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11.銀花の蔵 12.雨の中の涙のように 13.紅蓮の雪 14.緑陰深きところ 15.人でなしの櫻 16.イオカステの揺籃 17.邂逅の滝 18.ミナミの春 |
【作家歴】、月桃夜、アンチェルの蝶、カラヴィンカ、雪の鉄樹、あの日のあなた、蓮の数式、冬雷、オブリヴィオン、ドライブインまほろば、廃墟の白墨 |
「銀花(ぎんか)の蔵」 ★★ | |
2022年11月
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1968年、小4の銀花は両親と一緒に大阪の文化住宅で暮らしていましたが、画家を目指していた父親が家業の醤油蔵“雀醤油”を継がなければならなくなったといい、奈良橿原市にある父親の実家に引っ越すことになります。 その実家には、厳格な祖母=多鶴子、銀花の一歳上という叔母=桜子、杜氏の大原が待ち受けていた。 そこから50年にわたる、醤油蔵を守って生き抜いた銀花と、その家族の物語。 ひとりの少女の成長とその生涯を描いた物語という点では、特に珍しいものではありません。 しかしその冒頭、蔵を新しくする工事が始まった折、その蔵の床下から子供の髄骸骨を納めた箱が発見されるという衝撃的な事実から語り起こされるところが、遠田作品らしいところ。 元々家業に向かずその仕事を嫌っていた父親、窃盗症の母親という2人の間に置かれ、銀花は心を痛めるばかりですが、それにとどまらず運命は銀花を次々と苦しい状況に追い詰めていきます。 だからこそ本ストーリィから目を背けられず、といった風。 成長ストーリィに困難毎は当たり前のようですが、銀花に降りかかってくる困難事は銀花を傷つけるものばかりと言えます。 その最たるものが家族の瓦解。それでも他に行く場所がなく、醤油蔵の仕事で生きていくしかないという覚悟、孤立しようが自分の道を誤らない強さが銀花の真骨頂。 理屈ではなく、困難を凌ぎ自分の道を通して生き抜いた銀花の見事な姿が圧巻。 読み応えのある、女性とその家族の一代記。お薦めです。 序章.竹の秋/1.1968年夏/2.1968年秋〜1973年/3.1974年〜1976年/4.1977年〜1982年/5.1983年〜2018年春/終章.竹の春 |
「雨の中の涙のように」 ★★☆ | |
2023年08月
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遠田作品については、主人公が辛い境遇の下に育ってきたという設定が常、という印象が強いのですが、本作はまるで異なり、これって遠田作品?と読みながら感じていました。 7人の人物の人生ドラマ、その転機となる瞬間にいずれも、人気アイドルから実力派俳優となった堀尾葉介の姿が在った、という設定からなる連作ストーリィ。 各人の人生ドラマに本来、堀尾葉介は何ら関係ありません。 でもふとした転機に、堀尾葉介が絡む、なんてまるで幸福をもたらす天使のようじゃありませんか。 でも、その堀尾葉介自身が、各登場人物の誰よりも重い記憶、拭い取れない過去を抱えていた、と描いているのが最終章。 この最終章があるからこそ、ぐんと本作の重みが増し、そして救いの物語になっていると感じさせられます。 各章で描かれるのは、各人の人生ドラマにおけるほんのひと時のこと。 それでも、その僅かな語りの中にその人の人生全てが滲み出てくるように感じられ、遠田さんの上手さに唸らされる思いです。 是非、お薦め。 ・「垣見五郎兵衛の握手会」:中島伍郎は昔、時代劇の大部屋俳優。ふとしたことで過去の出会いが蘇る・・・。 ・「だし巻とマックィーンのアランセーター」:独身のまま鶏卵店を営む小西章、女性関係のトラウマになったのは・・・。 ・「ひょうたん池のレッド・オクトーバー」:23年ぶりに帰国した村下九月、思い出すのは葉介とその母親との出会い・・・。 ・「レプリカントとよもぎのお守り」:高級別荘地でレストランを営む志緒のヒモとなっている横山龍彦、知り合いになった品の良い老夫婦は、堀尾葉介の実父と義母だった・・・。 ・「真空管と女王陛下のカーボーイ」:ペット探偵の丸子浩志、堀尾葉介の事務所から、役作りのための取材依頼を受ける。 ・「炭焼き男とシャワーカーテンリング」:岩田近夫、聞いてもらいたい話があると、ロケに来た堀尾葉介を訪ねていく。 ・「ジャックダニエルと春の船」:貨物船船長の玉木順二は、今も転校生にした卑怯な振る舞いへの後悔を抱えている。 ・「美しい人生」:堀尾葉介自身の、誰も知らない人生ドラマ。 1.垣見五郎兵衛の握手会/2.だし巻きとマックィーンのアランセーター/3.ひょうたん池のレッド・オクトーバー/4.レプリカントとよもぎのお守り/5.真空管と女王陛下のカーボーイ/6.炭焼き男とシャワーカーテンリング/7.ジャック ダニエルと春の船/最終章.美しい人生 |
「紅蓮の雪」 ★★ | |
2024年02月
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両親から捨て置かれ、2人で支え合いながら育ってきた双子の姉弟=朱里と伊吹。 東京の大学に進学し、老舗旅館の息子から熱心にプロポーズされて婚約、やっと幸せを掴んだ筈の朱里が唐突に婚約を破棄し、しかも地元の山城から飛び降りて自殺してしまう。 何故、朱里は自殺したのか。 その理由を知りたいと伊吹は、朱里の遺品の中に大衆演劇「鉢木座」の半券を見つけ、同一座の公演を観に行きます。 そして伊吹を目にした若座長=女形の鉢木慈丹から強引に口説かれ、伊吹は一座に役者として入団するのですが・・・。 大衆演劇一座の世界を覗き見る面白さもあるのですが、家族の愛情に恵まれずずっと孤独だった伊吹と、家族的な大衆演劇一座という対照的な絡みが興味深い。 また、幼い頃父親に「汚い」と突き放されたのがトラウマとなって、人と触れ合うのが怖いという伊吹が、新人女形として人気が出て来て観客と触れ合わなくてはならなくなるという矛盾。 何とかしたい、しなくてはならないという伊吹の葛藤は、苦しみもがく青春成長物語として心惹かれます。 しかし、ある事件の後、両親がずっと隠していた事実を伊吹は知ることとなり、そしてついにその事実と対決することになる。 そして、朱里が死を選んだ理由とは・・・。 明らかになるのは衝撃的であり因果とも思える事実ですが、その事実が余りに圧倒的であるだけに、本ストーリィの印象がそれだけに固まってしまう懸念を感じます。 でも決してそうではない筈。朱里の願いも、慈丹たちの願いも、その事実を乗り越えて伊吹が自身のために足を踏み出すことにある筈ですから。 その意味で本作は、青春成長物語の、苦難に満ちたプロローグ篇と言って良いと思います。 序章/1.開幕/2.お花/3.鶏/4.誕生日/5.和香/6.傷/7.庚申丸/8.紙雪 |
「緑陰深きところ」 ★★☆ | |
2024年06月
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大阪でカウンターだけのカレー屋を営んでいる三宅紘二郎・70代の元にある日、一通の絵葉書が届く。 差出人は兄の征太郎。50年前、紘二郎が今も住み続けている旧・三宅医院で兄は、妻の睦子と義父、さらに5歳の娘を殺し、20年の刑を受けていた。 緑陰深き処で安らかに暮らしている、と紘二郎を嘲弄するかのような葉書に紘二郎は、「兄さん、今からあんたを殺しに行くよ」と決意を固める。 中古車屋で希望したコンテッサを購入した紘二郎は、兄の住む大分県日田市に向けて走り出そうとしますが、その紘二郎を止めようと現れたのは金髪頭の青年リュウ。 リュウ、中古車屋で店長だった、そのコンテッサは元は2台の車を切って1台に繋げた「ニコイチ」で危険な代物だと警告。 そのリュウを交替運転手として雇った紘二郎、そこからリュウと2人のロードノベルが始まります。 一般的なロードノベル、思わぬ出会いや困難、喜びや感動が待ち受けるものとはまるで異なるストーリィ。 何故ならこれは、陰惨な過去、拭いきれない後悔を辿る旅なのですから。 大阪から倉敷、岡山を辿り目的の日田市まで。その間、三宅兄弟の睦子の間に何があったのかが、語られていきます。 そして行き着いた日田で明らかになる、事件の真相。そして、リョウの悲惨な過去、それに増す過酷な運命・・・。 相手の気持ちを無視した自儘な思いが、どれだけ多くの人間を不幸せにしたのか。