カルト被害を考える会 会報 2012年11月・第69号
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<もくじ>
・"地上天国"建設に失敗し文鮮明死去―1ページ
・全国弁連東京集会に参加――――――2ページ
・その他の出来事――――――――――3ページ
・統一教会の分派に3年半いました――4ページ
・2012年度総会にご参加ください―12ページ

“地上天国”建設に失敗し文鮮明死去

文鮮明の葬儀  9月3日未明、“地上天国”を造ると言っていた自称「再臨のメシア」文鮮明・世界基督教統一神霊協会教祖が死去しました。
 統一協会は、表面化したものだけで1100億円を優に超えるという未曽有の消費者被害を出した霊感商法を組織的に行い、社会に甚大な被害を与えてきました。
 統一協会は、正体を隠した勧誘などから始まるマインドコントロールによって、教祖やアベルらの指示に絶対服従する人格に変容させ、メンバーを霊感商法や詐欺的な勧誘など反社会的で違法な活動に駆り立てるという、重大な人権侵害を組織的に行い、メンバーや家族らに深刻かつ甚大な被害を与えてきました。
 これら統一協会の活動の違法性は、既にいくつもの最高裁決定になっている霊感商法被害、元メンバーの合同結婚の無効、勧誘・教化の被害、慰謝料請求が認められていて、さらに近時はその商法が刑事事件としても断罪されています。
 以前から始まっていた、同教祖の親族間の紛争やいくつもの分派の発生からみて、今後、さらに組織が分裂する可能性があり、それぞれの組織がその内外を問わず財産収奪やメンバー獲得の活動をより強める可能性もあります。
 この教祖の死を契機に、統一協会の脱会を決意するメンバーが出てくる反面、さまざまな人権を無視した手法でメンバーがより一層の組織への忠誠を要求される可能性もあります。
 引き続き、統一協会の反社会的な活動を許さず、被害者を支援することが必要です。


全国弁連東京集会に参加

全国弁連東京集会  9月7日、全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)の第56回全国集会が東京で開かれ、カルト被害を考える会からも幹事が参加しました。
 基調報告では、9月3日に死亡した文鮮明教祖の葬儀に日本から32,000人の参列と、1人12万円の献金が指示されていること、自粛するとされていた正体を隠した霊感商法が再開されていること、日本から9年間で4000億円を送金していること、合同結婚をした日本人信者7,000人が韓国にいて厳しい暮らしをしている人も多いことなどを報告し、心ある人の協力を得て統一教会の問題を追及したいと述べました。
 次に、統一教会元信者のAさんの体験談があり、Aさんは、統一教会と国を相手に損害賠償請求の裁判を起しています。Aさんは次のように語りました。
 私は2001年9月に渋谷で勧誘され、念珠を買わされました。4年間献身していて、白寿堂で鑑定士として、勧誘者に先祖の因縁が原因だなどとだまして霊感商法をしました。また感想文を書かせて気持ちを把握し、全財産を献財させました。世田谷フォーラムでも活動し、「使命が大きいですね」と献財や献身を促しました。警察の手入れがあったときには、個人的な活動と主張して組織を守りました。
 これまでの経緯を整理していき、統一教会の責任とともに、違法な活動を放置していた国の責任も追及したいと思い裁判の原告になりました。
 集会では、立教大学の香山リカ教授が「『だまし』に負けない心理学」と題して講演、日本キリスト教団からは韓国の教団との交流で統一教会問題の認識が深まっているとの報告もありました。


その他の出来事

●5月30日、ヨガ教室と偽ってオウム真理教主流派「Aleph」(アレフ)に入会させ、入会金などの名目で2万円をだまし取ったとして、滋賀県警はアレフ在家信者の3人を詐欺容疑で逮捕しました。 入会金などを取られた男性は、容疑者の1人が昨年3月に作った掲示板「死後の世界」の利用者で、入会書を書き、金を渡した直後に「このヨガ教室はアレフ」と告げられ、怖くなって東近江署に届け出たということです。

●6月21日、大阪市の橋下徹市長がすすめた公募区長24人が発表されました。そのなかで住吉区長に就任する吉田康人氏(47)は、統一協会と深い関係のあることが明らかになりました。インターネットの吉田氏のブログには、統一協会創設者の文鮮明が提唱した学生組織ワールドカープ・ジャパン(全国大学連合原理研究会)で、松波孝幸会長の講演会に招待され、親睦会にも参加したと記述。「年に一度は松波会長のお話を拝聴しています」(05年11月27日)と書いていました。

