波影

1965年 東宝

キャスト:若尾文子(雛千代)大空真弓(世津子)山茶花究(吉太郎)乙羽信子(まさ)中村賀津雄(忠志)沢村貞子(イネ)

監督:豊田四郎

昭和9年、三丁町にある娼家・柾木家に娘を連れてくる吉太郎は妻のまさにこの娘がここで働きたいと言っていると話す。「ここが何するところが知ってるの」「それはよう知ってる。この子の父さんの松さんが、この三丁町で極道して泊にあった山も畑も売ってしまったのは有名な話や。わしと松さんは泊で幼馴染やったからなあ」「そやけどなあ」「この娘は生娘やない。伏見の鉄工所の倅のところに嫁行ったけど、そいつが大酒のみで、毎日いびりたおすんで逃げ出してきたわけや」

身寄りは兄が一人いるだけという娘。「兄はメノウの細工師で商売になりません。でも続けさせてやりたいんです。うちが三丁町に行く言うたら何も言いませんでした。反対してもうちが行くとをよう知ってるんです」吉太郎にこの娘どうすると聞かれ、そうねえと答えるまさ。

「ここには泊あたりからも客が仰山来ますけど、よろしゅうおますのか」頷く娘。たいていの娘はここに売られてくるのに、自分から来るのは珍しい話や、と言う吉太郎。娘は雛千代という名で、柾家で働くことになる。雛千代は柾木家の娘である世津子と仲良くなる。

一年後、雛千代は世津子と連れて、泊の島に船に乗って行く。島では日当たりのいいところは畑や田にするため、人間は日当たりの悪いじめっとしたところに住んでいた。兄の家に行き、奥さんの具合はどうか、と聞く雛千代に、あきらめとるんやと答える兄。世津子に兄嫁の病気は子宮がんや、と言う雛千代。「はよう治さなあかんのに今まで辛抱しとったさかい。うちな、姉ちゃんと力あわせて、父ちゃんが潰したこの家を建て直す約束をしたんやけどな」

泊で生まれた者はどこで死んでも、魂になって在所の泊に帰ってくると世津子に語る雛千代。「うちのとうちゃんもかあちゃんも、みんなここでまいまいこんこをしてもらったんや」「まいまいこんこ?」「まいまいこんこいうたら、死なはった人を棺桶に入れて、お墓に埋める式やな。うちも死んだら、やってもらわなあかん。村中の人が念仏となえながらグルグル棺桶のまわりをまわるんや」

雛千代は身を粉にして娼婦稼業に打ち込む。雛千代を見習えと他の女にハッパをかけるまさ。

それから二年後、中風で寝込んでいた吉太郎は死ぬ。お父さんの魂は泊に行ったんか、と聞く世津子に、そうですえ、と答える雛千代。「まいまいこんこしてもろうて、ゆっくり眠るんですえ」これからはお母さんが頼りだ、とまさに言う雛千代。「これからも、これまでどおり、御頼み申します」「おおきに。雛千代」

座敷から飛び出す柾家の息子の忠志を呼び戻しに行く雛千代。「忠志さんはこの柾木家の大黒柱でっせ」「こんなうちを出て、海軍に入ったる。偉い軍人になったるぞ」「忠志さん、そんなこと考えてはったんですか」「なんで、僕はこんな家に生まれたんや。くそお」

それからまた年月が過ぎ、女学生になった世津子は泊から船で戻った雛千代を迎えにくる。「泊のお兄さん、召集が来たんやって」「兄さん、馬のお守りをする兵隊さんだそうです」「へえ」「でも姉さん死んで、兄さんも一人者やから気は楽どすやろ」

京北女専に合格したと話す世津子。「大学に行かはりますのか」「寄宿舎に入ることに決まったんえ」「そうですか。よかったなあ。ほんまによかったな。忠志さんもうすぐ海軍士官学校卒業どすなあ。そしたら下士官。あっという間に海軍将校どすがな」

