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12.長いお別れ 13.彼女に関する十二章 14.ゴースト 15.樽とタタン 16.夢見る帝国図書館 17.キッドの運命 18.ムーンライト・イン 19.やさしい猫 20.オリーブの実るころ |
【作家歴】、平成大家族、ハブテトルハブテトラン、エ/ン/ジ/ン、女中譚、小さいおうち、エルニーニョ、花桃実桃、東京観光、眺望絶佳、のろのろ歩け |
うらはぐさ風土記、坂の中のまち |
11. | |
「かたづの!」 ★★☆ 河合隼雄物語賞・柴田錬三郎賞・歴史時代作家クラブ賞 |
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2017年06月
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現在の様な男女均等法時代ではありませんから、女性領主という存在は稀だった時代、奥州南部藩に実在した“女亭主”の祢々(後に清心尼)を主人公にした歴史時代小説。 史実をもとにした作品ですが、そこにファンタジー要素が付け加えられているところが、本書の魅力。 本作品においてはストーリィの語り手が秀逸。 |
「長いお別れ」 ★★☆ 中央公論文芸賞・医療小説大賞 |
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2018年03月
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高齢の父親が認知症、後期高齢者で夫の介護を余儀なくされた妻と、既に独立した3人の娘たちとの家族ストーリィ。 佐江衆一「黄落」の頃はまだ新しい問題だった介護も、今ではごく当たり前の出来事。また、私自身も現在の年齢に至るともはや他人事ではない、という気分です。発症側、介護側、どちらにしろ勘弁してほしいなぁという思いが先立ちます。 主人公の東家、主人の昇平は元中学校の校長、妻の曜子は72歳、今は一軒家で2人暮らし。 長女の茉莉は夫の海外赴任にしたがって息子2人と共に現在はカリフォルニア住まい。次女の菜奈も既婚で夫と息子の3人暮らしですが、比較的近くにいるため曜子が一番頼りにしている。三女の芙美はフードコーディネーターをしていて未だ独身、というのが東家の家族構成。 ストーリィは8章構成。章が進むに連れ、昇平の症状も進んでいるという展開です。 でもそこから感じるのは必ずしも悲惨さではありません。むしろ温かでユーモラスな雰囲気が感じられる程です。どれほど昇平が困ったちゃんになったにしろ、父親を見捨てるあるいは見放すような気配は微塵もないからでしょう。呆けて「やだ」を連発する昇平はまるで手のかかる駄々っ子のようです。 そんな昇平に振り回されながらも(特に妻=曜子の奮闘ぶりは圧巻)、そこにかけがえのない夫、父親に尽くそうとする温かな家族ドラマが感じられます。 話している内容がズレていながら、時に昇平との会話が成り立ってしまうような場面には可笑しさを覚えます。 昇平のことばかりではなく、孫を含めた娘たち家族のことにもドラマはおよび、奥行きのあるストーリィとなっています。 昇平が認知症であることが判明してから10年の長きに及ぶ家族ドラマ。少しずつ記憶を失い、やがて家族であることの認識すら欠いていく昇平と家族との関係は、まさに大事な家族との「長い時間をかけてのお別れ」と言うに相応しい。 読了後は温かな充足感に包まれる家族ストーリィ、お薦めです。 全地球測位システム/私の心はサンフランシスコに/おうちへ帰ろう/フレンズ/つながらないものたち/入れ歯をめぐる冒険/うつぶせ/QOL(クオリティ・オブ・ライフ) |
「彼女に関する十二章」 ★☆ |
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2019年03月
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ミドルエイジを迎えた女性=宇藤聖子の今を描いた日常ストーリィ。 夫の守はフリーの編集者で他に雑文も書いている。今回持ちかけられた仕事は女性論の連載だという。 そこで夫の取り出した本が、伊藤整「女性に関する十二章」。1954年当時ベストセラーになった名エッセイだそうです。本書、何となく聞き覚えのある気がしていたのは、その所為だったかと腑に落ちた次第。 題名、章構成とも「女性」をもじったものと思いますが、片やエッセイであるのに対し、本書は長編小説。 また、女性の地位も姿勢も随分と変わったものと思います。 その聖子、閉経が気になるお年頃ですが、夫の収入が減るといっても自分も税理士事務所でパート仕事をしているし、一人暮らしをしている大学院生の息子についても心配も結婚できるのか?という程度のことで生活は一応安定。 もはや刺激もなく面白みのない生活かと言えば、仲の良い義弟の小次郎こと保はゲイでその行動は予想外ですし、亡き初恋相手の息子が聖子にしきりと声をかけてきたり、派遣先のNPOで奇妙な中年男性と出会ったり、さらに・・・と思わぬ事態に巡り会います。 ミドルエイジになってもまだまだ面白いことはある、明日何があるかなんて分らない、と勇気づけてくれるストーリィ。 ただし、女性なら共感をもっと覚えるかもしれませんが、男性の私としては今一つの処あり。 1.結婚と幸福/2.男性の姿形/3.哀れなる男性/4.妻は世間の代表者/5.五十歩と百歩/6.愛とは何か/7.正義と愛情/8.苦悩について/9.情緒について/10.生命の意識/11.家庭とは何か/12.この世は生きるに値するか |