●6月30日、 カルト集団の研究や脱会支援に取り組む日本脱カルト協会の公開講座「大学でカルトに入った私たち」が岡山市内であり、4人の脱会者が巧妙化する勧誘手口の実態などを紹介しました。

●7月3日、不安感をあおられ、献金や「献身」と称する労働をさせられたとして、統一協会の元信者の女性が、統一教会と国を相手取り、約4300万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしました。原告側は、国についても「是正措置を講じる義務があったのに放置した」と主張。統一教会をめぐる訴訟で国が被告となるのは鳥取地裁米子支部で係争中の事件につづいて2例目です。

●7月20日、「寄付をしなければ霊的に保護されず、ひどいことが起こる」などと恐怖心をあおられ多額の負担をさせられたとして、岡山、広島両市の女性2人が、ヨガスタジオ「イルチブレインヨガ」を経営する「ダンワールド・ジャパン」(名古屋市)と同社幹部に約5800万円の損害賠償を求める訴えを岡山地裁に起こしました。

●8月14日、カルト被害を考える会の葛原健志事務局長は、森脇久紀岡山県議とともに県国際課で福本課長らと面談し、霊感商法や詐欺的勧誘の被害を広げる可能性が広がるとして、統一協会の偽装団体である世界平和女性連合(WFWP)の留学生日本語弁論大会実行委員会が主催する「第16回岡山県留学生日本語弁論大会」の後援をしないよう要請しました。後日、岡山県は後援しないことになりました。

●9月3日、教祖が死去したその日に “聖地”清平への弔問ツアー計画が組まれ、日本人信者3万2千人を参加させるよう全国に動員指示が出されました。そして、その持参金として参加者一人につき12万円の弔問金を納めるよう指示がありました。

●9月9日、統一協会世界宣教本部は、文仁進氏(文教祖の次女)が米国統一協会総会長を辞任したことを発表しました。その3日前、同氏が不倫相手との間にできた子どもを出産したことが発覚していました。

●9月24日、ブログ「北風と太陽」は、ハーバード大学が回答したメールなどを示して、統一教世界会長の文亨進氏の「ハーバード大学哲学科卒業」という学歴は詐称であり、実際には聴講生として2個の学科を履修しただけであろうと報じました。

●10月7日、牧師として、統一教会やオウム真理教から脱会した信者や、家庭内暴力の被害者の心のケアや社会復帰を手助けしてきた川崎経子さん(NPO法人小諸いずみ会「いのちの家」所長)が死去しました。82歳でした。


統一教会の分派に3年半いました

―今年3月に開かれた全国弁連岡山集会でのNさんの報告―

 私は31才から3年半余り、統一教会の分派とされるグループに所属しておりました。2009年夏に保護され、脱会し、2年半余り経過しました。
 このグループは、「宗教ではない」と言われ信じ込まされていました。グループ名もありません。山村実というトップを中心に、150名くらい所属していますが、実際に活動しているのは、3、40名くらいの小規模なグループで、みんな山村氏のことを「先生」と呼ばされていました。

保育所で知り合ったお母さんに誘われて
 保育所の顔見知り程度のお母さん、Oさんから家系図や因縁のことなどを紹介されましたが、興味がありませんでした。3年ほど親交を深めると、「霊感が強い」とういOさんの話にも徐々に興味を持つようになりました。
 新築してすぐに妹が原因不明の病気で入院しました。これまでOさんが話してきた通り、「自分たちが先祖をきちんと祭ることなく新築したから、妹が犠牲になったのかも」と思い、不安を感じるようになりました。このころ仕事にも行き詰まっていました。
 こんな時にOさんから後にアベルとなるSさんを紹介され、二人から「霊界」「徳積み」「神様」「罪」など、日頃から聞いたことのない話を何時間も、何日にもかけて聞かされました。「運勢さえあれば、全てがうまくいく」「運勢をつかむのが上手なのが村山先生よ」と言われ、山村氏に家系図を解いてもらう為に30万円の献金をしました。その後、家系図をみた山村氏やアベルたちから、さらに霊界からの讒訴や先祖を用いた因縁の話などで、今思えば、不安をあおられ、脅迫された事により、因縁の解決の為の儀式代として700万円の献金をしました。

