「人身売買って何?」
2005年12月3日、「アジア財団」より3名、「女性の家サーラー」より2名のスタッフをお迎えして、人身売買に関する学習会を開きました。42名の参加があり、関心の高さを感じました。
1.人身売買をテーマにしたNHKの番組「クローズアップ現代」の視聴(約25分)
2.報告A
私たちのグループは横浜でスタートした団体で、今年で13年目を迎えます。設立当時から主に外国籍の女性を支援しております。スタッフは1人2〜3ヶ国語を話し、7ヶ国語(タイ語、タガログ語、スペイン語、ポルトガル語、英語、韓国語、中国語)による相談活動をしています。
元々人身売買の被害者のために設立したので、タイの女性の利用が非常に多いことが特徴的です。タイ語が毎日通じるNGOが他にないため、日本全国のタイ人から私たちのところに電話があります。タイ人の女性の相談が多いのですが、ドメスティック・バイオレンスの問題では、フィリピンの人も多いです。支援した人身売買被害者数は、タイ人184名、フィリピン8名、コロンビア人6名、韓国人2名、台湾人1名、インドネシア人5名で、合計206名位になります。私はこの数を非常に少ないと思っております。なぜなら、人身売買の被害者がこれまで一時保護されないという社会的な制約があったからです。
私たちは人身売買の被害者の支援に対して八方ふさがりの思いがしていました。国連の議定書では、暴力、脅迫、誘拐、欺もうなどの手段を使って弱い立場の人を採用し、運搬して輸送するという行為と定義していますが、これが広まり始めたのは昨年です。それまでは「人身売買なんてまだ日本にあるの?」、「カラユキさんの頃の話なんじゃないの?」などと思っている方が多く、被害者は主に入管法、風営法、売春法を犯した犯罪者扱いにされていたのです。邦人保護や人身売買に理解がある少数の大使館が、被害者からのSOSを受けて、民間に被害者の保護を依頼していただけです。相談機関と被害者の接点がなく、NGOだけが被害者の支援を行っていました。
被害者は、その脆弱な立場から逃げにくい状況にあります。殆ど日本語ができないし、日本の地理も社会のしくみも知りません。心理的にも物理的にも拘束され、借金返済に追われています。情報を持たないため、助けを求める先や相談相手も知りません。自分の本国ではない国で売春を強要され、身分証明書やお金を全て取り上げられています。在留資格がありません。借金を返さないと親を殺すと脅しが加わるので、怖くてブローカーには刃向えません。逃げるのに失敗した仲間が受けた罰を見聞しています。貧困から脱出するために収入を得るというプレッシャーがあります。
私たちは、被害者に対して精神的な支援はできますが、帰国のための経済的支援はなかなかできません。タイ大使館は帰国のシステムを持っているため、短期間で帰国できた方もいます。また、医療費の問題があります。健康保険も生活保護もなく、在留資格もない状態で医療を受ける必要がある場合、医療費全部を受けた施設が払うか、医療費を踏み倒すかのどちらかしかないのです。
2004年に政府から人身売買防止の行動計画が出され、入管法の改正、風俗営業法の改正がありました。入管法改正では、水際での入国阻止と同時に、被害者として認知されれば在留特別許可を出し合法的な帰国をさせる、つまり他人の支配下に置かれていた被害者が売春に従事していたり資格外活動をしたりしていた場合でも保護を優先的にし、強制送還をしないと明記されました。
私たちは、被害者には定住者としての在留特別許可を出してほしいと思っています。なぜなら、定住者であれば生活保護を受けられるし、活動に制限がないので裁判のために日本に長く残ったり、就労したり、国に帰って困らないような支援を得て帰国できるなど、選択肢が広がるからです。
しかし実際は、特定活動、それも殆どが帰国を前提とした短期滞在のビザという特別許可しか出ていません。それも在留特別許可が出るのに1ヵ月半かかったケースがあります。人身売買被害者は、一時保護されたDV被害者が次々に自立して行くのを見送りながらビザを待つためだけに施設にいるのです。その精神的苦痛を想像してみて下さい。
