ダフネ・デュ・モーリア作品のページ


Daphne du Maurier 
1907-1989年 英国ロンドン生。祖父はフランスから移住した人気画家、父はJ・M・バリとも親交のあった有名俳優という芸術家一族に育つ。20代の頃後の映画監督キャロル・リードと恋愛関係になるが、結局英国軍人と結婚、一男二女をもうける。「レベッカ」は刊行直後に英米でベストセラーになり、40年にヒッチコックによって映画化され、アカデミー賞を受賞。78年アメリカ探偵作家クラブ賞グランドマスター賞を受賞。


1.レベッカ 

2.スケープゴート 

 


   

1.

「レベッカ」 ★★☆
 原題:"Rebecca"       訳:茅野美ど里


レベッカ画像

1938年発表

2007年05月
新潮社

(3000円+税)

2008年03月
新潮文庫



2007/07/28



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40年ぶりの再読です。ストーリィをすっかり忘れていると思っていましたが、読み終わった今、所々記憶に残っていたことを知りました。ただし、同時期に読んだジェーン・エアと似るところが多分にあるため、ごっちゃになっていた処もあります。

主人公は、寄る辺無く金持ち夫人の話し相手という仕事を始めたばかりの若い女性である“わたし”。
保養地モンテカルロで偶然知り合ったマキシム・デ・ウィンターに見初められ、倍近い年齢差を越えて結婚します。
相手のマキシムはマンダレーという豪壮な屋敷の所有者で、一年前にレベッカという美人の妻を亡くしたばかりの男性。
新婚旅行を終えマキシムと共にマンダレーに到着した“わたし”は、以後前妻レベッカの影に脅えることになります。
美人で社交好きで評判の高かったレベッカ。家政婦頭のダンヴァーズ夫人は未だにレベッカを崇拝し、常に私を前妻と比較する姿勢を露骨に示します。

前半はそのマンダレーで、“わたし”が色濃く残る前妻レベッカの面影に萎縮しながら、自信無げに暮らす様子が描かれていきます。
正直言って何でこれ程まで、些細なことにまで怯えるのかと、じれったく感じることが幾度もありました。それは、作者のデュ・モーリア自身、軍人である夫に伴ってエジプトへ赴き、社交が苦手なのにもかかわらず司令官の妻として振舞わなければならなかったという苦痛、間違った居場所にいるのではないかという不安を抱えた経験を反映したものだと知ると、その切実な圧迫感が納得できます。

そんな雰囲気が一転するのは後半に入って、レベッカに関わる、マンダレーに秘められた謎が明らかになってくるところから。
そこからはまさに一頁一頁がスリリング。
賽はいったいどちらに転がるのか、展開される局面、局面において状況は一転二転し、全く予想がつきません。そんな緊迫感孕んだ展開に、後半は一気読みでした。
ゴシック・ロマン、古典的サスペンスという点で傑作と言うほかない作品ですけれど、本作品の秀逸さはむしろ前半の不安心理にこそあるように思います。

前半のまどろっこしさと、後半思わず一気読みしてしまうスリリングな展開。 600頁近い長篇作品ですが、読み終わってみるとその厚さは全く気になりませんでした。
質の高く、文学性の高いサスペンスがお好みの方には、是非お薦めしたい新訳です。

     

2.
「スケープゴート」 ★★☆
 原題:"The Scapegoat"       訳:務台夏子




1957年発表

2025年01月
創元推理文庫

(1460円+税)



2025/04/08



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本作題名は、「身代わりの山羊」

フランスを旅行中の
イギリス人歴史学者=ジョンは、ル・マンの街で自分に瓜二つのフランス人=ジャン・ドゥ・ギと出会い、互いに驚愕します。
その後二人で語らい、そしてジャンに誘われるまま同じ宿に泊まったジョンは、翌朝自分の服・荷物がすべてジャンに持ち去られていることに気付きます。
どうにもならない状況に立たされたジョンは、ジャン=伯爵を迎えに来た
運転手ガストンに背中を押されるようにして車に乗り込み、ジャンの城=サン・ギーユへと向かいます。

そこでジャンの家族一同と会したジョンは、その複雑な家族状況と、一族が営んできたガラス工場の経営がのっぴきならない状況にあることに気付きます。
つまり、ジャンとは、家族を放り出して逃げ出した男。
そして自分は、その逃げ出した場所に足を突っ込んでしまったことに気付きます。

ハムレットの台詞ではありませんが、ジョンの選択肢は二つ、即ち去るべきか、留まるべきか。
つまり本作は“身代わりサスペンス”ではありますが、その本質は、身代わりとして窮地に陥れられた男の“悲喜劇”というべきでしょう。
孤独な身であった故にジョンは、次第にジャンの家族に愛情を抱くようになり、何とか事態を改善しようとしますが、それは上手くいきません。
ジョンの行動は、ジョンが思ったことと正反対のことを相手に感じさせてしまうのですから。それは、相手がジョンをジャンと見ている所為。入れ替わりという皮肉さがそこにはあります。

サスペンス小説ではありますが、昨今のようなエンターテインメントとは異なる、極めて文学的香りの高い作品。
情景描写といい登場人物描写といい、深いものがあります。その辺りがデュ・モーリア作品の魅力でしょう。

さて、本ストーリーの展開と結末は? それはもう予想すらつかないもので、流石は名作という処。 お薦めです。

   


 

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