七つの顔の銀次

1955年 大映

キャスト:長谷川一夫(銀次)高峰三枝子(お新)香川京子(京子)根上淳(清次郎)杉山昌三九(吉五郎)香川良介(畠中)石黒達也(国武)東良之助(源平)浦辺粂子(おふで)

監督:三隅研次

仕立屋を営む銀次の元を訪ねるお新は横浜に帰ってきてくれないかと頼む。「おとっつあんが死んで私が笹安の二代目を継いだけど、頼みと思うお前が薄情に出て行ったもんだからねえ。うちに戻ってくれないか」「戻れってのはもう一度スリになれと」「女はやっぱり女だ。いくら踏ん張ってみたところで男にはかないやしない。笹安も影が薄くなってねえ。銀次さん。お前が育った笹安が零落しての可哀相だと思わないかい」「……」

「七つの顔の異名をとったお前が、我が物顔で振る舞った笹安が滅びて行くのを口惜しいと思わないかい。死んだおとっつあんがどんなにお前を可愛がっていたか。お前が戻ってきたら立派な二代目を」「お新ちゃん。その話はよしてくれ。悪いが相談には乗れねえ。あっしは二度と渡世の道に戻る気はないんだ。銀次は仕立屋だ。カタギのあっしにそんな話は縁のない話だ」

そうかい、と笑うお新。「つまらないこと聞かせて悪かったねえ。ところで、まだ独り身なんだってね。お針のお弟子さんで宮内省の役人の娘の京子さんって人が好きだそうじゃないか」「え」「図星だね」「誰がそんなバカなことを」「お前のところに行く前に、お針子さんたちに話しかけて、何もかも聞いてしまったのさ」銀次の前にお新の伴をしてきたと言って現れる清次郎。「じゃあお前、また笹安に舞い戻っていたのか」「うん」「やっぱりスリが身についていたのか」「面目ねえ。兄貴に会わせる顔がない」「兄貴など呼ばないでくれ」

銀次の母のおふでは、着物を届けに来た京子をほめそやす。「京子さんはやっぱりこの辺の娘さんたちとはどこか違いますねえ。やっぱり品がありますよ。京子さんはあちこちからお嫁さんの口があると思いますけど、もう行くところ決まったんですか」「いえ、まだそんなこと」「京子さんはお婿さんはどんなかたを」「さあ」

「やっぱり宮内省にお勤めの役人さんですか。あきんどや職人はどうですか。相手がしっかりした方ならたとえ職人だっていいじゃないですか」あまりムダなオシャベリはしないでくれ、とおふでに釘を刺す銀次。「俺のような前科のある男が、あんな娘さんと一緒になれるわけねえ。余計なお節介するんじゃねえやい」

刑事の国武に命令され麻布署の畠中署長のところに行く銀次。「久しぶりだな、銀次」「旦那がここの署長さんでしたか」「去年の暮れに横浜から赴任してのう」お前に頼みたいことがあるという畠中。「お前に昔のスリに戻ってもらいたい。七色の銀次と言われたあの頃の手並みをもう一度見せてほしいんだよ」「そんな、ご冗談を」「冗談ではない。お前に骨を折ってもらわなければならんことができたのだ」「表向きのできない品をお探しですね」「さすが飲み込みが早い」

天皇陛下の金時計が盗まれたので、これを取り戻してほしいと頼む畠中。「でも三年も仕事から遠ざかってますんで、果たしてこの指が言うことを聞くかどうか」「銀次。お前のところに京子さんという娘が通ってるな。時計を盗られた被害者はその京子さんのお父さんだ」「え」「もし時計が発見できないと、お父さんは腹を斬らねばなるまい」「盗られたのはいつです」「昨日の朝だ」「場所は」「横浜の桟橋。見送りの雑踏でやられた。外人の手に渡って海を渡ったら、後の祭りだ」

