|
11.霧(ウラル) 12.裸の華 13.氷の轍 14.砂上 15.ふたりぐらし 16.光まで5分 17.緋の河 18.俺と師匠とブルーボーイとストリッパー 19.孤蝶の城 20.ヒロイン |
【作家歴】、ラブレス、ワン・モア、起終点駅、ホテルローヤル、誰もいない夜に咲く、無垢の領域、蛇行する月、星々たち、ブルース、それを愛とは呼ばず |
谷から来た女 |
11. | |
「霧 ウラル」 ★★ | |
2018年11月 2024年08月
|
昭和30〜40年代、北海道最東端の町=根室を舞台にした、その地で生きるしかない男や女たちの荒涼たる物語。 本ストーリィに漂うのは、尽きることなく荒涼とした雰囲気。それは土地についても、そこに生きる人間についても変わりありません。 荒涼とした気配漂う極北東の土地で、タッグを組んだ相羽に汚れ仕事を担わせることによって国政進出に必要な力を付けていく大旗家。男たちがそんな力勝負の世界でうごめく姿を、女たちはただ見ているだけしかないというストーリィと思って読み進んでいましたが、終盤に至ってそれは違うのではないかと気づくようになりました。 予想もしなかったハードボイルドな世界に、胸打たれるばかり。 |
「裸の華 Dancer's Passion」 ★★ | |
2019年03月
|
怪我でストリッパーを引退せざるを得なくなったノリカ、40歳は振り出しに戻って出直そうと、かつてストリッパーとして初舞台を踏んだ札幌ススキノに戻ってきます。 そして店舗物件を賃借し、独力で“ダンスシアター・NORIKA”を開業する。 店のスタッフとなったのは、店舗を斡旋した不動産屋社員から転じてバーテンダーに応募してきた竜崎甚五郎=JIN 38歳。その紹介によるダンサー、桂木瑞穂23歳と浄土みのり20歳。 ノリカがダンスの構成を考え、2人にレッスンしてダンスショーを売り物にしたバーがスタートするのですが・・・。 ノリカの心の身体には、先輩ストリッパーであり踊りの師匠であった静佳から仕込まれたDNAが今も刻み付けられている。そして今、ノリカを師匠として慕うみのりが、ノリカのDNAを受け継ごうとしている。 ダンスシアターという舞台、ノリカ、竜崎、瑞穂とみのりという他に居場所のない4人(瑞穂は少々異なりますが)が、力を合わせて新しい店を盛り上げていこうとする展開、ノリカからダンスのDNAを受け継ごうとする瑞穂とみのりと2人を育て上げてやろうとするノリカとの師弟関係の様な展開が、ぐいぐいと読み手を引きずっています。その快感は、陶酔と言って良い程です。 吹き寄せられては流れるように人々が消えていくという札幌・ススキノという街が、荒涼感と生きる厳しさを背景に漂わせていますが、それは歯切れの良さに繋がっています。 ストリッパーであったノリカの踊りと、みのりたちの踊りにどれ程の違いがあるのか。 ノリカの明け透けな言葉を借りれば、下着をつけないのと下着を脱がないとの違いということになりますが、観客を魅了して楽しませるという点では僅かの違いしかない、という。だからこそ、みのりはノリカを師匠として慕い仰ぐのです。 本ストーリィの原点がノリカの踊りにあることは言うまでもありません。したがって、元ストリッパーの踊りと偏見を持ってしまうと本書の素晴らしさを感じ取ることができずに終わってしまうかもしれません。是非、色眼鏡なく本ストーリィに魅せられて欲しいと思う次第です。 |
「氷の轍」 ★☆ |
|
2019年12月 2024年06月
|
私は未読で知らなかったのですが、桜木紫乃作品に「凍原−北海道釧路方面本部刑事第一課・松崎比呂−」という、女性刑事を主人公とした警察捜査もの作品があるそうなのですが、本作はそれに続く道警釧路方面本部を舞台にした警察捜査もの第2弾。 釧路市の千代ノ浦海岸で男性の他殺死体が発見される。被害者は札幌に住む元タクシー運転手の滝川信夫、80歳。 しかし、捜査は中々進捗せず。 本書の主人公は、女性刑事の大門真由30歳。父親も釧路方面本部の元刑事、母親も元婦警という警察一家ですが、実はいろいろ複雑な家庭事情あり。 