の工場で」「そう。工場のことを聞けばいいのに」「いいの。出張で忙しいんでしょう」

家に戻って、あの人が貝殻の人だろうと志津子に聞く守。「実は、私、浜松の時」「いいよ。僕は誰からも愛されてない人をお嫁にしようと思ったことはないんだ」「私は不幸せな運命と諦めていたのよ。あなたと結婚するまで。でも今は違うの。あなたと二人で本当に幸せになりたいの」「今度の夏に浜松に帰ろう。お墓も移したことだし。子供でもできるとなかなか行けないもんな」「ねえ、今度の日曜、会社の人と海に行くんでしょう。その時にこれを海に投げてちょうだい」「いいじゃないか。しまっておけば」「もういいんです。砂浜でなく、誰にも拾われない遠くの海に投げてきて」

夏になり、浜松に戻った志津子と守はお祭りを見に行く。そこで赤い天狗の面をかぶった男が子供たちに囲まれていた。あれが赤い法師と守に言う志津子。「赤い法師の持ってる棒でついてもらうと子供は丈夫になるの」「じゃあ、君のおなかを突いてもらうといい。丈夫な子が産まれるよ」「まあ」赤い法師は志津子の前に立つと、軽く棒で志津子の腹を突くと、面の目元を手で拭う。顔を伏せて泣く志津子。「どうしたの」「お父さんなの」赤い法師は子供たちともに走り去っていくのであった。

★ロロモ映画評

浜松市の楽器工場に勤める志津子(若尾文子)は事務員の磯部雄二と相思相愛の仲であったが、どこか雄二との仲に踏み切れぬものがあった。工場に現れる志津子の父の多吉。「今、どこにいるの」「見附にいるがどうも入りが悪くてね。明日、豊橋の方に回るんだ」「旅ばっかりね」「今、信也はどこにいるか知らんかね」「兄さんとは二月に会っただけよ。名古屋で仕事があるから親方と行くんだって」「そうか。あいつも尻の座らん男だ」「お父さんこそ」お金を多吉に渡す志津子。「帰るわ」「お前も元気でな。おじさん、おばさんの世話になってるからつらいこともあると思うが」「元気でね」

見合いぐらいしてみればと志津子に言う多吉の弟の春吉。「今度の話なんか実にいい話だと思うけどな」「おじさん。もう一日考えさせて」話は決まったのと春吉に聞く妻のきみ。「そんなに簡単に決まるわけないじゃないか」「だってさ、むつ子のところに養子が来ても、寝かすところがないじゃないか」磯部さんから電話よと志津子に言う春吉の娘のむつ子。磯部さんと言う人とどうかなってるんじゃないだろねと春吉に言うきみ。「だったらそれはそれでいいじゃないか」「あんた、何言ってるのよ。あんなうちで貰ってくれるはずないじゃないか」

この映画は終始うつむき加減で暗い表情の若尾文子を見ていて気の滅入る映画でありまして、不幸な生い立ちである彼女に明るくしろと言うのは無理でありますが、折角物分りのいい田村高廣と結婚してもその暗さは拭えず、やはり長年にわたって虐げられた人の性格はなかなか変えられないのかとロロモは思いますが、こんなに暗い若尾文子を石浜朗や田村高廣が惚れてしまうのは、やはり彼女が美人だからと言うことなのかなと思い、やはり美人は得だということをしみじみと感じさせる映画となっているわけです。

この映画の舞台となる浜松は楽器の街として有名でありまして、この映画でもそれがよくわかりますが、浜松を代表する楽器メーカーはヤマハでありますが、そのヤマハの創業者が山葉寅楠であります。1851年に紀州藩士山葉孝之助の三男として生まれた彼は、幼いときから機械好きだった彼は明治維新後の1871年に長崎で英国人のもとで時計の修繕法を学び、その後大阪の医療器具店に勤め医療器具の修理工として働きます。1884年に浜松支店に駐在しますが、医療器具の修理だけではなく時計をはじめとした機械器具全般の修理などを請け負っていました。

そんな彼に1887年に浜松尋常小学校にあるアメリカから輸入され寄付されたオルガンの修理が依頼されます。当時オルガンは日本では製造されておらず、舶来ものとして珍重されていましたが、当時の近代化政策は音楽にも及んでおり、全国の小学校にオルガンを設置する方向にありました。中を覗いて、その構造や仕組みが意外と単純であることを知った寅楠はオルガン製作に取り掛かり、完成した試作第1号を浜松尋常小学校に持ち込みますが、音程がおかしいと言われてしまいます。寅楠は静岡県令に楽器を見せにいき、県令は東京音楽学校の伊沢修二を紹介します。寅楠らは天秤棒で楽器をかついで250キロ先の東京めざして箱根越えをします。オルガンを見た伊沢は音程の問題のあることを指摘。寅楠は伊沢に頼み込み、そのまま1ケ月程東京音楽学校で調律法を勉強し、伊沢は寅楠に販売会社として共益商社を紹介します。

こうして東京で修行した寅楠は浜松に戻り、1888年に日本初のオルガン製造に成功。寅楠は1889年に合資会社山葉風琴製造所を設立。このとき、のちの河合楽器の創業者である河合小市が寅楠の元に弟子入りします。当時わずか10歳だったにもかかわらず、機械いじりの天才として評判だった小市は寅楠に気に入られ、次から次にオルガン技術を伝授されます。山葉風琴製造所は、1897年に日本楽器製造株式会社に改組し、寅楠は初代社長となります。

1916年に寅楠が他界し、2代目社長に天野千代吉が就任しますが、1926年には大規模な労働争議が発生。社外の労働運動家が多く加わり105日間のストライキが実行され、会社役員宅が爆破されるなどの暴力的な騒動にまで至り、1927年に天野が辞任。後任に住友電線の取締役であった川上嘉市が3代目社長に就任。しかし、財閥の資金力を背景とした経営合理化に小市ら技術者にはなじめず、小市を中心とした技術者7人で、浜松に河合楽器研究所を設立するわけです。

日本楽器は1987年にヤマハに社名に変更。それは寅楠が、オルガンの修理をきっかけにして創業を開始してからちょうど100年目の年でありました。こうして浜松にはヤマハとカワイの二大楽器メーカーが擁立するころになりましたが、そのライバル関係というか力関係は21世紀現在どうなっているのかロロモは詳しく知りませんが、ピアノに関していえば、ヤマハは比較的元気の良い明るめの音色でタッチは軽めなのに対し、カワイはしっとりとした深みのある音色でタッチは重め傾向にあるそうです。

この二大メーカーが浜松にあることを浜松市民がどう思っているのかロロモは少し気になり、どっちを贔屓にしているのだろうと思いますが、ヤマハも河合楽器の野球部はアマ野球の強豪として名を馳せていましたが、河合楽器の野球部は2001年の第72回都市対抗野球で初優勝しますが、同年11月30日に休部。ということもあって、ロロモはヤマハの方が少し好きなのでありました。(2014年1月)

得点 27点

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