「狭間の者たちへ」 ★★☆ | |
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「狭間の者たちへ」の主人公は、藤原祐輔、40歳くらい。保険代理店で一応、店長。 しかし、部下管理も店の業績も順調とは言えず、家に帰れば赤ん坊の世話に苛立つ妻から怒声を浴びせられる日々。 そんな状況の中で主人公が求めた癒しは、早番の通勤電車で一緒になる女子高生、その甘い匂いを嗅ぐこと。 まぁ、ストレスが溜まり続ける中、何かに救いを求めたいという気持ちは、家庭持ちサラリーマンとして分かる、という処があります。 しかし、この主人公、少しでも前向きになれるよう努力しているのかと言えば、そこは疑問。 でも、この主人公と自分自身、大きな違いがあるかといえばそんなことはなく、ほんのちょっとした違いに過ぎないと思えます。 ですから、他人事とばかり思えず、リアルに恐ろしい。 新潮新人賞を受賞したデビュー作「尾を喰う蛇」は、総合病院に介護福祉士として勤務する小沢興毅、35歳の独身。 ただでさえキツく、苦労ばかり多い仕事なのに、正規職員は増やしてもらえず、パート職員からのしわ寄せはすべて受けざるを得ない。 とても私には務められるとは思えない仕事ですが、恋人にも去られていて、楽しみもなく、そもそお楽しみに使う時間すらない、という過酷な状況。 救いがないという点では、「狭間の者たちへ」の主人公と同類と言えます。また、自分から動こうとせず、ただ流されているだけという点においても。 しかし、もし自分が同じような立場に置かれれば、主人公と同様の行動をとらずにいられる自信はない・・・。 藤原祐輔と小沢興毅、この先浮かび上がれるのか、それとも深く沈んでいくだけなのか。 それが見当つかないだけに、読後感は重く心に残ります。 狭間の者たちへ/尾を喰う蛇 |
「長くなった夜を、」 ★★☆ | |
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主人公の関本環は38歳、独身、今も実家で両親と暮らす。 以前は幼稚園の保母をしていたが、続けられなくなり、今は派遣社員としてコールセンターに勤める。 そこにデキ婚で家を出た8歳下の妹=由梨が、離婚、幼い息子の公彦を連れて実家に戻って来ます。 昔から両親に反抗し、素行の悪かった由梨。そんな由梨に任せておけないと、環は公彦の世話を熱心にするようになりますが、やがて由梨は公彦を連れて再び家を出ていく。 そしてそこから、環の歯車が狂い始めていきます。 余りに切なくて、胸の痛む気持ちになる作品。 異常な程に抑圧してきた父親、それに従う母親の元、親の言いなりになって生きてきたのが環。 そういう風にして育ち、生きてきた女性がどのような人間になってしまうか、それを具現化したストーリーと言えます。 そんな環が初めて得た、自分の支配下における相手が公彦であり、それが環の救いになったのですが、由梨が家を出てしまったことから、その相手を失ってしまう。 環は、いわゆる「良い子」だったのでしょう。悪いのは父親であることは明らかですが、だからこそ辛い。 異常行動に出た環はこの先どうなっていくのか、それは皆目判りませんが、それでも環のことを心配してくれる人たちが確かにいる、そのことに救われる気持ちがします。 彼らが傍らにいてくれるのであれば、希望は見えてくるのではないでしょうか。 ※親は、子どもに対して支配者になってはいけないと、改めて自省とともに感じる次第です。 |