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1.オーブランの少女 2.戦場のコックたち 3.分かれ道ノストラダムス 4.ベルリンは晴れているか 5.この本を盗む者は 6.カミサマはそういない 7.スタッフロール 8.空想の海 |
「オーブランの少女」 ★★ | |
2016年03月
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表題作「オーブランの少女」は、第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選した作品とのこと。 かつてオーブランの館には、いずれもどこかに病気を持った少女たちが集められ寄宿生として暮していた。美しい庭を持つ館に、大勢の少女たちが共同生活を営むという華やかさ。しかし、館には恐るべき秘密が隠されていた。 本書収録5篇は、必ずしも主人公ではないものの、どの篇も少女あるいは若い娘がストーリィ上重要な存在となっています。 |
「戦場のコックたち Armed with Skillets」 ★★☆ | |
2019年08月
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ミステリの種類から言うと“日常ミステリ”。 でもその舞台設定が極めて特殊。何しろ日常からかけ離れた戦争の只中なのですから。 主人公は志願して合衆国軍に入隊、第101空挺師団に配属されたティモシー(ティム)・コール、19歳。 すぐ兵隊に向かないと悟ったティムは、同年代ながら沈着冷静で頭脳明晰なエドワード(エド)・グリーンバーグに誘われ、管理部付コック、五等特技兵となります。でも子供っぽさが抜けていないと周囲から見られ、付けられた通称は“キッド”。 本ストーリィは、ティムやエドら同年代の兵士たちに主眼を置きつつ、ノルマンディー上陸作戦からドイツ降伏による戦争終結+αまでを描いていきます。 そんな戦地にあっても不思議な事件は起きるというもの。エドをホームズ役、ティムをワトソン役に、仲間内でその謎解きが行われていくという連作日常ミステリ。 <日常ミステリ>&<過酷な戦争現場>&<そうした中での少年ティムの成長>という、3つの趣向から成る長編。 3つの内どれを主にして読むかは、読む人の好みの問題と思いますが、日常ミステリという看板を表にしつつも、背後にある戦場とティムの成長を力強く描いた処に本作品の真価があると思います。 戦争、戦地という現実は厳しいもの。コック兵と言えども戦闘に加わることはありますし、ドイツ軍の反撃により大切な仲間たちや現地で知り合った心優しい人たちを次々と失うという悲しい経験も積み重ねます。それでも純朴さを失わないティムでしたが、特に大切な仲間を失った時にはドイツ軍への容赦ない憎悪をたぎらせます。 しかし最後、思わぬ事実を知った揚げ句、ティムは本来の優しい気持ちを取り戻します。 ドイツ軍は敵、であるならドイツ人は皆敵なのか、彼らの中に人間を認めるのは誤りなのか。 深緑さんの柔らかな文章の中にも、戦争の現場で兵士たちが受ける心の傷は確実に描き出されていきます。 本書でのミステリは次のようなもの。 1.何故未使用のパラシュートが集められているのか? 2.一晩で 600個もの粉末卵(不味いのに)が何故消えたのか? 3.オランダ人のヤンセン夫婦は本当に、何故、自殺したのか? 4.ディエゴが見たドイツ兵の幽霊、その正体は? 5.ダンヒルを助けるためティムはどんな仕掛けをしたのか? 読み始めた時はそうでもなかったのですが、読了時には本作品のメッセージ性に強い感銘を受けました。お薦め! プロローグ/1.ノルマンディー降下作戦/2.軍隊は胃袋で行進する/3.ミソサザイと鷺/4.幽霊たち/5.戦いの終わり/エピローグ |
「分かれ道ノストラダムス」 ★★ | |
2019年11月
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親しかった友人=基が中2で急死してから3回忌。かつての同級生たちが集まったその日、日高あさぎは基の祖母から、基が記していた日記4冊を渡されます。 その不可解な内容に疑問を抱いたあさぎは、それを解明するため高校の同級生=八女研輔に協力を依頼します。 折しも虎目市では、ノストラダムスが予言した滅亡の日1999年7月 を前にして、新興宗教団体が不穏な動きを見せていた。 まずノストラダムスの予言という題材に、今更だなぁという印象を抱きます。そして基が日記に記していたパラレルワールド、もしかして本書はSF的展開なのか?と思ったのですが、そうはならず。 かつて仲良かった友人たちとの決別、新しい友人との出会い、そしてその彼への疑い・・・。いつしかあさぎは新興宗教団体絡みの騒動に巻き込まれているという結果に。 後半、急テンポの進行と、それと対照的な主人公のノンビリさに苛つかせられる分、かえってストーリィに強く引き込まれていました。でも高校生なのに、こんな展開はアリなのか? 改めて本作品を俯瞰してみると、かつて親しかった仲間たちとの別れと、新しい環境で新しい仲間と出会うという青春&成長ストーリィであったかと得心する思いです。 中学生の頃、今が変わることはないと思い、また変わらないことを願っていたのではなかったか。でもあの頃こそ全てがどんどん変わっていく時期でもあった今は分っています。 そうした中で、信頼するに足る友人を得られたことこそ、幸せだった筈。その意味で、読後の満足感はたっぷりです。 |