夫に内緒で献金、活動するように
 多額の献金の至るまでには、私自身の考え方が変わる内容が多く含まれていました。最初は、主人に話すと主人に罪障がおきると言われ、それからは主人に内緒で行動するようになりました。また「神様の願っていることを行う為の嘘は良いことになる。許されること」と言われ、「嘘をつくのは悪いこと」から「この場合に限っては良いこと」という考え方に変わっていきました。
 「先祖は一言一句知っているし、見ている」と聞いてから、嘘やごまかしは出来ないと思い、誰にも話さない悩みまでも話さざるを得ませんでした。いったん、そんなことまで話すと、一番わかってくれる理解者という存在になっていきました。何もかも、事あるごとに相談する、そして意味があると回答してもらう関係になり、家族よりも誰よりも、信頼するようになっていきました。
 他には、「子どもや主人の命と引き換えなら頑張るしかない」「先祖の代表、家系の中心人物に選ばれたのは、私」「周囲から理解されなくても霊界に行けばみんな分かり、感謝される」等も信じ、自分の考え方の一部分になっていきました。
 献金と儀式が終わり、自分の家庭は守られている、次は伝道と言われ、親族、友人、知人を救っていく道を示されました。神様も先祖も体がないから、導かれた自分が、代身となるように言われ、伝え方など指導されながら伝道活動を始めました。このころから積極的になり、何人も伝道し続けることで先祖も友人たちも幸せになれる安堵と喜びを感じ、さらに頑張って伝道を励む生活となっていきました。
 日々、このグループの活動に時間をとられるようになりました。朝4時から、呼吸法、お祈り、訓読。主人と子どもを送り出してからは、伝道活動、集会、条件の水行や断食など。また、いちばん時間をとられるのは、報告・連絡・相談の電話時間でしたし、この活動が最優先でしたから、子どもの参観や、仕事を休むことが増えました。この活動以外の家族と過ごす時さえも、頭の中はこのことばかり。目の前の出来事と頭の中で考えていることがバラバラでした。

計2000万円の献金が夫に発覚して離婚に
 献金が重なり、ついに主人に借金が発覚しました。3年半で献金2000万円にまでなっていました。当然、主人は激怒し、用途や金額を聞いてきました。何も答えられない無言の私。家族とこの活動と、両方を継続する方法を考えても、何も思いつかず、沈黙を続けました。
 翌日、主人からは、涙ながらに真剣に言われました。「自分の両親が子どもを連れて帰って来いと言ってくれた。ありがたい。お前はお前の道を考えろ」と。
 私は、「何でこんなことになったんだろう」と、当時1歳半の四女と一日中、泣きながら過ごしました。
 報告すると「離婚になってもどちらでもいい」と告げられました。これまでに「先祖を立てた誓いを破っているぞ」「どっちを選んでもよいが、天情をとるか人情をとるかだな」「自分を捨てろ。子孫の為に、自分が犠牲になってでもやっていくのだ」などの言葉を聞いていたので、「神様の願いは、離婚してでもここで、先祖や子孫の為に生きるように願っているだろう」と思い、離婚を選択しました。家族と別れる時、私も主人も子どもたちも、みんな泣きました。

福岡の山村宅に住み込んで活動
 実家には帰らず、そのままアベル宅へ。そして福岡の山村宅での生活が始まりました。このときの私は、山村氏から言われた「主人や子どもたちに辛い思いをさせた。この犠牲は、神様や先祖が願うことをすることで、良い道が開かれ守られる」という言葉を信じ、「絶対信仰で頑張りぬこう」と、より信じきって行動を起こしていく動機となりました。
 家を出て保護されるまでの2か月弱、私は山村氏から与えられた役割をこなしながら過ごしました。家系図の解読、新規リストの把握、山村氏の語る内容のまとめと伝達、各支部の勉強会、そして今後は新しい人の教育、福岡で生活していける人材の確保、みんなの財産の把握などをしていくように指示されました。他には日々の清掃や新しく所有した物件の片づけ、お客様の接待など。このお客様の中には、山村氏が特別に接待する夫婦がいました。この夫婦について、以前からアベル達に「まだ名前は言えないが、今後私達にとって重要なすごい方で、先生が関わりをもってくれているから」と言われ、山村夫妻とアベル達だけが、接待をしていました。福岡にいるこの期間、2回訪問してきたので、新しく確保した物件やその地域の案内、お茶出しなどをしました。このとき、アベルに「Nさんも接待するの?!」と驚かれたので、隠しておきたい人物だったのだろうと思います。
 こうやっていつも気が張り詰めた生活で、夜の自分ひとりの時間は、疲れてすぐに寝てしまう日々。家族のことはいつも頭にあるが、悲しいと考える間もなく、離婚した私には都合のよい忙しさでした。
 家族との連絡は妹だけと限定したり、大阪にいると嘘を伝えたり、山村氏から言われた通りにしました。毎日、別れた主人からメールが届き始め、それを山村氏へ報告し、言われた事を返信しました。主人のことを悪くとらえる内容で、次第に、私自身みずから、厳しい内容のメールを返信することもありました。私は与えられた役割をこなす、役に立つ自分になることだけを考えていました。
 山村氏は、牧師が自分のことを調べる動きが分かったときから、私に共産主義などの内容を話し、ビデオを見せました。また私の両親が共産党員だから、拉致、監禁をすると聞いたことはないか?とも聞かされました。理解しがたい話でした。その後、父と会う時は「拉致されないように大勢の中で会うように」、子どもに会う時は「突然に訪問し、短時間で帰るように」指導されました。この積み重ねで、私をここから連れ出そうとしている家族に対して、敵のような感覚になっていきました。