「ゴースト Ghost」 ★★ |
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2020年11月
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ゴースト、つまり幽霊話、7篇。 幽霊と言うとついホラーといった印象を受けてしまうのですが、本書ストーリィはどれも温かい。 人間的な幽霊たちの姿をそこに見ることが出来ます。 幽霊だって、人間!なんだ、という処でしょうか。 ・「原宿の家」:50代の男性が大学生時代に出会った幽霊の話。幽霊にとっては忘れ難い思いが残っていたのでしょうけれど、男性にとっては青春期の思い出か。 ・「ミシンの履歴」:物言わぬ、古道具屋にあるミシンのこれまでの経歴が語られます。 ・「きららの紙飛行機」:その日がくると一日だけ幽霊になって出現するケンタと、偶然出会った貧しいが健気な女の子=きららとの温かな交流ストーリィ。 好いなぁ。ケンタときららの交流に熱い感動を覚えます。 ・「亡霊たち」:幼い頃からずっと世話してきた曽祖父の仙太郎から千夏が受け継いだものは・・・・。 ・「キャンプ」:2人の男の子と乳飲み子の女児を連れて逃げていたマツモト夫人。女児を喪ってしますのですが、さてこのキャンプ地とは・・・・。彼女と子供たちのことを思ってホッとさせられる思いです。 ・「廃墟」:台湾からやってきた旅行記作家の女性は、廃墟が好きだという・・・。 ・「ゴーストライター」:ゴーストライターを務める編集プロダクションに入社した工藤てるみ。ある日、編集長に連れて行かれた小料理屋で出会った人たちは・・・。 何とも温かくてユーモアも感じられる短篇集、素敵です。 とくに「きららの紙飛行機」の温かさ、「ゴーストライター」の軽妙なユーモアが好きです。 1.原宿の家/2.ミシンの履歴/3.きららの紙飛行機/4.亡霊たち/5.キャンプ/6.廃墟/7.ゴーストライター |
「樽とタタン」 ★★ | |
2020年09月
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共稼ぎの両親が娘の世話に困っている時、近くの喫茶店の店内隅に置いてある樽の中に入ってじっとしているのが好きと気付かれてから、彼女は毎日小学校の帰り、その喫茶店に寄って母親が迎えに来るまでそこで過ごすのが日課になります。 常連客である老小説家が、洋菓子のタルトタタンに引っ掛け、樽とタタンと呼んだことから、彼女は常連客らから「タタン」と呼ばれるようになります。 そのタタンが、腹に穴の開けられた樽の中に入り込み、高学年になってからは椅子に改造されたそこに座り込んで過ごした、12歳でその町を引っ越すまでの、喫茶店での思い出を連作ストーリィ風に語った作品。 騒がしくなく、落ち着いていて、マスターと常連客たちによって醸し出されるその雰囲気が、何と素敵なことか。 そんな雰囲気の中で学校後の時間を過ごし、常連客たちと言葉を交わし、彼らが語る話に耳を傾けた日々、まるでメルヘンのような思い出となったのではなかったか。 少女には理解できない大人の話もありますけれど、小説を読むにしてもそんなことは幾度もあったこと、貴重な思い出になるうえで何の支障もなかったことでしょう。 古き良き時代の喫茶店、語らいの楽しみ、幼い頃の忘れ難い思い出、そんな良さが詰まったプレゼントのような一冊です。 「はくい・なを」さんの一日/ずっと前からここにいる/もう一度、愛してくれませんか/ぱっと消えてぴっと入る/町内会の草野球チーム/バヤイの孤独/サンタ・クロースとしもやけ/カニと怪獣と青い目のボール/さもなきゃ死ぬかどっちか |
「夢見る帝国図書館」 ★★☆ 紫式部文学賞 | |
2022年05月