そんな大門真由は、ベテラン警部補の片桐周平と組まされ、被害者である滝川信夫の経歴を追います。 舞台は札幌へ、そして青森、八戸へ。その過程で真由たちは、ある母娘家族の悲痛な人生を知ることになります。 一応、殺人事件の捜査ストーリィであり、ミステリと紹介されていますが、本質的にはミステリには当たらないのではないか。 何故かというと、事件の真相を明らかにしようという執念、追求心が真由と相棒の片桐に余り感じられず、淡々と歴史を紐解いていくような雰囲気を感じるからです。 家族関係に事情を抱えた女性刑事が、事件捜査という切り口で明らかにしていく、北の大地で孤独で貧しいが故に、数奇で悲しい人生を送った母娘の物語。 警察捜査ものという構図を取った故に、かえって中途半端に終わってしまったという印象が拭えません。 |
14. |
「砂 上」 ★★ |
|
2020年07月
|
北海道の江別に暮らす柊令央は40歳。 作家を志望しずっと小説を書き続けてきて、新人賞にも毎度応募してきたが、何の成果も得られず年月ばかりを費やしてきた。 その間に夫が浮気して離婚。20歳で令央を産みシングルマザーとして奮闘してきた母親のミオも死去したばかり。 今の生活は、幼馴染が営んでいるビストロでのウェイトレス仕事と、別れた夫が毎月振り込んでくる慰謝料だけ。 別に暮らしている16歳下の妹=美利(みり)は、そんな母親と姉を見て育ってきたからか、ひどく現実的。 そんな令央を訪ねてきた東京の女性編集者=小川乙三(おとみ)、令央がこれまで書いてきた応募作品も知ったうえで、主体性がないと批判、そのうえで書き直すつもりがあるかと、令央の覚悟と問うてくる。 乙三からまるで挑まれるかのように要求されるまま、何度も作品を書き直す令央。それは作家としての覚悟を問われると同時に、自分ならびに母親が抱えてきた秘密、そしてこれまでの人生を直視することへと繋がっていく。 虚構と真実が交錯して炸裂するかのような、息詰まる、迫真のストーリィ。 小説のジャンルによっても違うのでしょうけれど、<私小説>となるとここまで自分自身を追い詰めなくてはならないのか、と圧倒される思いがします。 ※本書における令央の苦闘、どこまで桜木さんの実体験が反映されているのかと思うと、興味尽きません。 |
「ふたりぐらし Un homme et une femme」 ★★ | |
2021年03月
|
映写技師の信好と看護師の紗弓という、30代の夫婦を主人公にした連作短編。 この夫婦にはいろいろ問題が、悩みがあります。 信好にろくな収入はなく、生活は紗弓の給料に頼り切り。 認知症が出ているものの一人暮らしの信好の母。一方、紗弓は信好との結婚に反対されたことから、両親から遠ざかっている。 35歳という年齢は紗弓にとって課題ですが、今の収入状況で子供を持つことに不安・・・等々。 そんな夫婦の日常が、伸好、紗弓、それぞれを語り手にしながら短篇小説という形式で綴られていきます。 桜木さんにしては珍しい、地味なストーリィ。 でも一つ一つの出来事を大きなドラマにして仕立てようとすればできることでしょう。 でも今回、桜木さんはそうせず、ぐっとドラマを抑え込んで、誰もが日々送っている、ありふれた日常ストーリィに仕立て上げています。 映画やドラマチックな小説は一定期間の出来事に過ぎません。でも日常は、それが終わった後も生涯続いていく。 本書で桜木さんが描いたのは、2人がともに過ごす、ずっと共に過ごしていきたいと願う日常に他なりません。 だからこそ、信好と紗弓の2人が、2人が共に過ごす時間が、その時間の積み重ねが、とても愛おしい。 良い作品に出逢えた、そんな読後感です。 こおろぎ/家族旅行/映画のひと/ごめん、好き/つくろい/男と女/ひみつ/休日前夜/理想のひと/幸福論 |
「光まで5分」 ★ | |
2021年12月
|