しかし忠志は演習中に鉄の球を足に受けて、自宅療養しろと命令されて戻ってくる。それでもう戦争いかんでええのか、と忠志に聞くまさ。「お蔭さまで兵役免除だっせ」「それは何よりや」喜ぶまさは冷たく見る忠志は、びっこをひきながら店の売り上げを奪う。何するのや、と驚くまさ。「これは女たちが一生懸命稼いだ金やで」「どうせ女郎から巻き上げた金や」「帰ってくるそうそうなんちゅうこと言うんや。お父ちゃんは世間の後ろ指をさされながら、この柾木家を起こしなはった。うちが歯を食いしばって頑張ったからこそ、あんたは中学校、世津子は女専に行けたんやないか」「わいはここからすぐ出ていくんや。わいはこんな家いやや。何や言うても娼婦の血吸って生きているんやないか」「忠志。なんてこと言うの」「母ちゃん、わいはこんな足になって何の役にもたたん人間や。どこにいても邪魔になるだけや」

戦争が終わり、あんたの兄さんは戦死したんか、と雛千代に聞く忠志。「あんたもこれで一人ぼっちやな」「忠志さん、このごろ浜で漁師の手伝いしとるそうやな」「ああ。カストリが飲めるさかいな」「なんでも働くのは結構です。けどカストリ飲み過ぎてお母さんとあんまり喧嘩せんといてください」「へ。あんな家、カストリでも飲まんと帰れんわ」

マッカーサー元帥は公娼廃止令を発表する。柾家がどうなるか心配して戻ってくる世津子。「まあやめるのはしょうがないにしても、辞めたあとの娼妓さんはどうしたらいいのか、国は何か考えてるのやろか」考えてるわけないわ、と愚痴るまさ。「でも、世津ちゃん、ほんまに日本だけか。国で娼妓さんを認めてるのは」「どうかしらね」

そこに現れた忠志は、いよいよ柾木家も廃業やな、と嬉しそうに言う。「そんなこと言うて、ここがのうなったら、世津子も学校やめなならんし、お前も帳簿の金かすめることできんようになるやないか」「……」

「ここの女の子はどこより柾家が居心地ええと言うてくれとるんよ」「嘘つけ。前借で身動きとれんだけやないか」「何やと」お母さんもお兄さんもやめて、と言う世津子。お前はこんな家の娘で平気なんか、と忠志に聞かれ、この家に生まれたのは運命や思うとると答える世津子。

柾木家に新しい娼婦が入ってきて、世津子と一緒に娼婦たちは親睦ピクニックに浜辺に行くことになる。世津子に学校に出たら何になるのと聞く雛千代。「まだ決めてへん」「うち、学校の先生になってほしいわ」

女専のイネ先生に私は先生になりたいと言う世津子。「職業としては堅実ですし、世の中のためになる仕事をしたいんです」「立派な考えです。あなたのその気持ちは尊いものですよ。きっといい学校を世話します」

雛千代を呼び出す忠志。「また飲んではるのですか。しようがない人やな」「そんなことどうでもねえ。なあ、金貸してくれ。柾木屋追い出されたさかい、金庫に手つけたら、今度は強盗にされてしまうさかいな」「忠志さん。戦争ではうちの兄やんも死にはりました。ぎょうさん死にはったし、手も足もない人かて、数限りないほどいやはりまっせ。それを何や、そのくらいの怪我で自棄みたいになって。名誉の負傷やもん、大きい顔して歩けばいいのに。意気地のない人や」「わいのこと意気地なし言うたな、くそう」

忠志は雛千代に襲いかかる。「それだけは勘忍しとくれやす。忠志さんと会う時は、商売のことは忘れたいんです」「お前でも商売のことを忘れることがあるんか」忠志は雛千代を抱こうとするが、雛千代の涙を見てひるんでしまう。「忠志さんも、お客さんのようなことするんですなあ」「見ろ。やっぱり商売のこと忘れられへんやないか」