「ベルリンは晴れているか」 ★★☆ | |
2022年03月
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ドイツ敗戦により、米ソ英仏の連合国統治下に置かれたベルリンが舞台。 ナチス・ドイツの非道な振る舞いにより両親を亡くしたドイツ人少女アウグステ・ニッケルは、身に着けた英語力のおかげでアメリカ軍の慰安用兵員食堂“フィフティ・スターズ”でウェイトレスとして働き、何とか暮らしている。(※彼女が英語を学ぶ契機となったのが「エーミールと探偵たち」というのが嬉しい。) そのアウグステの部屋に夜遅く米軍兵士2人がやってきて、彼女をソ連支配下の警察分署へ連行します。そこで彼女を待っていたのは、ソ連NKDV(内部人民委員部)のドブリギン大尉。 そこでアウグステは、恩人ともいえる音楽家クリストフ・ローレンツが歯磨き粉に混ぜられていた青酸カリで死んだことを知らされます。 容疑者は、クリストフの甥エーリヒ・フォルスト。 ドブリギンはアウグステにエーリヒの居所を見つけるよう命じ、一方アウグステはエーリヒに訃報を伝えるために、混乱し治安も乱れたベルリン市内を駆けずり回ります。 そのアウグステの道連れになるのは、元俳優の泥棒ファイビッシュ・カフカ。 毒殺の真相は? エーリヒは果たして犯人なのか? そして、アウグステは17歳の少女に過ぎないというのに、何故こんな混乱の中で探索を命じられなくてはならないのか? 本作がミステリであることに間違いはありませんが、本質は、ナチス・ドイツの非道さを改めて世に糺すこと、決して忘れてはならない歴史的事実として、深緑野分さんが小説という形を持って書き継ごうとしたことに他なりません。 実際、本作で描かれるナチス・ドイツの振る舞いは、戦前の日本帝国の姿を彷彿させます。それでも、反ナチの人々への虐待、さらにユダヤの人々に対する非道かつ残虐な振る舞いは、目を覆うばかりです。 ヒットラーが歴史上最悪ともいえるデマゴーグであったことは勿論ですが、今また同種の政治家が現れようとしていることに、深い懸念を抱きます。 人間は、過去の過ちを繰り返す程愚かではない、と信じますが。 ※須賀しのぶ「また、桜の国で」も、本作と並んでお薦めです。 |
「この本を盗む者は」 ★★ | |
2023年06月
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このところの深緑作品からすると、ちょっと意表を突かれた感じです。 女子高校生を主人公にした、本を巡る冒険ファンタジー、というストーリィ。 主人公は本嫌いの15歳、御蔵深冬。 曾祖父の御蔵嘉市は名の知れた本の蒐集家で、その膨大な蔵書を収めた<御蔵館>を、読書家を一人でも増やしたいと広く開放していた人物。そのおかげで読長町は、本にまつわることで繁栄してきた。 ところがその娘で祖母のたまきは、対照的な人物。嘉市の死後、稀覯本 200冊が盗難されたと知るや、御蔵館を閉鎖、そのうえセキュリティを厳重にするばかりか、何と本一冊ごとに呪いをかけたという噂。 そして祖母も亡き今、深冬の家族は父親=あゆむと、御蔵館の管理人である叔母=ひるねの2人だけ。 入院した父親に頼まれて叔母の様子を見に行くと、相変わらず眠りこけている。しかし、その手から落ちた札を手にしてみると、そこには「この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる」と記されていた。 そこに突然現れたのが<真白>と名乗る見知らぬ少女。 その真白、本が盗まれた、その結果として呪いが発動され、街と住民たちを救うためには物語の世界に入り込んで泥棒を捕まえないといけない、と言う。 それから4度に亘り、深冬は真白と共に本の物語世界に入り込んで泥棒を追う、という冒険を繰り返すことになります・・・。 本にまつわる話は、読書好きにとってとにかく楽しい。 そのうえ、趣向を変えた冒険ファンタジー物語が幾度も楽しめるのです。 冒険を通じて、深冬の思いが変化していくところも魅力ですが、ちょっと不思議な存在の真白というキャラクターの存在、深雪と真白のコンビぶりが抜群。 そして最後の章は、冒険ファンタジーから一転してミステリ。 楽しみ盛り沢山な一冊、と言って間違いありません。 ※本作は架空の物語の中に入り込む冒険物語ですが、実在する古典名作の中に入り込んで犯人を追う、という作品があります。 ジャスパー・フォードの“文学刑事サーズデイ・ネクスト”シリーズ。興味を惹かれたら、こちらも是非お薦めです。 1.魔術的現実主義の旗に追われる/2.固ゆで玉子に閉じ込められる/3.幻想と蒸気の靄に包まれる/4.寂しい街に取り残される/5.真実を知る羽目になる |
「カミサマはそういない God is Hard to Find」 ★★ | |