京子は父の具合が悪いので、しばらく稽古を休みたいと銀次に言う。「京子さん。もしかしてお父さんは自害したのでは」「え、どうしてそれを」「いや、そんな気がしたもんですから。それでご容態は」「お医者様は助かるとおっしゃいますが、まだどうなるかは」「お父様には十分気を付けて、十分容態してください」スリに戻ることを決意した銀次は、絶対にこのことは京子さんには秘密ですよ、と畠中にお願いする。

銀次は横浜のホテル館に洋装の紳士で現われ、金時計を持っていそうな外人を物色する。そして銀次が横浜で仕事をしているという噂がお新に届く。笹安一家の吉五郎は、それが銀次だったらタダじゃおかない、とお新に言う。「渡世の仁義を踏み外したふてえ奴だ。見逃しにはできません」「当たり前さ。昔の子分に土地を荒らされて黙って見てられるものかね」

ホテル館で銀次と会うお新。「なんで横浜に来て、笹安一家に顔を出さないんだい」「二度と敷居をまたがないと死んだ先代と約束しました」「笹安の縄張りで稼ぎはすると言うのかい。銀次。まさか渡世のしきたりを忘れたと言うんじゃないだろうね。私を女だと思って馬鹿にするんじゃないよ」「お新ちゃん。仕立屋銀次はよんどころない理由で探しものをしに横浜に来ました。こいつを探さないと人の命にかかわる。どうでも助けなきゃいけない人の命だ」探しものの金時計の詳細図をわざと落として立ち去る銀次。

横浜港や横浜駅に出没して時計を盗みまくる銀次。お新は若い者に命じて金時計の行方を探す。技術の未熟な清次郎は時計を盗みそこねて警官に追われ、源平の寿司屋に逃げ込む。源平の寿司屋にやってくる銀次。「親父さん、久しぶりだな」「おや、銀次さん。東京に行ったんじゃあなかったのか」「ちょっと野暮用でね。清次郎いるだろう」「へえ。銀次さん、やっぱりあいつはダメですよ」「そうか」「銀次さんの華やかな腕前に憧れているんです。それでも一年は修行して客の前に出せるまでは握れるようになったんですが」

出てきた清次郎に、そこで時計盗んだだろうと言う銀次。「ああ盗んだよ」「余計なことはするな。お前のツラは二度と見たくないぜ」「うるせえな。俺だっていつか一人前のスリになってやるぜ」盗んだ時計を地面に投げつけて走り去る清次郎。困った奴だ、と呟く銀次。

吉五郎は縄張り荒らしをする銀次を許せねえと、銀次を襲うが、銀次は何とか逃れる。家に帰った銀次は、おふでから国武が来て京子の父がナイフで咽喉を突こうとしたと話したと聞かされ、陰鬱になる。笹安一家の浅吉がとうとう問題の金時計を発見して、お新に渡す。銀次を呼び出して、時計があったよ、と告げるお新。「ふふ。探してくれとは言わなかったけど、あの紙を落したのは探してくれってことなんだろう」「うん。で、どこにあるんだい」「ここに私が持っているよ。欲しけりゃ腕でお取り」「お前の懐を狙えっていうのかい」

小さな宿屋の二階に入って、とある部屋に入るお新。続いて入る銀次。二人を尾行する吉五郎。机の上に置かれた金時計を見て、言い値で買いましょう、という銀次。「七色の銀次が金で物を買っちゃ名がすたるだろう」「……」「時計はいつでもここにある」

着物の胸の中に時計を隠すお新。「私の肌に抱かれて可愛いいびきをたてているんだ」「そんな無理な。お新ちゃんには手はかけられない」「かけなきゃさばくよ。白人に売って海を渡ったら二度とは戻るまい」「お新ちゃん。譲ってくれるなら、お前の役に立とうじゃないか」「なんでも言うこと聞いてくれるかい」「言ってみてくれ」