実家に帰ったら保護されて
 子どもたちとゆっくり会ってと、家族から提案があり、山村氏の承諾のもと予定を立てました。
 行く前々日から愛媛に立ち寄り、朝から夜中まで多くのメンバーとの集会や、伝道活動のお手伝いで、分刻みの行動。ようやく夜中に実家に着き、寝ている4人の子どもたちの間にもぐり込みました。涙が次々と溢れ出し、ただ同じ空間にいることが嬉しく、久しぶりにほっとできるひと時でした。
 早朝、次々と起きてくる子どもたちとおしゃべりしながら過ごしていると、朝7時ごろから、次々兄弟や親類が集まってきました。兄、妹、叔父、叔母2人と、両親を含めて7人が私に「部屋をとっているからそこで話をしよう」と言う。今まで山村氏から聞かされていた通り、そこには何かあると思い断固拒否しましたが、昼食後、そのまま連れて行かれました。
 家族に裏切られた気持ちで、悔しいやら悲しいやら腹が立つやら。
 みんな辞めさせたいだけだと感じる私は、子どもの所へ返すよう訴えても、家族とは平行線。主人なら私の言うことを聞いてくれるかもしれないと思い、来てもらいました。
 会った主人の一言目は「ごめん」の謝罪で、意外な一言に驚きました。
 その主人に、ここから出すよう頼みましたが、「ごめん。それは出来ない」「連絡を取らずに、自分の考えで判断してほしい」と、断られました。私の怒りは絶頂のまま、一夜を過ごしました。
 翌日、主人がそばに来て「隣に座っていい?」と話しかけてきました。会話は少ないが、隣に座っているだけで私の心は、主人だけに少しほぐれてきました。その後「カウンセリングを受けないか」と持ち出されました。意味が分からず、曖昧な返事をすると、主人は「了解をもらいました」と、誰かに報告していました。また騙された気持ちになり、断りたかったのですが、これ以上誰とも話したくありませんでした。午後、カウンセラーの先生が来ました。第一印象は、媚びた笑顔のない、「本音で話します」という先生で、人として興味を引く方でした。この時、もし私が想像していた、私の機嫌をとるような人であれば、拒絶していました。
 カウンセラーの先生と呼ばれる牧師さんが帰ると、すぐ主人は「聞いてくれてありがとう」と私にお礼を言いました。前日の謝罪やお礼。私の心が少し主人にだけは開かれていくのが分かりましたが、また裏切られるかもしれないと思うと、すぐ心が閉じていくのも分かりました。
 一日中、じっと、身動きとらずに、無表情で過ごす時間がほとんどでした。
 保護されて4日目。山村グループに迷惑をかける証言は残さない、と考えていました。
 6日目、牧師さんの話に私が気になるキーワードがありました。「カルト」という言葉。自分が所属していたところは破壊的カルトに値すると理解できました。もし、これが本当なら、私が伝道してきた友人たちに、申し訳ないことをしたかもしれない、取り返しがつかない事かもと、不安を感じ、本当のことを私が知らなければいけない!と思いました。と、同時に、悪い面もあるかもしれないが、ただそれだけの縁ではない、励まされ助けられてきたという心を消すことはできませんでした。
 これらの思いは、誰に話すこともなく、ぐるぐる頭に思い描かれ、何も解決の道は選べませんでした。
 毎回、牧師さんが帰宅した後に、主人から感想を聞かれましたが、いつも何も答えられませんでした。「話しても分からない」とも思ったが、何より自分で自分の考えがまとまらないからでした。
 そんな私に主人は、「話して欲しい…。自分が話せなくさせてしまって申し訳ない」など、涙を流しながら語りました。主人の聞く努力をしている姿、すっかり変わった主人を見て、私も話す努力をしなければと、気付かされました。
 そして、この時初めて「今までのことを話しても、また裏切られそうで不安だ」という自分の気持ちを伝えました。