このような状況を考えると、人身売買の被害者支援には、人身売買被害者専用の施設が必要であると切に思います。NGOは、人身売買被害者用の施設を別個に作るべきであると主張してきましたが、国は女性相談所に保護すると決め、その民間委託も始まりました。
被害者の帰国に関しては、今年から「国際移住機関(IOM)」が帰国支援を開始しましたので、短期の利用で帰国するという支援ができるようになりました。被害者ご本人が警察に駆け込めば、保護される可能性はあるのですが、それ以外に支援につながるかどうかは全く不明です。摘発された女性がどうなっているかは、私たちには全くわかりません。ご本人から私たちのところに直接電話をしてくることははまだありません。
3.報告B
私は母国語によるカウンセラーをしています。
実例を一部変えてお話します。
リアは住んでいたアパートから、彼女のお客さんに連れられて裸足で逃げ出しました。妊娠したことで雇い主からそれを咎められて、殴られることが怖かったことと、子どもが産めなくなってしまったら困ることが逃げ出した理由でした。彼女は見ず知らずの人に助けを求め、その人が地元のNGOに連絡して保護されました。
ミミは3,000円を手にして、そしてタクシーに飛び乗り、交番に行くように頼んだそうです。彼女が逃げ出そうとした訳は、どんなに働いても彼女の借金500万円は返せないことに気がついたからです。
マリアの叔母さんは、日本にいるマリアの捜索を本国の在日の大使館、東京の大使館に依頼して探してもらいました。東京の大使館がマリアの居場所をつきとめ、保護したのです。
2004年末に政府が出した「人身取引対策行動計画」では、具体的にどのように被害者を支援していくかというシステムの点が欠けています。特に、言語の問題と文化的な背景を理解するという点です。保護される側とサービスを提供する側との相互の協調をはかるためには、被害者支援のあり方を分析し研究し、サービスの内容を検討することが必要です。
サービスを提供する側が言葉に慣れるということが大事です。しかし言葉だけでは不十分です。文化的な背景を乗り越えることは大変なことです。文化や言葉の違いは、実は誤解を生み出すきっかけになります。危機的な立場に追いやられた人が精神的にも不安定で混乱しているときに、その人の言葉で内容を聞く環境を作ることは大変重要です。
私たちはこの問題に取り組むために、警察や大使館や入管とも密な連携をとって作業を進めています。常に同じ人がカウンセリング、あるいはケアができるように担当をつけ、一貫してその人の問題に取り組んでいけるようにしています。保護される側と、サービスを提供する側との信頼関係を築いていく上でも、対応の中に一貫性を持ってやっていくといことに一番気を遣っています。そして、保護される側の人に常に注目し気にかけること、それはただ単に話しかけるということではなくて、その人の顔の表情や体調の具合、気分、その時の感情、行動など細かな部分に配慮し注視していくということが重要です。
カウンセリングの中で一番重要なことはその人が今何を一番求めているのか、その人が求めるものやその気持ちを把握するということです。実は、人身売買の被害者がそのとき最も気にかけていることが、自分が人身売買の被害者になってしまったということではない場合もあります。自分が被害者であるということを自覚していない場合、逆に自分のことを犯罪者だと思いこんでしまっている場合もあります。その場合、自分自身に罪の意識を感じ、自分自身を恥じ、信頼の欠如という中で落ち込んでいるのです。そういう方たちに接することは本当に難しく、忍耐が求められる仕事です。支援していくときの時間の流れ、時間の配分も大変重要です。サービスを提供する側にとっても、例えばどのくらいの支援をするのか、どのようなレベルの内容の支援が求められるのかということを把握し、その上で支援を進めていくのです。