2024年06月
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出版社の紹介文をそのまま引用させていただくと、「現代日本、近未来、異世界−−様々な舞台で描かれる圧倒的絶望。見たくない、しかし目をそらせない、人間の本性をあぶり出すダークな短編集」とありますが、不可分なく、そのとおり!と言える短編集です。 とにかくどの篇で描かれる世界も、暗い、希望というものが殆ど無い。 それは誰の所為なのでしょうか。 人間のどうしようもない残虐性によるものでしょうか。 一方、海面が上昇し、陸地が僅かとなった未来世界、これはもう人間の所為ではないかと思いきや、温暖化自体人間の引き起こした人為的災害と思えば、やはり例外ではないのかも。 「伊藤が消えた」はミステリ風、「潮風吹いて、ゴンドラ揺れる」はホラー風。 「朔日晦日」は神様絡み?で、「見張り塔」は醜悪、陰惨。 「ストーカーvs盗撮魔」は現代社会ならではのもので、自業自得と思われるストーリィ。 「饑綺譚」と「新しい音楽、海賊ラジオ」は暗い近未来。 神様がいるのであれば、取り返しのつかない状況になる前に助けてくれそうな気もしますが、上記7篇の世界に神様は存在しないのでしょうか。 それは、神様に見捨てられたから? う〜ん、読んでいて、楽しいとは思えなかったな。 伊藤が消えた/潮風吹いて、ゴンドラ揺れる/朔日晦日(ついたちつごもり)/見張り塔/ストーカーVS盗撮魔/饑綺譚/新しい音楽、海賊ラジオ |
「スタッフロール」 ★★ | |
2025年03月
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凄い熱量を感じるストーリィ。 特殊効果の制作により、映画に“夢”を吹き込もうとした2人の女性の葛藤を、時代を超えて描き出した力作長編です。 第一部「マチルダの篇」は1948年(2歳)から1986年まで。 手仕事である特殊造形師の道を選び、常に闘い続け、数々の映画作品に貢献したにもかかわらず、ついに映画のエンドクレジット(スタッフロール)に名前を残すことはできなかったマチルダ・セジウィックの過酷な半生が描かれます。 第二部「ヴィヴィアンの篇」はCG全盛の2017年、CGアニメーターであるヴィヴィアン・メリルを主人公にした現在の物語。 人気作となった映画「レジェンド・オブ・ストレンジャー」に登場する怪物“X”の造形を遺して映画界から消えたマチルダは今や伝説的存在。 その「レジェンド・オブ・ストレンジャー」のCGによるリメイク版を制作する話が起こり、そのCG作成依頼がヴィヴィアンの所属するリンクス社へ寄せられます。 しかし、そのことにより、ヴィヴィアンは苦悩を抱え込むことになります。 そんなヴィヴィアンの前にCGグラフィックの先駆者であったモーリーン・ナイトリーが姿を現し・・・。 とてもマニアックな物語だと思います。 それでも、自分の半生を捧げるかのようなマチルダの特殊造形に対する熱量は凄い、圧倒されるばかりです。 たかが映画と言う勿れ。マチルダのような人たちがいてこそ、私たちが楽しめる映画が作られてきたのだと認識すべきなのでしょう。 また、たかがエンドクレジットという勿れ。エンドクレジットに名前が載るかどうかは、自分の存在の証とでも言えることなのでしょう。 理屈は不要。ただ本ストーリィを追いかけていくだけでその面白さを堪能するには充分、と思う作品です。 Part of Matilda 1.映画に夢を見るな/2.ヴェンゴスとリーヴ/3.CG/4.あの死の真相は/5.怪物"X" Part of Vivienne 1.名もなき創作者たち/2.『レジェンド・オブ・ストレンジャー』/3.屋根裏にて/4.伝説の造形師/5.マッド・サイエンティスト/6.モーリーンという人/7.スタッフロール |
「空想の海」 ★★ | |
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様々な趣向からなるストーリィを集めた短篇集、11篇収録。 “奇想”というと私には三崎亜記さんが思い浮かびますが、本書に収録された幾篇かは、奇想を超えて空想というに近い。 現実的なストーリィも幾篇かあるものの、<奇想+空想>という篇が多いという意味で、「空想の海」という本書題名はいかにも相応しい。 「空へ昇る」「緑の子どもたち」の2篇は、まさに空想の極み、と言って良いでしょう。 面白く読んだのは「御倉館に収蔵された12のマイクロノベル」。 御倉館(「この本を盗む者は」)にあってほしい本をタイトルを一般募集し、そのタイトルから着想した超短篇小説( 100文字程度)12篇。 その中、私としては「死んだのに生きていた」が抜群に面白かったです。 「本泥棒を呪う者は」は、「この本を盗む者は」のスピンオフ短篇で、同作に遡るストーリィ。これは、楽しめること間違いなし。 なお、「カドクラさん」、この短篇は本当に恐ろしい。こんな未来が決して来ないことを願って止みません。 海/髪を編む/空へ昇る/耳に残るは/贈り物/プール/御倉館に収蔵された12のマイクロノベル/イースター・エッグに惑う春/カドクラさん/本泥棒を呪う者は/緑の子どもたち |