まさに胸詰まる思いです。そして、残された日々に僅かにできることは何なのか・・・。 言葉もない結末ですが、最後、脇役2人の笑顔に、僅かに救われた気持ちがします。 序章.雛の家/1.令和元年5月12日 大阪 四天王寺/2.令和元年5月13日 倉敷 ビーンズヴァレー/3.昭和31年3月3日 大阪 三宅医院/4.令和元年5月14日 岡山 高橋硝子店/5.令和元年5月15日 岡山 湯郷温泉/6.令和元年5月16日 岡山 吉備津神社/7.昭和47年5月14日 大阪 三宅医院/8.令和元年5月17日 日田 兄の家/9.令和元年5月18日 再び倉敷 ビーンズヴァレー/10.令和元年5月19日 日田 咸宜園/終章.緑陰深きところ |
「人でなしの櫻」 ★★ | |
2024年04月
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人間の強烈に深い“業”を描き尽くした長編。 主人公である日本画家の竹井清秀は、妻子を喪ってから生きた人間を描けず、その作品から<死体画家>と揶揄されている。 その清秀がずっと絶縁関係にある父親の竹井康則は、老舗料亭「たけ井」を継ぎ、今では天才的な料理人として高く評価されている人物。 ある夜、その康則の秘書兼運転手である間宮から「今すぐ来てほしい」という電話を受け、清秀が教えられたマンションに赴くと、そこには康則が遺体となって横たわっていた。 さらに驚くべきことは、部屋のひとつに怯える全裸の少女がいたこと。 何と康則は、その少女=蓮子(れんこ)を8歳の時から11年間部屋に閉じ込めたままだったのだという。 そのことが明らかになり、少女の身元、その家族が判明すると、当然ながら大スキャンダルとなり、小説家で文化人でもある伯父の治親と清秀は世間の批判にさらされます。 何故康則は少女を閉じ込めていたのか。そこには康則の“業”が浮かび上がってきます。 一方、清秀もまた、死んだ父親のマンションで見た蓮子に惹かれる気持ちを抑えきれなくなる・・・。 “業”は大なり小なり、人間なら誰しも心の奥に抱えているものなのでしょうか。それとも、康則・清秀父子だけが持つ異常性なのでしょうか。 強烈な“業”で貫かれた本作、余りに強烈過ぎて、圧巻と感じる一方、ストーリィから置き去りにされたような思いもあり。 最後は、あるべくしてあるといった結末が待ち受けています。 そこには、静かな休息だけがある、といった印象です。 したがって嫌悪感とか不快感といった感想はなく、ひとつの終幕を感じるのみ。 読み手の好み次第と思いますが、読み終えた達成感は得られる筈です。 序章.腐れ胡粉/1.焔/2.人形/3.嫦娥/4.蓮情/5.ジュ・トゥ・ヴ/終章.人でなし |
「イオカステの揺籃(ゆりかご) Jocasta's Cradle」 ★★ | |
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新進気鋭の建築家、青川英樹。 タイルメーカーで営業をしている妻の美沙が初めての子を妊娠。 しかし、これまで順風満帆だと思えた英樹の人生が、突如として一転する。 元々実家の青川家に問題がなかったとは言えない。 ダムが大好きな父親の誠一は、ダム工事現場等に関わって家族を顧みず単身赴任ばかり。10年前にやっと家に戻ってきたと思ったら部下の女性社員とずっと不倫関係。 母親の恭子はずば抜けた美人、自宅の庭でバラ栽培に没頭し、バラ教室を主宰、「バラ夫人」と異名を取る。 妹の玲子は母親に反発して家を出て、高卒で個人で鍵屋を営んでいる完と同棲中。 その母の恭子が、美沙の妊娠した子が男児と知った時から異常な行動に出始め、英樹・美沙の夫婦を含め、青川家は瓦解の道を辿っていく。 何気なく始まった普通の話が、次第に転がり始め、隠されていた事実が暴露され、恐怖を感じる展開へと進んでいくのは遠田作品のひとつのパターンだと思いますが、それにしても恐ろしい。 特に青川家の一員ではなく、妊娠中である美沙にとっては尚のことで、その辺りが途轍もなくリアル。 そして狂気な様は、恭子の少女時代へと遡っていきます。 いったい狂気は何時から、誰から始まったのかと思わざるを得ません。 