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1.十七八より 2.本物の読書家 3.旅する練習 4.皆のあらばしり 5.パパイヤ・ママイヤ 6.それは誠 7.二十四五 |
1. | |
「十七八より」 ★★ 群像新人文学賞 |
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2022年01月
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デビュー作。 芥川賞候補となった「二十四五」の前にあった作品。 同作を読んだ時、主人公と亡叔母の関係が判らないままだったのが気になり、読んでおこうと思った次第です。 主人公の阿佐美景子は高校生。 男性体育教師から執拗につきまとわれる等、他の生徒とはちょっと違う処があるのかもしれない。 一方、叔母の阿佐美ゆき江は、実父が経営する眼科病院<あさみクリニック>で看護助手や医療事務を担っている。美人でもなく背も低く、老けて見えるゆき江は、外見面で主人公とは対照的ですが、文学には通暁しているらしい。 何かと難しい性格のこの主人公、叔母にだけは本音を曝け出しているようです。 語り手によって主人公は「あの少女」と表現されていますが、その語り手が誰なのかといえば、成長した後の主人公本人であるらしい。 つまり、高校生当時の自分と叔母との関わり様を、後日になって客観的に見直している、という設定。 当時と語り時点、叔母と主人公との間には様々な思いが行き合っていたのではないか、と想像されます。 敢えて文章にしないその辺りが本作の興味どころ、と感じます。 |
2. | |
「本物の読書家」 ★★ 野間文芸新人賞 |
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2022年07月
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「本物の読書家」は、大叔父が老人ホームに入居するに当たり、その最寄り駅まで送っていくことを言いつけられた主人公=間氷が遭遇した、その途中、車内での出来事。 その大叔父は、川端康成からの手紙を持っているというのが親戚中の噂。途中の車内で間氷にそのことが打ち明けられるのか。 ところが、車内で隣り合わせた30代らしい恰幅の良い男、主人公と大叔父に遠慮なく話しかけてきます。 その男、相当な読書家なのか。有名な小説家の誕生年月日をすらすらと答えます。そして話題は数々の有名作品を経て、川端康成へと。そこで大叔父が明らかにしたのは、驚くべき事実・・・。 「未熟な同感者」は、大学文学部のあるゼミが舞台。 サリンジャーの手紙等について講義するその先生、何故かいつも講義中にトイレへと席を外す。 一方、主人公の阿佐美は、同じゼミ員である美少女=間村季那と親しくなるのですが、彼女には不思議なところもあり。 ストーリィは、ゼミでの現実と合わせるかのように、サリンジャーや二葉亭四迷らの著述断片がコラージュとして数多く挿入されています。 私自身、川端康成やサリンジャーは余り入れ込んだ作家ではないということもあって、ストーリィへの興味は今一つといったところ。 それでも前者については、登場人物3者の思いがそれぞれ微妙に絡み合う展開が少々スリリングで、結構面白かったです。 それに対して後者、伝えようとしているのはこういう処かなと感じたものの、今一つ読みこなせなかったという思いです。 本物の読書家/未熟な同感者 |
3. | |
「旅する練習」 ★★ 三島由紀夫賞 |
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2024年01月
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中学受験が終わったサッカー好きの姪と小説家の叔父というコンビが、利根川堤防沿いに徒歩で、千葉県の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅を描いた作品。 元気な姪の亜美はサッカーボールをドリブルしながら、小説家である私は途中、思いついたことを書き留めながら、というロードノベル。 徒歩というのは勿論大変そうですが、同時にいかにも楽しそうです。 私も元々独身時代の一人旅では、行った先で長く歩くことを好んでいましたが、列車やバスあるいは車と違って、歩いて目にする景色は全く別のものがあります。 この2人の旅も、まさにそうしたもの。 ロードノベルとなれば、見慣れぬ景色への興奮があったり、思わぬ出会いがあったりするものですが、その点は本作も変わりありません。 こうした旅を経験できたこと、経験させてくれる親しい叔父がいること、何と亜美という女の子は幸せなことか、と感じます。 それなのに、最後の頁は・・・。 ただ、そのことによってこの旅が、輝きを増すように思えます。 |
4. | |
「皆のあらばしり」 ★★☆ |