吹き流されて沖縄に行き着いた、というような女と男の物語。 主人公であるツキヨ・38歳は、北海道に生まれ、今は沖縄に辿りついて、沖縄にやってきた若い女たちが一時的に身体を売って金を稼ぐ売春宿「竜宮城」に居ついている。 幼い少女の時期に義父から悪戯されていたことに始まり、身体で世を世を渡っていく方法しか知らない女性。 そのツキヨが出会ったのが、訳ありで逃げてきて、死んだという体裁をとっている元歯医者の万次郎。 その万次郎の近くに侍っていようとするのが、ヒロキという青い眼をした青年。 「光まで、5分かな」とつぶやいたのが、そのヒロキ。 その3人に、どこか如何わしい南原という地元の中年男、ヒロキが慕う「おばあ」が絡むのですが、要は、どこまでも流されていくしかない女と男を描いた物語、と言って良いのだろうと思います。 ただ、同じような境遇だとはいっても、なんだかんだ言いつつ、やはり男性より女性の方がしぶといのかもしれません。 本書読了後、そろそろ桜木紫乃さんの作品世界からもう離れてもいい時期に至ったかな、と感じた次第です。 |
「緋の河」 ★★ | |
2022年04月
|
カルーセル麻紀さんをモデルにした、長編フィクション。 主人公は平川秀男、釧路育ち。 子供の頃からきれいな女の人に憧れ、ずっと女言葉。その所為で馬鹿にされ、シカトされるが、秀男はめげない。 やがてノブヨという、やはり除け者にされている女子同級生という友人を手に入れ、2人で互いの夢を膨らませる。 やがて札幌に出てゲイバーに勤め、様々なゲイたちと知り合う。そして、ついには大阪へ出て・・・・。 小中時代から高校、そしてたった一人で社会に出て道を開いていく。大阪のゲイバー勤め時代に名前が売れ、ミュージックショー出演、そしてTVから声を掛けられる・・・・という迄を描いたストーリィ。 カルーセル麻紀さんがTV等に登場してきた頃、まだ子供でしたからきちんとした認識はできていませんでしたが、リアルタイムで彼女を観ていました。 今さらという思いも浮かびましたが、考えてみれば今人気を得ている“オネエ”キャラたちの先駆者というべき存在で、その中で堂々と自分を通していくのは、さぞ苦労が多かったことだろうと思います。 前半は、少年時代。周囲から理解されない中、秀男の理解者である2歳上の姉=章子と親友ノブヨを除けば、四面楚歌と言って良い状況でしょうか。そうした中で、周囲に抵抗し、徹底的に意地を張り続ける。その強さには圧倒されます。 そして、ゲイバーという舞台を渡り歩く後半は、自分の力で運命を切り開いていく姿が描かれ、まさに快男児?といった痛快さを覚えます。 本作については、主人公の秀男、すなわちカルーセル麻紀さんの辿った足跡に圧倒されるばかりです。 こうした表現を口にして良いのだろうかと思うものの、すこぶる面白い一級品のエンターテインメント、であることに間違いありません。 ※なお、カルーセル麻紀さんと桜木紫乃さん、釧路の中学校で先輩・後輩の間柄になるのだそうです。 |
「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」 ★★☆ | |
2023年12月
|
主人公の名倉章介は20歳、釧路のグランドキャバレー「パラダイス」でバイト、住居は老朽化した寮に独り住まい。 父親はろくでもない博打うちで、母親も章介も苦労三昧。その父親に売られるようにして中学卒業後住み込んだ左官屋働きは半年も持たず、パラダイスの下働きとして雇われてからもう4年。 元凶だった父親がやっと死んだと思ったら、母親は父の骨壺を章介に遺し、姿を消してしまう。 何の希望も欲も持たず、ただ居られる場所に留まっているだけ、というのが章介の今の生活。 そんな章介の気持ちに変化をもたらしたのは、年末年始の一ヶ月間、店が新たにショー担い手として呼んだマジシャンと歌手とダンサー。 「世界的有名マジシャン」「シャンソン界の大御所」「今世紀最大級の踊り子」という売り文句に反し、現れたのは野太い声の大男であるのに女言葉の歌手<ソコ・シャネル>と、冴えない小男のマジシャン<チャーリー片西>に、無表情のおばさんストリッパー<フラワーひとみ>。 客から怒声を浴びせられるのではと懸念したが、いざショーとなれば意外や意外に芸達者。 その3人、ボロ屋の寮に泊まり込んできたことから、章介との共同生活が始まるのですが・・・。 上記3人、とても順調な人生とは思えないのですが、それでも生き抜いていく力強さに満ちています。 章介に遠慮ない言葉を浴びせたり、強引にお節介を焼いたりもしてきますが、それによって章介の心を揺さぶっていく。章介が、自分の意思で生きていこうと思うようになるまで。 こうしたストーリィに、寂寥感のある釧路という街は、如何にも似つかわしい。 そして、章介が経験した3人との共同生活は、章介の人生において最も幸せな時間ではなかったかと思えるくらい。 この、底辺と言えるような日々の中での充足感、深い味わいは、桜木さんしか描けないものでしょう。 お薦め。 |