忠志は雛千代をほっぽりだすと、柾家に放火して、柾木家を全焼させて警察に自首する。

全焼した柾木家はあなたの家ですね、と世津子に聞くイネ。「はい」「あなたは今まで学校を騙していましたね。入学した時の届け出によると、保護者の職業は会社員となっています」「本当のことがわかると入学できないと思ったものですから」「その通りです。この学校は特に厳しい監督を受けてます」「私は誰よりも学問がしたかったんです」「だから、私は他の大勢の先生の反対を押し切って、卒業証書だけはいただけるよう計らいました。でも、教育界に籍を置いてもらうような運動はできません」

警察にいる忠志に会いに行く雛千代。「アホやな。あんなことして」「アホはお前や。世の中には幸福を知らんいう奴は多いけど、お前は不幸を知らんやっちゃ」「そうですか。忠志さんみたいにクヨクヨせえへんだけでっせ」今はなんであんなバカなことしたんやろ、と思っているという忠志。

「柾木家一軒燃やしても、三丁町がなくなるわけやない。けどな、廃娼令を廃止しようという運動が全国で盛り上がってる。それが憎かったんや。みんなが人間らしゅうなれる思うたら、もう我慢できんかったんや。馬鹿やな、俺は」「いいえ、忠志さんはうちらのために火をつけてくれはったんです。うちは忠志さんのその気持ちが嬉しいんです」「刑務所出たら、僕じっくり腰すえてやるで。でもそのころはのうなってるかもしれんな」「いいえ。うちは出てきはるまで待ってますで」「雛千代。シャバに出たらゆっくり話しような」

女専を卒業した世津子に、おめでとうと言う雛千代。「学校の先生になるんやてなあ。お母さんに聞いたで。おおきにおおきに。うちの頼みを聞いてくれたんですなあ。ええなあ、ほんまにええなあ。世津ちゃんはしっかりしてるから、学校の先生がよう似合うわ」「でも、お母ちゃんは、うちを柾木家の二代目にしようと思うとるんや」「世津ちゃん、いかん。こんなところに戻ってきたら絶対にいかん」「……」

「あんたは絶対先生になるんや。ええな」「……」「ええか、忠志さんは気ちがいでもなんでもない。誰よりもお母さんや世津ちゃんのことを思うてるんで。忠志さんが憎んでるのはこの三丁町や。よっぽど汚いものと見えるみたいやけど、うちらはこの商売でどうにか生きてこれたんやからな。うちはそこがつらい。でも話し合えばきっとわかりますわ」自分の家の稼業のせいで、先生になれないことを言いそびれてしまう世津子。

世津子はガス会社の就職試験を受けに行く。柾木家は再建し、元通りやと雛千代に喜ぶまさ。「また新しい女の子が入ってきたわ。なんとかなるもんやな」「ところで世津ちゃんはどこの先生になったんですか」「昨日の手紙ではガス会社の試験を受けたそうやで」「え」「ところで、あんた忠志に会いにいっとるそうやな」「……」

「あんた、忠志にかぶれて今の商売嫌になったんと違うやろな」「……」「あんた、忠志となんかあったんやろ」「そんな。うちは忠志さんとは何もありません。そんなことができるわけありません。うちは忠志さんが好きなんどす」急に咳きこみ倒れる雛千代。

ガス会社に勤める世津子はまさからの手紙を受け取る。<雛千代はその日から姿を見せません。どうしたんだろうと思っていたら、病気で起きられないことがわかりました。休暇を取って、雛千代を見舞いに帰ってこれないでしょうか。雛千代は子宮がんを放っておいたので、身体中がやられてしまったそうです>

衰弱して寝込む雛千代を見舞う世津子。「世津ちゃん、学校の先生やめて、ガス会社に勤めてるそうやな。なんでやの」「堪忍なあ」「なんでやの。言えんことがあるの。なんぞ言えんことがあるの」「……」「堪忍え。うちは世津ちゃんを苦しめるために聞いたんやないんよ。世津ちゃんはお金のために先生をやめたんやない。絶対にそんな人やあらへんよ」

疲れたと呻く雛千代。「身体のあちこちが痛うて、たまらんのや」「……」「ねえ、うちなあ、忠志さんと約束したんや。警察で」「何を」「秘密や。二人だけの秘密や。うちには生きていく甲斐があるのや」しかし、雛千代は力尽きて死んでしまう。