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なんとなく面白い・・・読み終わって思わずニヤリとしたくなる面白さ、と言うところでしょうか。 主人公は歴史研究部に属する高校2年生(浮田)。 栃木駅からかなり離れた皆川城址、部活動のため訪れた主人公はそこで、長期出張の会社員だというがうさん臭いところのある男に出会います。 ところがこの男、歴史をはじめ諸々のことにとても詳しい。 主人公、大阪弁で口八丁といった感じの男に翻弄され、その言葉に篭絡されたようです。 いったいこの男の正体は? そしてその狙いは? 本ストーリィ、登場人物は僅かに3人だけ。 歴史研究部の後輩である竹沢という女子が一度登場するだけで、半年間にわたり、主人公と男のやりとりだけで本ストーリィは成立しています。 その意味で本作は、2人の対話劇か、いや対決劇かも。そしてその内容はと言ったら・・・ミステリ? そしてその男がついに口にしたのは、どこにも記録されていないのだという小津久足(実在の人物)の著作「皆のあらばしり」のこと。 おいおい高校生、小隊の正体のよく分からない男の口車に乗っていいのか?と思う処。 最後はどういう展開になるのか。その結末が、喝采したくなる程面白い、痛快です。 歴史を探る面白さと、ミステリ風味と、高校生と男の対決劇といった面白さ。 読み手の好み次第とは思いますが、お薦め。 |
5. | |
「パパイヤ・ママイヤ」 ★★☆ |
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2024年06月
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SNS上で出会って気が合い、ハンドル名も揃えたパパイヤとママイヤは、共に17歳。 ママイヤが示した木更津の<小櫃川河口干潟>にパパイヤがやって来て、17歳の夏、2人は初めて会います。 それから2人は、流木が折り重なる“木の墓場”で週に一回会うようになり、親しさを増していきます。 当初こそ似通った2人という印象ですが、実は状況においてまるで違うことが明らかになっていきます。 それでも、2人が繋がり合う、というところが注目点。 パパイヤは運動の得意なバレーボール部員ですが、父親はアル中で生活は綱渡り状態。 一方、ママイヤは芸術家兼翻訳家であるシングルマザーの母親に振り回されっ放しで・・・・。 この2人の関係が実に良い! 学校の仲間たちには話せないことも、ママイヤに対して、パパイヤは正直に口に出すことができた。 一方、ママイヤはパパイヤに話せなかったことを、最後は見破られるようにして打ち明ける。 2人がこの夏、一緒に過ごした時間、それはどんなに豊かだったことか。2人にとっては忘れ難い、これからの人生に向かって転機となる時間だったのではないでしょうか。 2人の、互いに殻を脱ぎ捨てたような、素直な姿が瑞々しい。 ※2人の前にちょっと顔を出す、「所ジョン」と呼ばれるホームレス老人の存在が良いアクセントになっています。 ※全く異なる作品ですが、ジーン・ポーター「そばかすの少年」におけるボーイミーツガールの場所は、リンバロストの沼地。一方、本作はガールミーツガールで小櫃川河口干潟。 個人的に、何か時代の移り変わりを感じる気がしました。 |
6. | |
「それは誠」 ★★☆ |
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修学旅行で東京へ行った高校生たち、その旅行期間中に彼らがしたちょっとした冒険を描くストーリィ。 修学旅行中、事前に計画書を提出、各自GPS携帯という条件はありながら、1日だけチーム毎の自由行動が許されます。 C組第3班は、男子4人・女子3人というチーム構成。 各自からいろいろ案が提出されますが、主人公の佐田誠は行きたいところがあると、単独での別行動を主張します。 その事情を聞いた他のメンバー、女子3人が了承し、男子3人が誠に同行することになり、教師たちや他の生徒たちに遭遇しないよう、誠の目的地である<日野>へ行く、ちょっとした冒険が始まります。 しかし、メンバーの内にはこの違反行動がバレるとヤバイことになる特待生もいて・・・。 あちこちの観光場所へ行くのも良いでしょう、でもこうした小さな冒険こそ、何ということもない場所行きだからこそ、ずっと記憶に残る思い出になるのではないでしょうか。 実際、特に親しいという訳でもない男子生徒たちの間で、お互いに知らなかった面が現れ、お互いにちょっと近づくことになるのですから。 終盤、ぐっと惹き込まれるのは、予定外の事態になってから。 男子たちの行動に加え、女子たちも動きだす処が楽しい、そして嬉しい。 何とも、胸に気持ち良さが残り、心が弾んでくる高校生たちのストーリィ。 そうした日々、そうした出来事がとても愛おしい。 |
7. | |
「二十四五」 ★★ |
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第172回 芥川賞の候補となった作品。 就職したばかりの弟=洋一郎が幼馴染みの弥子と結婚、その披露宴を二人の思い出の地である仙台で行うとしたことから、両家の両親、そして主人公(阿佐美景子)、二人の友人たちもわざわざ仙台へ。 しかしその中で主人公だけは、別の目的も持っていた。 それは五年前に亡くなった叔母(ゆき江)と一緒に行く筈であった場所を巡ること。 具体的な事情ははっきりしませんが、親族の中で主人公だけは、叔母と深い繋がりを持っていたらしい。 新人賞を受賞して作家デビュー、その後も賞を受賞、現在24,5歳になる主人公と、沢山の本を所蔵していた叔母だからこその繋がりか。 思い出というよりむしろ、叔母との繋がりに捉われてしまっているかのような主人公の心を変えるのは、偶然知り合った地元の女子大生(平原夏葵)、彼女との僅か半日程の交流が叔母への想いを昇華させていく。 最初から最後までよく分からず、とも感じる 100頁余の中篇といってよい作品。 でもそこにある気持ちの通い合い、主人公と弟、主人公と亡き叔母、そして出会ったばかりの主人公と女子大生という組み合わせによるやり取りが、気持ちよく伝わってきます。 そうした気持ちの通い合いを大事にしたい、そんな気持ちがする作品です。 |