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1.1ミリの後悔もない、はずがない 2.愛を知らない 3.全部ゆるせたらいいのに 4.9月9日9時9分 5.悪と無垢 6.彼女がそれも愛と呼ぶなら 7.結論それなの、愛 |
「1ミリの後悔もない、はずがない」 ★★☆ I have no regrets whatsoever... that cannot be true. |
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2020年06月
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R-18文学賞読者賞を受賞した「西国疾走少女」を含む連作5篇を収録したデビュー作。 「西国疾走少女」は、訳ありで貧しい母子家庭に育つ女子中学生の由井が主人公。 学校では貧乏ったらしい服装ということで除け者扱い、帰宅しても父方の叔母からお前たちの所為で実父は人生を損なったと責められる日々。 そんな絶望しても不思議ない状況の中、由井を救ったのは、桐原という男子同級生に対する恋心。それもあってか、ミカ、金井という同級生とも親しくなり、桐原を含めた親しい仲間を得ることができます。 由井は桐原への恋を大事に育てていきますが、それは桐原側でも同じ。2人の初恋が実った後、桐原が自分を大事にしてくれたという思いが、その後の人生において由井を勇気づけてくれた、というストーリィ。 初恋の甘酸っぱさと、人生を乗り越えていく勇気を勝ち得たという、女子中学生ストーリィ。 清純で、それでいて力強い美しさに溢れている一篇。 しかし、本作はその一篇に留まりません。それから繋がる4篇によってひとつの連作ストーリィに仕上がっているのですが、そのどの篇をとっても、確かな手応え、速やかに読者を惹きつけて離さない文章力、構成力が感じられて、素晴らしいの一言。 ・「ドライブスルーに行きたい」:由井の友人だった林ミカが主人公。大学卒業後いろいろあって今はフリーター、そのミカが、中学当時憧れの的であった高山先輩に偶然再会するのですが、現在の2人は今・・・・。 ・「潮時」:由井の夫である雄一が主人公。乗った航空機の異変に、由井と河子(かこ)に思いを馳せると共に、自分のこれまでを回想します。彼もまた辛い境遇で育った過去あり。 ・「穴底の部屋」:泉という主婦が主人公。その彼女の浮気相手が高山。恵まれた環境にありますが、幸せな生活を取りこぼしそうになっているという点で、由井らと対照的。 ・「千波万波」:主人公は由井の娘で中一女子の河子。クラスで除け者になり学校に行きたくなくなり。ママである由井と一緒に青春18キップを使っての旅に出ます。最後に行ったのは九州、由井がお礼を言いたい相手がいるという場所。 そこで由井が再会した相手も、もう一人の主人公。 いやー、どの篇も実に見事でした。読み終えた時の満足感に、唸らされた気分です。 一木けいさんの今後の活躍に期待大! 西国疾走少女/ドライブスルーに行きたい/潮時/穴底の部屋/千波万波 |
「愛を知らない」 ★★★ | |
2021年09月
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高校2年の合唱祭。 実行委員である青木優がアルトとバスのソロを募ったところ、バスに立候補したのがヤマオ。そのヤマオがアルトとして推薦したのが、千葉橙子。 しかし、その橙子、クラスきっての問題児。授業はサボるし、約束は平気で破る等々。そして、主人公である僕(涼)にとっては大叔母=芳子の娘という、親戚関係にある幼馴染み。 橙子の行動に振り回される、涼、ヤマオ、青木の3人。しかし、ヤマオの橙子に対する信頼は少しも揺るぎません。一体何故なのか。ヤマオと橙子の間には何があったのか。 やがて僕は、橙子が愛着障害であること、橙子の複雑な事情を知ることになります。 「愛を知らない」という本書の題名に、どれほど深い意味があるか、それは本書を読んで初めて判ることです。 それらの全てが明らかになる終盤は、まさに圧巻!の一言。 どちらも非難することはできません。その心の底には、お互いに愛を求めたいという切ない思いがあったのですから。 最後、高校生たちの友情が新たな希望を生み出したこと、新たなスタートを生み出したことに、清新な感動を覚えます。 一木けいさん、デビュー2作目にしてこの質の高さは凄い! 是非、お薦めです。 |
「全部ゆるせたらいいのに I wish I could forgive every thing」 ★★ | |
2023年04月