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主人公の「私」が「喜和子さん」と出会ったのは15年前。 私は小説家を目指す30代半ばのライター、喜和子さんは60歳くらいの年配女性だった。 友達となった私は喜和子さんから、自分の代わりに帝国図書館を語る小説「夢見る帝国図書館」を書いて欲しいと託されます。 主ストーリィの合間合間に、帝国図書館を擬人化してその歴史を辿る「夢見る帝国図書館」が計25篇挿入されています。 その25篇には、所蔵本を閲覧しようと帝国図書館を訪れた数多くの小説家が登場します。その名前を辿るだけでも楽しく、また興味深い。 そして並行して、私と喜和子さんの交流が描かれ、そして喜和子さん死去後は、喜和子さんの人生に隠された謎を解き明かそうとするミステリ的な展開へと進みます。 喜和子さんは、男尊女卑の婚家に我慢がならず、娘の大学入学を機に宮崎から東京へと出奔したという経歴を持つ女性。 その自立心、挑戦意欲、自由な精神は、一人の女性像として魅力に富んでいます。 しかし、その喜和子さんは何故帝国図書館にそれ程こだわっていたのでしょうか。 その謎解きの面白さはミステリ作品を超え、またその後明らかになった真相には溢れる感動を覚えます。 冒頭では、ちょっと変わったおばあさんという印象だった喜和子さんですが、最後ではいたいけな少女だった頃の姿が瑞々しく浮かび上がります。その姿はとても鮮烈です。 図書館の歴史と図書館を愛する人の人生を、秀逸な構成を以て描き出した佳作。 是非お薦めです。 ※帝国図書館、太平洋戦争以前は日本で唯一の国立図書館。1949年に国立国会図書館に統合され、2000年からは国立国会図書館子ども図書館として存続している由。 |
「キッドの運命」 ★★☆ | |
2022年10月
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中島さん初の近未来小説とあって、どういった作品になるのかと興味津々でしたが、読む進むにつれて予想外の面白さでした。 なお、単に面白いというだけではなく、現代社会の延長として必然的に到来するであろう近未来社会に対する警告メッセージを感じさせる作品になっています。 私にとって未来社会を描いたバイブルと言っても良い作品は、オルダス・ハックスリー「すばらしい新世界」。 本作を読み進む中、必然的に同作が連想されました。 両作には共通するところが多々ありますが、ハックスリー作品が当時としては空想的であったのに対し、本作は必然的な近未来の姿という面が顕著です。 同時に、それで良いのかという警告、近未来以前の生活に戻ろうという流れも描いていて、ハックスリー作品の後継作品という印象を強く持ちます。 これからの社会のあり様を考えるうえで、是非お薦めです。 ・「ベンジャミン」:父親が園長を務める動物園にいるベンジャミンは、珍しい動物。DNAから復元された絶滅種=フクロオオカミなのだという・・・。 ・「ふたたび自然に戻るとき」:新しく就いた廃墟マンション管理の仕事。そのタワーマンションにかつて住んでいた鳥類研究者はカラスとの間で友情を結んだという・・・。 ・「キッドの運命」:アジアの国家情勢が様変わりした今、キッド暮らす日本に現れた美女テルマの目的は? ・「種の名前」:ミラが久しぶりに会う祖母の田舎暮らしはどんなものなのか? 初めて味わうその暮らし方にミラは驚愕。 ・「赤ちゃん泥棒」:予定外の妻の妊娠。喜ぶ主人公に対し、妻は反発。その結果は離婚・・・さらに何と・・・。 ・「チョイス」:健康を徐々に失わせていくサプリメントの意義とは? 私としては「種の名前」「赤ちゃん泥棒」が特に印象的。 ベンジャミン/ふたたび自然に戻るとき/キッドの運命/種の名前/赤ちゃん泥棒/チョイス |
「ムーンライト・イン Moonlight INN」 ★★ | |
2023年12月
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失職して自転車旅行中の栗田拓海、雨に降られて辿り着いた先は元ペンション<ム−ンライト・イン>。 その建物には老主人の中林虹之助(70代)の他、車椅子の老女・新堂かおる(70代)、家事全般とかおるの介助を担当している津田塔子(50代)、元気で明るく母国のフィリピンでは看護師資格をもつマリー・ジョイ(20代)が暮らしていた。 何故か皆が皆、拓海を警戒するよう。3人の女性たち、それぞれ訳ありで何かから逃げている身なのか。 修理中の屋根から転落して踵骨骨折をした拓海は、否応なくここに滞在し続けることになります。 そして、拓海の前に、彼女たちそれぞれが抱え込んでいる問題が明らかになっていきます。その結果は・・・・。 シェアハウスのようにして暮らす女性たち、虹之助や拓海も含む群像ドラマと言って良いストーリィ。 各人の年代や置かれた状況がバラバラだけに、謎解き要素も加えて面白く読み進められますが、それぞれが抱えている問題は現代日本社会を象徴するようなものばかり。 老人介護の問題だったり、親子の断絶、ワーキングプア、そして外国人の就労問題と。 それらの問題を抱える登場人物たちにとってここは理想的な居場所のように感じられますが、所詮はほんの一時期、身を寄せるだけの場所だったのでしょうか。 それでもやはり、身を潜めているよりは、前に向かって足を踏み出していくべきなのでしょう。 最後はちょっと拍子抜けする処もありますが、収まるべきところに収まった、という収束感あり。 |