「孤蝶の城」 ★★ | |
2025年04月
|
カルーセル麻紀さんをモデルにした大作「緋の河」の続編。 本巻は、秀男がモロッコで、男性器切除・膣造手術を受ける処から始まります。 とにかく本ストーリィ、壮絶という一言に尽きます。 上記手術の予後の酷さにも驚かされますが、それ以後の秀男の生き方が凄まじい。 性別適合手術をしたからといって、秀男が女性になれた、という訳ではない。むしろ、男でも女でもない化物になったと自ら自嘲します。 そして客たちもそれを面白いといって群がる。 普通だったら見せたくない、隠したいと思うようなことを、逆にさらけ出し、それを見世物にして“カーニバル真子”という存在を売り続けていこうというのですから、凄い。 まさに、身体そして心から血を流し続けるような歩みだったのではないかと、絶句、圧倒されるばかりです。 そうしたストーリィではあるものの、ずっとそればかりという面も否めず。そのため、途中、辟易もします。 通常の小説であれば、苦闘があれば、それに伴う成長、進展もある筈なのですが、本ストーリィにはそれがない。 つまり、ずっと闘い続けるばかり、その闘いに終わりがない。 それこそ壮絶というべき人生なのではないか、と思います。 ただ、そうした先駆者としての闘いがあったおかげで、後に続く人たちはかなり助けられたことだろうと思います。 秀男の生き方の壮絶さばかりに目を奪われがちですが、秀男だって一人だけでは生きていけない。 気の置けない仲間と呼べる人物の存在も必要ですし、姉の章子のように寄り添ってくれる人物の存在も欠かせなかっただろうと思います。 なお、途中、藤圭子がモデルと思われる後輩歌手が登場します。また、麻薬所持で逮捕(結果的には不起訴)されたエピソードも描かれており、最後まで興味は尽きません。 ※カルーセル麻紀さんがTVに度々出演していたころ、私は中学〜高校生辺りだったでしょうか。綺麗な人と思うだけで、性別についてはとくに気にしていなかったように覚えています。 1.モロッコへ/2.女の体/3.傷口に射精/4.遠くはなれて/5.シャンパンの泡 グラスの底/6.謝肉祭! |
「ヒロイン The heroine」 ★☆ | |
|
娘をバレエ教室の宣伝等にしようとした母親から逃れた主人公=岡本啓美(ひろみ)が身を寄せたのは、新興宗教団体<光の心教団>。 しかし、その教団が追い詰められた時、啓美は幹部男性に連れられて教団施設の外へ出て、都心の渋谷まで。 まさかそれが、当の幹部男性=貴島紀夫による毒ガス散布行動への同行だったとは。 何も知らないままにテロ事件の実行犯として指名手配されるに至った啓美は、それから17年間にわたる逃亡生活を送ることになります。 啓美の、その17年間にわたる人生は、その時々の状況に流されるままだったように感じます。 でもそれが偽物の人生だったかというと、そうは思えません。 啓美のことを指名手配中の犯人と知って匿い、生活を共にした人たちがいたのですから。 啓美に愛情を注がず、利用するだけだった母親より、それらの人々との生活の方がどれほど、人と人ととしての触れ合いがあったことか。 しかし、救われる当てのない逃亡の年月を描くストーリィを読むのはしんどく、楽しいものではありません。 果たしてこの17年間にわたる啓美の生活に、どんな意味があったのでしょうか・・・。 プロローグ/1.半醒/2.母と娘/3.鬼神町/4.カラスウリ/5.悔恨の記/6.産声/最終章.罪の名前 |
桜木紫乃作品のページ No.1 へ 桜木紫乃作品のページ No.3 へ