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題名からはどんな内容か推測がつきませんでしたが、アルコール依存症を題材としたストーリィ。 第1章の主人公は、幼い娘=恵の子育てに苦闘中に千映。高校の吹奏楽部で後輩だった夫の宇太郎は、仕事でのストレスが多い所為なのか、毎日酔い潰れて帰って来るという状態。 夫がそんな状況では妻として、幼い娘を抱える母親として、心配して小言を繰り返すのもそりゃやむを得ないよ、と感じるところです。その千映の心配はもう一つ、宇太郎が自分の父親のようになるのではないかという恐れ。 第2章では千映の両親の出会いと結婚生活。第3章では酒を飲んで千映に暴力を振るうようになった父親のこと、そんな家庭で育つ娘の哀しさが描かれます。 そして第4章では、アルコール依存症と宣告されても酒を止めない父親、その父親に振り回される千映の状況が描かれます。 仕事のストレス発散のためとはいえ、前後不覚になるくらいまで酒を飲むというのは、もはや逃げ以外の何物でもないでしょう。 でも、簡単にそう言えるのは本人ではないから、他人だからでしょうか。 大酒飲みの夫、父親を見限って、縁を切ってしまうことができれば、際限のない苦労から逃れられるのかもしれません。 でも、かつて楽しかった時の記憶があり、夫、父親に対する愛情があるからこそ苦しむのでしょう。 そこに立って本書題名を改めて噛みしめると、そこには深く、重たく、やるせない思いがあるのを感じます。 重たいストレスを抱えた時期は私にもあります。 でもお酒に依存せずに済んだのは、酒が弱くて飲めばすぐ眠たくなってしまうこと、何より本を読むのが最大のストレス解消策であったことが幸せだった、と思います。 1.愛に絶望してはいない/2.愛から生まれたこの子が愛しい/3.愛で選んできたはずだった/4.愛で放す |
「9月9日9時9分」 ★★☆ | |
2023年09月
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父親の仕事の関係で保育園年長時から中2までをバンコクで暮らし、今は高校1年となった漣。 いつもにこやかで親切な人が多かったタイと比べ、日本に戻ってからは戸惑うことや疎外感を味わうことも多い。 そんな連が、高校の渡り廊下を歩く先輩の姿をみて、一目で恋してしまう。 しかし、その相手は恋してはいけない相手だった・・・。 漣の初恋と、その困難、そして成長を描く青春ストーリィ。 漣が恋した相手=朋温(ともはる)は、姉のまどかにDVを奮い、今もヒキコモリにしてしまった元夫=政野修一の弟だった。 友だちになれませんかと声をかけた漣に対し「無理に決まっているでしょう」と返事したにもかかわらず、2人の仲は急速に高まっていく。 朋温の名前を告げることができず家族に嘘をつくことになった漣ですが、やがて2人の仲が家族にバレて・・・。 漣と朋温の恋を中心にストーリィは展開していきますが、決してそれだけの内容ではありません。 同級生で家庭に問題を抱えているらしい米陀のことを漣は気にしますが、その米陀からはこっぴどく撥ねつけられてしまう。 一方、バンコクからの親友であるつっかは、漣と朋温の事情を知り、漣のためにいろいろと声をかけてくれる。 苦しい、でも声を上げられない、という人は多くいるのではないか。痴漢に遭った漣もその点では同様でした。 声にならないSOSを発している人に気づくことの大切さ、勇気をもって相手に声をかけることの尊さを、漣は学び成長していきます。 漣の周りの友人たちの存在がとても良い! バンコクの親友=つっか、同級生で友人の曜子、難物の米陀、等々と。 手を繋ぎ合う相手がいることの幸せを感じさせられます。 そして、相手を本気で思う言葉の数々が、幾つもの頁で飛び交っているのも素晴らしい。是非味わっていただきたい処です。 なお、“微笑みの国”と呼ばれるタイの人々と日本の世情の比較にいろいろと考えさせられますが、この辺りは現在バンコクに居住している一木さんならではの視点と思います。 ※「9」はタイ語で「ガーオ」、「進む」という言葉と同じ音であるため、人気のある数字なのだそうです。題名はそこから。 |
「悪と無垢」 ★★ | |
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信頼していた相手が、実は腹黒い悪女だったと知れた時、人はどれだけ衝撃を受けるのでしょうか。 衝撃だけならまだしも、その結果として幸せな生活を失ってしまったとしたら・・・。 “悪女”というと、有吉佐和子「悪女について」の富小路公子、サッカレー「虚栄の市」のベッキー・シャープといった主人公たち思い出しますが、彼女たちには“のし上がる”という明確な理由がありました。 それに対し、本作に登場する江利子という人物、その目的は一体なんだったのか。その理由はこれといって見当たらず、単に退屈だったからなのか、相手を支配し翻弄することに快楽を覚えていたのか・・・だからこそ、なおのこと性悪と感じられます。 そしてその振る舞いはというと、巧妙にして酷く執拗。 こんな人物とは関わらない方がいい。 