「やさしい猫」 ★★★ 吉川英治文学賞 | |
2024年07月
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主人公のマヤは3歳の時病気で父親を亡くし、それ以降は保育士として働く母=ミユキさんと二人暮らし。 マヤが小4の時、ミユキさんは偶然にも、1年前東日本大震災のボランティア活動で出会ったスリランカ人のクマ(クマラ)さんに再会。それから度々出会いを重ねた2人は親密化、マヤも交えてひとつ家族らしい関係を築いていき、一時の危機も乗り越えて2人は結婚に漕ぎつけるのですが、3人を苦難のどん底に落としたのはクマさんが不法滞在(オーバーステイ)で警察に逮捕、東京出入国在留管理局に収容されたことから。 当初は、母親が8歳も年下の外国人と再婚することになった故のアタフタしながらも温かな家族ドラマと思っていたのですが、途中で一転。 そこから読者は、不法滞在者らに対する入管局の非人間的、かつ人権を蹂躙するような取り扱いに、マヤやミユキさんらとその尽きない苦しみ、怒りを共にしていくことになります。 スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが、名古屋入管局の収容所内で死亡した事件で、私たちにもその実態の酷さが報道で知らされました。しかし、改めてごく平凡な家族の身に起きた出来事として綴られていくと、どれだけ胸が痛むことか。 とにかく、入管局職員の裁量ひとつで決まってしまう、収容期間の定めがない、ということが酷い。まるで全員が極悪な犯罪者といったような扱いです。 入管局の職員たち、外国人の中には犯罪者がいるかもしれない、それなら全ての外国人をシャットアウトしてしまえば問題ない。そして、厳しく問い詰め、反駁を一切許さず、酷い扱いの手を弛めなければ、日本にいるのがもう嫌になって帰国するかもしれない、そこまで追い込めばいい、と考えているのかもしれません。それが日本のためになると。 でも実際は、それが日本の信用を傷つけ、日本に対する国際的な評価を落としていることを認識してもらいたいと思います。 人権とは、日本人に対してだけ守れば良いものではなく、国籍を問わず人皆に対して守られるべきものなのですから。 それは難民申請についても言えること。 日本における深刻な課題を身をもって疑似体験することができるとともに、ひとつ絆で結ばれた家族の真摯な物語を味わうことのできるストーリィ。 是非多くの人に読んでもらいたい佳作です。 1.カレーとミルクティー/2.やさしい猫/3.将を射んと欲すれば馬/4.三回目のプロポーズ/5.疑惑/6.ハピネス/7.菩提樹の木の上で/8.審判/9.大仏/10.ハムスター先生/11.東京ディズニーシー/12.国境/13.ほんとに残酷な現実/14.反撃/15.大仏を見上げる/16.バーの中で/17.きみの名前 |
「オリーブの実るころ」 ★★ | |
2024年10月
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結婚、離婚という当事者=男女の紆余曲折を描いた6篇。 紆余曲折といっても各篇、難しいドラマが展開される訳ではありません。 むしろ日常的な感覚でさらりと読めてしまうストーリィばかり。 とはいえ、意味深なストーリィもあったりしますから、油断怠るべからずと心しておくべきでしょう。 6篇中、5篇が離婚した後の物語。 今や離婚は珍しいことではなく、それが望ましいことなら躊躇うべきではない、ということなのでしょう。 ・「家猫」:元夫とその母親側が見ていたものと、元妻側が見ていた景色の何と異なることか。そういうことは多いのだろうなぁと反省も含めて得心。※最後のオチがお見事。 ・「ローゼンブルクで恋をして」:母親が先に逝き一人暮らしとなった父親が連絡不能になったと思ったら、市会議員候補のシングルマザーの追っかけをしていたとは! その理由がまた微笑ましい。 ・「川端康成が死んだ日」:川端康成との偶然の出会いが離婚のきっかけ? とんだところで登場したものですね、川端さん。 ・「ガリップ」:夫婦とコハクチョウの三角関係? これはもうホラーでしょう。 ・「オリーブの実るころ」:隣に住む老人が秘めていたのは、思いも寄らぬ大恋愛ドラマ。どっぷり読ませられます! ・「春成と冴子とファンさん」:デキ婚が決まったハツ、宙生の両親が離婚しているため別々に挨拶に出向くのですが、義父となる春成、義母となる冴子さんとそのパートナーである中国人のファンさん、それぞれとのやりとりが愉快で楽しい。 この最後を飾る篇のお蔭で、気持ち好い読後感に染まることができました。 家猫/ローゼンブルクで恋をして/川端康成が死んだ日/ガリップ/オリーブの実るころ/春成と冴子とファンさん |
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