嘘のつけない写真


 エチオピアの首都アジス・アベバの空港に着いたのがお昼過ぎだった。エチオピアという国では、外国人の所持金に対する意識がかなり敏感で、入国時の申請金額と出国時の所持金の計算が合わないと罰金を支払わねばならない。例えば、入国時の所持金より出国時の所持金が多い場合、つまり使用した分の金額と残金の合計が、入国時に申請した金額より多いと差額分、罰金として没収されるのである。しかも銀行では、両替するドル札の紙幣番号を一枚一枚控え、空港以外の街の銀行では両替に40分から1時間かかる。とうてい気の長い話だ。両替も一段落し、我々はタクシーをチャーターして、日本からFAXで予約をしておいた“ギオン・ホテル”に向かった。

 タクシー2台で移動したのだが、先導のタクシーが途中で路肩に止まったのであった。「おそらく、車が故障したんだよ」と私とO氏は話していた。後方から追っていった我々のタクシーも横につけて、「どこか悪いの?」と聞くと、「車は悪くないんだって…」と答えが返ってきた。すると運転手同志が何やら話している。「いいホテルを紹介するよ」と運転手たちは我々にいうのだ。よくあることだが、お客を連れて行くとホテルから紹介料がもらえることがある。ホテルに顔を売る意味もあり、少々のお金だろうがタクシーは頻繁に空港からの旅行者を、自分の出入りしているホテルに連れて行くのである。良くいえば“提携”していると言えないこともないのだが、おまけに「そのホテルは営業していない」と言い始めたのだ。我々は、「日本からFAX で予約をしているから大丈夫だ」と、しつこい運転手を説得しギオン・ホテルへと向かった。

 ホテルに向かう小坂を登り、中央玄関にタクシーをつけてもらった。私のエチオピア訪問は初めてだったし、当然このホテルの全貌を見るのも初めてである。建設中であるかのように建物の左半分が青いシートで覆われていて、「このホテルは壊されるのかな…」と思ったりしたほどである。建物の中に入ると、フロントのカウンターに挟まれた鏡の柱があるのだが、その上部が割れていてホテルの中も心なしか閑散としていた。チェックインを済ませて部屋に案内される途中、一階の通路を覗くと各部屋のドアも外されていて、何か不思議な雰囲気に包まれていた。従業員に尋ねたところ、「改装工事に入るんだ」と言われた。「それじゃあ、改装前の最後の客なんだ、我々は…」と笑い話をするほど、ホテルの中には客の姿が見えなかったのだ。それにしても、かなり本格的な改装工事と思われるほどであった。我々は部屋を案内されたのだが、本館から別棟の離れに連れて行かれ、部屋もあまり良くなかったので、本館の三階に移してもらった。階段を登っていくたびに、壊れたドアや割れたガラスの破片を眺めながら各々の部屋に入った。私はすかさず荷物の中からカメラを取り出して、ホテルの中をぶらつき始めた。何故なら、壊れて外されているドア、そこから一歩足を踏み込むと、誰もいないホテルの一室があり、窓ガラス越しに見る中庭の風景などは、私ならずとも写真が好きな人であれば、思わずレンズを向けたくなるフィクションの世界が存在していたからである。つまり、写真のフィクション性を引き出せる光景であったのと同時に、そのフィクション性がある種の魅力として共存していたのであろう。“廃虚”といっては言い過ぎだが、ファインダーを覗きながら“嘘をつける写真”としての要素を私は実感していた。私自身、被写体に対して“どのような嘘をつくのか”がシャッターを押す動機になる場合が多く、写真に誘われる原因でもあるので、撮影をしながらイメージはほぼ完成しているのである。部屋のまわりで数枚撮影したのだが、それだけではあきたらず、一階のレストランらしき場所に入って行った。中に入ると、さすが写真家、すでにO氏が6×6のカメラを手に撮影していた。ガランとしたかなり広いスペースの隅には、机や椅子がまとめられていて、今にも改装作業が始められんばかりの整い方であった。

 しかし、撮影のためホテル内を歩けば歩くほど、納得出来ない何かが気になり始めていた。

 少なくとも一ヵ月以上前にFAXでホテルの予約を取っているので、改装工事などあるはずがないと思うのが普通である。ましてや、工事がわかっているのなら予約など受けないのではないかと思ったり、わざわざ窓ガラスを割る必要があるのか、などいろいろと考えてしまった。営業していない一階のレストランをよく観察すると、焼け跡のような箇所があったり、何かがぶつかったような跡があったりした。そこは奇妙な空気が漂っていた。

私とO氏がカメラを持ってうろついている頃、同行のY氏はフロントのソファーでくつろいでいた。そのソファーに座ると、例の割れた鏡が視界に入ってくる。その鏡に不審さ感じたY氏は、隣に座っていた地元の男に声をかけた。「この鏡、妙な割れ方をしていると思わないか」と英語で尋ねたところ、「おまえは鋭い」と答えが返ってきた。そして、男は声を潜め、ホテルの従業員に聞かれないようにこっそり“small bomb”(小さな爆弾)と言ったのである。まさしくそれは“テロ”であった。

 そのテロは二週間前に起こったらしく、犯行声明や具体的な発表はなかったらしいが、現地の人々はおそらくイスラム原理主義によるものであろうと考えていた。ホテルでも、従業員が二名亡くなったという。その話を聞いた瞬間、霧のかかった頭の不快感が一挙に晴れたかと思う間もなく、今までに経験のない恐ろしさに包まれた。

 旅の始まりとしては、十分過ぎるほどの出来事である。さまざまなものに守られた日本での生活から、いきなり日常としての現実をそのような形で見せつけられたのであった。後から思い起こせば、タクシーの運転手はそのテロのことを知っていて我々に、「そのホテルは営業していない」と言ったのであろう。壊されたドアも、割られたガラスや鏡も、すべて爆弾によるものであり、フィルムに焼き付けられたそれらの風景は、フィクションではなく、“本当の写真”となったのである。

 旅はまだ始まったばかりであった。


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