言うことはひとつだ、というお新。「笹安一家に戻ってくれ」「やっぱりそれか」「嫌だって言うのかい。私も女だ。スリの元締め、笹安の二代目だと言われても、やっぱり一人じゃやっていけない。お前のような支えになる男が欲しいんだよ」「……」

ねえ、と銀次にしなだれかかるお新。「時計はここにある。あげるから持っていっておくれ」「お新ちゃん。お前、そんな女になったのか」「え」「色で俺を釣るのかい。笹安の二代目は情けない女に成り下がったんだな」「違うよ、違うよ。私はお前が好きなんだ」「時計はもらうまい。その代り腕でとるぜ」

部屋を出て行く銀次。代わりに部屋に入った吉五郎は、もう笹安と縁を切るぜと宣言し、お新から金時計を奪い、もうお前の手にこの時計は入らないぜ、と銀次に勝ち誇る。吉五郎は洋館ホテルで英国人に金時計を売りつけるが、ホテルのボーイに変装した銀次は英国人に接近し、金時計を取り戻す。

それに気づいた吉五郎は銀次を拳銃で暗がりに呼び出して金時計を取り戻そうとする。抵抗する銀次は吉五郎に肩を撃たれるが、清次郎が助けに来てくれたため、一命をとりとめる。吉五郎は駆けつけた警官に逮捕される。兄貴、と銀次を助け起こす清次郎。「清次郎。お前が俺を助けてくれたのか」「うん。兄貴、大丈夫か」「清次郎。やくざの末路はこんなもんだ。わかったか」「うん。わかったよ」

横浜の病院に入院した銀次を見舞う畠中。「どうだね、塩梅は」「はい。大変楽になりました」「今日は京子さんもお師匠さんを見舞いたいと言うんで、連れて来たよ」「署長さん、まさか時計のことは言ってないでしょうね」「いや、それが根掘り葉掘り聞かれるもんで、つい、君が命の一切を投げ出して時計を探した顛末を話した」「そんなバカな。あれほど固く約束したじゃないですか」「ただし、昔のことは何ひとつ言っとらんぞ。ははは。廊下に待たせてあるんだ」

畠中と入れ替わりに病室に入ってくる京子。「お師匠さん」「わざわざこんな遠いところまでお見舞いに来てもらってすいません」「いったい何とお礼を言ったらいいのか。おまけに怪我などさせて」「大した傷じゃないんです」「詳しく話を聞きました。本当にありがとうございます」「あの署長はおしゃべりだからね。それよりも京子さん。またお稽古に来てくれますね」「ええ。父もすっかりよくなりましたし。本当にありがとうございました」「京子さんにそんなに喜んでいただいて、私も本望です」

銀次の傷は全治して、銀次は京子、畠中、おふでとともに東京行きの汽車に乗る。銀次を見送りに現れるお新。お新に軽く会釈して座席に戻る京子。「汽車の中で食べてもらおうと寿司源の寿司を持ってきたの。清次郎が握ったんですよ」「清次郎が?」「ええ、銀次さんに食べてもらうんだと一生懸命に」「そうかい。清次郎が握った寿司か。喜んで呼ばれるよ」「今そこにいた人が京子さんって人ですね。なるほど綺麗な人だ」

汽車は出発する。「ねえ、お新ちゃん。お前、仕立屋の女房に」「え、なんて言ったの」「仕立屋の女房にならねえか、って言うんだ」「え、銀次さん。それ本心かい」「お互いシミのある体だ。破れ鍋に閉じ蓋って言うぜ。返事をしてくれ」「銀次さん。本当だね」汽車に飛び乗るお新。「だけど、私、切符ないんでどうしよう」「そんなこと気にする稼業じゃかなったはずだぜ」「ふふ。本当ね」汽車は一路東京に向かうのであった。