7日目、脱会届を書きました
 7日目。牧師さんから、山村グループの数人が実家を訪問してきたことを聞き、「意思表示が必要ですよ」と言われました。救出4日目頃から、漠然と、家族と歩む道を選ぶだろうと思い始めていました。そして今、主人を信頼し始めていたので、家族といっしょになることを考えていました。だから、山村グループに、いつまでも自分のことで行動させ心配させたくないと思い、縁は切らざるを得ないと判断し、脱会届を書くことを承諾しました。
 このとき、父が立ちあがり、牧師さんにお礼を述べ始めました。すかさず牧師さんは、「これからですから、まだお礼なんて、早いですよ」と言い終わらないうちに、父は構わず御礼を述べました。私は、「やっぱり辞めさせたいだけだ」と、確信しました。脱会届を書きました。
 今まで深く仲良く付き合ってきた人、共に過ごしてきた人、私なりに支えてきた人、この大切な人との関係を、自ら切るのは苦しすぎる。キリストを裏切り、売った者と自分は同じだと、思い悩みました。この夜、寝入りに、裏切っただろ!と責められる夢を見て、震え、怖くて怖くて眠れませんでした。
 8日目。一週間、牧師さんは通い続けてくれ、この時には牧師さんに対して、私の味方だと安心していました。
 この日、主人には、一緒に生活していきたい気持ちと、また出ていくかもという不安があることを知りました。私だけが苦しんでいるのではなく、主人も家族もそうなのだろうと知りました。私も努力しなきゃと思い、主人と今後について話すよう意識しました。しかし、先の話になると…心がストップしました。主人から見れば、急に無表情で黙り込む私に戸惑ったことと思いますが、追及されなかったことが、私の心を保つのに必要なことでしたから、助かりました。私の様子を見て落ち込む主人をみると、申し訳なく思い、自分を問い詰めて苦しくなることを繰り返しました。他にも私はいろんな事で常々、罪悪感でいっぱいでした。

毎週カウンセリングに通い、経験者とも話して安心感
 初めて牧師さんのいる教会へ主人と行きました。教会に「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、私のところへ来なさい。あなた方を休ませてあげます」という言葉を見て、久しぶりに、忘れていた呼吸を一息できたような、少し楽な気持ちになりました。礼拝後、4年前に脱会したという夫婦と話しました。分かってくれる人がいて安心感がありました。主人に私のことを代弁してくれたり、私にもアドバイスしたりしてくれました。この時の私は、現実逃避したい心境が続いていましたが、整理していこうと思えました。また、離婚寸前だったとは全く見えない様子を見て、私もこんな風に夫婦関係を修復していけるのかなと、希望が見えるようでした。
 救出されて3週間ほど経過した頃、アベルが手紙をよこしてきました。その嘘が書かれた内容を見て、このグループに対して冷める気持ちが出ました。また、荷物を返却された中身は、3年半の教えを書いたノートや、住所録、携帯、家系図、山村氏や夫人などの写真、金銭について書いてある封筒など、大事なものが数々抜かれていて、びっくりしました。間違いのない内容だと信じていただけに、この隠す行為は、まさに牧師さんから聞いた内容を裏付けていると思い、心が冷めるのを感じる一つとなりました。
 週末は必ず夫婦でカウンセリングに通いました。私にとって、自分を分かってくれる場所であり、私が気兼ねせずに話せる唯一の場所となりました。主人は他の脱会者の話を聞くことで、私への理解を深めてくれ、私たち夫婦にある溝を埋めていく大事なプロセスとなっていきました。
 振り返ると、救出されてからの1か月間は、自分の存在を消したいくらい、呼吸するのも忘れそうなくらい一人で思い詰め、苦しい期間でした。
 2か月目からは、カウンセリングを通じて、客観的に自分を見つめる機会があり、整理しやすくなりました。私はアベルに腹を立ててきました。また、する気になれなかった損害賠償請求を、もう二度とグループへ戻らない意思表示として、また主人との生活を再スタートするために必要と理解し、準備を始めました。  3か月目は、今治の自宅でひきこもった状況ながらも家族だけで生活するようになり、家族の為に、料理やおやつ作り、編み物など、家でできる趣味などを楽しむようになりました。
 4か月目には、私がまとめた内容を主人に見てもらい、内容を検討しました。これはどういうこと?と追究されると、答えられる時と、無表情になってストップするときがあり、このときも主人が私に無理に追究することなく待ってくれたことで、私自身が守られていると感じられました。首謀者である山村氏に対して、私は迷惑をかけてしまったという気持ちが残っていました。あるカウンセラーからは、まず一番は腹が立つことが回復への道だと聞いたので、まだ回復しきれていないのだと理解していました。こんな私のことを考慮して、主人は、あえて「山村さん」と表現していたので、私も穏やかに話せる時間が多くあったように思います。