最後は思わぬ形で決着がつくのですが、とても万事解決とは言えません。 感じるのは、英樹・誠一・完という男性側の思いと、玲子・美沙という女性側の思いが、かなり隔たっているということ。 心の底から怖くなる、因縁に満ちた家族ストーリィ。 読み終えた今、その中には一人一人の複雑な思い、いろいろな要素が絡み合っている作品であることに気づきます。 私としては読み応えを感じる作品ですけど、是非は読み手の好み次第と思います。 序章/1.ファーストシューズ/2.アップデート/3.サークル/4.1975年のシンデレラ/5.ラストシューズ/6.予言/7.乾杯/終章 |
「邂逅(わくらば)の滝」 ★☆ | |
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大阪、奈良、和歌山にまたがる深い山の中にある紅滝町。 その山中には紅滝(くれたき)と、その脇にある祠にお参りする人のための小さな茶屋・旅館である瀧口屋がある。 祠に纏わる“紅姫の伝説”は、南北朝時、紅姫という美しい姫が恋人である若武者と落ち延び旅をしていたが、足手まといになると若武者から置き捨てられた、というもの。 紅姫を弔うための祠には、紅姫の怒りを受けぬよう、「必ず一人で参ること、決して口をきかぬこと」という戒めがあった。 本作は、上記事柄をモチーフにした、現代から始まり、明治時代・豊臣時代・江戸時代・南北朝時代へと遡る、連作愛憎劇。 遠田さんの筆の冴えは流石ですが、読んで楽しいかというと、私としては各主人公たちの悲哀ばかりが募って、辛さの残る読書でした。この辺りは、読者の好みの問題と言うべきでしょう。 ひととおり読み終えた後、冒頭篇の「ファウストの苔玉」の最後に戻ると、紅滝が朝陽によって紅に染まる光景が目に浮かび、その美しさが強く印象に残るようでした。 そのための連作ストーリィ、と言って良いのかもしれません。 ファウストの苔玉/アーム式自動閉塞信号機の夜/犬追物(いぬおうもの)/緋縮緬のおかげ参り/宮様の御首 |
「ミナミの春」 ★★☆ | |
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大阪のミナミを舞台に、30年という長きにわたって、人と人の出会い、繋がり、そしてそれら人々に間に交わされた情愛を濃く描きだした、連作群像劇。 いかにも大阪らしい空気が充満しているストーリー。 その理由は登場人物たちが交わす大阪弁にあるだけでなく、常にお笑い、漫才がその中心にあるからでしょう。 各章ごとに登場人物は変わりますが、いつもその背後に存在感を示しているのが、人気漫才コンビ<カサブランカ>のチョーコとハナコの姉妹。 やはり、お笑い、吉本興業といった処は、大阪ミナミに欠かせない要素なのかもしれません。(私は関東の人間なので勝手な憶測ですが) それはともかくとして、登場人物たちの情愛、人と人の繋がりの貴さを見事に描き出した傑作。 ・「松虫通りのファミリア」:1995年、高瀬吾郎。チョーコに憧れ漫才師になると家を出た娘の春美とはずっと音信不通。その漫才の相方ヒデヨシから、春美の死と5歳の孫娘=彩の存在を知らされた吾郎は・・・。 ・「道具屋筋の旅立ち」:短大卒OLである優美の恋人は、大学生の誠。その誠から大学文化祭の大食いコンテストに出てくれと頼まれますが、大食いにはトラウマが・・・。 ・「アモーレ相合橋」:かつて編曲家だった杉本明彦、その唯一のヒット曲が<アモーレ相合橋>。忘れられない相手との別れと再会。 ・「道頓堀ーズ・エンジェル」:余命僅かの夫から隠し子がいる可能性を告白された喜佐(58歳)、結婚詐欺に遭った都(38歳)、妊娠した途端捨てられたというサエ(18歳)。偶然に出会った三人の行く末は? ・「黒門市場のタコ」:本当の親子以上に仲が良い、血の繋がらない父娘。しかし、娘である翼の気持ちは・・・。 ・「ミナミの春、万国の春」:2024年、彩は34歳。幼い頃から世話になってきたヒデヨシとその姉の奈津子に、結婚報告と披露宴への出席依頼。そのヒデヨシが取った行動は・・・。 松虫通りのファミリア/道具屋筋の旅立ち/アモーレ相合橋/道頓堀ーズ・エンジェル/黒門市場のタコ/ミナミの春、万国の春 |