★ロロモ映画評

仕立屋を営む銀次(長谷川一夫)元を訪ねるお新(高峰三枝子)は横浜に帰ってきてくれないかと頼む。「おとっつあんが死んで私が笹安の二代目を継いだけど、頼みと思うお前が薄情に出て行ったもんだからねえ」「戻れってのはもう一度スリになれと」「女はやっぱり女だ。いくら踏ん張ってみたところで男にはかないやしない。七つの顔の異名をとったお前が、我が物顔で振る舞った笹安が滅びて行くのを口惜しいと思わないかい」「お新ちゃん。その話はよしてくれ。悪いが相談には乗れねえ。あっしは二度と渡世の道に戻る気はないんだ。銀次は仕立屋だ。カタギのあっしにそんな話は縁のない話だ」

銀次の前にお新の伴をしてきたと言って現れる清次郎(根上淳)。「じゃあお前、また笹安に舞い戻っていたのか」「うん」「やっぱりスリが身についていたのか」「面目ねえ。兄貴に会わせる顔がない」銀次の母のおふで(浦辺粂子)は、着物を届けに来た京子(香川京子)をほめそやす。「京子さんはやっぱりこの辺の娘さんたちとはどこか違いますねえ。やっぱり品がありますよ」あまりムダなオシャベリはしないでくれ、とおふでに釘を刺す銀次。「俺のような前科のある男が、あんな娘さんと一緒になれるわけねえ」

麻布署の畠中署長のところに行く銀次。「お前に昔のスリに戻ってもらいたい。七色の銀次と言われたあの頃の手並みをもう一度見せてほしいんだよ」「そんな、ご冗談を」天皇陛下の金時計が盗まれたので、これを取り戻してほしいと頼む畠中。「でも三年も仕事から遠ざかってますんで、果たしてこの指が言うことを聞くかどうか」「銀次。お前のところに京子さんという娘が通ってるな。時計を盗られた被害者はその京子さんのお父さんだ。もし時計が発見できないと、お父さんは腹を斬らねばなるまい」

スリは、他人の懐などから金品などを気づかれないようにかすめとる者のことを言い、縁日などの人混みを利用した犯罪で、指先の器用さが必要とされ、新米のスリは物を取ったらすぐに駆け出すことから「駆け出し」という言葉が生まれました。明治以前はスリは町人全盛の大坂に多く、技量の点でも上方がスリの本場でありましたが、明治維新となり、東京に人口が集中し、スリの恐れた武士の帯刀が禁じられ、富豪が増え、上方から東京に所がえするものが多くなり、明治20年頃、巾着屋の豊が東京市中のスリを統一して組織しました。

巾着屋の豊の全盛期は明治27,28年頃で、その後を継いだのが湯島の吉であり、清水の熊というスリの名人の流れをくんだ仕立屋銀次も日清戦争頃に台頭。このようなスリの弊害を抜本的に改善しようと考えた当時の赤坂警察署長の本堂平四郎警視は、スリ被害事件で召喚した仕立屋銀次が召喚に応じないことに憤慨し、明治42年6月18日、その検挙を命令。これを機に警視庁でも湯島の吉らに内偵を進め、11月5日、彼らを一斉検挙したわけです。

この映画はその仕立屋銀次が主人公となっていて、この映画では長谷川一夫演じる銀次は7つの顔を持つ変装の名人という華麗なるスリを演じていますが、多分実際の銀次はそんな華麗な男ではなく、テキヤのおっさんみたいな男ではなかったかとロロモは想像するわけです。

ロロモはスリにあったことはないのですが、21世紀の日本にその指先の器用さを売り物にするスリがどれくらいいるのか知りませんが、明治時代に比べるとかなり減少しているのではないかと思われますが、手先の器用なスリというのは日本人ならではの特別な職業でありまして、スリがいるというのは日本人がまだ世界に誇る器用な人間がたくさんいるということになり、日本がスリ王国ということは、逆に日本はまだ世界に誇れる技術王国の座をキープしているということにつながりますから、日本ではなるべくスリが沢山いてほしいとロロモは不謹慎なことを考えるのでありました。(2013年3月)

得点 16点

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