損害賠償請求が通り、夫とも再婚、心も元気に
 5か月経過した頃、弁護士さんと会い、請求をお願いしました。今度は、山村グループが怒ってきそうで、恐怖と不安でした。まだ、このときは、誰とも会えない、話したくない心境でした。この3年半、私が信じて話してきた内容が全く違っていて、離婚にまでなった状態。「わたし」がなくなった状態では、言葉も何も出ませんでした。
 6か月目、損害賠償請求が通り、主人と再婚し、気持ちが落ち着いてきました。変わらず、家族とカウンセリングや礼拝で会う人だけが話しができる人でした。ずいぶん、よく笑うようになり、心が元気になってきました。些細なことでも自分のしたいことができる幸せを感じていました。
 7か月目、斜め向かいに住む霊の子から、「辞め方を教えてほしい」と声をかけられ、私はすごく嬉しかったし、心強さを感じました。また、この7か月間、週末は必ず夫婦でカウンセリングに通ったことで、私の考え方は、以前の考え方を含めた基準ができつつあり、選択や決定ができるようになりました。迷った時には、すぐ主人に相談していました。

理解してくれる人たちのおかげで健全な生活に
 8ヶ月目、広島へ引っ越してからの生活は、どこへ行っても知り合いがいないので、このときの私にとって、いい環境になりました。人をすぐに信頼する性格でしたが、しばらくの期間は、優しくされればされるほど、疑う自分がいました。カウンセリングで学んだことの中に、「吟味する」ということがあったので、少々おかしな人と思われるくらいいいやと思っていました。
 今では広島で生活してもう2年たちます。山村グループに対しては、山村氏を含め、腹の立つ人たちです。霊の子たちには、真実を伝えられるいい時期を待っています。そして今、私から伝わった数名は、辞めました。みんな一生懸命活動して、限界がきています。勇気をもって辞める決断をした友人たちと、牧師さん、弁護士さん、またカウンセラーの方々、そして主人のおかげで、さらに私は健全な生活や生き方を学ぶこととなっています。また、夫婦間も、以前にも増して、お互いに思いやれる関係になり、ずっと私を支えてくれた主人に感謝しています。


2012年度総会にご参加ください

 次のとおり、カルト被害を考える会2012年度総会を開きますのでご参加ください。

12月1日(土) 会場:倉敷めぐみキリスト教会(倉敷市茶屋町1586-1)
13:00-13:30 カルト被害を考える会総会
13:30-14:00 出エジプト会総会
14:00-16:00 記念講演会:平野学講師がカウンセリングなどについて話します。
16:00-17:00 出エジプト会のグループ学習(脱会者の報告など)

講師紹介:平野学さん 慶應義塾大学学生相談室カウンセラー・文学部講師。(社)日本臨床心理士会常務理事。日本学生相談学会理事。日本脱カルト協会理事、他。1954年、富山県高岡市生まれ。慶応大学文学部及び大学院社会学研究科終了後、1981年、慶大医学部精神神経科に助手として入局。精神分析的視点を土台に心理療法・心理検査等に従事。1990年から、学生相談室カウンセラー。1994年からカウンセリング関連での授業を慶応大文学部、駒沢大仏教学部等で担当。

※会員の方は、2012年度(2012年10月〜2013年9月)の会費を納入してください。

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