YS/2000.05.27 ●縄文の地層の上で 1985年10月、当時大学生だった私はいつものように調査中の遺 跡の上に寝っ転がって1冊の雑誌を読んでいた。「朝日ジャーナル」の ミヒャエル・エンデの特集記事である。エンデはドイツの児童文学作家 で『ジム・ボタンの機関車大旅行』や『モモ』、『はてしない物語』で 日本でも人気がある。特に『モモ』は私のお気に入りだった。 遺跡発掘調査は、ほとんどの場合、壊して新たに建物を造ることが前 提となる。調査が終わったところからさっさとコンクリートが流し込ま れる。迫ってくるコンクリートの狭間の縄文の地層の上でこれを読んだ。 エンデは資本主義制度がダーウィニズムからくる弱肉強食を経済生活 に適用させ正当化させている点を指摘し、精神性や文化といったものが ないがしろにされている状況を嘆いている。そして現在の金融システム をバベルの塔と呼び、いつか崩れる瞬間が来ると警鐘を鳴らしていた。 そしてなぜか危機的な状況を回避するための新たな精神性が日本で生ま れる可能性を示唆した。 『なぜ日本で?』 そのことがずっと頭から離れない。 ●時間との戦争 1990年元日、畳の上で寝っ転がってテレビを見ていたら、突然画 面にエンデが登場した。「時間の戦争が始まった〜2001年日本の選 択」という番組だった。冒頭に世界各地の子供たちの表情を映し出し、 エンデは静かに語る。すでに「時間の戦争」という第3次世界大戦が始 まっており、その被害者は子供たちだと。 これは、モモが立ち向かった『闇』が子供たちの心の中に広がってい ることを意味している。 翌年のNHK「アインシュタイン・ロマン」でははっきりとその戦争 をしかけている実体を示した。それは資本主義経済における成長の強制 であり、悪のすべてのルーツは現在のお金のシステムと実際の経済シス テムとの不調和にあると語っている。そして、希望と未来を創造できる 子供たちをも巻き込んだ「文明砂漠」が急速に広がっていると警告する。 エンデが番組の為に描いた「文明砂漠」のスケッチには廃虚と化した コンクリートの固まりと無数の自動車の墓場とその間を無邪気に歩く少 年の姿が描かれている。 そしてこの番組で、日本に対して、今となっては非常に意味深いメッ セージを残している。 ●エンデの日本へのメッセージ 「日本は、経済的に自立し、アメリカの植民地的存在から抜け出すしか 道がなかったと思います。しかし、そこでふたつのことが混じり合った のですね。従来の古い美徳感覚が、近代的工業社会の原理と混ざり合わ さったのです。つまり、連体意識一般や領主に対する忠誠は、今日では 企業に捧げられています。しかしこれはこの先、葛藤を生むと思います。 このふたつは、本来相容れないものです。『これは、近い将来に十分に ある得ることですが、経済が少し傾けば全国民的な神経虚脱症を引き起 こしてしまうのではないでしょうか。』」 「私は日本の考え方には一種の危険性があると思います。それは、どの 問題においても思考を日本の関心事に限定することです。もし、このよ うに言ってもよろしければ、それは日本の国家的なエゴイズムのような ものです。このエゴイズムは、物事が世界全体にどのような結果をもた らすかを考えず、つねにただ、日本にとってどのような結果になるかだ けを考えます。私は、今世紀においては人類レベルで考えることを学ば なければならないと思うのです。そこで、まさに主導的な工業国こそが、 その中でもとりわけ日本は、日本に対する責任だけでなく、世界に対す る責任を負うことを学ばなければならないと思います。これが、日本の 友人への大きな願いです。」 ●増殖する『闇』 最近の心を痛める少年犯罪は何を意味しているのか。今一度考えて見 る必要性を感じる。「灰色の男たち」の感性の欠落した発言と無縁でな いはずだ。そろそろ灰色にならなければ発言できない政治経済システム 自体の見直しが迫られているようにも思う。 かってエンデは新たな精神性が日本で生まれる理由として日本人の肉 体的構造をあげている。密度がつまっていない浸透性と繊細さに希望を 見い出したのである。確かにそれは存在した。それが、どこから生み出 されたのか。自然との共生の中でじっくりと深く染込んできたものだ。 決して「国旗」や「国歌」や「天皇を中心とする神」ではない。 お気に入りの河原に寝っ転がって『エンデの遺言』を深く読んでみた い。新たなお金に対する試みが始まろうとしている。 ★娘達への手紙 このまえ、『モモ』を少しよんだけどすぐにねてしまいましたね。 まだすこし早すぎたのかもしれません。 またそのときがきたらよんでみたいとおもいます。 この本の主人公はトトロにでてくるメイちゃんとよく似た 自然とお話しできる女の子です。 パパもお話したいから、来月キャンプに行ったときに お気に入りの樹をみつけてなまえをつけてあげましょう。 そして春と夏と秋と冬の4かいはかならずあいさつしに行こうね。 ほんとうにその樹が好きになったら、 その樹にあつまるいきものやその樹のお父さんや子供たちのことも みんな好きになるかもしれません。 そしたらおともだちもせかいじゅうに広がるかもしれません。 困ったときや悩んだときもみんなが助けてくれるかもしれません。 ずっとずっとむかしのひともそうやってきたようです。 みんなおともだちになれるといいね。 パパより 引用・参考文献 『ジム・ボタンの機関車大旅行』 講談社 1974 『モモ』 岩波書店 1976 『はてしない物語』 岩波書店 1982 『オリーブの森で語り合う−ファンタジー・文化・政治』岩波書店 『エンデと語る』 子安美知子 朝日選書 1986 『エンデのくれた宝物』 島内景二 福武書店 1990 『ミヒャエル・エンデ』 安達忠夫 講談社現代新書 1988 『アインシュタイン・ロマン6』 日本放送出版協会 1991 『エンデの遺言』河むら厚徳+グループ現代 NHK出版 2000 また自然との関わりにおいての人間性回復については動物行動学的見地か らコンラート・ローレンツの著作を参考とした。 『ソロモンの指輪』『人間性の解体』『文明化した人間の八つの大罪』他