OECF(海外経済協力基金)の外部専門家として,1999年2月に,わずか一日という極めて短い時間でしたが,グジャラート州のナマケグマ(Sloth Bear)生息地を訪れる機会がありました.
ナマケグマの生息地はサンクチュアリーに指定されています.インドの野生動物行政は,それぞれの州の森林局で行われていて,グジャラートの例では,グジャラート州森林局(Gujarat
Forest Department)がこのサンクチュアリーを管理運営しています.インドの場合,野生生物の保護管理ユニットとしてサンクチュアリーと国立公園が存在するのですが,サンクチュアリーと国立公園の関係は,野生動物の生息環境として捉えた場合,コアエリアとバッファーゾーンの関係として説明できます.それぞれの指定の手順は,野生動物の生息密度が高い,あるいは多様であるなどで重要と考えられる地域をサンクチュアリーとして初めに指定します.次に,サンクチュアリーを運用していく中で,特に重要な場所がある場合に,その地域を国立公園として指定します.したがってサンクチュアリーがすべて,国立公園として指定される場合もあります.国立公園はひじょうに厳密なエリアで,居住や農耕などを始め,人間の生産活動は一切認められていません.
ラタンマハル・サンクチュアリーは1982年に設立されましたが,面積は55.65平方キロで比較的小さな保護区となっています.標高は230から675mの低山域です.今のところ,国立公園としての指定には至っていませんので,サンクチュアリー内には集落も存在します.ナマケグマ以外の野生哺乳動物は,ヒョウ,ハイエナ,ジャッカル,Four
Horned Antelope,Blue Buleなどがあげられます.また鳥類は120種以上,植物は105科409属645種が知られています.
年 | 推定個体数 | 生息密度(頭/平方キロ) |
1991-92 | 64 | 1.15 |
1996-97 | 74 | 1.33 |
1997-98 | 84 | 1.51 |
ナマケグマのセンサスについては,全数カウントは不可能なため,a) 足跡,b)
人工的な水場及び常時水のある場所での観察結果などを考慮して,個体数推定を行っているそうです.センサスは通常1月に実施されます.3日間かけて行われますが,1日目は全体の様子を掴み,2,3日目で実質的なセンサスを実施します.
クマの主な食べ物は,キイチゴ類,シロアリ,花,ミツバチ等だそうです.
クマによる傷害例はありますが,致死例はこれまでのところ確認されていないそうです.一例として,1997年4月に,花を摘んでいるときに,村人がナマケグマに襲われた記録がありますが,手に怪我をしただけですんでいます(写真参照).クマよりも,ヒョウによる事故例(死亡事故も)の方が多く,深刻な問題として捉えられています.野生動物に人間が襲われた際の補償制度ですが,事故の状況を勘案して,森林局の方から比較的迅速に被害者に補償金が支払われるという形がとられます.金額の一例として,けがの場合で4,000ルピー,死亡の場合で100,000ルピーが支払われています.
インドの現行の野生動物法"THE WILDLIFE (protection) ACT, 1972"
(1991年改訂版)では,野生動物のハンティングはごく一部の例外を除いて禁止されており(ChapterV-9),科学的管理が目的であっても,捕殺などによる個体数コントロールは認められていません(V-12(b)-(bb)).人間と軋轢を起こした動物であっても,捕殺処置は原則としてとられません.捕殺が認められるのは,人畜への直接被害を回避する緊急避難的な場合(V-11)や,学術調査など(V-12(c))の僅かな事例に限定されています.したがって,欧米各国やアフリカで行われているような,cullingによる野生動物管理計画は存在しないといえます.人間と野生動物間での軋轢回避のための手段としては,電気柵の設置や問題のある動物のre-locationなどの方策などの他,生息環境の質の改善による解決が図られています.
このあたりのシステムについては,インドの宗教的な要素も絡んできているのかも知れません.ただし他の州の例では,アジアゾウのような種が人間を殺した場合には捕殺処置が普通にとられているような記述が,R.
Sukumar著の「The Asian Elephant」の中にあったりして混乱します.
胆嚢などを目当てにしての,ナマケグマの密猟事例は,ここ最近では確認されていないそうです.
サンクチュアリーのゲート風景 | 森林の景観 |
ナマケグマによる人身事故例(©Gujarat Forest Department) |