例えば、緊急避難してきた人が他の支援機関に保護機関に移る場合、その人のケースについての詳細な報告を次のサービスを提供する人に渡すことが大切だと思います。出身国に戻った場合、出身国の担当のサービス提供者が速やかで最良のサービスが提供できるように情報を提供していくということです。NGOや支援者の中には、人身売買の問題の負荷をその個々のケースを自分たちの中で抱え込んでしまおうとする傾向があるように思います。被害者が支援するNGOの連携のはざまに落ち込んでしまうということは絶対に避けなければならないと思うのです。結局、支援するNGOは、保護される側の人が自分の意志で自己決定することを尊重しなければならないと思います。
最後に、物扱いされて売り買いされるという立場に追い込まれた人たちが、どれだけ身も心も人権も侵害されているか、その思いを理解することが重要です。そして、人として接するということは当たり前のことです。彼女たちは自分自身に向き合うことすら怖くてできなくなっています。彼女たちが自分を取り戻して、自分の話をできるように支援していくことが必要だと思います。
4.「アジア財団」によるイメージゲーム
カードに記された言葉が「女性」、「男性」のどちらを、また「外国人」、「日本人」のどちらをイメージするかを参加者が次々に答えました。出された言葉は以下の通りです。
「とら」「ウサギ」「性的自由」「売春する人」「歓楽街を歩く」「おとなしい」「処女性を気にする」「家事を手伝う」「買春する人」「洗濯をする」「料理をする」「簡単に物事を信じる」「ソーシャルワーカー」「性的欲求が強い」「洗濯する人」「売春する人」「歓楽街」「おとなしい」「浮気をする」「家族のリーダー」「エンターテイメント」「HIVに感染し易い」「中絶」「家計を守る」「お金を払う」「家族の世話をする」「買春客」「病人を看病する」「ゴミを出す」「人身売買問題に取り組むNGO」
出された言葉の多くが、「外国人」、「日本人」というどちらかの枠に収まりました。そのようなイメージや先入観を持って外国人を見ている自分たちの意識に気づくというワークでした。
5.質疑応答のまとめと感想
人身売買の被害者はアンダーグラウンドなところにおられ、なかなか支援につながっていない実態があります。九州でもこれまでに警察や入管に摘発された方で人身売買の被害者と認定され、保護された方がいるということです。今後DV被害者の一時保護と同様に、民間委託による被害者保護の可能性があります。この学習会で、具体的に支援の実情や留意点などを聞くことは参考になると同時に、身の引き締まる思いがしました。特に保護された被害者へのケアとケースワークについては、非常に関心を持って聞きました。
人身売買被害者に関して、DV被害者支援との根本的な違いについては、被害に至る経過や背景を聞き取り、被害者かどうか判断するときの必要なポイントになること、加害者がブローカーや業者であるため、危機介入のやり方が違うことの2点が指摘されました。
DVの支援実例が広がってきているのと同じように、人身売買のケースも支援を重ねていくことが大事だと思います。具体的には、安心・安全であると感じてもらうこと、衣食住の提供、母国語によるカウンセリングや聞き取り、精神的なケアを行うとともに、大使館、入管、医療機関などと連携しながらご本人の意向に沿って支援を進めて行くことです。NGOと行政は、以前は対立関係にありましたが、問題解決のために少しずつ協働する関係に変わりつつあります。人身売買の被害者支援に関しても今後可能になる部分があるのではないかと思います。
被害者は、タイ、フィリピン、コロンビアなどの国の方々から、インドネシア、台湾、東欧諸国と国籍が多様化してきている実態が報告されました。興行ビザや短期ビザで来日する女性たちの国籍の多様化とも一部連動しています。準備しておかなければならない言語や背景・文化の理解もこれから多様化していくとみられます。
今回のフォーラムで、人身売買をなくすためには「適材適所」という言葉が使われました。JNATIP(人身売買禁止ネットワーク)には、研究者、法律家、スピーカー、被害者保護に携わっている人など様々な人が参加していて、それぞれの立場で活動しています。人身売買情報カードが被害者の手に渡るためには、地道に活動していくことだと思います。情報カードだけではなく、口コミも大事です。「○○に行けば支援が得られる、助かる」という言葉が、母国語で外国人の間で語られるような支援をしていくことだという感想が会場からも聞かれました。