舟に乗って、雛千代のはいった棺桶は泊の島に運ばれる。迎える和尚。「よう帰ってきた。村の連中がお堂で待っている。まいまいこんこをしようと待ってるぞ」村人たちは念仏を唱えながら、棺の回りを小走りで駆ける。そしてまいまいこんこは無事終了し、雛千代の棺桶は地中に埋められる。「ゆっくりお休み。もう誰も邪魔せえへんからなあ」もう一度あんたと話たかったと泣くまさ。言いようのない怒りと悲しさを感じる世津子なのであった。

★ロロモ映画評

昭和9年、三丁町にある娼家・柾木家に娘を連れてくる吉太郎(山茶花究)は妻のまさ(乙羽信子)にこの娘がここで働きたいと言っていると話す。「ここが何するところが知ってるの」「それはよう知ってる。この子の父さんの松さんが、この三丁町で極道して泊にあった山も畑も売ってしまったのは有名な話や」

身寄りは兄が一人いるだけという娘。「兄はメノウの細工師で商売になりません。でも続けさせてやりたいんです」たいていの娘はここに売られてくるのに、自分から来るのは珍しい話や、と言う吉太郎。娘は雛千代(若尾文子)という名で、柾家で働くことになり、柾木家の娘である世津子(大空真弓)と仲良くなるが、息子である忠志(中村賀津男)は雛千代にそっけない態度を取るのであった。

それから時代は戦争、そして戦後と流れていきますが、この映画はちょっと理解がしにくい映画となっており、主な登場人物は娼家を経営する乙羽とその息子の中村と娘の大空と娼婦の若尾の四人で、乙羽と大空の考えはまあ大体理解できますが、若尾は最初は没落した家の復興とメノウ細工している兄の仕事を続けさせるために娼婦になりましたが、途中からそんなことは目的ではなく、なんだか娼婦が天職であると信じてしまうようになり、彼女の言動は冷静に考えると不可思議ですが、まあ勢いでそれを押し切ってしまうような雰囲気で、まあ無邪気で天真爛漫な女だったのだと考えればいいのかと思うわけです。

もっとも訳がわからないのが中村で娼家に生まれたことを恥じているという基本ベースは変わらないのですが、海軍に入って演習中に鉄の球を足に受けて家に戻された中村は店の金に手をつけて、乙羽に注意されるとどうせ女郎から巻き上げた金だと開き直ります。戦争が終わって、マッカーサー元帥が公娼廃止令を出したのを喜びますが、現実にはまだ娼家が続いているのに腹を立て、また店の金を持ち出して酒を飲み、若尾を抱こうとしますが、若尾の涙にひるんで、自分の家に放火して警察に自首します。

若尾は警察にいる中村に会いに行きます「アホやな。あんなことして」「アホはお前や。世の中には幸福を知らんいう奴は多いけど、お前は不幸を知らんやっちゃ」「そうですか。忠志さんみたいにクヨクヨせえへんだけでっせ」「柾木家一軒燃やしても、三丁町がなくなるわけやない。けどな、廃娼令を廃止しようという運動が全国で盛り上がってる。それが憎かったんや」「いいえ、忠志さんはうちらのために火をつけてくれはったんです。うちは忠志さんのその気持ちが嬉しいんです」「刑務所出たら、僕じっくり腰すえてやるで」「うちは出てきはるまで待ってますで」「雛千代。シャバに出たらゆっくり話しような」

この二人の会話はわけがわかるようでわけがわからないところがあり、結局若尾は中村の会う前に死んでいき、日当たりのいいところは畑や田にするため、人間は日当たりの悪いじめっとしたところに住んでいる泊島で、死んだ人を棺桶に入れて、村中の人が念仏となえながらグルグル棺桶をまわる「まいまいこんこ」の儀式であの世に行ってしまうわけで、いったい若尾と中村がどんな会話をするつもりだったのかロロモは少しだけ興味がありますが、とにかくこの映画はロロモにはやや理解できない映画なのでありますが、とにかく1960年代に若尾文子はいろんな映画に出てるなあと感心するのでありました。(2012年12月)

得点 15点

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