「カゲトモ」に登場する秋尾が、かつて共に中学で江利子と同級だった治美に放った「江利子から逃げて」という言葉には、恐ろしいという秋尾の実感が籠っていて、こちらまで震えあがるような気がします。 本ストーリィは、母親が死んで倒れているその横で、作家である汐田聖が母親にまつわる出来事を書き始める、というところから始まります。 さて、どんな事件、どんな幸不幸があったのでしょうか。 いずれにせよ、関わらずに済めば幸い、という他ありません。 ・「奈落の踊り場」:主人公はDV夫に苦しむ主婦のユリ。 ・「馬鹿馬鹿しい安寧」:夫の海外赴任に同行した主婦の若菜。 ・「戯れ」:母親に連れられ妹と一緒に家を出た中一の翔太。 ・「カゲトモ」:中学時、江利子と同級生だった治美と秋尾。 ・「きみに親はいない」:江利子の娘である汐田聖。 プロローグ/奈落の踊り場/馬鹿馬鹿しい安寧/戯れ/カゲトモ/きみに親はいない |
「彼女がそれも愛と呼ぶなら」 ★★ | |
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高校生になった千夏の母=伊麻はシングルマザー。 しかし、現在は三人の恋人と同居している。 美容オタクでバイセクシュアルの亜夫、イタリアンレストランのシェフでいつも落ち着いている到、そして最近に伊麻が恋した相手=大学院生の氷雨。 千夏にとっては当たり前のことで今更どうこう言うものではないが、世間では常識外のことらしい。そのため千夏は、自分の家庭状況を親友にも打ち明けられないでいる。 一方、伊麻と高一の時クラスメイトだった篠木絹香は、コンビニでパート働きをする主婦で、14歳の娘=萌絵の母親。 夫とは職場で恋愛結婚だったが、今や自分勝手に振る舞い、自分に対して妻が献身するのは当たり前、妻を見下げた言動はいつものこと、という具合。 そんな絹香が、針生という男性に一目で惹かれて忘れられず、さらに伊麻と偶然に再会して彼女の暮らしぶりを聞いて驚いた時から、気持ちに変化が生まれていく・・・。 恋に正直かつ奔放な伊麻、恋と妻の立場に揺れる絹香、そして千夏もまた付き合い始めた相手との関係に苦労するようになり、3人それぞれの恋愛問題が、並列かつ対照的に描かれて行きます。 あるべき恋愛の姿としてどれが正しいのか、どのような形が望ましいのか、とても正解などないように思います。 それでも唯一つ言えることは、相手のために自分が我慢し続けなくてはならないような関係は誤り、異常だということでしょう。 ※最近どうも、家庭のなかで独裁者的に振る舞い、それが当然だと思っているような<夫>像を度々目にしている気がしますが、同じ男性の立場から見ても、不快極まりませんね。 |
「結論それなの、愛」 ★★ | |
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タイのバンコクで暮らす日本人駐在員妻、タイ人と結婚した日本人妻の性愛を描いた連作3篇。 なお、性愛と記しましたが、それは結果であって、主眼は夫婦間のコミュニケーションが本作の題材。 夫婦だからといって必ずしも双方の間に密なコミュニケーションがあるとは言えないのではないか。 ただコミュニケーション不足であってもでも国内にいるのであれば、夫婦という形や、他のことで気分を紛らわせ、どうということもなく済んでしまうように思います。 しかし、それが外国でのことであったらどうなのか。 仕事で忙しい夫側はともかく、妻側は行動範囲も限られ、夫婦間のコミュニケーション不足が際立ってしまうのではないでしょうか。とくに妻側において。 ・「菜食週間」:主人公は、駐在員妻のマリ。 夫がマレーシアに出張中にコロナ禍で国境封鎖。おかげでマリは夫と7ヵ月にわたり別居状態。そんなマリに好意を寄せて近付いてきたのは、時々利用するスーパーの従業員であるタイ人青年のテオ。二人の関係は・・・。 ・「なーなーの国」:主人公の晶は、日本駐在員だったタイ人の夫と結婚、夫の帰国辞令に伴いバンコクに。 その晶が友人である駐在員妻の紗也香、夫に二度も性病をうつされたと激昂、日本人駐在妻専用の男を買える店に行きたいと言い出し・・・。 一方、晶の方は、かつては優しかった夫が娘を出産した後はまるで心が通じ合わせず。その空虚さから、現地の沖縄居酒屋で働く日本人の裕介とセフレ関係にあるのですが・・・。 ・「パー」:主人公は引き続き晶。前篇から6年後。 来週、21年ぶりに日本に帰国するという駐在員妻の澄花から、一人でバンコクにやってきた時、否応なく娼館に押し込まれ売春婦をしていた過去について語られます。そして澄花、そこで出会ったヴィンセントという男性と、お互いに言葉はぎこちなくても思いは確かに通じ合えていたのだ、と。 お互いに言葉が十分ではないからこそ、伝えよう、理解しようと努力するのだ、という言葉は真に卓見だと感じました。 菜食週間/なーなーの国/パー |